650.式の撮影依頼5
「ああ、木戸くんっ。どうどう? ドレス姿はっ」
「うわ、テンション高いですね。でも、確かにおきれいです」
すばらしい! と木戸が言いながら写真を撮ると、幸恵さんはすでにカメラマンを変えたことに緊張することもなく、純白のドレス姿をさらしてくださった。
見た感じ、両肩を出すタイプのもので、白いドレスに日焼けが少ない肌が美しい。
そして、ドレスは床につくくらいのもので、ふわっと白い生地が広がっている。
「やっぱり日焼け対策とかしっかりなさったんですか?」
「おっ。そこらへんにも理解があるとか、さすがね。首回りとか肩とか結構気を付けたの」
「あとは、両腕とか焼かないように気を付けなきゃですよね。この季節ですし」
いくら手袋つけるにしても、見える肌の部分もあるし、しっかりケアをがんばったんですね、と言ってあげると、そうなの! と新婦さんは目をキラキラさせた。
うん。ドレス姿を褒めるのは基本だけど、それを着こなすための努力も褒めてあげると、大抵の人は喜ぶよね。
木戸としては、美白、日焼け止めは女装の七難を隠すと思っているから、日常行為になってしまっているけれども、結婚式のために特別ケアをしていたというのなら、それは結構大変なことだったのだろうと思う。
そんな顔を数枚撮っておくことにしつつ、周りの方々も合わせての引きの写真も撮っておく。
親戚の叔母様や、あの方はお母様だろうか。式場のスタッフのかたはよくわかっているようで、今はなるべく写り込まないように壁際に寄ってくれている。
「一時はどうなることかと思ったけど……結果的には貴方にお願いしてよかったみたいね」
どことなく、なにか引っかかることはあるけれど、と叔母様は不思議そうに首を傾げながらまあ良いかと考えるのを止めたようだった。
今は結婚式の準備中。他に問題が起きないかに目を光らせなければならない。
「そして……幸恵さんのお母様はどちらに?」
是非ご挨拶させていただきたいです、というと、あー、そういえばと幸恵さんはくるりと後ろを振り向いた。
視線で察してくれたのか、黒留め袖の女性が一歩前に出てくれた。
結婚式では、新婦の親は第一正装をするものだという話ではあるけれど、和装をしっかりと着こなしている感じである。
パパさんに比べたらしっかりしたように見える。
「本日お二人の結婚式の撮影をさせていただいています。木戸と申します。諸事情でばたついて申し訳ないですが、きっちり撮りますのでご安心ください」
「幸恵の母でございます。ご丁寧な挨拶ありがとう。今日は娘の晴れ舞台をよろしくお願いしますね」
「がんばります! さしあたってはその……無事にヴァージンロードを歩けるのかどうかというのが、とても心配なのですが……」
ううむ、とちょっと苦笑気味に視線を斜め後ろに向ける。
そこには、ぷるぷる震えている幸恵さんのパパさんの姿があった。
「幸恵……なんて……なんて美しいんだ……!」
「お父さん……」
「やっぱりまだ、結婚なんて早い! うわぁーん」
「ちょっ……」
パパさんが娘に涙ながらに抱きつく場面が目の前で展開されていた。
まあ、もちろん撮った。瞬間的にシャッターを押せた自分もなかなかなものだと木戸は思った。
「お父さん! そんなぐしゃぐしゃな顔でドレスに抱きつくとはなんということですか! せっかく綺麗にしてもらったのに、しわも寄ってしまうし、もう!」
「……うっ……しかしだな」
「しかしもなにもありません! さんざんいままでも話し合ったじゃないですか。それにキチンとできないなら、義姉さんに父親の代理をやってもらうとも」
「そ、それは……それは嫌だ! どうして娘の晴れ舞台を……」
「晴れ舞台と思うのなら、きちんと勤め上げて下さいよ……」
はぁ、とママさんから深いため息が漏れた。
きっと、この表情を写真に残すと、娘を心配する母の顔なんていう風に捉えられるのだろう。
「き、木戸くん!? 君なら男の気持ちわかるだろう!? どうして母さんたちはこんなに……くぅっ。娘が欲しくば俺の屍を越えていけ! と昔の人が言っていたのがよくわかる」
「屍になっちゃいけませんって。大抵泣き崩れるだけで」
それに僕に聞かれても困りますよ、と木戸は苦笑を浮かべる。
この部屋の中で、残念ながら父心というものをわかるのはパパさんだけである。
男心もわかんないだろって? いや……まぁ、はい。
「泣くのは良いですけど、それはこの子を送り届けてからです」
最後のおつとめです、と無慈悲にママさんがいうと、ふぐっとまたパパさんは嘆き始めてしまった。なんというか……クリティカルである。
「最後のおつとめというか、役割が変わるだけだと思いますけどね」
うちの父も別に父という関係が切れるとか怖いことはなかったですし、というと、パパさんは、えっ、と不思議そうな顔で木戸を見た。
周りの皆さんは、え、そこなんですか、というような顔だ。
「別に連絡も取り合いますし、一緒にご飯食べに行くこともありますし。さすがにぬいぐるみを贈ったりはしませんけど、誕生日とかでもちょいちょい交流はするだろうし」
「そういうもの?」
「そういうものです。でもそんなに娘さんが嫁に行くのが嫌なら、新しい番犬が増えたくらいに思っておけばいいんじゃないですか?」
そしてじきに、ぬいぐるみを贈りたい相手が増えるかもしれませんし、というとそれはそれで……とパパさんは先ほどと同じような反応をした。むぅ。子供の純潔を信じるとか、どうして自分は手折ってきているのに、それを信じるのだろう。
「だから、お父さん? ちゃんと新道さんのところまでエスコートしてね?」
「うぅ……なるべく、がんばる」
最後に娘にお願いされて、パパさんはようやく自分の役目を果たす決心をしたようだった。
「それじゃ、木戸くん。凜々しい父さんの姿をばっちりお願いね」
「了解です。男泣きしたところもしっかり撮りますから!」
思う存分、泣いて下さい! と言い切ると、うぅ、いじわる、とパパさんに可愛く言われてしまった。
でも、だって男泣きの姿だって立派な撮影タイムだと思うわけで。
それから数枚、パパさんも含めて写真を撮らせてもらって、木戸は外の披露宴会場の方へと移動することにした。
「あ、馨くんおかえり。新婦さんどうだった?」
「ドレスな彼女をばっちりと撮ってきました。はるさんも見ます?」
「気になるけど、お披露目まで我慢かな。で。る……馨くんは、あっちで粗相はなかった?」
だいじょうぶ? と、じぃーと、はるかさんに言われて、えぇーと木戸は不満げな声を上げた。
まったく、いつも問題を起こしそうと思われるのはどうなのだろう。
「粗相をしてたら、今頃たたき出されてますよ。叔母様かなり怖いんですから」
「あー、話は聞いてたけど、大丈夫だった?」
「新婦さんの取りなしもあったし、良い写真撮れればOKみたいな感じでした」
まったく問題は……うん。無かったと思います。
うん。
「叔母様は、自分の結婚式のトラウマがもとで新婦さんのでは間違いが無いようにっていう意識が強かったんで、仕事できます! いえいって感じで押し売りですね。若いこむす……若い男子が信用ないのはしょうがないので、実際撮ったのを見せてね」
ルイのときに侮られたときのように、ワードをだしてしまって、言い換えることにした。
人を侮るときに、「ションベン臭いガキが!」とか「小娘が!」というのはあるけれど、「若い男性を侮る言葉」っていうのはあるのだろうかとちょっと思ってしまう。
なんだろう。女性相手だと普通に「さげすみの言葉」というのがでるけれど、男性であれば、察してくれみたいな感じなのだろうか。
お前は、力足らずなのだ! 自分でわかれ、みたいなのが男性の文化の中にはあるの……かな。よくわからない。
もちろん、そんなものがあってもぐいぐいいくし、落ち込むのは十全な写真を撮れなかったときだけだ。
「力押し営業か……。初めて会ったときよりずいぶんパワフルになったね」
「仕事と撮影を続けていけば、自信もできていきますしね。まあ、実力がどれだけ上がったのか、については、難しいところですけど、今まで撮らせていただいた方には概ね好評ですよ。ね。はるさん」
「そこでこっちに振るか……まぁ、木戸くんに撮られた写真はいいできになるけどね」
みんなの憧れでございます、とはるかさんに言われて、岸田さんは、ん? と首を傾げていた。
「木戸くんそんなに人気なんだ? 確かに良い写真撮るとは思うけども」
「あはは。まあいろんなところで撮ってますからね、その反応ではかなりなものですよ」
ぷぅとはるかさんに向けて頬を膨らませていると、思い切りつんつんされた。
相変わらず、はるかさんはフレンドリーである。
「それで。お二人の挙式はまだなのですか?」
ん? と首を傾げてそういうと、岸田さんは渋面に。はるかさんは、顔を真っ赤にしてはわはわしはじめた。
実は付き合ってますっていうのは、この前男の娘オンリーイベントをやったあとの打ち上げで聞いたのだけど。
そこからいろいろと前進していないのだろうか。
「馨くん……いくらなんでもそれは無茶だろう……」
「いやぁ、戸籍上の問題は将来の課題だとは思いますが、挙式だけならできると思いますよ。LGBT向けの会場っていうのも増えていますし」
「いやいやいやっ! そうではなくてその、周りの説得というか……さすがに社内でカミングアウトするのはちょっと」
「こそっと二人きりで小さな結婚式でもいいと思うのですが……」
「小さなチャペルで挙式……いいかも」
おぉーとはるかさんはちょっとうっとりしたような顔を浮かべた。
そこは一枚撮らせていただきました。スーツ姿だけど恋する乙女である。
「それならなんとかなる……かな。でも、両親の説得とかは最低限やらないと」
「そこなぁ。うちの両親はなんとかなるだろうけど、西の家がどうなるかがな……」
「たしかにちょっと心配かな。付き合っている相手が男性っていうのは内緒だし」
女装の話も内緒にしてるし、と言うと、はぁとため息をついた。
「馨くんのところだったらどうなんだい? 係長なら女装してもなんともいわないのかな」
あのときの仲居さんのコスプレのときは、なんとも言ってなかったし、と岸田さんはかなり的外れなことを言っていた。
はるかさんは、あー、そーだよねー、というあきれ顔である。
そう。岸田さんにはルイのことは内緒なのである。
「うちの父は女装反対ですよ。母のほうがもっとひどいですけど。学校のイベントで女装します! ってくらいでもぶつくさいうし、振り袖姿をするにしても、祖父母の強権が発動されないと嫌がりますし」
「……振り袖って、君もかなり女装する子なんだね」
「かおたんの女装は年季入ってるよね」
「それをいうなら、はるかさんだってそうじゃないですかー」
「う……」
言い返すと、はるかさんは思い切り言葉に詰まった。
ちらっと岸田さんの方に視線を向けている。岸田さんとデートするときは女装だけど、そのほかでコスやってます! とはまだ言えてないんだろうか。
「ほほう。なにやら興味深い話が出てきたね。はるがなにか隠してるなって、いうのは察してたけど馨くんは知っていると」
ふーんと嫉妬混じりの視線を向けられて、どうしようかなと木戸は思った。
そして、当然のように一枚写真を撮る。
「ぶっ。そこで撮るんだね。やっぱ馨くんだなぁ」
「ちょ。俺の視線の意味が……なんかとてつもなく勢いをそがれた気分だ」
「まあ、なかなかしない表情とかが出たら撮りたいですからね。ああ、これは選別のときに外しますから。はるさんにだけあげますからね」
「岸田さんの嫉妬顔……大切にします」
わーい、とはるかさんが満面の笑顔を浮かべる。それも押さえておくことにした。
「なんつーか。おまえら女友達同士みたいな感じだよな……」
「テンションが上がるとどうしてもそうなりますね。はるさんが隠してることの一つ、です」
まだまだ、長い時間をかけて知っていく顔がはるさんにはありますよ、というと、彼はそういう考えもあるのか、と顎をなでた。
結婚式より、はるかさんたちの絡みの方が長いだとっ! というわけで。
どうにもそっちのほうに注力してしまいました。お付き合いしてる話は555話あたりでぼそっと言っているので、着実に進行中です! ほんと早く挙式しちゃえばいいのにね!
そしてドレスな彼女も綺麗に撮れました! という感じで。
次話は挙式の後の披露宴の模様をお届けいたします!(式自体は、おっぱいな姉でやっているし)