630.男四人のプール会3
「……木戸くんやっぱご飯美味しいよね」
「んー、ほっこりする!」
「べんとーといってこの量を持ってくるあたりがやばい」
さて。
しばらくプールでわいわい遊んでいたわけなのだけど。
泳いだり、レースしたりと、午前中は楽しく過ごさせてもらった。
水中から撮影ってのもさせてもらったし、フォームどうですか!? と沙紀矢くんに笑顔で言われたりした。
ちなみに、水泳レベルは、沙紀矢くんがダントツで、木戸と赤城が同じくらい。そして、清水くんが泳ぐのもぎりぎりといった感じで、ばたばたしながら、ひぃと嘆く感じだった。
「そこらへんは経験というか、練習量だと思うよ」
なんて、慰めてはみたものの、最初のころは清水くんの水泳講座になったりしたのだった。
学習というものは、そこに集中できているかどうかで、習熟度というものは変わる物だ。
女性用スクール水着がいやぁ! と思ってる状況で学習効率がどうかなんていうのは、もう考えるまでもないだろう。
頭に入ってくるものなんていうものは、欠片も無い。
「ご飯の食材代はみんなで割り勘だかんな。あとで徴収するから!」
「そりゃ、ただめしとはいわんが……豪華じゃね?」
「あんまりお高いとつらい……かな」
赤城と清水くんが不安そうにしながら、もぐもぐとお弁当をいただいている。
「今回のお弁当は沙紀矢くんも居るって事で、一人五百円! ほうら高級弁当だぞ! 味わいたまえ」
「……高級……」
「弁当屋が泣くな」
「無くなりそうな勢いですが、美味しいというのが」
みんな、豪勢だよ!といったのに合成かよ! といいはじめそうな始末だった。
学生の懐事情を考えると、沙紀矢くん以外は厳しいかなと思ってこうしたのに。どうにもお安すぎたらしい。
もうちょっと素材に費用を掛けても良かったのかも知れない。
「いや、でも、水筒の中に味噌汁が入ってるとか、なんつーか、ほっこりする感じ?」
毎日味噌汁作って欲しい! ってののアレだな! と赤城が言った。
ふむ。こいつはハナさんに作って欲しいとか思ってるのだろうか。
「そこは、自分で作ったり相手に作ってもらったりで、お前の場合はいいんでないの?」
「だな! 味噌汁で心をつかむってのは大切だよな!」
おっと。軽い気持ちでふったら、なんかすごく乗ってきてくれた。
「でも、ほんと美味しいですよね。レシピ教わってもなんていうかこう……同じ味にならなくて」
「って、レシピを交換する仲なの!?」
味噌汁を飲みながら、清水くんが、きらきらさんである沙紀矢くんに驚いた声を向けた。もちろんその視線は木戸にも向かってる。
「こういう会に誘ったくらいだしね。俺と沙紀矢くんはまぶだち……というか、え、違う? ただの先輩後輩? え?」
まじか……と、がっくりきてると、みんなが爆笑を浮かべた。
うう。沙紀矢くんとは仲良しだと思っていたのに!
「僕の中では、人のいい女性の先輩、なんで、まぶだちとは言えませんね」
「あーそっちか。確かに俺もこいつに、男を感じないな」
男を感じない? と一人清水くんがはてな顔をしている。
まあ、わからないなら、解らない方が良い。
「ま、おかん系とか、いろいろ言われることはあるけど、いちおう男子生徒の肩書きはあるのだけど」
ほら、男子校にいるのだし、そこらへんは大切! というとびくりと清水くんは身体を震わせた。
「僕その、まだ……」
「やり玉に挙げられるのは、お前より木戸のほうだろ。大丈夫」
「ですね。清水先輩のほうが、兄貴らしいです! る、じゃない。木戸先輩は妹なので」
「妹はどうよー!」
ちょっと傷心な清水くんを励ますためとはいえ、まさか妹扱いをされるとは思わなかった。
たしかに、奏なら、沙紀矢くんの妹でも問題は無いのだけど。
「じゃあ、こほん。沙紀矢にーさま。どうせだからにーさまの誕生日に招待して欲しいな」
きらきらな女声で、上目遣いにそんなことを言ってみせる。
うんうん。沙紀矢くんの二十歳の誕生日は、是非とも参加させてほしい!
妹だというのなら、参加する権利くらいはあるだろう。
「……ま」
「……ふぁ」
「木戸よう……その格好でそれは駄目だろ……普通のやつなら変なことかんがえんぞ」
ちっぱいとかな。ちっぱい。と赤城が言っていたので、とりあえずにこにこと肩をぽんぽんとたたいておく。
「おまえにそういうことを言われると思わなかったよなぁ。ごつぱい大好き赤城くんよぉ」
「おうよ。ごつぱいのどこが駄目だってんだよ。引き締まった大胸筋とか最高だろ!? つーか、おまえは胸とか鍛えないのかよ!?」
「鍛えないでーす。女友達は胸を支えるのは大胸筋なんだから! って言ってたけど、姉様は……あ、垂れないように鍛えようとか言っていたような」
どのみち、あんまし必要ないし、というと、ぐぬぬと、赤城がうめいた。
いや、そんなにマッスルが好きなら、筋肉が見れる場所に行けばいいと思う。
「ちげーんだ! 木戸よ……俺みたいなやつが、そんなよこしまな視線を向けていい場所じゃねーんだ。筋肉の聖地というやつは……」
俺は、俺だけの理想郷を……ふぐっ、とかいうので、肩を軽くぽんぽんたたいてやった。
うん。自制は大事だと思います。
「ええっと……この一幕はどう反応すればいいんだろう……」
「いちいち真に受けてると身が持ちませんよ。清水先輩もいろいろあるんでしょうけど、たぶん木戸先輩の道なき道を踏み抜いていくスタイルとは違って、今ではある程度道しるべはあるのでしょう?」
「たしかに。そう言われるとあそこまで好き勝手してるわけじゃない、のかな」
自分では結構無茶をしてる自覚はあるんだけど、と清水くんは肩をすくめた。
どうにも、赤城とのやりとりに驚いているようだ。
ふむ。
カシャリ。とりあえず一枚撮らせてもらった。
「とりあえず、ご飯を楽しんでもらえたならそれはそれでよしといったところだけど。ずいぶんな言いぐさじゃない?」
ねぇ、沙紀矢くんと言うと、あー、はははーとはぐらかされた。
うぐっ。沙紀矢くんがめっちゃ視線をそらしている。
「いや、間違いはあんまねーんじゃね? 正直今の俺はなんか自分のカミングアウトがどんだけ場違いだったのか、がっくりくるくらいでな……」
「赤城先輩のがどうだかわかりませんが、僕も正直木戸先輩の存在をしって、ああ、これくらい無茶ぶりじゃないなと、しみじみ思ったもので」
「それは、うん。僕でもそう思うかも。なんか木戸くんの生き方っていろいろ危ういというか……」
自分の悩みが馬鹿らしくなるかも、と清水くんにまで言われてしまった。
別にそこまで尖った生き方しているつもりはないんだけど。
「俺はただ、撮影できりゃいいだけの生き方をしてるだけだというのに。どうしてそういう評価になるのかがわからん」
特に、清水くんにまでそう言われるのは心外だよ! というと、赤城に、身から出たさびってってのは、匂うってこったろとひどい事をいわれた。解せぬ。
「ぷぅ、みんなしてひどいんだから」
「拗ねるところが自然に女声になるあたりからして、いろいろ手遅れだと思うのですが」
「そういうこという沙紀矢くんには、デザートのゼリーはあげないからっ」
「……ほんと、まじそーいうところだからな……木戸」
赤城がすっごく、げんなりとした声を上げたのだけど、まぁここらへんは気心の知れた相手だからやっていることだ。
いちおう清水くんもしのさんの事は知られているわけだしね。
「そういう仕草、僕はゼッタイやりたくないけど……嫌がる必要はないものなのかな」
「そこらへんは好き好きじゃないの? 実際、ネットでは可愛いかっこを動画に流す子もいるわけだしさ。まあ男なのに可愛いってどういうことよ!? っていう戸惑いはあるかもしれないけど、別に男子が可愛くて悪い事はないっしょ?」
ほら、どうよ、というとううぅーと清水くんはうめき声をもらした。
その価値観はなんなんだろうか、という感じだろうか。
まー。そうなのかもしれない。
性別というものには、どうしたって、かわいらしさとか、かっこよさっていうのが紐付けされてしまっている。
それを自力でぶったぎるというのは、難しいことかもしれない。
それも、これから男性としてやっていこうとして、決別したものであるのなら、なおさら。
「少なくとも、女の子は、可愛くもかっこよくもなれるよね? そこらへんは感覚的に解る?」
「そこらへんは、まぁ……小さい頃からかっこいいとは言われてきてるし」
女子としてのかっこいいを言われても微妙だったけど、と清水くんはとても複雑な表情を浮かべる。
うん。悩ましげなその顔も一枚撮影だ。
「それ撮るとか、鬼畜だよなぁ……」
「いちおうあとから消してくれるとは言え……」
ひそひそと、二人が言い合っているのだけれど、まあそこらへんはスルーである。
そもそも今撮ってるのはオフの写真。
みんなぴーすぴーす! ってしてる写真ではないのである。
楽しい顔も、悲しい顔も。困惑した顔も、いろいろ撮っていきたいのだ!
「いま、清水くんは、男と見られるために、かっこよくあろうとしてるんだろうけど……二人は、さ、この子みて、男子だと思う?」
どうよ、と声を向けると二人ははて、と首をすくめた。
「全然です。話は伺っていましたが、別に違和感はないですよ」
「……男子には見える、と思う。うん、木戸くらいにはなっ」
沙紀矢くんには素直に肯定してもらったけれど、赤城のやつはどうにも、判定に困るところがあるらしい。
でもそれは、清水くん的にはOKだったようで、ぱぁっと明るい表情を見せてくれたのだった。
「むしろ木戸くんの方がその……男っぽさがないというか……」
そういう格好してるのに、ときどき変な風に見えると、言われてしまった。
おっと。
知り合いばかりということで解禁しすぎただろうか。
でも。そこら辺を気にするつもりはあんまりない。隠し撮りとかないですよぅと沙紀矢くんには言質を取っているからである。
それは、もしこの後そういう動画が出てきても、咲宮家がもみ消してくれるというのも含めてのお話なのだ。
いま、この場だけを気にすればいいというのは、本当に助かることである。
「そんなわけで、男子だって可愛くたっていいじゃない? っていうスタイルなわけです。まぁ日頃はもさ眼鏡で通すけど」
ほんと、もてたいわけじゃないのに、いろいろ寄ってくるから! というと、ふっと沙紀矢くんが遠い目をした。
わかります、その気持ちみたいな感じなのだろう。
「っていっても、木戸の場合はがっこのヤツには変な目って向けられないんだろ? どーせ、ノンケの世界なんだし」
「ま、まぁ。俺の場合はいちおう身元が割れてるっていうか……大学生になってからは、変なアプローチはないな」
中学の頃はひどかったんだが、というと。
「大人になるって、常識を知るって事だしな」
赤城は盛大にため息をついた。
その言葉を否定するつもりはあまりない。
例えば、しのさんへのラブコールがあんまり多くないのは、実はあれはうちの学校の男子だというのが、一緒に情報として流れているからだ。
そこで大半の男子は冷や水をぶっかけられたようになる。
その分、ルイさんのほうはどうなのか、って話だけど……そこらへんはどうなのだろう?
レイヤーさんたちとは上手くやってるように思っているけれど、恋愛的な意味合いで告白されたのは、崎ちゃんと、翅さんだけだ。
青木も……まあ、告白してきた相手だけど、あれは、今は新しい恋人と仲良くしているので、その中に入れても入れなくてもどうでもいいように思う。
「でも、そこらへんの話になると、沙紀矢くんあたり、もってもてなのではないの?」
ほうら、焼きそばこぞーの、実態を教えてくださいな、というと、やめてくださいよと、思いっきり沙紀矢くんは身体の前で手をわたわたさせた。
若干女子会っぽい空気のようなきがしたのは気のせいだろう。うん。
「僕は基本的にまりえと一緒にいることが多いですし。それに、異性とのお付き合いには一線引いてますから」
間違いがあったら、大変ですと沙紀矢くんは顔を青ざめさせながら言った。
父親の件もあるから、そうなるのは仕方ないのだろうけど。
「おばさま、まりえさんとの仲が早くすすまないかな! みたいなことをニコニコ言ってたけど、そこらへんは?」
ほれほれ、言うがいいー! と詰め寄ると、んなっ! なんてことを言い始めるんですかと、わたわた沙紀矢くんは慌て始めた。
まあ、そんなやりとりをしていたわけだけれども。
「どうして、僕達男子校のプールを借りてるっていうのに、女子トークを聞くはめになってるんだろ」
そんな、清水くんの声がプールサイドに広がって行ったのをもちろん、木戸は聞く余裕などないのであった。
「あいつら、ちゃんとトレーニングしてっかな」
さて。そんな感じで、木戸達がプールを堪能していた頃合い。
学院の校門には一人の男性の姿があった。
この学院は、ゼフィロスのそれに比べると卒業生の校内への侵入に関しては比較的おおらかだ。
男子校だから、といってしまえばそうなのだが、卒業生であることを入り口で説明すれば守衛さんが通してくれる。
もちろん、何年卒の誰々であるということを申し出てデータベースへの照合なんかはするようだけれど。
水泳部のOBである彼はこうやって時間ができると後輩達の様子を見にきているわけなのだ。
通い慣れた室内プールの建物にいつも通り向かうと、鍵が開いているのを確認する。
誰か中にいる。
特別水泳部のスケジュールをチェックしているわけではないので、しまっていてもまあいいやと思っていたのだが。
これなら、ちょっと顔を出して様子を見るくらいはできそうだ。
「よぉ! 元気にやってっかおまえら!」
そんな感じで、更衣室の扉を開けた彼の前には。
「えっ……へ?」
慌てたような声を漏らす、真っ白な背中が映っていたのだった。
プールサイドでお食事タイム! というわけでご飯の準備はもちろん木戸くん担当です。
さぁもぐもぐするがいい!
そしてちょっと恋バナっぽくなりましたが、男同士の恋バナにはなりませんな、彼らでは。
まあ、楽しそうでなによりです。
次話ですが! 最後の場面の続きになります! 三人真っ白な背中してるから、さて誰でしょうねぇーというところで!