648.式の撮影依頼3
結局、控え室もやることにしました!
おばちゃん説得せんとあかんしね!
『どういうことなんですか!? おたくの社員が熱を出したのに、代わりをよこさないだなんて!』
式場の控室に新婦さんと一緒に向かうと、廊下を伝ってヒステリックな金切り声が聞こえた。
あーあ。そうか、そうきちゃうかー、とちょっと思いつつ、これが例の叔母さんなんだなぁと木戸は思った。
「だいぶヒートアップしちゃってますねぇ。気持ちはわかりますけど」
「叔母さん、自分の結婚式の時にちょっとやらかされちゃったみたいで……」
私の結婚式は絶対に失敗させないって張り切っちゃってね、と新婦さんは苦笑気味である。
苦笑で済んでいるのは、先ほどの木戸の写真を見て任せられると思ったからなのだろうけれども。
『えっ、代わりならほかにいるから大丈夫ですって!? なにを言っていますの? 今からカメラマンを手配するっていうのかしら? 式まではあと一時間もないのにっ!』
きぃー、という声が聞こえそうなほどヒートアップした叔母様の声は廊下に鳴り響いてほかのスタッフもかなり困惑しているようだった。
さすがにこのまま放置するわけにもいかない、かな。
「んー、どうしましょうね。電話に割り込むわけにもいきませんし」
「そうねぇ。おそらく代わりを寄こすって答えをしないと電話切らないでしょうし……」
それだけ熱心になってくれるのは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいと新婦さんは困った顔を浮かべる。
うん。これはこれで一枚押さえておこうか。
カシャリとシャッターが切れる音が聞こえる。
「ここで撮っちゃうか……」
「まぁ基本どこでも撮りますよ? 枚数を撮って選別するのが佐伯写真館のやり方ですし」
今日は枚数制限もないし、三木野さんに気を使わなくていいし、思う存分撮りまくりますと笑顔でいうと、うわぁと軽くひかれた。
えー、別にそこまでしつこく粘着しないのでそれくらいは許してほしい。
「とりあえずは、あそこが着替えをする控室ですよね。そこに入場するところ、撮らせてください。シャッターの音が鳴ってれば叔母様も気づいて視線を向けるでしょうし」
「そういうもの? っていうか着替え中は……」
「さすがに撮りませんよ。見知らぬ男に着替えを見られるのは嫌でしょうし」
もちろん着替えが終わったら、しっかり撮らせてもらいますけど、というと、さすがはあの人の親友の仕切りだわ……と彼女は腹をくくったのか、にへらと笑いながら控室に向かう。
控室の前にいるのは、電話中の叔母様だけ。他の親族や着替えのスタッフは部屋の中にいるのだろう。父親とかはさらに別の控え室にいるかもしれないけど。
そんなところで背後から新婦さんの姿を狙う。
数枚の連写と、カメラの音が鳴り響く。
これで叔母さんがこちらを見てくれるとありがたい。
『ですから代わりのスタッフを……え?』
「さぁ、気合入れておめかししてきてくださいね? 楽しみにしてますから」
電話をしながらもシャッターの音に気付いたようで、叔母さんはこちらを見ると、え? と首をかしげていた。
『あのー。どうかされました?』
『姪が来たのでまた掛けなおします』
一方的に彼女はそういうと、通話を切った。お客様だからあれだけどちょっと不作法だなと思ってしまう。
「幸恵さん? これから着替えですか?」
「はい、叔母様。まだ少し時間がありますけど、準備は入念にしないといけませんから」
新道さんとの打ち合わせは先ほど済ませてきました、と新婦さんである幸恵さんは報告を済ませた。
少しでも安心させようという心配りというやつなのだろう。
「それで……その、そちらの方は?」
「こちらは新道さんが用意してくださっていたカメラマンさんです。三木野さんが体調を崩されたので、全面的に撮影をしてもらうことになりまして」
「はじめまして。木戸馨といいます。見た目で高校生に見られることもありますけど、いちおう二十歳は過ぎてます」
結婚式の撮影も何度かこなしたことがあります、というと、叔母さんはかなり胡散臭げな視線を木戸に向けてきた。
ルイとしてはそれなりに仕事をしてきているけれど、木戸としての写真撮影はまだまだレアケースだ。そこではたいていこんな感じの視線を向けられる。まだ若いというか幼いのにきちんと仕事ができるのか、というような視線である。
ルイとしてやってるときは、ある程度のレイヤーさんの撮影の実績なんかがあるおかげでそこそこ撮れるというのはわかってもらえていることが多いけれど、こちらは本当に無名なのである。
「そんなに心配しないでも大丈夫ですよ。私は馨くんの写真すっごく気に入っちゃいましたから」
叔母様も何枚か見ればきっと安心すると思います、といいつつ先ほど新道さんと一緒にいたところの写真を自分のスマホに表示させて見せる。
画面は小さいけれど、それでも十分表情などはわかる。
「これ……幸恵さん。あなたすごくいい顔してるじゃないの」
「さきほど撮ってもらったもので。木戸くんはこんなに若く見える男の子ですけど、たぶんドレス姿だったら性別関係なくすごいの撮ってくれると思います」
ね。だから叔母様。と、幸恵さんはじぃと視線を向けた。
嘆願するようなそれである。
「も、もう、仕方ないわね。でも、木戸さん、でしたかしら? この子の撮影をするにしても、じゃあ新道さんの方はどうするのかしら?」
「そこはもちろん撮りますよ。あと今みたいに二人別れてしまう場面は……朝だけだと思いますけど、あっちはあっちで男友達がばんばん写真撮ってますから大丈夫です」
「大丈夫って……それ、本来あなたの仕事なのよね?」
「それはそうなのですが、まだ準備の時間ですからね。それとどちらかというと男友達に囲まれてわいわい撮影されるのって、男性ならば楽しいと思うので」
そういう写真も良い物ですよ、というと、叔母様は頭にはてなマークを付けていた。
いわゆる、男の友情というやつで、祝福してもらったというのが楽しい写真に残るのならあとで見返しても幸せな気分になるのだろうと木戸は思うのだ。
会場の雰囲気とかに関しては、はるかさんが撮ってくれているしね。
え? まあ、木戸が男友達とわいわいできるかといえば、かなり無理なのだけど、それはそれである。
「そういうものなのかしら」
「そういうものです。でも新婦さんのほうはできるだけ綺麗な写真を残したいでしょう? なので良いカメラでばっちりとという風になるのです」
これ、三木野さんのに比べると少し性能は落ちますけど、十分活躍してくれますよ? と木戸がごついカメラを見せると、確かによさそうなカメラなのね、と叔母様はそちらに視線を向けてくれた。
今回のカメラはルイが持っている二台目ではなく、木戸用のカメラである。とはいってもプロの助言で購入したものではあるので、性能はしっかりと折り紙付。まあ、普段撮っているのが学校の周りの風景とか、学校の中の風景とか、特撮研の撮影とかなので、そこまでプロ仕様という感じに思えないところはあるけれども。それでも以前同人誌を作ったときはかなり活躍してくれたアイテムなのである。
「ですから、叔母様もここ、ここらへんにしわ寄せないで、姪御さんの晴れ姿を是非とも目に焼き付けてください」
写真はばっちり撮りますから、というと、えっ、しわ寄ってるかしらと叔母様は急に慌て始めた。
「せっかくきれいに盛装されてるのですから、そんな怖い顔じゃなくて、もっとこう姪御さんが嫁に行く時の顔っていうのがもっとあると思うのです」
「そ……そうね」
「それと、僕としては大量に新婦さんの周辺も撮りまくって、佐伯写真館に売りつける予定ですから、良い写真が少しでもできた方がいいのです! 是非ともご協力いただけると嬉しいです」
「ふふっ。そこでそんな会話になるのね。面白いわ。まだ学生って話だったけど、十分お仕事もできそうじゃないの」
「お任せ下さい。ですので、まずは数枚」
軽くステップを踏んで後ろに下がると、叔母様に向けてシャッターを切る。
「選別するのは佐伯写真館ですから、数だけはしっかり撮りますよ。今日一日をしっかり閉じ込めたものに仕上げますから、楽しみにしていて下さい」
「すごい自信ね……三木野くんもこれくらいだったらよかったのに」
はぁ、と叔母様はため息をつきながら、それでいて切り替えてそのことは忘れるようにしたらしい。
数枚撮影をするころには、幸せな花嫁を見送る家族というような表情をするようになった。
「では、幸恵さん。お着替えをどうぞ。僕はその中に入れませんから……二十分くらいですかね? この建物をうろうろしていろいろ撮らせていただこうかと思いますので」
一応、ご家族の構成などは岸田さんから伺ってますから、そこらへんと、この建物と、あとはこっそり新道さんの方にも行ってくる予定です、というと、ふふっ、それはそれで楽しみね、と幸恵さんは幸せそうに微笑んだ。
まー、準備してるときは別になる会場だから、相手の事を思いながら準備をするというような事にもなるのだろう。
当日はそれでいいとして、後日になったらどうだったのか気になるだろうから、そこは写真でフォローするのがよいのだろうと思う。
「じゃあ、また……と思ったけど二十分っていうけどどうなるかわからないから、連絡先もらってもいい?」
「わかりました。完了五分前くらいでご連絡いただけると助かります。控え室の中での姿も撮りたいですし、あとは扉から出てくるところは絶対に抑えたいので!」
早着替えとかしないでくださいね! というと、ふふっと幸恵さんは笑ってくれた。
ようし。これで交渉は完了である。
あとは施設の撮影をしながら、着替えができあがるのを待つばかりだ。
そして、ウェディングドレスの描写は次回に!
姉様のときは、胸があると映えるデザインにしたけど、今回はどうしましょーねー。
ネットでドレスの絵みるだけでもたーのしー!
これのためにダイエットしますってのも、すごくよくわかる世界です。
さて。次話は控え室のそばをうろうろしつつ、ドレス姿をチェック! でございます。