629.男四人のプール会2
その日はプール日和か、といわれるとそうでもなく、薄曇りの空は日焼けをしないでサイコー! というような感じだった。
まあ、どうせ行くのは、室内プールなのでお天気がどうのというのは関係はないわけだけど。
「清開学園だっけ? ゼフィロスとの姉妹校なのに、こっちは機能美って感じかなぁ」
ふむん。
木戸として、沙紀矢くんの案内で高校に足を踏み入れた時に抱いたのは、そんな感想だった。
ゼフィロスは情緒を育てるという意味合いなのか、風景がとにかく良い。
四季を感じられる花々や木々、それ以外にも、装飾にかなり力が入っているのだけど。
こちらは生徒が使いやすいような配置に気を配っていて、余計な物があまり置かれてない感じだ。
「ま、男子校ですからね。それでも花壇の世話なんかは生徒が気合い入れてやっていますけど」
華やかさでゼフィロスと比べるのは無理があります、というのは沙紀矢くんだ。
「あの……咲宮くんが両方の学校を知っているのは一族として解るけど、なんで木戸くんまでそんな比較ができるんだろう……」
あそこ、男子禁制なのにと清水くんは不思議そうに首を傾げた。
小首を傾げる仕草は男らしさとはつながらないほど可愛らしいけれど、それでも小動物系男子というようなカテゴリに入るような見た目である。
さすがに薬の効果は大きいようで、日に日にちょっと小柄な男の子という自分を獲得していっている最中だ。
「……ま。木戸だし。こいつ一週間ゼフィロス通ってるからな。とある事情で」
「赤城……それ、いちおう無かったことになったんだけど?」
「ですね。そうじゃないとまりえが困ります」
軽々と言ってはいけません、と沙紀矢くんから注意が入る。
ほんとですからね? という声は少し柔らかい音が入っていたのは、ゼフィロスの件をお姉さまとして思い出しているからなのだろうか。
可愛らしいものである。
「そうじゃなくても、そのよう……木戸。おまえさ……」
「ん? なにか言いたいことでも?」
ぎろんと赤城をにらみつけると、彼はおおう、なんでもねぇとほおをかいた。
赤城にはこの前の咲宮の家で、ルイ=木戸のことがばれているから、きっとそんなことを言い始めたのだろうけど、清水くんにはその事は言っていない。
伝えてしまっても、別に清水くんなら悪い事にはならないとは思うけれど、だからといって軽々しくお話できるような内容でもないのは確かだ。
昔は割とほいほい話をしてしまったのだけど、ゼフィロスのお仕事と崎ちゃんの件で、ちょいとばかし言えない感じなのである。
友人達も空気を読んでくれているし。みんなに感謝である。
「でも、咲宮くんの前でなんだけど、頭良さそうな学校というか……」
「そりゃ、沙紀矢くんの母校でもあるから、優秀だよ! 我が大学でも沙紀矢くん達の学部、頭の違いが……ね?」
「あー、確かにあそこは、頭一つ抜けてるというか」
「そういう木戸は、いろいろと抜けてるけどな」
写真のこととなると、ほんとおかしな事になるしな、おまえ、と赤城にがっかりした声を出された。
みなさん、うんうんと頷いている。
「べ、勉学はちゃんとやってますよぅ? 単位だってちゃんと取れているし、学校をちゃんと出ること、っていうのはいろんな意味で親との約束なわけで」
「好き勝手やってんもんなぁ、お前」
「木戸さんでも親御さんの事気にするんですねぇ」
……赤城と沙紀矢くんの顔は割と正反対だった。
呆れと、驚きといった感じだろうか。
「高校の頃からの約束なんだ。学力が落ちたら女装外出させない! ってさ」
うん。これはもう母から強く言われていることだ。
留年でもしたなら、いろいろちくちく言われるに決まっているのである。
仕事に関してはまあ、許してはもらえるだろうけど、日曜日の外出とか許してもらえなくなってしまう。
「えっと。木戸くんに聞いておきたいんだけど、木戸くんにとって女装ってどういう扱いなんだろう?」
「どうって言われても、女装は、楽しい時間、かな」
「楽しい?」
ん? と清水くんははてな顔だ。
そこらへんがいわゆるガチ勢とは違うところなのかもしれない。
「日常から離れるときに、人は楽しくなるっていうじゃない? だから、そういう理由で」
「お前にとって女装とは、そういうことなんだな」
「あっちは、そうじゃない、と」
ふむ、と沙紀矢くん達に言われたけれど、どうなんだろう。
たしかに、ルイと、女装のしのは別物だと思っている。
でも、両方とも楽しいのは楽しいんだよね。
「晴れの日、上澄み、そんな感じ? ま、学校で女装するときは、大抵誰かのお願いでやってることの方が多いけどね」
プライベートではいかようにも女装はするけど、学校でのそれはほとんどが依頼か、避難だ。
「木戸くんってプライベートでもその……」
「やってるな」
「ええ、やってますね」
ほんと。どうしようもなく、と二人に言われた。間違いではないけれど、その……
「無意識というか、撮影のためにやっているというか」
「……木戸よ……撮影バカのお前はそうなんだろうが」
「無意識であのクオリティとか、ほんと、ずるくさいというか……」
もう、自分の努力とはなんだろうか、と沙紀矢くんは遠い目をした。
清水くんは、努力? とはてな顔だったけれど、さすがにお姉さまをやっていたことを嗅ぎつけることなどできるはずもなく。
プールの建物に到着してしまった。
「室内にプールがあるっていうのは、金持ち学校の宿命というものなのかな?」
「木戸のところは、屋外だっけ?」
「しがない公立高校だからな」
室内プールというのは、お金もちの特権です! とずびしっ! というと沙紀矢くんはううむと首を傾げた。
「どれだけ施設にお金を掛けられるか、というのはありますが、ここは水泳にも力を入れていますからね。室内プールは年間で使えるものですから、水泳に注力している学校は室内にするしかないのです」
お金もちとかそういうところじゃなくて、必要性に応じて、ですよ? と言われた。
まあ、確かに……
確かに木戸の母校に、水泳の有名選手はいないのだけれども。
「そして、有力選手は設備の良い学校に行く。そう考えると、撮影のための学校がそーんなにないのはありがたいことなのかな?」
まあ、いままで、撮ることに夢中で、あんまり人と比較したことは無いのだけど。
「メジャーな競技の方が施設が整えやすいってのはありそうですね。他の生徒のためにも使えますし」
「うちは田舎だからなぁ。校庭があってプールがあってっていう、昔ながらの学校でございます」
それに比べるとこの学校はとても立派だよ! というとありがとうございます、と沙紀矢くんからお礼を言われた。
一族経営だからというところだろうか。
「そんなに言うなら、木戸もここ受験すりゃよかっただろうに」
「そうか! それで男子校で女装して放課後の学校をぶらつくと」
「……それはあかんだろ……」
「そうですよ。ここの生徒が驚いてしまいます」
「自然に発想がそっちに行く木戸くんって……」
良いこと言った! という感じでドヤ顔をしていた木戸だったのだけど、みんなからは総スカンというやつだった。
うーん、エレナが普通にやってそうだったから大丈夫だと思ったのに。
「ちなみに今日はスクール水着、とかではないんですよね?」
「あ、うん、それは普通にサーフパンツだよ」
スク水というと圧倒的に女子のというイメージになるのは不思議だなぁと思いつつ答える。
今度の海に行くときは思いきりビキニにパレオ装備という感じで行く予定だけれど、今日はちゃんと男子の水着なのである。
「スク水には嫌な思い出しかないや……」
「まあ、元気だせって。今日は清水もサーフパンツとかなんだろ?」
昔は昔、今は今だ、と赤城がしょんぼりな清水くんにフォローを入れていた。
良いことである。
「では、こちらが更衣室です。鍵は閉まるようになっているので、貴重品など持ってきてるなら施錠はお願いします」
プールがある建物に入ると、脇にその小部屋がくっついていた。
ロッカーは全部扉つきで、施錠もできるタイプだ。
「なんか、温泉みたいだね」
「温泉と言い切るというのは、相変わらず飢えてるよなぁ」
「ま、最近は咲宮の本邸のお風呂に入ったり、年末は旅行に連れて行ってもらったりとかがあったけど、やっぱり簡単には入れないしなぁ」
はぁ、とため息を漏らすと、清水くんがやっぱり、なんで? という顔を浮かべていた。
「まあ、清水も見ればわかる。とりあえず着替えようぜ」
「そうですね。せっかくですし、ちゃんと泳ぎましょう」
沙紀矢くんが先導してくれるので、それにしたがって四人一緒に更衣室に入った。
なんというか、男子更衣室にちゃんと入るのは久しぶりなことだなぁと思ってしまった木戸である。
「うわ……木戸くん肌綺麗」
「相変わらずですね。それで男性用サーフパンツというのも、妙になまめかしいというか」
「だろ? これだから温泉とかには入れないって話らしい」
俺はともかく、他の男はいろいろな意味でやばいって思うだろうからなと赤城が言った。
「いちおう風呂用眼鏡を付ければ、入れなくも無いんだが、ちょっと迷惑になったりすることもあるし」
基本、混浴か貸し切りじゃないと温泉には入れませんと嘆き声を上げると、よしよしと沙紀矢くんが頭をなでてくれた。
やさしい! さすがはみんなのお姉さまである。
「で? 赤城的には俺はともかく他の二人の水着姿について思うことは?」
「いや。みんなほっそいなーとしか思わん」
俺はもっとこう、がっちりした感じのほうがいい! と赤城は言った。
ふむ。沙紀矢くんに甲斐甲斐しかったから、裸を見たら鼻血でも噴くのかなと思ったら、案外そうでもないらしい。
「確かに沙紀矢くんは筋肉あるように見えるけど、それでも線が細いというか」
「これでも鍛えてはいるんですよ? ただがっしりした体型っていうのにはあまりなれなくて」
よしあしですけどね、と沙紀矢くんは苦笑を浮かべた。
華奢な方が女子校の潜入なんていうのはやりやすいに決まっているのである。
「そういや、花雪さんってそこらへんどうなの?」
「花雪兄さんですか? どうでしょうか。一緒にお風呂に入ったのなんてもう十年も前の話なので」
「花雪さんと風呂……」
ぐぬぬと、拳を握りしめる赤城は、欲望をダダ漏れにする方向で行くらしい。
このメンバーなら知られても良いかと思っているのだろう。
「さて、それじゃ清水くん。プールにゆっくり浸かろうか!」
「いや、そこは泳ごうよ」
せっかくなんだし、と清水くんに言われたけれども、まあそこはプールに行ってから考えようかと思う。
「時間はたっぷりあるから、貸し切りプールを楽しむ方向で!」
「おう。久しぶりに俺も泳ぐぜ」
「僕も今年初めてのプールなので、楽しみです」
ぐっと手を絡ませて腕を前にして伸びをしている沙紀矢くんを一枚カシャリ。
「って、おまっ! プールでも撮影すんのかよ!?」
「だって、貸し切りでしょう? なら撮らざるを得ない!」
ぐっと拳を握って答えると、うわぁとみんなから生暖かい目を向けられた。
いや、だっておかしくないよね? 町のプールだったらカメラ持ってたらさすがに危ないけど、ここだったらいくら撮っても大丈夫なはずである。
「清水くんだって、別に気にしない、よね?」
あんまキズも目立たないし、なんなら目立たないように撮るし! と元気よくいうと、う、うう、どうなんだろうと清水くんは悩み始めた。
ふむん。撮られるのまだ嫌だろうか。
「じゃあ、こうしよう。撮った写真はみんなでチェックして、大丈夫なやつだけ残すということで」
水中も撮れるカメラせっかく買ったので、試させてください! というとみんなは、はぁと深いため息をついたのだった。
赤城くんの水着は一人だけローライズ(あのぴちっとしたやつ!)なのですが、みなさんスルーなのは特に意味はございません。まぁ水着やねーという感じです。
さて、そういや木戸くんって水中撮影したことなくね? とか思ってうっかり、水中カメラをゲットしてしまいました。海にも行きますしね。
さぁ、プールの中で思い切り撮られるがいい!