649.式の撮影依頼4
遅くなりました!
今回は久しぶりに、女性がでない回でございます。
ぱたん。目の前で控え室の一つの扉が閉まるのを見ながら、木戸は一枚シャッターを切った。
ここが新婦さんが着替えていたところですよ、ということでの一枚である。
「着替えシーンはさすがに撮らせてもらえないよねぇ」
これでルイとしての依頼ならば、あと数歩は前に出られたのだろうけど……でもさすがに着替え中の写真を撮るわけにもいかないので、部屋の中の飾りだったりを撮りつつ時間を待てたのに、というようには思う。
どっちで受けた方が依頼者の益になるか、と思っても、もともとの依頼者の新道さんは男性でもあるのでここまではもとめないよね、というようにも思う。
できれば部屋の中で、着替えたばかりでまだ慣れてない新婦さんを激写! とかしたかったのだけど。
「それならそれで、やりようはあるわけだけど」
なにも被写体は部屋の中だけにあるわけでもない。
着替えの時間にうろうろこの建物を回ることにした。
この式場はチャペルの左右で新郎新婦の控え室が別れているタイプをしている。
なのでこちらの棟にいるのは基本、新婦の関係者である。
とはいっても、式場にすでに入っている人もいれば、はるかさん達みたいに披露宴を行うガーデンの方に行っている人達もいるから、こちらにいるのは親族や家族などの身内の方ばかりというようになるのだろう。
ちなみに本日のお客様は百名以上である。
お客様のほうを撮ることもあるけれど、基本的には新郎新婦とその家族メインで撮っていこうと思っている。
「とりあえずは背景から」
んー。枚数の縛りがないって嬉しいなぁと思いつつシャッターを切っていく。
綺麗に掃除がされているのがわかるし、こちらの控え室までがキラキラしている。
結婚式というものは、確かにハレの舞台で輝かしいものだと思う。
「ま、自分がその主役になる気はないけれども」
すみっこぐらし万歳と心の中で唱えつつ何枚もの写真を撮っていった。
そんな中で廊下のソファに座っている黒いタキシード姿の男性の姿が目に入った。
なんというか、悲壮というかなんというか。
百面相をしていて面白い。
「あの、お写真撮らせていただいてもよろしいですか?」
「……ん? なんだね? カメラの子が若いって話は妹から聞いていたが……」
「あー、本来受けるべき人が体調崩してしまいまして、代わりに撮らせてもらうことになりました」
でも、ちゃんとお仕事はさせてもらいますよ? といいつつカメラを向けると、そうか……と言いながらその男性はうなだれてしまった。
写真をだれが撮るかなんてどうでもいいというような態度である。
さすがにこれはよくないので、きちんと撮られる姿勢を形作るのも、カメラマンの仕事なのだろうと思う。
「しょぼーんといった感じですね。結婚式苦手ですか?」
「苦手というか……一人娘を嫁に出すのがこんなに気が重いとは……」
「どこの父親も同じようなものなんですねぇ」
んー、うちの父もそうでしたね、というと、え? と彼は顔を上げた。
「見たところ高校生くらいなのだろうけど、その、年の離れた姉御さんがいるのかい?」
「あー、姉は三つ上で、今年誕生日が来れば24ですね。大学院在学中に結婚とはー! とか、周りからやっかみがひどかったみたいですよ。相手の旦那様が仕事がある程度軌道に乗ったみたいだから、それで結婚って話でしたけど」
「……三つ上?」
はぁ。どうしてこの見た目は男としては育たないのだろう。まあ女装はしやすいからいいんだけど。
「一応僕はこれでも成人しています。幼く見られることもありますけど。それに年齢は関係ないです。お仕事任せてもらってる以上は若いから駄目っていわれるわけにはいきません」
だから、声をかけたのです、とむふんとした顔を浮かべていると、はははっ、と彼は笑った。
「これはすまなかった。たしかにこう見ると堂に入ってるというか、おどおどした感じはないね」
「そういうおじさまは、おどおどというか、がっくりというか」
「仕方ないだろ? 気持ちの整理はしようって思っていたんだが……昨日の夜当たりから急にがくっときてしまってね……」
「これが、マリッジブルーってやつですね!」
ふふっと言ってやると、おじさまはそれは違うだろー、と苦笑を浮かべた。
うまくぼけられたようである。
「結婚なんてもっとずっと後の話だと思ってたのにな……」
ほんと、時間が経つのが早すぎて困る、とおじさまは言った。
「だって、ぬいぐるみだっこしながら、パパ大好きっ、結婚するーって言ってたんだぞ? ほらっ! これっ! 可愛いだろー」
そして彼はドヤ顔をしながらスマホのギャラリーを開いた。
表示されるのは娘さんの小さかった頃の写真である。
「綺麗な発色してますねー。これアナログのを取り込んだ感じですか?」
「昔は写真立てにいれて職場においていたんだがね……最近はスマホに入れておけばいつでも見れるから、助かっているよ」
うちの娘は世界一! とでも言いそうなくらい、おじさまは表情を緩めていた。
話によると、一人娘ということもあるようだし、そうとう溺愛していたのだろう。
「でも、だんだん成長するにつれて、変わっていってなぁ……」
「まあ、親離れする年じゃないです?」
むしろずっと、パパ大好き♪ という状態だといろんな意味で危ういような気がする。
エレナさんちとかは、今もパパ大好きだろうけれども。それはそれでエレナだから可愛いけど。
「しかしだなぁ……去年だってぬいぐるみのイベントに一緒に行こうって誘ったのに、すごく微妙な反応だったんだ」
「それは彼氏と行きたいヤツだったのでは?」
「……うう。あの子が大好きなぬいぐるみも一杯で、結構昔のも集めたイベントだったのに」
去年のぬいぐるみイベントか……それってほめたろうさんも登場していたあそこのことだろうか。
「それって、三日間行われたヤツですか? あれは確かにいい仕上がりでしたけど」
撮影スポットとか、お触りスポットとか一杯で楽しかったです、というと、おぉっと彼は目を輝かせた。
「そう! 一応私は取引先扱いだから、関係者の日にチケットが取れたんだが……一緒にいこうと誘ったら断られたんだよ」
一日目なら、他の日より混まないしゆっくり見れると思ったのに、というとおじさまは肩をおとした。
「あー、それでぬいぐるみをだっこした娘さんを激写とかしようと思っていたんですね? うわぁ、それは……パパきもちわるい、って言われちゃうパターンじゃないですかー」
だめですよもー、と言ってあげると、えぇーと不満げな視線を向けられてしまった。
それが許されるのはせいぜい小学生までではないだろうか。
ぬいぐるみそのものが好きでも、成人した女性がその扱いを受けるのはちょっと厳しいものがある。
「ま、僕は友人の女性とぬいぐるみで幸せいっぱいなデレ顔を一杯撮ってきましたが!」
いや、いい顔でした、というとおじさまはむむっと、羨ましそうな顔を浮かべる。
だってあそこ、撮影スペースしっかりあるし、あとは恥ずかしそうにしている冬子さんを口車にのせてシャッターを切っただけのことである。
「でも、そこらへんは将来的にお孫さんとかに期待すればいいんではないですか?」
結婚したのなら、その次にあるのはそういうイベントですよね? というと、うむーとうなるような声が漏れた。
「孫の顔を見たいっていうのと、娘に子供っていうのがいまいち実感できないというか……」
よその男に穢されるかと思うと、けしからんっ! とおじさまはぐっと拳を握った。
「これが日本の少子高齢化の理由の一つか-」
そこまで嫌がらなくても、というとおじさまは顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「でも、君もおねーさんが子供ができた! とかなったらどうなんだね!」
「それはまあ、一ヶ月に一回撮影にいって、お腹の状態と身体的変化を見て、場合によってはエコーの写真とかもばっちり収録して、おねーちゃんの子供の生まれる記録! っていうのを撮りたいと思います」
エコーはさすがに見て、あんまりわからないとは思いますけど、というと、おじさまは、は!? と戸惑った顔を浮かべた。
「こちらには、おじさまのような、郷愁はないですから! 若さにかまけて、どんどん進むだけです。ある程度年齢のいった友人の言を借りれば、大人は過去を懐かしむのだそうで。でも、若い頃は未来しか見えないモノだって、言ってました」
ぴしりと人差し指を立ててそういうとおじさまはぴくりと体を震わせる。
「ここは一つ、娘さんの結婚を機に、おじさまもご自身の在り方を未来志向に変えてみるとかはどうでしょうか?」
「未来志向っていってもなあ……」
うーんとおじさまは表情を暗くした。なにか思うことでもあるのだろうか。
「仕事のことで! という考えに向くかも知れませんけど、これからは夫婦二人になるわけですから、そこら辺を考えて見るのもいいのかなと思います」
「……私は娘のために必死に働いていたんだよ! ぱぱぁ! って笑顔を浮かべるあの子のために、うぅぅ……」
「うわぁ。うちの父親ばりに面倒くさいですね……さすがにもう幼女扱いは止めましょうよ」
ほら、今日挙式なんですから! というと嫁に行ってしまうーと、彼はがくっときてしまった。
ううむ。娘を嫁に出す父親の心情なんてものはわからないけれども……どうすればこれをなんとかできるだろうか。
父様の場合は……前日までは落ち込んでたけど、当日牡丹の結婚式に汚点を残す存在から守るためにあなたはいる! とか言われて復活していた気がする。
ん? 汚点をってのは、まあ木戸のことなのだが。だからあれだけ頑張ってブーケを守ったり、撮影に縛りが入ったりしたわけである。
別にこちらとしては、イベントを壊す気もないし、やらかすような思いもなかったのだけど。
あなたのいままでの素行ではいろいろ信じられないとかいって、あんな感じだったのである。
一人娘を嫁に出す苦悩を、一人息子がおかしいことへの心配で払拭した我が家の父はどうなのかと思う。
「なら逆を考えましょうか。娘さんが嫁に行かずに、ずーっと家にいたらどうなのか」
「そんなの幸せだろう! 新作のぬいぐるみをプレゼントして、わーいと言ってくれたら」
「……そして娘さんは四十をすぎ……子供部屋おばさんへと……」
「なっ! 失礼な! うちの子にかぎって、他の男が声を掛けないだなんて!」
「だから、今がそのときです」
個人的には、子供部屋おじさんとして、お金を最小限に使って、良い写真家になろうと思っている木戸なのではあるのだが。
両親としてはどういうように思っているのだろうか。
さっさと結婚しろとはいうだろうけど、家から出て行けというのはないような気がする。
一人にしたら、絶対、面倒くさいとかいいながらルイ部屋ができるに決まっていると言うはずである。
半分は同意だけど、別に木戸とて女の子になりたい! っていう訳ではないんだけどね。千歳とかの熱量とはまったく別物なのだと思う。
「おじさまが怒っていいのは、あちらの旦那様がひどい事をしたときだと思います。人はたいてい嫁に行くモノ。場合によっては婿をとることもあるでしょうが」
「しかし結婚しないっていう生き方もあるだろう!?」
「子供部屋おばさんを否定したばっかりですが……それは、結婚以上にのめり込むことがあるか、結婚できないかのどちらかでしょうかね。うちの両親なんかはおまえは結婚でもして守りに入れってうるさいんですけども……」
「……いまいち君の言っていることがわからないのだが」
えー、と軽く引いてるおじさまに、木戸は不思議そうに首を傾げる。
んー、まあ、娘の結婚はしぶって、息子はGOGOな我が家が変なのかもしれない。
「しかし、終始ぶすっとしてるのもなぁ……あの、奥様は……」
こういうときは奥方が旦那の尻をひっぱたくもの……というのが木戸家の日常なので、こちらがどうなのかを聞いてみることにする。
でも、おじさまはちらっととある方向に視線を向けるばかりだった。
「あぁ……着替えの手伝いですね」
手伝いという言い方はしているけれど、先ほどの叔母様と一緒に部屋の中で待機ということだろうか。
男性の、パパさんだけがここで一人になってしまい……そして、思い出してどよーんとしているということなのだろう。
「となると……うーん」
ぬいぐるみ関係の仕事をしていて、娘を溺愛している……か。
ぬいぐるみというと、くまの木村を思い出すのだが。
前にぬいぐるみを作るのはなんで? って聞いたときに話してくれた内容があったっけ。
「あの、お父様はなぜ、娘さんにぬいぐるみを贈ろうとおもったのでしょうか?」
「それは、もちろん可愛いからな! 娘に似合うぬいぐるみを! って頑張った!」
「……そっちですか。遊び相手とかではなくて?」
木村が言っていたのは、さみしいときとか辛いときに、可愛いコがいると癒されるだろって話だったんだけど。
ここらへんは、それぞれの個人で考えは違うのかも知れない。
「も、もちろん、そういう考えもあったよ? あったけど、パパありがとう! ってあの笑顔! くぅ……もうそれだけで」
あかん! あああー、なんて可愛いんだ! と五十間近のパパさんは自分の体をぎゅっと抱きしめながらもだえ始めた。
ええと? これ、撮っちゃっていい……かな? まあ、いっか。えいっ。
「……写真……」
「こういう一幕も、結婚式には有って良い物ですよね?」
「えぇー。かっこ悪いところはどうなんだろう」
「娘を思う親の姿という感じでありだと思います」
いけるいけるっ! と笑顔でいうとすさまじく嫌そうな顔をされた。
たしかに、自身を抱きしめて身もだえするのは、無いに近い有りかもしれないが。
ここらへんは、新郎新婦両方に聞いてみようかと思う。新郎のほうにだけ渡すと、あとで家庭内での諍いを勃発させそうである。
「ま、ぬいぐるみっていうのは、子供の遊び相手だったり、愚痴をきいてくれる相手だったり。そういうものだと思うんですよ」
「それは、まあ。そういうところもあるだろうね」
「そんなところで、この写真をご覧下さい」
しゅたっと、タブレットに切り替えて、パパさんに画面を映す。
そのタイミングで携帯が振動していた。出来上がり五分前になったら連絡してとお願いしていたので、もうちょっとで仕上がるとのことだろう。とはいえ、いまは目の前のおじさま優先である。
「なぁ!? 君はなんてモノを見せるんだ……」
「えぇー、可愛い娘さんの写真ですよー?」
ほれほれ、と見せびらかせつつ、いったんタブレットをこちらにひっぱって、写真をいじる。
本来、加工はそこまで得意ではないけれども、まったく違和感がないというできを求めないならなんとかなる。
「じゃー、これでどうでしょうか?」
「え……これ。クマ?」
「はい。旦那様とクマさんを交換してみました」
まあ、この等身大クマさんの素材は手持ちでいっぱいあったので、と即席で作った画像を見せた。
新郎部分にクマさんがいるという、とってもファンシーな絵である。しかも、ちびクマを引き延ばした感じはなく、ちゃんと等身大です! というインパクトがある。今やテレビでもおなじみ、言葉を覚えようマスコットである。
ああ……だいぶ前に、その相方の妖精さんやったっけー、とちょっと懐かしく思う。
「これで、クマさんと一緒、ですね」
「……うわぁ」
「え。なにかご不満ですか?」
「コレジャナイ感がひどいというか……」
「できた後輩ならもっとこう違和感なく、一緒にいる感じに仕上げてくるとは思うのですが」
ちょっと荒いのは勘弁してください、というと、そうではなくて、と彼は言った。
「外の風景でぬいぐるみを抱っこしてるならともかく、背後に立ってるとかもう、ホラーだからっ!」
「えぇー。外でも一緒にいて欲しいんでしょう? だったら立派なボディーガードということで」
「ぐぬ……若い子の発想にはついて行けない」
やれやれ、とパパさんはぽすんと椅子に座り込んで、思い切り脱力してしまった。
そんなとき、少し離れた扉が開いた。くっ。写真の加工に手間取りすぎてもう五分たってしまったらしい。
うう。パパさんをうまく言いくるめようと思っていたけれど、タイムオーバーなようである。
あそこから、ぬいぐるみの代わりに旦那さんがいるのですよー! とかいって言いくるめようと思ったのだけど、なかなか上手くいかなかった。
「ま、でも今は、ドレスを優先かな」
ルイとしてならもうちょっと上手くやれるのかなと思いつつ、肝心な新婦さんの姿を木戸は撮りに行くことにしたのだった。
さぁ、普段のルイさんならなんとなくまとまるのですが! かおたんには傷心ダディをなんとかするには至りませんでした!
でも、年上のおじさまにぐいぐい行くかおたんの姿も、かわいーっすわーと、ほっこりです。
想像してみると、等身大クマが不自然に娘の背後にいるって、たしかにホラーだよなとは思います。
ポーズとってる写真ならまだ、ましだったでしょうに……
ルイさんがぬいぐるみと戯れていたら、父様は……「二十歳過ぎの男がそれとは……」とうなだれるのだろうなぁとしみじみ思います。まー大人になってもぬいぐるみラブな男性も良いとは思いますけどね! この場合は、嫌に似合いすぎてるから、なのでしょう、きっと。。
はい。次話はやっとドレスな君と庶民なかおたんがわーいします!




