631.男四人のプール会4
気がついたら月曜でした。すんません。
「かなり遊んだね」
「まさかこんなに思いっきり泳げるとは思わなかった」
水泳楽しい! と清水くんがいい顔を浮かべたので一枚カシャリ。
今までプールの授業をいやいややっていた彼は、やっと自由に泳げる人魚になったのであった。
あれ、人魚って女子なイメージ? マーマンとかのほうがいいのだろうか。
「楽しんでいただけたようで何よりです。借り切った甲斐はありましたね」
「ほんともう、咲宮くんには感謝だよ。正直外のプールに入りに行く勇気はあんまりなかったから」
「これでもう普通にプールデビューして問題なさそうだね」
ま、俺はちょっと遠慮するけど……と木戸は一人遠い目をした。
今はもう、水中眼鏡から普通の眼鏡に変えているけれど、ずっと眼鏡付けっぱなしというのがプールサイドでどの程度有効なのか、という話もあるのである。
「常時、目を細めておけばいいじゃん。前にプールいったときみたいに」
「……あれはあれでなぁ。かといって女装でプールというのもちょっと違う気がするし」
なにより、撮影できないし! と言い張ると、まぁお前はそうだよね、という生温かい視線を向けられた。
「それで、この後はどうしましょうか?」
まだまだ解散には時間が早いような気がしますが、と明るい周りの景色を見ながら沙紀矢くんが首を傾げる。
確かに今の時間は三時過ぎくらいだ。
夜までプールでというのも一つではあるけれど、残念ながら木戸達はスイマーというわけではない。
プール漬けの時間を過ごすには体力も気力も追いつかないのである。
今の段階で、身体はぐったり重いし、下手をするとこのままお休みなさいな感じでまぶたも重い。
「清水くん意見ある?」
「ご飯をっていうほどお腹は減ってないんだよね」
普通、こういうときって、男子はなにをするもの? と聞かれてすいと木戸は目をそらした。
時間があったら撮影でしょ! じょーこー! とは言えないのである。
常識的に考えて、というネットスラングなのだそうだけれど。
そもそも、自分の感覚が常識とあっているという勘違いはしない木戸である。
「昼からバーってのもなぁ。かといってメシってのも、木戸のせいで食い過ぎたし」
「美味しかったですからね。ほんと、木戸先輩のお嫁さんかお婿さんは羨ましいです」
「それな! まじでお弁当美味しく作れるの天使。でも、お、俺はお前のこと、れ、恋愛対象と思ったことはないんだからなっ!」
お尻が危ないとかいうなよなっ! と、赤城がいうと、わーってますがなーと、木戸は苦笑気味に返す。
他の二人も、そこに関してはなにもつっこみはなかった。
はいはい、そーですよね、という感じだ。
「そこで、赤城先生。男子大学生が男同士で遊ぶとしたらどこに行くものでしょうか?」
「……ここで俺にふるか……まあ、確かにみんな遊び慣れちゃ居なさそうだが……」
特に木戸は変なところ推すだろうしな。押すなよっていっても推すだろうからな、と赤城に言われた。
なんなら、沙紀矢くんと清水くんを連れ回して町中ポートレート作成でもいいんだけれど?
赤城のは……撮ってあげてもいいけれどね? くらいである。
「カラオケとかじゃね? あとはボーリングとかさ。ゲーセンっつってもお前らきっとクレーンゲームでわいわいやるだろうし……っていうか、木戸とか可愛いぬいぐるみとか居たら、裾くいとかするだろ? ねぇ……とか上目使いで! やべぇ! 寒気がする……」
みんなに効くと思ったら大間違いだ! と、赤城は思い切り引きながらそんなことを言った。
ううむ。こいつにとって自分はそういう感じなんだなというのを再認識する。
欲しい子がいるなら、自分でやるよ……まあ、家にそんなに一杯おきたくないから、クレーンゲームはウィンドウショッピングで終わるけど。
「俺は家にぬいぐるみを増やさない派だ。たしかにあの、もふもふの、かわいい子達に囲まれるのは心底癒やされるし楽しいし、ぬいぐるみカフェとかがあったのなら、思う存分もふらせていただきたい!! でも、家に居るのはほめさんだけです」
みんなうちの部屋、乙女とか、可愛いだろうとか、ピンクベースだろうとか天蓋ベッドとかいろいろ言うけど、んなことはない! と言っておいた。
沙紀お姉さまほどの可愛らしい部屋ではないのである。
嘘だろ、と沙紀ちゃんと赤城が目をかっぴらいていたのだけど、嘘では無い。
なんなら部屋に来ればいいのだ。沙紀ちゃんならいろいろ世話を焼こうと思う。
「……あとは無難にファーストフードでだべる、とかかな。でもそこらへん沙紀矢くんはどうなんだ? その……セキュリティ的に」
「ちょっ。なにそのセキュリティって!」
「いや、その、ハナさんからボディーガードがどうのって聞いたことがあったから」
「エロゲでもよくあるシチュエーションだよねぇ。女装したお姉さまを悪漢が襲うーみたいな! そして見事撃退で、まぁ、素敵……みたいに親友から言われる的な」
ぼそっと、付け加えたら、ぎんと思い切り沙紀矢くんに睨まれた。
うんうんおきれいな顔だから睨む目も良い感じだ。何枚か撮らせてもらった。
「エロゲて……」
「はいはい、馬鹿なことをいう先輩は置いて、着替えましょう。ま、僕は最終確認してから行くんで先に連行しておいてくださいって感じですが」
着替えてからでも行き先は決められます、と沙紀矢くんはぷぃとしながら、木戸達の背中を押した。
どうやら、お姉さまを匂わすのはNGな行為らしい。
くっ。他の子が一緒ならなりきるくせに。
「わかりました。じゃー、着替え中にいろいろ考えようね!」
まだ、祭は終わりではないのだぜ! というと木戸たちはプールサイドから退出したのだった。
「しかし、一人での着替えというのは安心でいいですね」
先に着替えていてくださいね、ということで、木戸達を更衣室に送り込んでいた沙紀矢は一人で更衣室を使っていた。
更衣室。
ここには少なからず葛藤がある。
え? そんなの、着替えるだけの場所じゃない? 別に気にしたら負けだと思うけどな?
というのが、木戸先輩のありがたくない教えなのだけれど。
まぁ、なんだ。
女子更衣室ではもちろんのこと、男子更衣室であっても、いささか沙紀矢は嫌な目に遭っているのである。
おっ、すっげーな! めっちゃ肌白いとか、そういった事をよく言われた。
それは、もちろん木戸が遭っていたような、それとは全然ベクトルが違うのだけど、それでもじろじろ見られるというのがそもそも苦手なのである。
男らしさというものを特別求められはしなかったけれど、かといって美しいと賛美されるのはそれはそれで微妙な気分になるものである。
当時は髪を伸ばしていたこともあって、割と目立つ存在だったのである。
「しかし、もう三年にもなるのですね……」
遠い昔の事のように思える。
この学校に通っていたのは、二年までのこと。それなりの時は重ねている実感はある。
でも、その間に挟まっているゼフィロスの一年が、なおさらこの学院を遠い時間の端に追いやってる気がする。
ここでの経験は確かに血肉になっている。
でも、きっとゼフィロスでの一年の方が、印象に強く残ってしまっているのではないか、と思うのだ。
大学に入ってからも、ふとしたおりに女生徒として生活していた名残というのが、癖で出ることがある。
それを是とするのかどうかは、悩ましいところで。
どうしようと思っていると、目の前で木戸先輩が……いいや、ルイさんがどーでもいいんじゃね? とのほほんとしているわけである。
彼曰く、どっちの価値観が好きかでいいんじゃないの? とかいうとても適当な事を言っているわけなのだけれど。
さすがにあの境地には至れないなと思ってしまう。
「んし、水は取れたかな」
バスタオルで身体全体から水分をふいていく。
ここらへんは男子ならば適当で済ませるのだろうけど、ちゃんと拭く! とまりえから言われているのでそこらへんは習慣化してしまっている。習慣怖い。
そして着替えるわけだけれど、ここらへんは下からが先だ。
下が見えたらおしまいです、という指導の癖だ。上半身は……まあ、不本意ながら後ろから見られる分には女性のそれに見えるらしいので。
まあ、ルイさんのそれに比べたら自分のそれなんて、ずいぶんがっしりしていると思うのだけども。
あの人なら、なんか、すっぽんぽんでも、男だと思われないような気がしてならない。
「経験が人を作る……かぁ」
はぁ、自分はどれだけ影響を受けたのだろうかと、少しばかりあの一年のことを思い出す。
お姉さまとして同い年のそして、年下の女の子達から慕われた日々。
そこらへんが今の自分を作っている一部になっている。
はたしてそれでいいのか、という思いはあるけれど、今のところはそれでいいやという思いだ。
そんな時である。
「よぉ! 元気にやってっかおまえら!」
がらっと更衣室の入り口が開けられたのである。
思わず、びくぅっと身体を震わせてしまう。
ここは男子校。んで、自分は男子。なんもびくりとする必要性はない!
「えっ……へ?」
ないけれども。
反射としてそういう反応をしてしまうのは、もう仕方ないのでは無いだろうか。
「っ!? ごめ……って!」
声をかけてきたちん入者は一回外に出て、入り口を確認すると、おそるおそる更衣室の中の沙紀矢を見た。
「おま……はぁ!? 万能王子かよ……おま」
「万能王子?」
ん? と沙紀矢はその名称に首を傾げながら上着を着込んだ。
別にぶらじゃぁのホックをつけなくていいので、そんなに時間がかかるものでもないのだ。
ほんと、あのホックをつけるの、すっごく練習したけど、いまでもまだ慣れない。
そこらへんを、エレナさんやルイさんは簡単にやってのけるのだから、慣れにも差はあるのだなぁと変な事を思ってしまうところだ。
「あれ? 水泳部の……誰だっけ? 田……?」
「田ノ上だ! クラスメイトの名前くらい覚えておけよ!」
そんなんじゃ同窓会のときにみんなにいじられるぞ! と言われた物の、ううむ。
さすがにクラスのメンバー全員の名前を覚えているなんてことはない。
ゼフィロスの方はかなり覚えていたのだけど。特に下の名前を。下級生とか名前覚えてあげるとほんと喜ぶんだよね。
うふふ。大丈夫よ、とか言いながらである。
「そこはごめん。でも卒業生がなにやってんの?」
「そこは俺の台詞だ! 俺はOBとして水泳部の練習を見にきてるんだ。つーかどうして留学したまま居なくなったお前がここにいる?」
「卒業式には出れなかったけど、卒業生だからね。それに申請はちゃんと通してるよ」
水泳部のスケジュールは把握した上で、貸し切りにさせてもらったというと、そうなのか? ときょとんとした顔を浮かべた。
その驚きようをみるに、彼自身はほんとうにぽっと水泳部に顔を出すOBという感じみたいだ。
在校生の負担になっていなければいいのだが。
「そんなわけで、僕らはそろそろ鍵を職員室に返して、帰ろうと思っているところでね」
先輩がたを待たせているのは申し訳ないので、といいつつ沙紀矢はちらりと視線を出口に向けた。
これなら、いちゃもんを付けられずに外にでることもできるだろう。
オマケに彼は水泳部が休みだというのも解れば、帰ってくれるに違いない。
「沙紀ちゃーん、まだかい?」
さて。そんな状態でひょこっと顔を出した木戸先輩をみて、え? と田ノ上くんは不思議そうな声を上げた。
別に女声を出しているわけではないのだけど、その仕草というか気配みたいなもので、違和感を覚えたようだ。
「なんだ、着替えてるじゃん。てか、そちらは? お友達?」
「いちおう、元同級生です」
「どもっす」
「これはどうも! 沙紀矢くんの友人の木戸馨といいます。撮影のご用命があれば是非ともお声かけを!」
「……はい?」
緊張をほぐすため、という意味合いもあるのだろうけど、木戸先輩は終始にこやかな感じでの対応である。
でも、これ、あからさまに怪しい対応だと思う。
「あー、木戸先輩は写真馬鹿でね。会う人会う人に、自分の腕を買ってくれって言って回る写真売りの少女なんだよ」
「少女?」
「いんや、言葉のあや。マッチ売りの少女にかけてるって感じだろうね」
ほら、全然怪しくないよ! と木戸先輩はカメラを構えながら、ほらほらーと、良い笑顔を浮かべた。
眼鏡ごしでも、楽しそうなのが解る感じである。
「なるほどなぁ。沙紀矢くんの高校の頃のお友達ってわけかぁ」
「いや……友達っていうか、同級生っていうか」
うん。友達なのかといわれたらちょっと悩ましいところはある。
あの頃はもともと、ゼフィロスに行く前提があったので、こっちの学校で仲の良い友達というのをあまり作れなかったところもあった。
それでも気心のしれた相手というのはいるのだけど、そこにこの人が入っていなかったというだけのことだ。
さて、そんな沙紀矢の微妙な顔を見たからなのか。
彼は、満面の笑みでああ、これだ! と手を打ち鳴らした。
「時間があるようだったら、是非、お話を聞かせてもらえないかな? 俺は高校三年の頃からの彼しか知らないから」
高校時代をどう過ごしていたのか、お兄さんに話してみないかい? と小首を傾げながら言う姿をみつつ、沙紀矢ははぁー、と深いため息をつき、そしてもう一人の田ノ上くんは、何事が目の前で起きているのか、未だに理解が及んでいないようだった。
「だからさ。ちょっと、お話をしようよ。ね?」
かわいい頃の沙紀矢くんの話は親友から聞いてるんだけど、高校時代の話はぜんっぜん話に出ないから、是非とも聞きたいんだよねぇ、とにこりというその姿は、沙紀矢にして、小悪魔みたいだと錯覚するほどだった。
もさ眼鏡状態なのに、そうなのは、素顔を知っているが故の、誤認というものだということを気づかないまま。
プールサイドでの話はもう少し続くのであった。
更衣室覗いてたのだーれだ! ということで、沙紀矢くんの高校時代の知人でございました。
いやぁ、それぞれの人に歴史ありということで、男子高校生時代の沙紀矢くんの事をきいてみたいなぁー! と思いまして。
そして木戸くんががっちりロックオンしております。
さて、次話では昔話を高校のテラスで行うご予定です。