639.プライベートビーチに行こう6
なにげに五周年を迎えておりました! みなさま長らくのご愛顧に感謝を!
「割と混んでるみたいだね~」
「若い子も多かったりするんだね」
ほぉー、と温泉施設のエントランスを通って周りを見回すと、お年寄りばかりではなく若い子の姿もけっこう見受けられた。
夏休みに温泉にこようというのも、なかなかに珍しいのかなと思っていたけど、そうでもないらしい。
「部屋の予約は取ってあるのよね?」
「うん。そこらへんは大丈夫。受付さえ通れば問題なしだよ」
さぁ、行こうかといいつつエレナが先導して受付に向かう。
新たに現れた集団に、ロビーにいる人達の視線が向けられる。
「……なんか、結構注目されてる?」
「うーん。さすがにこのメンバーだと目立つかなぁ」
ちらっとエレナがよーじ君を見た。
目立っている理由というのは若干このメンバーの男女比率にもあるのかもしれない。
なんせよーじ君しかぱっと見男性がいないのである。
結構ひそひそされてるというか、まじうらやまなんて声が聞える。
かわいい子の中に男一人とかやべー、なにあれ、とか。
美人ばっかりでござる……クオリティ高いでござるな、とか。
誰が相手かな、他はフリーかなとか。
不毛な発言が周りから聞えてくるのだった。
「あの……温泉とかお好きなんですか?」
さて。受付待ちをしている間のことだ。
すでに受付を終えているであろうタオルを肩に掛けてるお客さん達の集団に声をかけられた。
特定の一人というわけではなく、ルイ達の集団にという感じだろうか。
その声かけは、すぐにNOと言えないようなもので。
素直な答えなら温泉は大好き! としかいえないのだけど。
誰がどう答えようかと、みな視線をさまよわせているところだ。
ううむ。思い切り年下組がびくっとしているのでここは頼りになるお姉さんとしての評価を上げる機会かもしれない。
「お風呂は好きですが……今日はあまり長居ができないんですよね」
ほんと、来た早々帰りの事を考えるのはがっかりなのですが、と時間が一時間半しかないことを念頭に入れて答えておく。
告白される経験は多くても、ナンパをされるほど都会に行かないルイとしては、そこまで対応が上手いわけでもないけれども、それでも解ることはある。
断るならばっさりと、である。
少しでも希望が見えるようなら頑張ってしまうのが男性というモノらしい。
……いまいち解らない感覚だ。
あとで、エレナにルイちゃんで言えば、撮らないで! って拒絶されてもほらほら一枚くらいいいじゃーんってすり寄るのと同じことだよ、といわれてなんか納得はしたのだけど。
「そっか。じゃあみんなでメシでもどう? 俺達おごっちゃうよ?」
「……んー、ほんとお風呂に入りにきただけなんです。割とお腹もいっぱいといった感じで」
ぽっこりしてないか不安です、と苦笑気味にお腹に手を当てながら言うと、確かに……と他のメンツもお腹に手を当ててさすっている。
運動したはずだけど、それでもお昼ご飯はまだまだ残っている感じらしい。
っていうか、みんなお腹のことを気にするのなら、ビーチバレーの時に気にして欲しかったです。
まあ、言うほどお腹がでてる子なんていないんだけどね。
「ならお茶だけでも……」
「お茶ね……それもちょっと難しいかな」
「そうはいわずに!」
是非お願いします! と、彼は両手を合わせながら、お願いします! とすがすがしいオジギをしたのだった。
まあ、とはいっても、オーケーするなんていうのはできない。
そんなとき、こちらが膠着状態なところで、エレナの声が軽やかに響いた。
「あ、はい。個室二つ予約してます。これですね、はーい、みんなこれ支払いようのバンドね」
カードキーとかいろいろな代わりになるので装備しておきましょう、とエレナが容赦なく受付を済ませてみんなに言った。
うぐっと声をかけてきた男性達はエレナの一言に少し身体をのけぞらせた。
効果的なのは問答よりも、動きを伴うことだと思わせられた。
「個室……大浴場の方じゃないのか?」
「それはもう。だって個室じゃないと彼氏といちゃつけないじゃない?」
ねー、とエレナさまはよーじ君の手をぎゅっと引き寄せると思い切り恋人つなぎなんてものをしてくれました。
彩ちゃんがお姉さま人前で大胆です、とかつぶやいていた。まあ女子高のお嬢様には異性(だが同性)と手をつなぐのもちょっと非日常の出来事なのだろう。
なにげに彩ちゃんったら、若葉ちゃんの手とか握ってるから十分普段から触ってるはずなのだけど、そこらへんは精神的な問題なのだろう。
「それじゃ申し訳ないけど、ボクらは行くので。さぁ、みんな」
あんまり騒ぎを起こすと悪いしね、とエレナさんは女性陣をさぁさぁと追い立てるように移動を開始させた。
なんとなく後半はエレナさんにしてやられたけれども、まあまあ無事にイベントをこなせただろうか。
今回はご縁がなかったと言うことで、それぞれで温泉を楽しめばいいと思う。
「ちょっ。まっ」
「ボクっ娘……」
「せっかくの温泉なのですから、みなさんもゆっくり温まって下さいね」
外向けのちょっとお嬢様風味な口調でいうと、男性陣達はあからさまにひるんだようだった。
拒絶感というのがしっかり伝わっただろうか。
それでダメなら、あんまり温泉施設でやりたくないけど、撮るぞ系な揺さぶりをするしかない。
他の場所だったら率先してそうするけど、ここではさすがにちょっと遠慮したいところだ。
撮影第一だけど、コンプライアンスを守るのは大切なのである。
さて。これでやっとお風呂タイムだと思ったのだが。
その男性達の集団から一人、こぼれ出るように前に出るものが。
「あっ、あのっ! ライン交換を是非……っ!」
「うわぁ……」
さて。声をかけてきた男性グループの中の一人。ちょっとおとなしめな見た目の彼は、あろうことかびしっとスマホを取り出しながら、お願いします! と拝み始めたのである。
そう。クロの前で。
「……はい?」
そして思い切り詰め寄られていたクロやんは、フリーズし。
マジか……と、男性グループの方も思い切り目を丸くしたのだった。
「もうやだぁ……男にナンパされるとか……」
うぅー、とクロはお風呂の中でぶくぶくと口まで浸かりながら、貸し切り風呂の端っこの方でもぶつぶつつぶやいていた。
実を言えば、ここに来るまでも、チーンとしていたのだけど、ルイは一人なんでそんなショックを? と首を傾げていたのだった。
ナンパはともかく告白なら、それなりにされているルイである。
真剣に考えて欲しいとは思うけど、お断りをするのならば、しっかりはっきりと断るべきだと思う。
答えが出ない場合は困るのだけど……
ちなみに女性陣からめちゃくちゃ同情の声が上がっていた。
妹からは、どんまいっ! 姉様可愛いからしかたないね、だとか、彩ちゃんからはこのメンバーの中で注目を集めるとかすごいですなんていうのもあった。
まあ、何人かは選択肢に入らないのはあるにしても、それでもクロに行ったというのはすごいことだ。
「ほら、タケやん。そんなに落ち込まないの。っていうか、タケやんは可愛いんだから、他の男の子だってきっと放って置かないでしょう? タケシが好きな子だって高校時代にもいたに違いない」
「……それ、ルイ姉にそっくりそのまま返すしぃ」
やだー、とクロは精神的な影響を受けたのかだいぶ口調が女子寄りになっているようだった。
ちなみにタケシ呼びはわざとである。よーじ君が、ああクロさんタケシっていうのか……とかちょっと複雑そうな顔をしていたけれども、それは仕方ない。エレナで慣れてるかと思いきやそんなことはなかったようである。
「まあ、ナンパされるのはむしろ自分の魅力を認められたことでもあるんだから、いいんじゃないの?」
可愛い子には声かけたいものだっていうじゃん、と言うとむぅーとクロから恨めしい声が上がった。
なに、さらっとそんなこといってるの? という感じだ。
「ボクとしてはクロくんが男の子と付き合うのは全面的に応援したいところだけど」
「エレナさんまでなにを言い出すんですか。俺はそっちじゃないんですってば」
ただの女装レイヤーに男性との交際は難しいです、とクロが答える。
ま、今のところはノエルさんという相棒がいるので、クロ自身は女性が好きということでいいのだろう。
「ダブルデートとかやったら面白いのにねぇ」
「もー、知りません」
ぷぃと、クロはそっぽを向いてお湯の中に溶けていった。
もう、話す気はないですという感じだ。
「あらあら、拗ねちゃった。でもなかなか良い物を見させてもらったよね」
「相手の男性はちょっと、可哀想にも思うけどな」
昔の自分を思い出すな、とよーじ君は少し遠い目をした。
告白には勇気がいるものだというのをよくわかっているのだろう。
「ちょっとすれば熱も冷めるんじゃない? すぱっと断ったら割とすんなり離してくれたわけだし」
「そこはルイちゃんが、この子は女の子しか愛せないとかなんとか言ったからだと思うけどね」
「だって、クロったらフリーズしちゃってたし。そこは従姉妹のお姉さんがフォローしてあげないとでしょう」
「お姉さん……あのルイさんがお姉さんね……」
よーじ君がちょっと失礼な視線を向けてきた。解せない。
「まあ、なんにせよボクとしてはとっても面白いものが見れたから満足かな」
うんうん。ほんと、あのメンツでクロくんにアタックする男子はとてもお目が高い! とエレナさまはご満悦だ。
たしかに、そうなのである。
クロは確かに美人だけれども、他の子だって十分可愛らしいのである。
「男の娘好きは同志だからね。うんうん、ほんと彼の今後がとっても楽しみ!」
「楽しみっていっても、世の中そんなに男の娘は多くないらしいよ?」
あたしの周りだけ多いのは、お前が感染源だからだってさくらには言われたよ、と言うと、えー、とエレナさんが可愛らしい抗議の声を上げてくれた。
「そこは大丈夫じゃないかな? ボクとルイちゃんが出会ったみたいに、きっと惹かれ合うと思うよ」
「あとは、実は男の娘好きだったってことが自覚できるかどうかじゃない?」
あれでクロやんの女装テクニックはかなりのものなのである。
正直、声をかけてきたあの集団のみなさまは、ルイ、エレナ、クロの三人を「だが男だ」と思いはしなかっただろう。
となると、普通にクロのことだけ特別に思えてしまって、なんで他の子に興味が向かないんだろうなんてことになりかねない。
「ああ……そうなるとクロくんだけを思い続ける純情派になってしまうのか……なんと罪深い娘……」
「ちょ、勝手に人を悪女みたいにいうの止めてくれません?」
聞き耳を立てていたクロは、ざばりとお湯をかきわけて、抗議を始めた。
さすがにこのままその話を続けさせて変な風になるのは看過できなかったらしい。
「それよりも、他の話題よろしくお願いします! 温泉にちなんだものみたいなのでもいいんで」
ほら、ルイ姉。お得意の温泉うんちくをどうぞ、とクロがいうので。
さきほどの告白劇のことはいったんお蔵入りになったのであった。
お風呂といったら、このイベントでしょう! ということでちょっと冒険者ギルドのテンプレみたいな感じにしてみました! クロ君がまさかこんなことになるとはー!
さて、次話はお風呂でのお話が続きます。はい。女湯のこともありますしね。