634.プライベートビーチに行こう1
さて。ダブルデートだと思っていたみなさまがた!
更新ペース遅めになったのであれなのですが、まだHAOTO事件から作中だと半年も経ってないということで……こーなりました!
「三年ぶりの海、か」
少し離れたところに、波が打ち寄せているのが見えた。
天気は快晴。
日焼け対策はばっちりしているので、そこらへんは問題はない。
「海だー! うわぁー、相変わらずひっろいー!」
わーいと、大好きな人は綺麗な太ももをミニスカートの下に覗かせながら、カメラを構えていた。
本当に、無駄にきれいな太ももである。
女の子のそれよりちょっとほっそりとした、張りのあるそれは脚線美といっていいだろう。
うん。彼がそのような格好をしている理由は、二割くらいは自分のためだ。え? 他の八割は趣味に違いない。
崎山珠理奈と、男性が一緒にいては都合が悪いというのは、解らないでもないのだ。
もちろん、正式に交際をしているという話にまでいけば、屁でも無いと思っている。
けれども、その前の段階で特定の異性とのツーショットなんて話になると、大騒ぎになるに決まっているのだ。
実際、今だって密かにL疑惑というのが上がっている。
その上で、馨とのツーショットとなると……
どうして目が光ってるのか、とか、どうしてもうちょっと角度とか気にできなかったのかとか。
二人で写真に写るならもっとまっとうな状態がいいだとか、絶対に馨はいうのだろうなと、がっかりする。
写真を撮られたことより、できた写真にダメ出しをするやつだ、あいつはっ。
「つらいわ……あの頃はもうちょっとこの状況を楽しんでいたはずだというのに」
「まー、感情が変わればそのときの気持ちも変わるだろうと言うことで」
それだけ煮詰まった思いのせいではないの? と今回の海イベントのホストであるエレナ嬢が、にぱりと笑顔を浮かべながら言ってきた。
こちらもこちらで、健康的な太ももがばーんと出された装いではあるものの、海に行きますというような感じの、ショートパンツにパーカーという装いである。
胸は、もちろんないのだけど、それでもこれを見て、オトコノコだと判断する輩はいない。
というか、すでにタックもしているようで、ショートパンツの大切なところは、女の子のそれと変わらないフォルムだ。
はぁ。どうしてタックなんて単語を覚えてしまったのかと珠理奈はため息を浮かべた。
「っていうより、珠理さん的には、あっちのモブのみなさんが気になるわけでしょう?」
ちらっと洋次さんが視線を向けると、そこには会うのが初めてな影すらあった。
三年前にきたときにも、もちろん他に参加者はいた。
あのときはそこまで馨に入れ込んでなかったのもあったので、みんなとの海時間は楽しかったし、なにより向上心のある子とか、自分に自信が無い子とか。そういった相手と普通に過ごすのが楽しかったっていうのは当然ある。
あるのだが、今回は海デートだと普通に思っていたのだ。
ホストであるエレナカップルはもちろん居てくれないと困る。
プライベートビーチであれば、他の人が入ってくるリスクは少ないし、変に絡まれることもないだろうと思っている。
他にこういう場所を用意してもらうとしたら、結構なお値段がかかるだろうし、そのお値段について馨は素直に嫌がるだろう。
そこに行くのなら、レンズ買って下さいっ、とか言うに決まっているのだ。
他にこういう場を整えられるとしたら、馨の繋がりで咲宮家の人達ということになるけれど、正直あそこを手玉にとろうということ自体が無茶ぶりだ。懇意になってあちらのご厚意で何かをしてもらう、おこぼれに預かるというのが正しい表現なのだろう。
いちおう、その……一番上の方の弱みをうっかり握ってしまったけれど、あれとて本来忘れなければならないことだ。
芸能界でのし上がるのは実力と運だろうけど、凋落するのは権力者の一言だったなんてこともあるので、本当に神経を使う。
馨が、あちらのご子息とラーメンを食べに行く関係というのを聞いたとき……なにやってんの、と本当にしみじみ思ったほどだった。
不思議と「それで馨が吹いて消えるか」と言われたら、そんなことはないとは思ったのだけど。
「否定はしないけど、主催者の話ならちゃんと考えて答えるしかないでしょ」
さて。この場には、エレナたちバカップルと、珠理奈達の他に参加者が三人ほどいたのだった。
ダブルデートひゃっほーという風にはいかないのは、正式なお付き合いが確定していないからである。
正式に決まればもう、各種メディアにFAX送りまくって、しあわせですー、えへへーみたいな風にすれば良いのだ。
そうならないのは、馨がまったくもって本気になってくれないから、なのだけど。
正式な交際以外というのは、スキャンダルの温床というので、現状の珠理奈は、「ルイさんとは友達関係」で付き合ってるわけじゃないというスタンスを決めているところだ。
そのためにもダブルデートではなく、他の参加者もいた方がいい、というのはエレナにあらかじめ言われていたことなのだった。
それに、である。
「その……あの二人とはまた遊ぼうって話もあったわけだし」
参加者をちらりと見ると、以前馨の学園祭でちょっと絡んだ子達の姿がある。
妹の方の楓香ちゃんとはアドレス交換をしている仲ではあるので、交流はあるけれどもクロ君の方とは一回シフォレでお茶をしたくらいの関係だ。
この機会に話をできたら、まずまずなのではないかとは思っている。
馨がなんとも思わないのなら、周りから固めていくことは大切だ。
「ちなみによーじの妹さんは……うん。いろいろ言い含めてあるので、ご安心を」
だいじょーぶだからね? とにぱりと笑顔を返されては、ご不満ですというわけにもいかない。
最後の参加者はエレナさん関連、彼氏の洋次君の妹さんである彩さんだ。
これでも、洋次くんにはいろいろお世話になっているので、その妹さんであるのならば、無碍にもできないというところはある。
「そこらへんは安心してるわ。だって貴女のことをまるっと飲み込んでいるコなわけだし」
「飲み込んでいるというか、考えないようにしてるというか」
そのままを見てくれるいい子だよ? とエレナさんはにこりと笑顔を浮かべた。
真夏の光を浴びたその顔はとても輝いて見えて。
そして、そこにはカシャリとシャッターの音が鳴り響いたのである。
「おぉー! これがエレナさんのプライベートビーチかぁ」
「クロねぇさま。確かにこの景色はすごいですが、あんまりはっちゃけると素がでますよ」
ビーチに到着して、まずみなさんはその景色に圧倒されているようだった。
今回の旅行計画は、二泊三日でエレナさんちのプライベートビーチで遊ぼうという企画である。
海で遊ぶもよし、温泉に入りにいってもよしというかなり贅沢な旅行なのだった。
そこへの参加メンバーは、海につれてけ女子である崎ちゃんと、エレナさんたちべたべたカップル。そして黒木家の二人と彩ちゃんである。二人きりで旅行したいとか崎ちゃんはぶーたれていたけれども、残念ながら春の騒ぎからそんなに経っていないので、今年は見送りの予定である。
ま、ルイとして一緒に旅行に行く分であれば、仲良しなだけっていう風に世間はとるのだろうけれどね。
「うぅ。ちょっとくらいいいじゃん。というか……コスならキャラになりきれるけど、私服で女装はちょっとハードルが高いというか」
「参考になりそうな女性を真似るとかはどうです? ノエルさんとか」
「ノエさんは無口系キャラだから、夏のビーチはちょっと似合わないかな」
演技に入るといっぱいしゃべってくれるけど、普段はぼそぼそって感じだし、とクロやんは言う。
どうにもまだ自分の女装姿にしっくりときていないようで、どんな感じに振る舞えばいいのか解らないといった感じなのだった。
え、どうして女装させてるかって? そんなの崎ちゃんがいるからに決まっている。
男子禁制なプライベートビーチなのだ。洋次くんだけはエレナの彼氏っていう位置づけなので大丈夫だけれども。
「ルイねーはそこらへん最初どうしてたんだっけ?」
「んー、撮影しやすそうなイメージを作っていって、人から好かれそうな感じのキャラ付けをしていって自然とこうなった感じかな?」
「まるっきり参考にならない」
真面目に答えたのに、ダメ出しをされてしまった。
うーん、そろそろ健も女装状態のキャラクターを確定していただきたいところだ。
「振り袖きたときのキャラは?」
「割と素だったような気が……」
でも海で振り袖キャラってのもちょっとなぁと、首を傾げている。
確かに、衣装によっても人の心持ちというのは変わるしね。
「だったら口調だけ決めておけばいいんじゃない? 女装の最大のこつは引き算なわけだし」
男っぽい口調だけはずせばそれでいけるんでないの? とゆるーく言うと、やっぱそうなのかなぁとクロが微妙な顔を浮かべた。
そんなんでいいんかい、とでも言いたげである。
「それに水着に着替えれば嫌でもそれっぽくなるんじゃないかな?」
きっと大丈夫だよ、とびしっと言うとだうーんとクロは肩を落とした。
水着……水着である。
「エレナさんみたいな格好でビーチ散策! みたいなのはダメでしょうか?」
「大丈夫。っていうかクロやんもタックはできるじゃん」
今更水着で恐れることなどなんにもないよ、と言うとうえー、とげんなりした声が上がった。
「コス会場だと露出多いとダメだから、水着とかさすがに着たことないんですが」
「なら、初体験ということで」
ほらほら、お姉さんが優しくしてあげるから、というと、楓香はもぞもぞと、これは行きすぎた男同士の友情なのか、それともユリユリしいのか、どちらなんだろうと生暖かい視線を向けてくる。
「ただの家族愛ってことで、一つ」
ほらー、楓香さんも一緒に友好を深めようではないですか、と手を取ると、ぎゅっと握り返してくる感触がある。
二泊三日もあるのだから、たっぷりと遊び尽くしたいものである。
「はいはい、ルイちゃんたち。とりあえず荷物をコテージに置こう」
親戚同士のきゃっきゃうふふは解るけど、まずは落ち着こうよとエレナさんから声がかかる。
「コテージも楽しみだね。またお風呂入るのが楽しみだし」
「うんうん。あそこは綺麗にしてあるから一緒に入ろうね」
「うわっ、エレナさんと混浴とか……いろいろ危険な」
ごくりとクロやんが息をのんだけれども、あそこのお風呂はせいぜい二人までだと思います。
「ん? あれ……あの、エレナさん? コテージもう一棟できてません?」
「あ、うん。この前の誕生日にね。お前の交流相手もお年頃だろうし、男女別で分けるってのも難しいだろうし、男性、女性、それ以外っていう三つは最低限必要だろう? って言われてね」
実際、そんな健全な運用はするつもりはないんだけどね! とエレナ様はおっしゃった。
「不健全……つまりクロねぇと、ルイねぇが、ユリユリしい空間を作るってことで!」
おおう! これは二度美味しい! と楓香が残念なことを言い始めた。
「まったく。馬鹿なこと言ってないでコテージに向かうよ?」
遅れたらご飯当番だからね? というと、それはやだー! と楓香はぱたぱたと駆け足になった。
自分でもご飯は作れるくせに、どうやら今回はご相伴にあずかるポジションを失いたくないらしい。
「んじゃ、ここいらでみなさん! 一枚記念撮影いくよ!」
ほらっ、並んで下さいな! と声をかけるとみなさんはある程度解っているようで、コテージの前で並んでくださった。
本当にみんな、撮られ慣れていてありがたい。
そして、数枚、コテージを背景にした写真を撮らせてもらった。
とても満足である。
「で? これで終わりなわけ?」
さて、コテージに入ろうといったところで、崎ちゃんがにやりと不敵な笑みを浮かべながら、そういった。
「はい、これ。あんたもはいんなきゃ、旅行の意味はないじゃない?」
心の中にあんたはいるんだろうけど、たまには一緒に写りなさいといわれて、え? と少しルイが困惑の表情を浮かべる。
うん。前の時は一緒にはいんなよって、あいなさんがカメラを引き受けてくれた。
でも、なかなか三脚たててタイマーで撮るのをあんまりやったことないんだよね。
だって、自分の呼吸で撮れないじゃない?
「今はスナップを撮ってるの。じゃなきゃあたしが写れないでしょ」
だから、あんたも入りなさいといわれて、そんなもんかというと三脚を設置して位置を整える。
「じゃ、タイマーでシャッターきれるので、10、9、8」
カウントをしながら、みんなが集まっているところに滑り込む。
まあ悪くない仕上がりにはなっただろうか。
「今回の旅は、せっかくだからあんたもそこそこ一緒に写りなさいよね。前の時と違ってカメラマン一人なんだからそこは考えてもらわないとだけど」
「はいはい、おおせのままに。でも、よくよく考えるとこういうシチュエーションは初めてかもね」
そう考えると楽しみ、というと崎ちゃんはみんなで写らないとやっぱりさみしいし、とぽそっと言った。
なにはともあれ、これから二泊三日生活である。
たくさん撮って、たくさん遊ぼうと改めて思ったルイなのであった。
ついに海回が始まりました! さあ崎ちゃんは果たして少しでも進展することができるのか!!
少なくともよい形にはしたいなぁとは思っていますけれども。
さあ、次話はコテージとお昼ご飯でございます!