632.男四人のプール会5
長くなりすぎたので二分割です。後半というかプール回ラストは明日の朝に!
なんでこの子達だべるだけでこんなに文字数くうんだ……
「さすがに夏休みは閉まってるか」
「まー、スペース自体は使えるんだから、ここでいいんじゃないの?」
「だな。飲み物は自販機で買えるし」
さて。プールサイドで、とか言ったものの、さすがにあそこで話を続けるのもちょっとということで、木戸達はこの学校のカフェスペースに移動していた。
食堂とは別にあるここは、軽食や飲み物、アイスクリームなどを提供するスペースもあるのだけれど、夏休みのこの時期は売店の方は閉まっていて、カフェスペースだけ自由に使えるというような形になっていた。
食堂とカフェの違いはなにか、といわれたら簡単。食堂はがっつり食事をとって、こちらはお茶を飲みながら休む用というところだ。
ただ、ゼフィロスのそれと比べるといささか華やかさに欠けるし、メニューもがっつり系なものが多くて、軽食といっても男の子向けというような感じがした。
「で、改めて聞くんだが、本当にこの人、お前の先輩なのか?」
さて。それぞれ好みの飲み物を自販機で買ってきたあと、田ノ上くんはすさまじくうさんくさそうな表情を浮かべて、木戸をじぃっと見ていた。
問われた沙紀矢くんは、あはは、と苦笑気味である。
「一応正真正銘、僕達の一個上だよ。証明するための免許証は……あ。今日は持ってきていないのでしたっけ?」
「……はい。でも、学生証見せればいちおうはわかるはず」
ほい、もさ眼鏡装備の木戸の学生証を見せると、うぉっ、マジで年上かよ、という声が聞えた。
免許証が見せられないのは、眼鏡外した状態での撮影になっているからである。
「へたすりゃ現役高校生!? とか思っていたのに……まさかの年上……そっちの先輩の事は事情を聞いた感じだと、納得はするんだが……」
男でこんなに童顔なヤツ、いるんだな……と、田ノ上くんは失礼なことを言い始めた。
うん。確かに男子状態の木戸は「一ミリも育ってない」だの、男としての成長を忘れてるだろ、とか言われるのだけれども。
だからといってこの年で高校生に見られるというのもどうかと思う。
「成長と劣化を同じに語るのはよくないと思うんだけども。俺の場合は日焼け止めと保湿、皮膚のカバーをちゃんとやってるから、ぷるるんつややかな肌を保ってるだけで、そこだけを見て幼いっていってんじゃないの?」
大人の男子の皮膚は、あんまりケアをしていないから、それなりの劣化をするだけで、きちんとケアをすればぷるつやな唇だって無理ではないと思うのに!
「木戸くん。男とは見た目ではなくてね。志とか、経験が背中に染みつくものなんだって」
「……経験が背中に染みついてるなら、俺の場合男らしさはないような気がするけど」
「えええ、そんなことないよ!?」
あ。清水くん的にはこちらがどうかではなくて、そういう形ないものを追い求めていたのだろうか。
「清水くんはなんつーか、あと何年かすれば、きっといろいろ大丈夫なんじゃないかなと思うよ。不安なのは今だけ、みたいなね?」
ほれ、大丈夫! と、かつて出会ったFTMさんの姿を思い浮かべながら言ったら、そうだねと彼はにこりと笑みを浮かべていた。
「なぁ、沙紀矢……俺、アレが男同士のやりとりに聞えないんだが」
「世の中にはいろいろな人がいる、ということです。それに清水先輩は木戸先輩に引きずられてるだけなので、普段はもうちょっと普通の男性の先輩って感じです」
どうしてか、木戸先輩といると、いろいろ引きずられるというか……と、沙紀矢くんがげんなりため息をついた。
やっ。ちょ。別に木戸さんそんなに「乙女らしさを引き出している実感」はないよ。
ただ、無理ない範囲で自由にして欲しいだけで。
その結果で清水くんはいわゆる「男臭さ満載」のFTMになってないだけのことだろうと思う。
ちょっとくらい、女子っぽさがあってもそんなの男の子の中にはいくらでもいるじゃないですか。
男の中の男にならないと、性別の移行はできないの? というならそれはかなり窮屈なことだと思う。
性別違和と、ジェンダーは別のものだ。
でも、一般の人にその機微なんてものは解らない。
「俺のことはどうとでもいえばいいけど、清水くんは男子扱いしてくれないか? 草食系男子が、女子だっていうのと同じくらい、今君は失礼なことを言っているのだから」
「……すんません」
毅然とした態度が良かったのか、田ノ上くんは清水くんの事情をとりあえずは飲み込んでくれたようだった。
「それで! そんなことより、沙紀矢くんの高校時代の話をプリーズ」
ほらほら、きりきり話してくださいな、とカメラを向けると、うっと、彼は顔を背けた。
やはり一般の撮られ慣れていない人にとってはこれが向けられるのはちょっと抵抗があるようだ。
「男子校に興味があるのですか?」
「ん? そりゃね。共学でしか生活してないから、それなりにシャッターチャンスがあったのかなと」
「どうでしょうか。別にそんなに特別なこともなかったような。僕にしてもどこにでも居る男子高校生だったわけですし」
「……おい。お前がどこにでも居る男子高校生なわけがないだろうが」
のほほんとしゃべっている沙紀矢くんに田ノ上くんからいらついた声が向けられた。
どうやら自分で思っているだけで、沙紀矢くんはそれなりにやらかしているのかもしれない。
「ほう。それなりに有名人だったのかな? さっき万能王子とか呼んでいたし」
「だな。こいつ、勉強もできるし運動もできる……んで、おまけに……モテる」
「ほう。モテるのかぁ」
ほー、といってやると、沙紀矢くんがはぁとため息交じりに首を振った。
「あれ、ねつ造だから。噂だから。勝手に町中で女性を助けてそのまま恋に落ちたとか、変な言いがかりだから」
それに学校内でもてもてというのも一般的には無いし、とちらりと彼は赤城に視線を送った。
それは一般論ではあるけれど、そう言い切っちゃっていいですか? というようなところだろうか。
「まあ確かにナンパから女の子助けても、恋愛関係になることはない、かな」
うんうん、と木戸がうなずいていると、え? と田ノ上くんは不思議そうに首を傾げた。
お前のような芋っぽい男子が、人助けだとう! とでもいいそうだ。
でも、なんか強引にナンパされてる女の子を放置とかあんまりできないほうなんだよね。本人がウェルカムならどうでもいいのだけど。
「沙紀矢くんみたいに、やめたまえ! ほら、淑女のみなさんが怯えているではないか!」
「なにおう! 変な事をいいやがって! たたんじまえ!」
っていって、ボコる展開はないけれどね、というとみんなその風景をイメージできたようだった。
まあお前には無理だろうという視線が注がれる。
「こちらは、もうほんと最初に一枚シャッター切るだけ。んで、そこからぐいぐい、ほらーおにーさん、ナンパ風景撮らせてくださいよー! ってしつこくつきまとうと、ちっ、とかいいながら逃げていきます」
たいてい、ルイとしてということがあるけれど、ナンパ被害に遭っている人は、それで解放ということは多いものである。
「えげつねぇ……なぁ。木戸よう。もうちょっと穏便にいけねーの?」
「そういう赤城は困ってる女の子、助けたことも、助ける気もないだろ?」
好きにやってろ的な感じで、というと、さーせんと普通に謝られた。
これ以上話題を広げないでという意味合いもあるのだろう。
「結果的に助かればいいと思うんだよね。沙紀矢くんも、どうやって助けるか、とかどうすればかっこよく、俺参上! とかできるかとか考えないでしょ?」
「そりゃ、考えないですね。身体が勝手に動くっていうか」
でも、と沙紀矢くんは首を傾げた。
「歩いていて隣の女性や男性が、体勢を崩したらとりあえずは支えますよね? それでもつらそうなら座らせて休ませて。持病があるかどうかは聞いたりしません?」
「どうしてこいつの保健体育は、救急のほうに特化をしているんだ……」
わからん、と田ノ上くんにまで言われて、え? と木戸と沙紀矢は顔を見合わせていた。
木戸としては、沙紀矢くんの言い分は十二分に解っていた。
「解る解る。っていうかそういうシチュエーションにあったことがあるかないか次第なんじゃないの?」
男子校だと仲間の手はかりねぇ、みたいなノリになるのかな、というと、べ、別に女子とそういう関係になったことがないわけではなく! と田ノ上くんはわたわたし始めた。かわいい。
「でも、そう言われちゃうくらい万能だったー! ってことだよね。そつなく、あれ? 僕またなにかやっちゃいました? みたいな感じで」
「そうなんだよ。実際生徒会からも次の会長はこいつなんじゃないかって噂されてたくらいなのに、やらねーし」
「そうは言っても、こちらにもやる気とかしがらみとかいろいろあって」
実際、やらないかって誘われたけど、断りましたという沙紀矢くんはじぃと木戸に視線を送ってきた。フォローをしてくださいということなのだろう。
実際、彼が生徒会役員をやれなかった理由は、三年になると居ないのが決定していたからなのである。
「理事会に親族がいるとなると、他の方に生徒会はやってもらったほうが健全って考えるのかもね」
なんか、特別扱いみたいに見えるんじゃない? というと、そう言われても別に誰も気にしなかっただろう、と反論されてしまった。
「もしくは最初から留学が決まってた、とか? 沙紀矢くん優秀だから話がけっこう前から来てた、とか」
「そ、そう! それもある! わりと早めにその話がでてて」
「……それならもっと早く言えよ……付き合いの悪い」
はぁ? と田ノ上くんは不愉快そうにため息をついた。
でも、こればっかりは当時はしかたなかったことだろうと思う。
なにせ、自分が女子高にいくことになっている、という事実を解ってしまっているからだ。
外向けでは留学ということになっているけれど、本心では言ってはいけないことという思いもあったのだろう。
「それは悪かったと思ってるよ。でも家の方針に逆らえるわけでもないし」
こっちも大変だったんだ、と沙紀矢くんもちょっと子供っぽく拗ねている。かわいいので一枚撮影。
ちらっと田ノ上くんが木戸を驚いた目で見ていたけれど、他のメンバーはすっかり慣れているので反応はない。
「それならもっと早く言ってくれてもよかっただろうが」
いきなり、留学しました! とか聞かされてた俺らは、ぽかーんだったぜ、といわれて、ごめんなさいと素直に沙紀矢くんは謝っていた。
「その点については、素直に申し訳なく思っています。いろいろ極秘と家から言われていたのを、ちょっとこう……」
言いたいけど言えなかったのです! とひしっと田ノ上くんの腕をつかみながら言うと、掴まれた相手はちょっ、は!? となっている。
手の柔らかさとかに驚いているのだろうか。
いや、なめらかさかな。沙紀矢くんは男子だからこそ手の骨格というのは男子……にいかない中性的で、女の子に比べれば若干大きい。
となれば、スキンケアからなるすべすべ感とかも合わせているのだろう。
大きさより、最初の肌触りの方がやべぇって思うものだものね。
「こらこら、沙紀矢くん。あんまり男同士で手を触る文化は日本にはないよ? 気を付けないと」
あわあわしてますがな、と言うとあっ、ごめんと沙紀矢くんは手を離した。
あくまでも外国で培った風習ということをアピールしておく。どちらかというと、女子の文化のほうなのだけど。
「それで万能王子の沙紀矢くんは高校の思い出ってなにかあるの?」
ほら、イベントごととかいろいろさ、と聞くと、あー、うーん、と悩ましげな声を上げる。
なんか、ちょーいろいろ悩み混んでいるけれど、きっとゼフィロスでの出来事のほうが頭にわーっと浮かんでるんだろうなぁ。
「ならイベントとかはどうかな? 高校って言うと新入生のお迎えから、水着きゃっきゃするプール開き、ああ、ドキドキ身体測定なんてのもあるかなぁ」
「……あの。木戸先輩? どうして女子高メインっぽい語り口で?」
「だよなぁ……男子校で水着できゃっきゃはしないだろ……」
まぁ、その、内心は……なぁと赤城が葛藤して頭を抱えている。
ふむ。本人としてはプールの時はちらっと視線を向けてたりしたのだろうか。
「その方が男子校の話をいろいろ聞けるのではないかと思ってね」
ほら、なにも言わなかったらきゃっきゃうふふの男子校プール大会ということで決まりになるよ? というと、それはダメだ! と田ノ上くんはあわあわし始めた。
一般的には、そのくくりに入れられるのは抵抗があるのだろう。
「ほんと木戸先輩は嫌らしい手を使いますね。はいはい。それなりにイベントは経験しましたよ。でも、なんていうか……やっぱり主体的にやっていた、という感じはちょっとなかったですね」
「確かにな。あんまり率先して自分からイベントを引っかき回すってのはなかったし。つーか。お前人からお願いされたことはほいほいやるけど、自分でこれやりたい! みたいなの全然なかっただろ」
そこらへんが王子なんだよ、ったく、と田ノ上くんはいらいらしながら頬杖をついて、ぷぃとそっぽを向いた。
うんうん。ちょっとワルっぽい感じの子の可愛い顔だなと思って、そちらも撮らせていただきました。カシャっと音がなると、ナー! って顔をしたんだけど、そっちも撮ります。ええ。撮られることを諦めるまで撮る。これが木戸クオリティ。ルイならもうちょっとその気にさせてから撮るのだけど。
「あの頃の僕は、父親の失態をカバーできるようにって、必死でしたからね。イベントより学問って感じで」
「あー、その頃にはもう、浮気してて、ドロンだったんだっけ?」
そりゃ、イベントを楽しむって余裕はないかもなぁというと、他のメンバーが、はぁ!? と盛大な声を上げてくれた。
あらあら。あんまり周りに言ってなかったことだったか。
「咲宮家の恥部ですから、あまり喧伝しないでいただきたいのですが……そうですね。父が追放というか失踪というか、居なくなったのはもっと前の話です」
みなさんもあんまりおおっぴらには言わないでくださいね? と沙紀矢くんに言われて、みなさん、お、おう、とちょっと複雑そうな声を上げていた。
「おまえ……そんな事情もってたのかよ……」
「どこにでもある、とはいわないけど、今はもう気にしてないし」
そんな不憫そうな顔を向けられても逆に困ると沙紀矢くんは苦笑を浮かべた。
「つまりは、あんまり高校生活楽しめてなかったってことか」
「でも、普通に生き延びようっていうのも、間違いじゃないと思うけど」
必死に生きる力を付けるっていう時期でもあるよ、と清水くんがしみじみ言った。
本人の体験談というのもあるのだろう。
大学に入ってから動いている彼としては、高校の頃はいろいろな実験と、家族なんかの説得などでついやしたのだろうし。
「ちなみに木戸の高校生活って、俺あんま聞いたことないけど、どうよ?」
さて、ちょっと微妙な雰囲気になってしまったのを払拭したいのか、赤城がそんなふうに聞いてきた。
ふむ。木戸の高校生活か……
ふと、どう答えようかと考えて、木戸は口を開いたのだった。
昔語り! 高校のころの沙紀矢くんは男子校でスペックの高さからこんな感じの「本人として主体的にやらないけど、お願いされたら断れない」タイプの男子だったのでした。
でも、よくよく考えるとお姉さまとしてもそんな感じだよね、という気がしてしまっているので、はっちゃけて自分からやりたいことやりたい! って言えるようになったのが大学生になってからなのかなと。
人間、どんなにハイスペックでも悩みはつきぬモノ、という感じでしょうか。
さて、次話は明日の朝公開予定です! 木戸くんの高校生活? それはみなさまご存じの通りでして……