プライベートビーチに行こう8
今回もルイさん登場しないためナンバーなしです。
「まず、最初に確認しておきたいんですが、珠理奈さんはなんでルイ……いや、馨兄を好きなんでしょうか?」
「なっ! 突然なんてことを……」
なんでといわれても、そのあの……と珠理奈は恥ずかしそうにお湯に体を沈めた。
本当は潜ってしまいたいくらいなのだろうが、顎が浸かる程度で抑えている。
「どこらへんが好きで、どこらへんが嫌いで、っていうのが解った方が、諦めがつく部分が解ると思うので」
「諦めって……」
なにを言っているのだこの娘はと、珠理奈から剣呑な視線が向かう。
楓香はそれを涼しい顔をして受け流した。
内心では、むっはー美人の睨む目は迫力あるわー、眼福眼福といった感じである。
「100%相性がいい相手なんて、それこそマンガの世界の中にしか存在しません。人はそれぞれ個々に心の壁を持っていて、なんとか妥協しながら付き合うもの、だそうですよ?」
「ああ、友達関係と比べるとわかりやすいですね」
どうしても苦手なところもあるし、親しい人とはぶつかることもありますし。
と、彩もうなずいた。
恋愛関係で考えると納得できないことでも、ようは人と人との付き合いである。
表面上だけ付き合えば良いとは言わないけれども、自分を心の底から全肯定できる人なんていうものは存在しない。
それこそ両親にだって、子供の心なんて協調どころか、把握すらしきれないのだから。
「あとは純粋に興味本位ですね。あの馨兄のどこが好きになったのかってね」
ここらへんはいわゆる、女子トークっていうやつでしょうか、と楓香は人差し指を顎にあてて、んー、とうめき声を上げる。
ルイがこの場にいたらシャッターを切っていただろう場面である。
「どこって……別に馨はその、良いやつだし? もっさりしてるけど実はかっこいいし? みんなに大人気じゃないの」
まあ、人気だから好きになったわけではないけれど、と珠理奈は首を傾げる。
その反応にうんうんと楓香が目を輝かせる。
「ルイ姉はめちゃくちゃモテますけど、あれは見た目での部分が大きいんです。ただ馨兄は……あんまりモテないというか。冴えないというか。すっごく普通というか大衆? 有象無象? そんな感じを維持してるっていうか」
モブを目指そうと言うことで、あの感じなんですよね、というと、ちょっとは話聞いてるわと珠理奈は答えた。
一人馨との面識がない彩は首を傾げながらも無言で話を聞いている。
「確かにそうなのよね。前に一回オシャレに仕上げた時は、ほんと仕方なくって感じだったし」
「マスコミ除けでしたもんね。あのときの馨兄、なんていうかちょっとショタっけがあって可愛かった……」
「えええっ。あれは十分かっこよかったと思うんだけど」
「そこは感性の問題でしょうね。たぶん彩ちゃんもあの時の写真を見たら、可愛らしい殿方ですねって言いそうですが」
「……なら、あとで見せるわよ。テレビオンエアーもあったけど、個人的に何枚か撮ってるから」
「ん? ルイせん……じゃなくて、馨さんってテレビに映ったことがあるんですか?」
ぴちゃんと音を立てて、彩が前のめりになった。
テレビに映りまくってる人が目の前にいるというのに、そちらの事実の方に大興奮の様子だ。
「あっ……ええ。まあ。でもそんなの特別なことでもなんでも……」
「いいえっ! 知り合いがテレビに出た! とか、もう学院では大騒ぎになってしまいます」
変なところでしたら、場合によっては先生方に呼び出しを受けたりとか……と、彩は苦笑を浮かべる。
それくらいお嬢様学校にとってはテレビに出るということはとても大きな事なのだと言うことだ。
「こほん。このように世の中は自分の生活主体に物事を語るわけで。だから私は思うんです。身分違いの恋ってやつは、ちょーめんどくさい! 私は絶対オタクの彼氏をゲットするんだってね!」
男性同士の行きすぎた友情がオッケーな男の子が理想的です! と拳を握ると、楓香は、出会う率が少なすぎですがー、とがっくり肩を落とした。
女はみんなホモが好きというテンプレがあるけれど、男性は大概ホモが嫌いなのである。がっくり。
「なんていうか……木戸家というか……その親類みんな変なやつばっかなのね……」
従兄弟くんだけかと思いきや、まさかこちらもとは……と、珠理奈はつぶやいた。
「そこは、信頼の証と思って下さいよ。こんな話滅多なところじゃできませんって。学校でも部活の仲間くらいにしかお披露目できませんでしたから」
「そうなの? エレナの話だと町にBLコーナーってところがあって、男性同士の行きすぎた友情を扱う書籍がばばーん! と並んでいると聞いたけれど」
「……エレナさん。なんという吹き込みを……」
くぅっ、嘘じゃないけど本当じゃないもやもやがひどい! と楓香が叫ぶ。
確かにBLコーナーっていうのはある程度の書店にはある。
あるけれども。楓香としてはちょっとあそこらへんの本をレジに持って行くのは抵抗がある派である。
部活の先輩方は、そんなにびびらなくてもレジの人は、同志なら優しい視線をくれるし、そうじゃないなら、またイケメンモノを買うのかよ、こいつ! とか思うわよなんて言っていたのだけど。
でも、BL本のあおり文はかなりこう、とがっていて。
ちょっと顔を覆ってしまいたくなる楓香なのである。
覆ったあとで、指をずらして、ちらちら見たくなるのだから、始末に負えないのだが。
「いいですか!? 町中でBLの本を買うのは、覚悟を完了する必要があります! ルイ姉あたりは、おー、かわいい表紙だねーとかいって、さらっと手に取って、でも買わなさそうですが!」
「まあ、あいつ写真関係の本以外あんまり、興味なさそうってのはわかるけれども。そんなにBLってダメ?」
「翅×馨(男装体)」
「んぐっ」
ぼそっといわれて、珠理奈は思いきり想像してしまった。
仕事としても一緒にやったことがある翅の顔は、一般の人が見たこともないほど接近したそれすら見たこともある。
その視線が、馨に向けられて……そして……
「いらっとするわぁー。それはないわー」
「ほら、珠理奈さんだってBLだめじゃないですか」
「そういう話の仕方は卑怯だと思うわ。きっと翅じゃなくて、別の女でもイラッとくるもの」
それって、BLだから嫌悪感があるーとかじゃないじゃないの、と珠理奈は頬を膨らませた。
「いやぁ、それはまあ、たとえが悪かったです。すんません」
こつんと楓香は自分の頭を軽く叩きながら、てへっと首を傾げた。
まあ、やらかしたなーという感じの顔だ。
「じゃあ、そうですね。馨兄と……HAOTOの蜂さんとかどうですか? 馨兄が攻めで」
「攻めって男役ってことよね? ……ミスキャストでは?」
「そうじゃなくなるのはBLの筆者さまの尊い技術次第。あぁ……私などでは到底たどり着けない想像もできない展開を思いついて下さるのです」
「そのような方々が手がければ、きっと、ルイ姉……じゃない。馨兄が立ちな展開だってきっと、あるいは、ちょこっと、可能性が重箱の隅くらいにあるのではないか! などと私は思っているのですが、プロの手にかかればそれは実際の……うぷっ」
ばしゃん。楓香の饒舌な語りの中、思い切り楓香の上に、お湯が振ってきた。
えっ、えっ? と周りを見回すと、桶をもっているのは彩なのだった。
「ちょ、なにしてんのよ」
「私もエレ姉様から、ちょっとした指令を受けてましてね。楓香さんが暴走したら止めろって」
あの子、木戸家の血筋か、オタ特有のあれなのか、暴走するからって言われてました、と彩がいい顔で笑った。
特別自分がやったことに罪悪感はないらしい。
「ほぼ初対面でよくやるわね……」
「エレ姉さまが暴走したら、ハリセンで止めるのが私の役目なので」
「……オタクのノったときの語りはやばいってエレナも言ってたわね」
「仲間同士でわいわいやるなら、全然いいんですけどね」
今は時間もないですし、珠理奈さまのお話をメインにと言われているので、と彩がいう。
「それに。珠理奈さまとルイ先生の恋仲の話なら、私も聞いてみたいですし」
珠理奈さまがルイ先生の事を大好きってのは、間違いないんですよね? と、彩はきゃーきゃーと声を上げた。
恋愛関係を見つけた中学生みたいな反応である。
「う……それはそうだけども……」
「ほらほら、さっさと好きになったポイントとか、きっかけとか、どこあたりが好きかとか、いろいろ吐いちゃうといいです」
「復活早いわね……」
ごしごしと頭と顔を拭いた楓香が話に混ざってくるのを見て、頭は……温まったかしら? と珠理奈は言う。
冷えた、といおうとして風呂だしなーという感じのアドリブである。
「恋バナをするにはなんかこう……これでいいのかとは思うのだけど」
「だいじょーぶです! 珠理奈さんなら他に話せる場所は無いと思うので」
「いちいち失礼ね!」
「友人だからこそ、失礼も通せって、エレナさんにいわれまして」
全部の無礼は全部あっちにぶん投げです、としれっと楓香は言った。
本人としてはひやひやではあるものの、それでもこれでも自分は「彼女が親戚になる未来」を欠片でも期待する身なのである。支援はしてあげたい。
「うぬぬ。エレナめ……たしかに最近仲良くはなったけど、その友達までOKって感覚が連鎖したら、いつか民衆にもまれてしまうー!」
「そこらへんは大丈夫です。私はこれ以上広めるつもりもないし、ただその」
「その?」
「素直に、馨兄とのなれそめを言いやがれば、それでいいです」
にこっと、ここでその顔をするのは、オタクっこの文化の一つなのだろうか。
一般的にはそこは、「にへらぁ」と悪い顔をするものだと思うのだが。
「はいはい。わかりましたよ。そこまで言われちゃったら、素直に言うわよ。でも本人とか。あとエレナには言わないこと。あいつ、きっとすっごくいじり倒してくるんだから。前にちょこっといったことも、最近はどうなのー? とか。もー、お前はご近所のご婦人なのかー! ってなもんよ」
「あー、エレ姉さま、自分で男の娘を自称してますけど、どっちかというと本性はすれてますから……」
男ができると、男の娘は蝶になるの、ウチョウテンっていう蝶に! とか言っていたっけーみたいな余計な事を彩から言われた。
そちらから、内緒っていう約束を受け付けて、珠理奈が話し始めた。
「私が初めて馨にあったのは、仕事の企画でね。田舎町のコンビニに女優の偽物が入ったらどうなるかーみたいな企画だったのよ」
「えええっ。それ、初耳というか……だれもそんな話」
「企画がぽしゃったので。うん。放映されなかったのよね」
突撃企画だったのはともかく、馨があっさり仕掛け人の女装を見破って、絵として使えなくなっちゃったの、というと、あー、うー、うちの馨兄が申し訳ないです? と楓香は首を傾げた。
「素人さん相手にするわけだし、変な反応がもらえれば儲けもの、普通だと……まぁ、他に行けば良いって感じだったんだけど」
あのときは、もう、この企画いいやって感じになっちゃったのよね、と珠理奈は肩をすくめた。
そう。珠理奈役をやる予定だった、相手の心が全力で折れてしまったからだ。
実は、そこで看破してくれたことは、すっごい嬉しいことではあった。
さすがに、自分の似てる人グランプリの優勝者が男だとは思わなかったわけだけど。
「それで? どうなったんです?」
「馨のあんにゃろう。私を前にして、あなたの方がきれいですよ、とかいうのよ」
「んなっ。あの馨兄が……」
「ああ、客観的な批評ってやつよ? 蜂蜜と寒天を比較してどっちが甘いかっていうのをしれっと言ったくらいのことで」
ここに馨がいたなら、あのファンの子も結構なテクニックがあったと思うんだけどね、といいそうなのだが。
そこらへんは誇張していう珠理奈なのだった。
「そして、あいつは白滝おごってくれたのよ。寒いコンビニの前でさ。ほんと。つゆだくで、あったかくて。一緒に食べてくれて……」
あの頃は本当に、周りに一緒になにかを食べてくれる人なんて居なかったから、すごく暖かかったんだと素直に言った。
「それにあいつ。がんばってるねって褒めてくれた。そりゃ……今にして思えば、あいつルイとしてその前にあたしに会ってたから、あんな反応なんだって解ってるけど、その……いきなりそんなこと言われたら、やっぱりその」
「ときめいちゃう、ですか?」
「うむぅ……」
ぽそっと言われた彩の言葉に、珠理奈は再び湯の中に体を落とした。
口だけが沈むくらいな感じで恥ずかしそうにぶくぶくしている。
仕事を中心としてやってきた珠理奈としては、ファンの声よりもずっと近く。さらには一般人として扱ってくれた馨のことを特別視しないわけはないのだった。でも、一番なところは、たとえ従兄妹だとしても話す気はない。
「そしてそのあと交流を続けたら、女装趣味のカメラバカであることがわかった、ということですね」
悲惨、と楓香がいうと、ざばりと珠理奈は浮かびあがった。
ぎしっと、楓香の両肩をつかみながらだ。
「カメラバカであることは嫌になるくらいわかったわ。っていうか、最初にルイに遭遇したとき、こいつバカだ。ほんとなんか一直線だって、すっごい思ったもんよ。いつかこいつに、お願いですから撮らせてくださいって言わせてやる! って思ったもんよ」
「あれ? ルイ姉ともファーストインパクトがあったんです?」
「むしろ、馨より前ね。銀香町で撮影があったときにばったりあって。あいつ、撮りたいけど権利関係が絡むのはめんどくさいからやだとかいうのよ?」
そのあと無理矢理一枚撮らせたけど、というと、ふむ。引っ張る系姉御嫁というのもありか、と楓香がちらっとつぶやいた。
「つまり。かつての珠理奈さんは、コンビニおでんを酌み交わす相手もおらず、ぼっち生活を営んでいたと……」
よよよ、と、楓香は大根役者さながらに涙をふくような仕草をみせた。むしろお風呂のお湯が目につきそうなのだが。
「なっ! たしかにぼっちだったことは否定はしないけど! でも別に最初からじゃなくて、気になるから友達になりたいな、みたいな感じだったわよ」
「あのー、それが恋心に変わったっていうのはいつ頃なんでしょうか?」
こそっと彩が手をあげながらそんな質問をする。可愛い。一枚カシャリといく風景だろう。
「わかんない」
期待まみれのわくわくした視線を向けられても、珠理奈はぷいと視線を背けるばかりだった。
いつから好きだったとか、そんなの誰しも言えるものだろうか。
そんなの、劇的なイベントがあったあとに解るってのならあるだろうけど。
馨については、「毎日がイベント」みたいなものじゃないか。
「わからないって……えーと。馨兄の事は好き、なんですよね?」
ええと、と、楓香がちょっと困惑したような声を上げる。
「そりゃそうよ! ……告白までしたんだもの。馨は特別だし、一緒にいたい!」
「一緒ってどれくらいに?」
ん? と言われてうぐっと珠理奈は息をのんだ。
具体的にどれくらい? といわれて答えられるカップルは果たしてどれくらいいるだろうか。
「どれくらい……ええと、楓香お姉さま。それって時間のこと? それとも密着ど……って、きゃっ、私なんてはしたない……」
なんてことを言ってしまったのかと、彩は頬を赤らめている。
異性と密着なんていうのを想像したからなのか、はたまた長時間一緒にいるだけで、そうなのかは不明だ。
まあ、楓香的にはナイスアシストである。
「さぁさぁそこらへんどーなんです?」
「それは……そのう……なるべく?」
本音は独占したいけど、あんにゃろーの人付き合いまで束縛したいとは思えないし、と珠理奈がいうと、ふむと楓香は腕を組みながら何事か考えるように無言でお湯に浸かった。
「やっぱり、珠理奈様はこう……普段のイメージと違ってずいぶん可愛らしいです」
そんな様子を見ていた彩は一人そうつぶやいたのだった。
BLコーナーにきょどる楓香たん。これが若さか! などと思いました。
慣れてくるともう、ほいほい買えてしまうんですけれどもね。
さて。今回はなんでそこまでかおたんの事好きなの? ということでおさらいでございました。
もう、最初の出会いとか五年前に書いてたんだよなぁと思うと時の流れははやいなぁとしみじみ思います。
次話はお風呂から出てからのお話ですね。