069.
「そういえば、崎ちゃんは出し物のほうにいかなくても大丈夫なのか?」
「んー。芸能活動が多めだと、あんまりクラスのほうも参加できなくてね。午後からゲスト出演みたいな感じ」
「さすがは有名芸能人は違いますな」
ほーと驚いてやると、怒るかと思ったらしょぼんと崎ちゃんは肩を落とした。
「うぅ。本当はみんなと一緒に準備とかしたかったのにー」
お仕事忙しいのは嬉しいけどね、と崎ちゃんはそれでも顔を上げる。
学校よりもやはり今は芸能優先ということなのだろう。そういう姿は少しだけ親近感を覚えたりもする。学校よりもカメラを取ってしまっている自分も同じような感じだ。
そんな彼女の視線の先にあるのは、一般的な学校の廊下だった。確かに多少装飾が華美かなと思うところはあるけれど、シャンデリアが飾られているだとかそういうことはない。芸能人がいるだけ、という違い以外にあるとすれば。
「エントランスだけは豪華だなぁ……天井広いし」
それは昇降口をはじめとしたエントランス部分だろう。靴箱もぴかぴかだしフタもきちんとついている。天井も高いし昇降口でしかないくせにそこの天井に、採光部ができていて、光が空から降っていることを実感させてくれる。
「これは外向けってやつね。商売相手が学校にくるってこともあるし、そりゃ表向きくらいはきれいにしておくわよ」
「なるほ……どっ?」
その天井をみつつ、光を追って視線を下ろしたところで身体が震えた。
うはぁ。今一瞬視界に見慣れた変な姿が見えた、気がした。
見間違いじゃない。今日はタキシード姿のようだけれど、見慣れたシルエットと甘いマスクはどこからどうみてもあのバロンさんだ。
「男の……人か?」
「ああ、あれね。バロン先輩。あの人もう進路きまってるから手伝いと遊びをかねて参加してるんだって」
午後には舞台もあるってはなし、と崎ちゃんは解説してくれる。
「この学校にいるってことは、女の人ってこと?」
「そ。変な男よりもずっとかっこいいっしょ?」
にやにやと言われると、まあ確かになぁとは思う。
コスプレ広場にいたときとはまた違う出で立ちではあるのだが、その男装っぷりはたしかにかっこいい。
いうまでもなく、普段の木戸よりも十分にかっこいいのである。
「おや崎山嬢が誰かと一緒とは珍しい。そちらは……芸能界関係の子では、ない?」
「失礼ですよ先輩。私だって、一般の友達くらいはいるんです。それより今日は何をしてらしたんですか?」
「今日は舞台にでる予定なんだけれど、それまではいろいろな場所での案内役といったところかな」
学園祭運営のお手伝いといったところだよ、とやや形式ばっていう姿もさまになっている。
「ふわ……」
「見知らぬお嬢さん。わが校の学園祭を楽しんでおられますか? 願わくばこの場を好きになってくれることを」
そんなバロンさんは、膝をついて馨の手の甲にかるく唇をつける。
その瞬間ごふっと脇腹に肘突きが入った。わりと力がはいっていて、ごふっとクリティカルである。痛い。
「崎ちゃん、ひどい……」
「なーにでれでれしてんのよ。なによその、乙女チックなふわって」
「あらまぁ。これはスキャンダルというやつなのかな?」
「こいつ、いつもはもっとがさつなんです。なのに今日だけこんなにかわいい声あげちゃうとか」
「だ、だってだって、こんなことされちゃったら、そりゃ」
手を軽く見つめながら、少しほうけたように言うと、なおさら崎ちゃんの視線が険しくなった。
けれど、足をこつこつと当てると、ぴくんと崎ちゃんは理性を取り戻したようだ。
「ごめん。あたしが悪かった。馨はなんも悪くない。悪いとしたらバロン先輩よ! そんなかっこいい姿で女の子たぶらかさないでください」
「こっちに飛び火してくるのかい?」
まいったなぁと彼女は優雅に一歩さがると、それでも興味深げにこちらに視線を向ける。
「二人とも楽しそうだからね。僕は他のレディに挨拶してくることにするよ」
バロン先輩はそう言い置くと、さっそうと別の招待客のところに挨拶をしにいった。ご多忙な方である。
「あ、珠理奈せんぱーい」
さすがは珠理奈といったところなのだろうが、校舎を歩いているといくつか声がかけられることがあった。もちろんその時はきちんと対応して、無難にすんだのだけれど。
今回近寄ってきたのは、ちんまりした姿の少女だった。木戸が見てもそれでも身長が低いとわかるので、150をもしかしたら切っているのかもしれない。
今まで愛想を振りまいていた珠理奈が嫌そうな顔をしているところをみると、一方的に慕われているという関係らしい。
「さすが珠理奈先輩のお友だちさんです。めっちゃきれいですねぇ」
「そういう君も、愛らしくていいね」
軽口を返すと、ぎろんと崎ちゃんの睨み目がこちらに刺さるのだけれど、今の状況でこれ以上の返しはさすがにできない。そう。ルイになっていないというのもあるけれど、口調がどうにも安定しない。女っぽくはいくらでもできるのだが、それをやってしまってはルイだといわれる可能性が高くなる。ようは気持ちをのせるかのせないか、というようなところなのだろう。今のところはまだ自分の中では女装をした木戸馨なのである。
「きゃーん。そんなに可愛くて実はボーイッシュな感じはいいですねぇ。もしかして珠理奈先輩のこれですかい?」
ここは昭和の時代なのだろうか。彼女はなぜか小指を突き上げて、うえっへっへと親父臭い笑い声を上げた。
「どれでもないし、すねかじりにさせるつもりもないわ」
こいつは、あくまでも友人ですと、崎ちゃんは冷淡に言い切ってくれる。まあ順当な否定のしかただろう。恥ずかしそうにそんなことを言えば、何割かは認めてしまうことにもなる。冷静な否定がこの場合一番いい。
「へぇ。珠理奈先輩が、友達に対等な関係を求めるってけっこー珍しいですね」
だいたい、対等っていったらライバルばっかりなのに、といわれて、どよーんと彼女は表情を曇らせた。
そういう面はたしかにあるのだと思う。どうにもこのお嬢さんは他の友達をあまり作れないみたいなのだ。この前のうちの演劇部とのやりとりも、ファンとアイドルというような、先輩と後輩のような関係になってしまっていたし、エレナとだってそこそこ仲良くはなったようだけれど、対等かといわれるとまだまだだと思う。
「でも、なんかちょっと気になるというか……」
うーんと、彼女は考え込みながら、まあ、いっか、確認すれば、となぜか一人納得の声を漏らすのだった。
あまりに小声過ぎて内容がわからないのだが、そこからの彼女の動きは迷いがなかった。
「初対面の人には必ずすることがあるんです」
するするっとごく自然に近寄ると、ふわっと風が、おきた。
そう。スカートが思いきりめくられたのだ。
「おと、おと、おと……」
「んなっ」
「やばいっ」
崎ちゃんがまずいっと顔を青くする。こちらも風でスカートがまったとき同様に、習慣的に反応して手で押さえつける。
下着が見えていた瞬間はたぶんそう長くはない。ないのだが。
「大人っぽい下着だーーー」
きゃーんと、その子はくぅと両手を握りしめて胸元に持ち上げる。
「ちょ、いきなり何をするのっ!?」
ここで、取り乱さないわけにはいかないが、もちろん青ざめる崎ちゃんとは違って、こちらはある程度冷静なのである。慌てて地声がでるなんて失敗はやらかさない。
そう。めくられたことにショックはあるのだ。高校生にもなってそんな小学生男子みたいなマネをするようなヤツに会うはずがないと思っていたし、そもそも木戸としては小学生のころにそんな経験をしたこともないので、初めての感触というやつだったのである。痴漢の方なら散々体験済みなのだが。
「ちょっとした確認のつもりだったんですけど、まさか先輩みたいな方があのような下着だなんて……」
意味ありげな視線をこちらに向けながら、それでも試すような口調で彼女は驚きの声を上げる。
崎ちゃんはぽかーんとしていて、まだ動けないようだ。
そりゃ、直接見られたとしては、相手の反応が妙だというのは、事情を知ってる側からすれば思って当然だ。
「ちょっと琴心、あんたなんてことを……」
「あー、あれは、実は崎ちゃんのチョイスでね。普段はさすがにここまで大人っぽいのははいてないんだよ?」
変な風に崎ちゃんが口を滑らせるのを回避するために彼女のことはとりあえず放置して、目の前のスカートめくり娘のほうに向かい合う。
ほんとだよ? といってあげると、おおぅとこちら二人の顔を交互に見ながら、
「珠理奈先輩が一緒に下着買いにいく相手がついぞできるとは思っていませんでした……」
「崎ちゃんあんがい、一緒におでかけとかってしないタイプだったんだ?」
へぇ。友達は多そうなのにと言ってあげると、さきほどの混乱の影響なのか、素直にぷすーと頬を膨らませながら流れに乗ってくれた。
「うっさいわね。休みの日も大抵仕事でうまってて、滅多に買い物なんかにいけないのよ。でも友達がいないってわけじゃないわよ。今日だって万が一があったらなんとか収束させられるって思ったからあなたをつれてきたんだもの」
それがどういうことか。いいや、珠理だって琴心にあったときは少しばかり警戒もした。この相手は今の自分たちにとっては鬼門である。スカートめくりをするという噂は聞いていたしそんなのに捕まったのなら、いくら外見がきれいでも無理だろうと思っていたのに。
なんとそれを通過しても、琴心は一切の悲鳴を上げず、おまけにスカートめくりに対する悪びれた雰囲気もなく、こちら二人の掛け合いを見ているのである。
なんというか、足に力が入らない。かくんとそのまま床に座り込んでしまった。
「この世がこんなに不条理だとは思わなかった……女優やってていろんなことは経験してきたけど、これはあんまり、あんまりよ……」
「なんだか珠理奈先輩が沈没なさってますけど、なにかあったんです?」
「あったとしたら、いきなり後輩が他学生のスカートめくったことだと思うけど……」
こちらも呆れたように脱力しながら、悪びれない後輩さんに苦情を漏らす。
「あー、あれはその、とある条件の人にたいしてやってるだけなので」
許して貰えると嬉しいですと、きらきらした笑顔を浮かべられては、こちらとしてはどう反応して良いのかわからない。とある条件というのはなんとなく見当はつくけれど、一度めくればそれで氷塊していただけるようなネタではないだろうか。
「では、もう一回」
「くっ、死守させていただきます」
ぱさりとスカートにのびる手を強引に手で止める。女の子の手首をつかんでいるけれどこの際はしょうがない。
「芸人じゃないわりにずいぶんと力があるじゃないですか、先輩」
「腕力にはそこそこ定評がありまして」
悪いが男子の平均以下の腕力しかなくても、女子に負ける気はない。しかも相手はこんな小さな女の子である。手のサイズだっておそらく木戸よりも小さい。
「今はまだ本気出してないだけ、だけど、力はまだまだ籠められるよ」
ほれほれ、といって彼女の腕を押し返す。あんまり全力だと一気にいってしまうので、やんわりだ。
「しかたない。あきらめて珠理奈先輩のをめくろうとしますか」
ふえっへっへと女の子にあるまじき卑猥な笑い声を浮かべつつ、木戸から手を引いて珠理奈に手を向ける。
「とみせかけてっ」
いきなりのフェイントで木戸のスカート狙いをしてくるものの、寸でのところでそれを止める。
「どうしてこう、何度も」
「なんていうか、先輩はちょっとこう怪しいんですよ。スカートの中になにか秘密を隠してるんじゃないかーって」
「ってさっきまじまじ見たでしょう?」
まったくといってやると、一瞬じゃわかりませーんと反省の色がない返事がくる。
「二度三度と見せたくないです」
「じゃあ触らせてください!」
元気に言われて正直どんびいた。いくら女子同士とはいえ、そんなところを触らせろというのはさすがに普通じゃない。これはあれか。八瀬と同じタイプの人間なのか。それとも芸能人はみんなこういう生き物なのか?
「あの、崎ちゃん。芸能人だとこういうのが普通なん?」
悲壮な顔できくと、崎ちゃんはないないと首と手をふった。
「それくらいにしなさい。うちの学校の品位が疑われます」
「でもっ! その子、やっぱりなんか、変です」
目の前で変と言われて、はぁと深いため息が漏れる。
変と言われるのは、たぶん切り替わってないからなのだ。崎ちゃんと一緒にいる段階でルイになりきれていない。それがこの子にスカートめくりをさせて中を確かめるという行動に走らせているのだろう。
やれやれと、ため息をつく。そうまで変だといわれるなら、切り替えていこうじゃないですか。
「私のどこが変かな? 確かにちょっと人慣れはしてないけど、初対面の人に変って言われたの初めてなんだけど」
ぷんすかとちょっと頬を膨らませて見せる。
「えっ……」
いきなり空気感が変わったからだろうか。後輩の子はきょとんとした様子で、まじまじとこちらに視線を向けてくる。
「崎ちゃんとの掛け合いに違和感があるっていうのは……まぁ直接会うの久しぶりだからしかたないよ。前に会ったのってうちの文化祭来てくれた時だし、実際それいれても直接会ってるのそう数も多くないんだもん」
メールとかはしてても、一年以上付き合いがあるくせに、友達っぽいことをろくにしていないのだ。
「そうねぇ。なんだかんだでこっちも忙しいし、馨は馨で週末の予定聞くとたいてい出かけてるみたいだし」
「しょーがないよー。週末にしかできないこと、いっぱいやってるんだもん」
「あはは。まああたしも週末はほぼ撮影だからなぁ」
「なっ。最初の違和感がなんか知らないけど消し飛んでる……くぅ。気のせいだったか……」
二人で掛け合いをしていると、後輩の子はなぜかぐぬぬ、と口惜しさなんだろうか、おかしいなぁという感じのため息をついた。
「先輩、疑ってごめんなさい。男の人なのかなって思ってかまかけたんですけど……」
「かまもなにも、あんなダイレクトなかまかけはないでしょうに」
「でも、確実な方法じゃないですか。見た目でちょっと違和感がある人にしかやってませんし」
「へぇ……つまりあたしのことを少しでも男だと思った、と?」
ふーん。へぇーと言ってやると、ひぃと彼女は後ずさった。
そりゃ、疑われる状態ではあったけれど、一般女子がスカートをめくられて、しかもお前は男だろうと疑われてたと知って怒らないはずがないので、プレッシャーをかけておく。
ただ、内心では少しばかり不思議な感情はあった。
なんせ、崎ちゃんとこういう話をできる相手がいるのである。芸能活動が忙しくて学校行事に飢えている人としては、こうやって好きに言い合える相手がいるのは良いことじゃないだろうか。
それに、もしかしたら彼女のスカートめくりだって、大切な先輩に変な虫がつかないようにしているのかもしれないし。普通そうでもなければ初対面であんなことはできないだろうし、よっぽど切り替える前は違和感があったのだろうな。
「雰囲気がちょっと……普通じゃなかったんです。それで」
「緊張してた、ってのが正直なところかなぁ。女子高って入るの初めてだし、周り女の子ばっかりって環境もちょっと気圧されてしまうというか」
あんまりぶっとんだことをされたので、そんなのもふっとんじゃいましたよ、と言ってやると、あはは、ごめんなさいーと彼女は言い切った。
「でも、貴女二回目もやろうとしてなかった? 一回みればばっちりわかるものでしょう?」
いまだに頭を悩ませている崎ちゃんは、ついに答えを外に求めたようだった。
「んー。ちっちゃいだけの男の人かもしれませんし。まぁたしかに、もんまりはしてなかったですけど」
「もん……まり?」
え、なに、といった様子の崎ちゃんを横目にこちらは大いに納得の会話だった。
確かに今の木戸の下の処理はやや特殊だ。
男の娘漫画なんかの定番で、スカートからちらっとこんもりしたものがのぞき見えるなんていうことがあるのだけれど、それをもんまりと表現してみたりすることがある。けれど今の木戸にはそれはない。
どこにしまったのかといえば、体内ということになるんだろうか。タックと言われる手法で水着なんかにも対応できるという優れものなのである。正直圧迫感もあるし下腹部に変な感じがするので好きではないけれど、こういう場になるとやっといてよかったと思う。
「それでもし、その、もんまり? してたらあなたはどうしてたの?」
「愛でます」
きりっと、どこかで見たような光景が展開されていた。
ここにもいたよ、男の娘フェチが。
「それは、全身を? それともスカートの中を?」
「両方です」
ふんす、と鼻息を荒くしながら断言する。あれ、この子崎ちゃんが心配で相手が男かどうか確認してるんじゃなかったっけという思いが頭を流れた。どうやら思いっきり相手の煩悩を誤解していたらしい。
「えと、もしかして……スカートめくりまくってるのって……」
「はいっ。いつかもんまりしたものが見られるのを夢見て」
かくんと力が抜けた。なんという。なんという壮大な計画か。
「ええと。そんなに男の娘好きならコスプレイベントとかにいきなさいな。少なくとも女装してる人には会えるから」
「女装さんも嫌いじゃないですけど、私が求めてるのは男の娘デス。道を歩いていてもまったく女の子、しかしっ! いざすっころぶと、衝撃的なものがあるというこの倒錯感!」
「それにしてもスカートめくりはダメでしょー。女同士だからって許されない日もきっと来るよ?」
すでに今日がその日だしな、と内心で言葉を加える。
「わかってますー。あーあ。ちょっと期待したのに残念。そいじゃ先輩方、私は次のターゲットを目指すのでこれにてー」
しゅたりと、はた迷惑な後輩は手をあげるととてとてと去って行った。
あ、あぶね。同性愛と教科書問題っていうネタの記事について意見をつらつら書いてたら、原稿落ちそうになっていたよ!
教科書で書かれてない、教わってないってものであることに、恐れを持つっていうのがまずわからないデス。教師ですらそこから脱線するのが学校の授業ですのにね。
さて。今回のめくり女編はもともともっとひどかったのですが、修正かなりしました。そして次回はもうちょっと時間かかりそうなので、一応夜アップ予定とさせていただきます。朝いけそうなら朝で。