627.学院の写真部の合宿16
「なんかあっというまの三日間でした」
「だよね。まぁルイ先生のミーティングは濃密だったとは思うけど」
「あれねぇ。ちょっと欲望ダダ漏れになってたというか、激しかったけど」
わいわい話しているのは昨日も使った車の中だ。
後ろの席に座っている生徒達は、ここ三日の感想を言い合っているようで、黄色い声がキャーキャー上がっている。
そこに、当然のように若さまは加わってないのだけど、お疲れなのですね、なんて周りに気遣われているようだった。
まあ、若葉ちゃんと明日華ちゃんの二人の写真は割と力入れていろいろ言っちゃったから、それもあるのかもしれないけれども。
だって明日華ちゃんは写真スキル伸ばしたいみたいな話もあったし、若葉ちゃんだって、笑った明日華ちゃんを撮るならできることは多い方がいいからね。
つい、指導に力が入ってしまったところはあるかもしれない。
「ルイ先生は今回の旅行、どうでした?」
楽しかったですか? と志農さんに聞かれて、楽しかったですけど……旅行じゃ無くて合宿ですと訂正しておいた。
はいはい、合宿でした、と志農さんは苦笑を浮かべている。
「やはり環境が変わると気持ちも、撮る絵も変わると思いますしね。みんなもどうだった? カメラ漬けの三日間は」
「そりゃもー! サイコーでした!」
「サイコーでした!」
「ええ、サイコですね」
サイコかぁ……そうかそうかぁ、とにこにこ志農さんに言われたので、はいはい、サイコーですよー! とぷぃっと言っておいた。
「志農さんはいかがでした? 娘さんとの、ええと父兄参観的な感じのは」
「あらぁ。別に勉強会の方は見てないし。それにそういうのは、本人の前じゃなくこっそり話すものですよ」
是非ともうちに遊びにおいで! 秋になったら! といわれて、は、はーいと答えておいた。
うち、というのは咲宮の別邸ということになるのだろうか。
「権力に取り入れば、いけるんじゃね? というのはこういう感覚か……」
いけないいけないと首を振って、実力でしっかりと撮影許可をもらおうと考え直す。
人柄というのももちろん大切だけど、なにより良い写真が撮れることと、相手に認めてもらうことが大切なのだ。
「ルイ先生が悪い顔をしている」
「ちょっと思うところがありましてね。まぁでも、なるようになる……としか言えないですね」
学園祭の方は、オーダーいただけるとは思うのですが、卒業式はどうなのかなぁと、と言っておく。
まあ、ここまでならこの場で言ってしまってもいいだろう。
「あれ? ルイ先生は我らの監督ということで、学園祭は写真部の顧問なのでは?」
「そうですよ、先生。私たちの撮影の指揮を執っていただかないと」
「……まじか」
八月も真ん中を過ぎたあたり。
学園祭は十月だから、そろそろオファーがあっても良い頃だよねぇ、なんて思っていたのだけど、ざっくり生徒さん達からそんな否定意見が出た。
「そりゃそうですよ。確かに昨年の撮影はとてもよかったですけど、むしろあんな風に我々が撮れるようにご指導いただければと」
「あ! それいいですね! 短時間でさらっとみんなの笑顔を引き出すとか、やれたら素敵」
「噂の、超短時間撮影ですねー。いいなぁ、私も見てみたかったです」
さて。去年の学園祭はなるべく多くの子を撮ろうというコンセプトで、一人に掛ける時間はかなり少なかった。
それでなお、あのクオリティを維持するということで、結構評価をしていただいたのだった。
オマケに、若葉ちゃん以外の女装潜入事件という話も別件であったりとかして、時間もかなりとられてしまった中でだ。
ああ、あの女子服大好きな潜入者は元気にやってるだろうか。
ほんと、ゼフィ女の制服を自作して、怪しまれずに潜入するとか、そうとうお馬鹿さんである。
「はいはい。わかりましたとも。九月はあの撮影の仕方中心に教えるし、十月は学園祭前はちょっと集中して学校に来させてもらおうかな」
二回といわず、その準備期間とか、鹿起館とか借りられるとありがたいなぁ、というと、みんなはそれはいいですね! と同意の声が相次いだ。
うんうん。準備期間はみっちりと一緒に写真を撮ろうではないですか。
「先生? それ、学園祭の準備の風景も写真に撮りたいとかそういう動機では?」
「うぐっ。明日華ちゃんさすがに冴えてるね。半分はそれ」
去年は、本番だけしか撮影してないから、準備のところも見てみたいんだよね、というと、なるほどとみなさんはうなずいた。
「そういう意味では準備は我々一年と同じで初めての経験というやつなんですね」
「そういうこと。初めての経験はわくわくするし、ほんと撮ってみたかったものなんだよね」
今からちょー楽しみ! とわくわくしていると、さすがルイ先生ですっ、と一年生のこ達から声が上がった。
ちなみに、明日華ちゃんだけ、たはぁとため息を漏らしていたのだけど、聞かなかったことにしようかと思う。
「すぐに次のイベントがあるというのも、若いからかしらねぇ。大人になると次の仕事が迫ってくる感じだけど」
「あはは。それは仕事を楽しむ方向で行きましょうよ」
「ま、夏場のおもてなしも、お屋敷でのお仕事も好きは好きだけどね」
もう少し、家族の団らんもしたいなー! と志農さんは車の運転しながら言った。
明日華さんは、もう、母様!? と恨み顔である。
ちょっとみんなの前でなにを言ってるの!? というような恥ずかしさ混じりな感じだろうか。
「ふふ。今は娘さんは学校に夢中ですから、卒業されたら旅行でもするといいんじゃないですか?」
「そうね。あの人とも相談して計画してみようかしらね」
仕事の方を集中する癖があるけど、たまには……たまには……ね、と志農さんは何故か遠い目をした。
従者という立ち位置だと、どうしてもプライベートと仕事での線引きが難しいのだろう。
「さて、そんな話をしてたら駅に到着ね」
車が止まるタイミングで、はい、みなさまお疲れ様、と志農さんが言った。
話をしていれば割とすぐに到着である。
「それじゃ、とりあえず駅に上がりましょうか」
忘れ物に注意ね! と部長さんから注意が入って、みなさん手持ちの荷物をチェックして、座席のほうも確認してから車から降りる。
切符はすでにとってあるので、特別お買い物をする必要はない。
ちなみに、みなさん学割料金なわけだけど、ルイだけは正規料金で払っております。
これに関しては理事長先生に、大学の方から学割証出してもらいましょうか? とけちくさいことを言ったルイなのだけど、経費だから別にこっちで出すし、下手にばれるよりはいいと押し切られたのである。
指定席をとる際に近くの席にするためにまとめて切符をとるとしたら、さすがにそこで本名の方のを使うのはリスキー過ぎると言われてしまったのだった。
明日華ちゃんあたりは、あんた大学生じゃなかったっけ? というような顔をしてたけれど、本名とか知られたくないのかと自己納得していたようだった。
他のこはそれぞれで、ルイ先生学割使えないんですねー! そんなに若いのにかわいそー! とかなんとか言われた程度である。
経費は学校が持ってくれるから、もー使い放題さ! というとみなさんはそれはうらやましー! とにこやかに言われてしまったけれども。
「それじゃあ気をつけて。明日華も、若葉さまの事しっかりね」
「心得ています。母様もお仕事頑張ってください」
合宿所が良いと、生徒達も喜びますからと明日華ちゃんがいいつつ、ここで志農さんとはお別れ。
新幹線での移動となる。
改札口を通り抜けると行きの時に通ったホームに降りることになった。
新幹線用ということもあってか、ホームには柵が着けられていて、新幹線の到着を撮るのには少し邪魔ではあるものの、これはこれで、行きと同じく、わーい、しんかんせーん、ということで撮影させてもらいました。
「ルイ先生。あまりはしゃぐと落ちますよ」
「さすがに柵があるから落ちません」
それに、集中しすぎちゃうと、新幹線に乗り損ねるということもありえるので、というと、みなさま、だったらルイ先生だけもう一泊ですね-! と笑われた。
「まあ、そうなったら顧問など解任ですが……」
職務放棄はそれだけ駄目なことですと明日華ちゃんがぼそっと言った。
「やだなぁ。解ってますって。帰るまでが合宿だからね」
みんなも帰り道で楽しそうな景色があったら是非とも撮ること! と号令をかけるとほどほどに撮りまーす! という返事が来た。
そうしてルイ達は帰りの電車に乗ったのである。
車内での写真部の面々は、行きとは違いかなり静かなものだった。
席順は行きとほぼ変わらず。
明日華と若葉、そしてルイが固定で三人席を使い、他の六名は席を回転させてボックス席としている。
けれども、ここ三日みっちりと撮影をしたのと、きっと十時を過ぎてもおしゃべりしていた子が多いのもあるのだろう。
みなさんかなりうつらうつらとしているところなのだった。
合宿の余韻を味わうかのようなその姿を、かわいいなぁなんて思いながら、もちろんそのあどけない顔もルイは撮影しておく。
もっと連写したいところだけれど、シャッター音が聞えるので枚数自体は最小限だ。
「みんなおねむみたいですね」
「かなり集中して撮ってもらったし、疲れたんでしょう」
「先生。撮った写真はあとでみなさんに許可とってくださいね」
寝顔はさすがに恥ずかしいですから、と明日華ちゃんから恨めしそうな顔を向けられた。
朝撮影したことをちょっと気にしているのだろう。
「そこらへんは了解してますよ。まあどっちみち公開とかは絶対にしないけど」
これは宝物庫に大切に保管です、というと、??と二人の顔が疑問を浮かべていた。
宝物庫という単語がよくわからないらしい。
「今まで撮影した写真はブルーレイに保管してるんだけどね。そこにってこと。ま、相手の了承が得られなかったものはしょうが無いんだけどね」
没写真なんかも一緒に入っております、というと、そっちも保管してるんですか? と首を傾げられた。
良いのだけ撮っておけばいいじゃん、という感じなのだろう。
「そこは自分の失敗も見直すため、といったところかな。今見返すと、大丈夫判定のも気になったりしちゃうけど」
そこらへんは成長分です、といいつつ、タブレットを取り出す。
若葉ちゃん達は夜ちゃんと寝ていたみたいで、元気そうではあるけれども、さすがに寝ている子達がいる中で大はしゃぎしているわけにもいかない。
「さて、それじゃああたしはちょいと、今回の旅の写真をチェックしたりしようかと思います」
せっかくタブレット新調したし、ちゃんと使いませんと、と言っておく。
今までルイが使っていたタブレットも悪いわけではないのだけど、大容量のデータを扱うとなると、もうちょっと良いやつを使わないとね、ということで新規で追加購入することにしたのだ。
お仕事用として、お嬢様の個人情報の絡みがあるので、今までのと違って通信環境はなし。もう、徹底的に写真のみのためのものと思ってもらえればいいかと思う。
そのため、メールとかその他の連絡用に使っているデータタブレットも一緒に持ち歩いていたりする。
カメラ機材の一部と考えれば、新しいタブレットも重さはそんなに気にならない。
「そういうことでしたら、我々も静かにしていようかと思います。写真を見返したりしたいし」
「若様がそうおっしゃるのなら、私もそれに習うことにします」
二人もそれに同調してくれて、カメラに電源をいれて画像を表示しはじめた。
こうやってみると、ここ三日間はかなり充実していたなというのが写真でよく振り返れる。
生徒さん達の提出写真もここには入っているのだけど、そっちも見返してみる。
それぞれこういうのが好きなんだなってのが解るような撮り方である。
春よりみんな上手くなったと思ってくれてると嬉しいなぁなんて思ってしまう。
さて、そんな感じで写真を見ている中、ぽつりと若葉ちゃんが声を出した。
「ねぇ、明日華」
「なんですか、若様?」
「合宿、楽しかったね?」
「……」
一瞬、その言葉に明日華ちゃんは言葉に詰まった。
けれども、すぐに。
「はい。若様にそう感じていただけたのなら、私も嬉しいです」
そう、恥ずかしそうに返していた。
そこは素直に、小学生みたいに、楽しかったですっ、と元気に言って欲しかったところだけど、まぁ二人の話が横にいて聞えただけだ。
ルイからは特別なにも言うことは無かった。
やっと合宿が終わりました! 長いお話になってしまって……
もうちょい、ピックアップしてイベントをこなしても良かったのですが、二泊三日旅行だといろいろ事件もおきるだろーということで、こんな感じになりましたとさ。
そして学園祭の写真撮影は、外部カメラマンとしては参加できないことに愕然としたのは、作者とて同じです。もうこれ書くまでは学園祭でソロで撮りまくるんだろうと思っていましたもの。
でも、実際は顧問なんだからある程度関わらないとだよね、というね。
学院側も、兼務じゃなくて専門の人を呼ぶ方がよいわけですし。
ただ、それでも楽しそうなルイさんということで。
次話は、きゃっきゃうふふ。男四人のプールサイドをお送りします!
週末……うぷできると良いのですが。