067.
5/27夜 佐々木さんのルイに対する反応を修正。あの子、一年の頃、ルイの素顔見てるのでした……
「そんなわけで、斉藤さんに質問です、バレンタイン、あわれな男子向けになにかしてはいただけないでしょうか」
いろいろとごたごたした一月が終わって早々。クラスの男子達に背中を押されつつ、きわめて事務的に木戸は用件を伝えていた。
そう。つまりはこういうことである。去年のバレンタインはこのクラスの勝ち組はほんの一握りであって、その他大勢は忸怩たる思いを抱いたのだった。苦渋に満ちた一日を過ごすくらいなら確実になにかを貰えるのがわかっていたほうが穏やかというものである。というわけで、先に催促をしようと一部の男子達から声があがったのだった。
そして、どうせだったら女優お手製がいいということで斉藤さんを中心とした女子にお願いをしたいということになり、一番この中で彼女と親しいであろう木戸に仲介を頼んできたのだった。
「そうなるとお返しも倍返し的なものを期待することになるけれど、そのご用意は?」
「んぐ……いちおーは、それなりに用意はしてる、らしい」
「あー、木戸くんも知らされてないのか。そうなると、んー」
くるりと体を回して、男子に向けて、斉藤さんが言い放つ。
「バレンタインのこと、考えてあげないでもないけど、条件が二つ」
クラスに残っていた男子がごくりとのどを鳴らした。
「一つ目はホワイトデーもそれなりにお返しをしてくれること。ああ、もちろんこっちも低価格路線ぶっちぎりでいくから、金額的にはそう頑張らなくてもいいから。でも、ないがしろにしたらこの学校にいるうちは彼女できないと思うといいわ」
ひぃ、と男子から悲鳴にも似た声があがる。女優をしているだけあって、こういった決め台詞の迫力はなかなかのものだ。
「そして、二つ目。それは女子側として木戸くんに参加してもらうこと。みんなも欲しいでしょ? 美少女な木戸くんのチョコ」
「ちょ、ちょっと斉藤さん!?」
なんてことを言い出すのか。斉藤さんをおどろいた顔で凝視してみても、彼女はへへんとすっとぼけた顔をしているだけだ。
「むしろその展開を期待して、俺たちは勇者木戸を使いとして走らせたのであるっ」
男子の方からはそんな声が出ていたりもあるものの、まあ男子の半数くらいはきょとんとしたものだ。
そう。あのとき、あの部屋で木戸のあんな状態を見ているやつらだけがチョコを欲しがるというわけなのだ。
ごめんと謝ってきたものの、それでもやっぱり本心というか本能というかそういうところでは、かわいい声であえぐ、かわいい子っていう扱いなんだろうな、と思ってげんなりする。
「じゃ、その前までにチョコづくりを調理室でやっちゃいましょう」
日にちは、たぶん一番タイトなのは木戸くんだと思うから決めさせてあげるよ。そう言われるともう、その女子の会への参加は強制的に決まってしまっているようだった。
「うわぁ。これは勢ぞろいな感じで」
平日のアルバイトが休みの日の放課後。調理室に集まった顔ぶれは木戸もいれて十一人というそこそこの人数だった。すでに上着を脱いでエプロンをつけている状態で、すぐに作業が始められるようになっている。
木戸も上着を脱いでエプロン姿なのではあるが、やはり一人だけ男子制服というのは、ひどく居心地が悪い。
「勢ぞろいっていっても、有志なんだけどね。みんな好きな人いないし、でもバレンタインチョコの作り方くらいは覚えておこっかーってんでね、ま、男子は毒味役という感じでありますよ」
「まさかの了承はそういうことでしたか」
正直、バレンタインのイベントで本命以外にあげるチョコなんてものは、面倒以外のなんでもないだろう。
去年、全力で遠峰さんに、あんたにあげるチョコなんかあるかいと言われてしまったけれど、用意するのすらかったるいに違いない。
「調理室借りられてよかったよねー。バレンタインで本格的にチョコ作りなんて初めてだから、練習台がいてよかったよー」
「佐々木さんも好きな人いない組?」
つきあってる人いない組と言わないのがこつである。ミステリー研究会の佐々木さんは、エプロン姿で目の前の業務用チョコをじっと物欲しそうに見つめている。
そう。材料として用意したのは、大きめなブロックになっているものと、洋酒やココアパウダーやら、チョコを飾るアイテムだけをそろえてある。さすがにチョコケーキやらチョコクッキーとなるとハードルも高くなるので今日は抑えめだ。
「ささ、先生どうぞ……」
「ちょいまて、ちょいまてーどうしてこう……」
斉藤さんに思い切りまな板の前に案内されて、木戸はおろおろ慌てた声を漏らした。
「あのさぁ。さっき言ったよねあたし。みんな好きな人がいない女子の集まりだ、ってこと」
「確かに、聞いたけどそれが?」
「あのねぇ。みなまで言わせますか」
ああ、なんとなくわかりました。毒味役といっている時点でつまりこれは練習会で、みなさん本格的に手作りチョコを作るのはおろか、下手すると包丁すらまともに握ったことがないのですね。
「レシピ通りに作ればできるんじゃないの? 俺もチョコは買うばっかりで自作はないけどさ」
バレンタインのチョコレートは基本は溶かして固めればいいだけである。何を混ぜるかだとか、中心部に柔らかめに仕上げた洋酒入りチョコを埋め込むだとか、形を整えるだとかするならば多少は大変になるだろうけれど、形を変えるだけで手作りと言い張れるのだから、それでいいのだと思う。なにもカカオから作れとは言われないし、クッキーやらケーキやらというのは本命チョコをやるときに自分でレシピを探してやっていただきたいことだ。
それでも周りから期待がこもったような視線を向けられると、はぁと深いため息をついた。
そして再び息を吸う。
「料理の基本は、脱線しないこと。ということで、まずは業務用のそのごつくてむさい茶色い子を、なんとかするところからやってみよーか」
そう。女声に切り替えるための呼吸。ため息交じりに告げられた言葉に、クラスメイトからはうわっと驚きの声が上がった。今日は普段使っている脱力系の声の方だけれど、もちろん声はかなり変わるので初めて聞いた人達は驚きを隠せないようだ。
斉藤さんは一人、それをやってしまって良いの? というような視線をこちらに向けていた。
「いちおー女子の会に男子がまじるのが許せないので、というか自分がなさけなくなるので、切り替えていきますが、他言無用です。こちらも練習台ってこと男子には黙っておくので」
言っても誰も信じないよとか、いつ聞いてもミステリーな声だよねとか、いろいろな声がある。まあ、いまさらである。
「基本的には、溶けやすいようにチョコを粉々にして、それから湯煎にかけて溶かす、ってことみたいだけど」
「ふぁいあー! はダメなの?」
その方が早そうなのにーと、声が上がるが却下。
「温度が高いと、チョコレートの脂が分離してなんか変なものになるらしい?」
そう言いながら小さいボールにざくざくと切ったチョコレートをいれて、大き目なボールにお湯をはったところにどぼんとつける。溶けてくるまではしばらく待ち時間だ。
「ところで、かおるん。最近青木くんとはどうなってんの?」
その待ち時間をただ過ごすようなマネを女子のみなさんがするだろうか。もちろん答えはNOである。佐々木さんがチョコの入ったボールを見ながら、なにげなしにそんなことを言った。
「どうともなってないですよ、たんにアホな友達ってだけで。友達続けてるのは奇跡ですがね」
「まぁあんなこともあったしー。でもだからこそどうなんだろうってね」
興味津々なんだよねーと、佐々木さんが目を輝かせる。彼女が言っているのは修学旅行の時の件だろう。あれから数ヶ月が経ったわけだけれど、先月の一件からいちおうは友だちづきあいを再開している我々だ。直接面と向かってどうなってるのかは聞きづらくても、何かあったのかは興味があったのかもしれない。ちなみにすでに斉藤さんにはことの顛末は伝え済みである。体育倉庫の件は彼女にもとことん怒られた。
「きちんと、そういう目で見るのは止めて欲しいっていったし、ちょっとした取りなしがあって友達はやってますけどね……なんかむしろ、ああいう所ですぱっと対応できなきゃいけないのかもって思わせられたかな」
「ほう。かおるんにしては珍しー。基本いっつもいい人って感じで、何されても動じない感じなのに」
くふふと全部事情を知っている斉藤さんが含み笑いを浮かべる。
「あーのねー斉藤さん。あんなことまでやられて友達でいるのが奇跡だよ。てかね、女子同士でそれが起こったなら、ごめーんで済むだろうけど、こちとら男同士なんだからね。しかも一度ならず二度までだよ。その前は写真騒動もあったし、さすがにあれだけやられれば動じ……なかったけど、さすがにみんなに言われて反省はしたよ」
「あの噂はまだまだ消えてないけどねー」
追い打ちがぐずりと体をえぐった。未だにあの合成写真は回収しきれていないし、手元に持っている人もいるのだという。後輩の中ではまだ二人は禁断の恋をしているだなんていう話が流れているらしい。
これは青木がダメというわけではなく、純粋に誰が持っているかわからないからだ。持ち主がわかれば周囲の人間はしっかりと回収してくれている。
「くっ。別にいいんです。もうどう思われても。恋人作ろうとか全然思ってないし」
くすんといってやると、まあまあと斉藤さんが頭をなでてくれた。
もともと写真中心の生活をしているので恋人作ろうとは本心から思っていないのだが、まーこういう場なので改めてそれを強調する必要もない。
「結局、不適切なことってなんだったの? 襲われたとかなんとか聞いたけど」
クラスメイトの子からいまいちわからないと声があがる。
さすがにことがことだけに、いかがわしいことがあった、とかくらいにしかクラス全体には伝わっていないのだ。男子のほうには詳細は流れたけれど、それを女子に話す勇者はいなかったらしい。
「修学旅行で同部屋になって、トイレ帰りに隣に寝ていた男子の素顔があまりにもかわいかったから、ついうっかり布団に潜り込んで、気がついたら唇奪ってました、というのが青木の阿呆の証言です」
知らない人たちにもすんなりわかるように、いろいろと装飾はなしで語ってみたら。
何気なくいった瞬間に、質問した女子がは? と固まってそのあと数歩後ろに物理的に引いた。
「それはむしろ、友達やめるレベルじゃないの?」
「だよねぇ。ってか普通にあたしが女子だったら、警察沙汰でしょこんなの」
あたしが男だからそうならなかっただけで大事件ですよという空気を出す。
もちろんもともと女子だったのなら同部屋にはならなかっただろうし、そもそも青木があんな無茶をすることもなかったのだろうが、実際起きてしまったことは事実である。
「でも、情報ではそのとき、かおるん気持ち良さそうな声出してたっていう噂ですよ」
「ひゃん」
首筋に息を吹き掛けられて変な声が出た。声の相手はミステリー研究会の佐々木さんだ。情報を扱わせると彼女は新聞部の次くらいにすごいのである。
とはいえ、さすがに作業しているときにそれはこまる。
「ほほう。そういうのまでそっちの声で出るのかあ。たしかに艶めかしい」
「艶めかしくないから! ってか驚いたとき、ここにいるみんなは同じような声出してる、はず」
すいとクラスメイト全員の顔を見て、同意を求めてみる。そんなことを言ったら一般女性は驚いたらいつも艶めかしい声を出していることになってしまう。
「んー。出ないとは言えないけど、男子なのにそれが出るってのがレアでしょ。てかここの女子と同じって言ってる時点で木戸君おかしいから」
ぴしりと斉藤さんに言われてしまい、ずーんと肩が沈んだ。
反論のしようもないですー。我ながら訓練しすぎたんだろか。ルイのときに突発的な何かがきたときに、きちんと女子声を出せるようにっていうのは、一年以上前に訓練したものだけれど。
「そういう状況になること自体がレアなのでは?」
ぷぃっと、好きな人がいない人たちにいってやると、みんなの顔がどよーんとなった。
ああ、そうだよ。むしろルイにそういった恋愛フラグがたつほうがいけない。
「でも、それだけのことをやってのけてしまうと、男子が妙な反応してたのもわかるなぁ」
あまり話をしたことのない子が、どこか納得したような声を上げていた。
確かに先日の教室でのやりとりは少し異質だった。チョコを依頼してきた人の中で数人、あきらかに木戸からのチョコを求めている輩がいたからだ。
「ああ、それあたしも思った。どうしてこの人達、男子からチョコもらいたいとか言ってるのってね。最初はアーッ、な方々ですかと思ってたけど、確かにかおるんのチョコなら欲しいって言うかも」
身近にそういう方がいるのはかなり興奮気味だったのですが、ともう一人がそれに呼応した。
密かに男同士の行きすぎた友情が大好きな人多いよね、この学校。
「これで、眼鏡外すともっとかわいいって言うんだから、いろいろ女の敵なんじゃないかと思う」
斉藤さんがここぞとばかりに爆弾を投入してくださる。貴女は木戸の素顔も知っているでしょうに。
「いいなぁ、眼鏡外した顔も見てみたいなー」
目をキラキラさせながら佐々木さんがこびるような視線を向けてくる。むむ。なかなかに撮影したい顔をしてくださるではないか。素顔を見たことがある彼女は、きっとフルメイクをして完璧に女子をやっている姿を想像しながら、実際はどうなのという興味ばかりに満たされているのだろう。
「そうしたいのもやまやまだけど、さすがに料理やってるときに眼鏡外すのは危ないので」
木戸の視力はそこまで悪くはないけれど、眼鏡がないと若干輪郭がぼやけるのである。もう刻む作業は終わったから外してもいいような気がしないでもないけれど、緻密なデコレーションだったりをするなら眼鏡は必須である。
そして。万が一にでもルイとの関係性を知られるのは避けたいところだ。先日、お正月に撮ったレンタル和装の公告が密かに折り込みで入っていたりもしたし、あれ? と思う人はいるかもしれない。それくらい眼鏡のあるなしで木戸の印象は変わる。
「ああ、でもシルバーフレームは持ってきてるから、そっちつけよっか。あっちのほうが女子っぽいし」
上着まで学ランを着ていたらさすがに印象はそこまで変わらないだろうが、シャツプラスエプロンというような感じであれば、印象はがらりと変わるだろう。黒縁よりはあちらのほうが顔の輪郭も隠れない。
「いいんじゃない? メイドさんのときのに似たやつ買ったんだっけ?」
「メイドさんって?」
周りのクラスメイトから興味の声が上がる。もうだいぶ大メイド時代は落ち着いてしまったものの、それでもメイドときくと少しばかりときめいてしまうのは仕方ない。
「修学旅行で、うちらの班がお昼に行ったのがメイド喫茶だったのね。そこで体験メイドチケットが景品で当たって、木戸君がメイドさんやったの」
「ほほぅ。それはぜひ写真とかあれば見たいものです」
「残念ながら、撮影禁止だったから写真はないの。メイドさんと一緒に撮影券ってのもあったけど、木戸くんがごねてね。そんなにかわいいなら撮られてもいいじゃないって、思ったんだけど」
あの時同じ班だった山田さんまでがそんなことを言い出す。どこかうっとりしながら話しているところをみるとあの金髪メイドの姿を想像しているらしい。
「こちらは撮る方専門。撮られるのは門外漢というやつです」
きりっと眼鏡を装備すると、それだけで黒縁の眼鏡とは違う印象にかわる。
口調だけでもずいぶんと女子っぽくはなるけれど、やはり野暮ったい黒縁眼鏡というのは可愛さにかけるのである。
「うわっ、確かに眼鏡変えただけで美少年? いや美少女? なんか微妙な両性感というか……」
「これで声まで女子ってなると、こんなかっこでも男とは思えないよね」
「かっこまでそろえると、もー完璧という、今まで誰も気づかなかった事実がここに」
佐々木さんがにんまり口を挟んでくる。いや。貴女は見たことないよね、完全に女装した姿を。
「いちおー変に目立ちたくないし、この話はここだけってことで」
まあ女の口に戸は立てられないっていうので、無理だと思いますけど、と内心で付け加える。
「そんなわけでそろそろ溶けたから、半々でいってみるね。ちょいとミルク混ぜたのも作ってみる」
こほんと咳払いをするとあらかじめ用意しておいた型にチョコを流し込む。
そのまま型に入れただけのものが半分。
そして残りはいくつかの容器に小分けにしてそれぞれ牛乳を比率を変えて混ぜ込んでみる。
味の区別を知るという意味もあるけれど、固さの問題も知っておきたいところだ。
そちらは型ではなくアルミホイルの上に垂らして固める。
「ミルクの比率変えるのって、特別テキストにのってなかったけど、なんかあるの?」
「せっかくだから、ちょっと柔らかめのミルクチョコをつくって、そいつをフォンデュみたいな感じであの純正さんにいれて回りをコーティングしたのもつくってみたいかなぁって。ま、自分で食べる用ですけど」
誰かにあげるためじゃないよ、ほんとだよ、といってあげてもほんとにーという視線ばかりが目立った。あげるにしても友チョコとしてカメラ関係の人間に渡すくらいだろう。
「でもたしか誰かがテキスト通りにやるのが基本とかなんとか言ってなかったっけ?」
「基本を押さえてから、半分は実験用です。料理は科学だから。トライアンドエラーなのですよ」
失敗したなら、それをもとに次に生かせばいいのだけれど、大半の適当に料理する人はレシピすらろくに見ないで作って、さらに失敗に関しても大まかに失敗したとしか覚えていない。それでは次に続かない。
「あれ、割と木戸くんって理系?」
「理系もなにも、うちの師匠も基本的な物理現象の仕組みは知っておくようにっていつもいっているし」
「師匠?」
きょとんとした顔をされて、思わずやばいという声がのど元まででかかった。
そう。あいなさんに師事しているのはあくまでもルイである。
「あっ、固まってきたね。割と冬の気温だと早いっぽい」
さらっと無視して、チョコのほうに視線を向けさせる。
型からチョコを取り出すと、それなりな形になってくれた。
それぞれみんな一つずつ試食をして、まーチョコだねーなんていう反応を確認した。そりゃそうだ。溶かして型に流して固めただけだ。味が変わったらむしろ怖い。
「ミルクのほうは割と比率変えると味のバリエーションがでるね。チョコっぽいかといわれると悩ましいけど」
ミルク入りの方も砕いてからみんなで試食していく。
「ちなみに、男子の好みとしては、どうなのですか、かおるん」
「男子の趣味は……みんなわりと、チョコならなんでもいいんじゃない?」
ざっくりとそう言ってはみたものの、男子の好みがあんまりわからないのが正直なところだ。大人な味が好きだというやつをとりあえず今回の参加メンバーの中には見つけられなかったし、あえて大人味にしなくてもいいような気もする。そもそもあんまりチョコ食べないよね。みんな。
「いや、言っとくけどあたしはミルクチョコ派ですよ? 甘いの好きだしカカオ97%とかあそこらへんは無理」
「甘い系かー。無難といえば無難かなー。まあでもみんな一個ずつつくってセットにするわけだし、個人の好き好きってことで、いいかな?」
「さんせー」
そんなみんなからの同意がでたところで、基本のチョコを刻んで溶かして形を変える、というところからみんなで練習をしてみた。試行錯誤や味付けなどは後でおのおのやってみるということでいいだろう。
女の子がわいのわいのと料理をしている様はやはりいいものである。
ここにカメラがあったら撮影しておきたいところだよなぁとも思うし。手前に広がる、ぐじゃぁっとした何かを中心に据えて、背景ぼかすみたいなのも撮ってみたいような気もする。
完成品はきれいでも、そこまでの道のりは大変なのだよ的な写真の出来上がりだ。
「ま、あとはみんなの想像力しだい、というわけで」
ミルク比率の変えたチョコを食べながら、チョコの方向性を決めると、木戸もなぜか男子に上げるためのチョコづくりを始めるのだった。
「ねえねえ、かおるんかおるん。この問題ってどーやるの?」
「そこは、この公式使って、教科書のここら辺よんでやればだいじょぶ」
「おはよー! 今日もぷにぷにでうらやましいですな」
「スキンケアは大切ですよ?」
チョコ作りをしてから数日。圧倒的に女子から声をかけまくられる日々を木戸は送っていた。
クラスメイトからは、いったい何がおきたんだと衝撃を受けている者も少なくない。
まあかおるんおはよーではたしかにそうなんだけれど。
「お前らの悪行のせいだ」
とだけクラスメイトには言っている。それを聞くと大抵の男子はうぐっと口をつぐむ。
チョコ騒動があってからというもの、あのメンバーは木戸のことをおそらく同性扱いしているのだ。それはそれで少し複雑ではある。
そしてバレンタインの当日である今日もそれはかわらない。
変わったことが一つあるとすればそれは、クラスの男子がそわそわとしていることだった。
「うわ、どきどきするな……」
中には初めてチョコをもらうというやつもいる。
チョコのできとしては、みんなそれぞれが作れるチョコを作ったので、まあまあといったところだろう。
むしろ失敗作を大量に木戸がいただいていたりもして、チョコを食べるという点では満足はしてしまっているのだが。
「俺、女の子からの手作りチョコとか初めて」
「中に一つ俺が作ったのも入ってるけどな」
ぼそっと言ってやると、微妙そうな顔をするのと嬉しそうな顔をするのと両極端だ。あの時同部屋だったやつらは、あの馨ちゃんの手作り……なんて想像をしているらしい。あーあ。どうして本名のほうもこう女性名で通ってしまう名前なのか。
「はーい。お待たせしました。バレンタインを嘆くあなた方に、我々からの授けものであります」
「おおおぉっ」
その瞬間のどよめきといったらなかった。
確かに、バレンタインをという話をしたけれど、さすがにみなさん手作りだというところまでは想像してなかった。つまりチロルチョコ一個ずつとかを想像していた、らしい。
「十一人でそれぞれ一個ずつ作ったのを入れてあるから。誰が作ったのかは、内緒ね」
はいよーとそれぞれ配り終えると、男子のテンションはダダ上がりである。
「うわっ、俺もうこれ、家宝にする……」
「一年に一個ずつ食べるんだ……十一年間これで……」
くぅ。なんかもうみんなのセリフが切なすぎる。どれだけもてない宣言なのか。
「にが……ビターテイストでいい!」
そんな中、一人の勇者がチョコを口に放り込む。
素材的にそこまでビターにならないはずなのだが……まあそういうこともきっとあるのだろう。
「し……濃厚な味だ」
油分が分離したんだろうか……それでもみんな幸せそうな顔をしているのだから、なんというかバレンタインの魔力というのは恐ろしい。
「おっ、これは……幸せな甘さ。口の中で溶けるーきっと斉藤さんのに違いない」
すいません、それ俺のです。と木戸はのどまででた言葉を声にはしなかった。さすがに幻想を打ち砕くのはかわいそうだろう。
「なあなあ、木戸は自分の分ってもらってないのか?」
「俺は、散々試食したからな……もらう数には入ってない」
むろんそれはお返しをするのが面倒だから、というのも含まれているのは内緒である。
「それはうらやましいんだか、残念なんだか」
「いいや、やっぱりチョコは今日もらうからこそだろう! そういう意味じゃ木戸も残念組だな」
残念残念という言葉が耳に入って、ちらりと残念な青木に視線が向いた。
彼はやはり灰色になっていて今年のチョコ獲得がまったくないようだ。
その姿を見つつ、さあどうしようかと少しだけ躊躇する。のだが、変に考え込むのも逆によろしくないかと思い直す。さらっとやればいいだけなのだ。
「ああ、そうだ。青木にはこれ」
かさりとしまっておいた袋を取り出して、青木の前に出す。
「ちょ、木戸? それ、本命とかっていう……」
ざわっとクラスが騒がしくなった。お前はなんてことをしてるんだという視線が集中する。
そりゃそうだろう。バレンタインの友チョコはあくまでも女子が女子に渡すものだ。
「違う違う。誰が青木なんかに本命あげるかっていうか、もともと男に本命チョコはわたす気はない」
つまみ食いしたら、怒ります、と言いながら青木に渡す。
「あいなさんに、友チョコってことで」
撮影の時に渡してもいいのだけれど、なんというか結構手作りチョコが余ったので、という意味合いが強い。
わざわざルイ状態で渡すほどの気合も入ってないので、青木経由という選択にしたわけだ。
「ああ、ねーちゃんにか。わかった」
しょぼんと肩を落としながら、今年もチョコ収穫のない青木はさらに明度の低い灰色になっていた。
だから、つい、魔が差してしまったんだろう。
「一個くらいなら、食べちゃってもいいから」
こそりと耳元でささやいてあげると、青木の顔がぱっと明るくなる。
こいつは確かにひどい奴だけれど、それでも友達なのだ。男としてチョコがもらえない寂しさみたいなのも多少はわかるし、せっかく作ったのだったら、それは有効活用されなきゃいけない。
墓穴だよなぁとは思っても、それでも。
高校に入っての初めての男友達の笑っている顔を、見ていたいと思ってしまうのである。
大人になるとなんかアレですが、未成年のバレンタインってどきどきしますよね!
ホワイトデーのイベントもご用意していますが、それは珠理ちゃんのターンが終わってからなので、けっこー後になります。プロット作らず好きな書きたいシーンだけを書いてるツケですね……時系列的に無茶なスケジュールになっていて、このイベント起こすために、ここでこれをしておかないと、みたいなのが多すぎて修正が大変であります。逆に三年のイベントが割とすかすかなのですよね……受験生なのに、動きすぎなくらいは動いているのですが。