626.学院の写真部の合宿15
さぁ、夜の相談会スタートです。はたしてこれは……人選ミスではないかしら!
「ふむ。よくきてくれた」
ミーティングルームの机に腰をかけて、ルイは組んだ手の上に顎を乗せて、彼女を出迎えていた。
昼間、相談事があると言われてじゃあ、ここでお話を聞きましょうと約束をしていたのである。
人前だと話しにくいことだというので、ちょっとだけ特別待遇である。
「ええと……先生? なんだかいつもと雰囲気が違う気がしますが」
「ああ、ごめんごめん。なんというかこういう会議室っぽい部屋だと、ちょっとそれっぽい演出でもしてみたいなぁとか思っただけで」
ちょっと作戦司令室みたいな感じでかっこいいよね、この部屋というと、彼女にははぁ、と曖昧な返事をされてしまった。
う。お嬢様にはあまり理解できない感覚らしい。
「それはそうと風邪とか引いてない? 大丈夫?」
「それは、はい。お風呂にも入りましたし、あまり身体が冷えたって感じはしないです」
こっちに戻ってきてからもお風呂はいただいていますから、と彼女は言いながら笑顔を浮かべる。
広いお風呂を堪能できているようでなによりだった。
べ、別に羨ましくなんてないんだけど。
「先生達は、大浴場の方はお使いにならないんですか? 若葉お姉さまの事は存じ上げていますが、時間を区切るなどすれば入れると思うのですが」
「んー、部屋にお風呂ついてるしねぇ。それにやっぱり裸見られるのいやみたいで。げっへっへ、その柔肌をあたしの前にさらけだすのだー、撮らせろー、とはさすがに言えないのさ」
ほんと。寝間着姿の写真撮影すら嫌がるってほんと、こまっちまいますぅ、というと、あははと苦笑を漏らされてしまった。
「んで? あんまり時間もないからそろそろ本題にはいろっか?」
就寝時間は十時だし、さすがにそれを守らせる努力くらいはしないと怒られちゃうので、というと、そうでしたとちらりと彼女は時計に目を向けた。
現在の時刻は九時半。あと三十分くらいしか猶予がないのだ。
引率であるルイは就寝時間を越えても問題はないけれども、生徒を連れ歩くというのはNGなのである。
どっちかというと、ちゃんと寝てるかチェックするポジションなわけだ。
そういえば、高校の頃は女子部屋に充電器を回収にいって、そのまま先生の点呼とかくらったっけなぁと懐かしくなった。
あのときはとっさに眼鏡外して、声作って、女子ですがなにか、というのを即興でやったのだった。
「ええと……その。なんといえばいいのやら」
「三脚の使い方とかなら、ばんばん教えるよ!」
「いえ、そうではなくて……」
「じゃあ、露出とか、ISOとか?」
「そっちでもなくて……」
「では、良い被写体の作り方的な?」
いまいち、話題を出すのに躊躇している彼女にこちらから、話題を振っていく。
ふむん。撮影がらみの話をしても、いまいちな反応のようだった。
「えっと、相談したいのは写真のことではなくてですね」
「えー」
何を聞かれるのだろうとわくわくしていたのだけれど、いきなり方向ががくんと変わってしまって、不満げな声を上げてしまった。
いけないいけない。
今は先生である。人生の先輩としていろんな相談事をうける立場なのである。
「ごめんごめん。ちょっと意外だったから。あたしに聞くとしたら写真関係くらいなもんかなって思ったんだけど」
「それはそうですよね。すみません。最初から別の話って言っておけばよかったです」
なんか、いろいろ用意しててくれたみたいなのに、すみませんと謝られてしまった。
後ろに置いてある三脚とカメラを見て、そんな風に思ってしまったのだろう。
これは、なんというか……ただ、雨に濡れたから拭いた後にちょっと風通しをしてるだけである。
「まあ、言ってみるといいよ。答えられることなら、答えるから」
まー、カメラの事以外は割とポンコツだから、そこはご容赦ください、というと、ルイ先生は写真の事になるとポンコツだと思いますと言われてしまった。
おかしい。価値観が真逆なようだ。
「それで、その。ですね。ルイ先生は女性の方とお付き合いされてる……んですよね?」
「崎ちゃんのことなら、なんとも言えないところかな。確かに遊びにいったりとかはするけど、あれがお付き合いに入るのかはわからない」
まあ、でも親しいのは親しいよ、とだけいうと、それならそれでかまいません、と言われた。
いちおう、お試しではあるけれどお付き合いしていますという話は、マスコミ的にはしていないので、いくら教え子だとしてもうっかり話してしまうわけには行かない話なのである。
「先生は、その、女性が女性を好きになる、ということをどう考えてらっしゃいますか?」
「なるほど。それでみんなの前だと話せない、かぁ」
ふむ、と不安げに身体を小さくしている彼女の姿を見る。
今にも、こわれてしまいそうなくらい怖いカミングアウトというやつだろう。
「でも、その手の話だったら学院の先生達とか、保健室とかではダメだったの?」
「そんなっ。他の先生方には話せるわけがありません。そもそも恋愛というもの自体が早いと考えてるんですから」
「たしかに、異性との交流すらかなり厳禁なところあるからなぁ」
彼女のいうように、他の先生方に話してもと思ってしまうのは解るような気がした。
でも、女子高ということを考えると逆に、同性に興味を持つということ自体には寛容な気がしなくもないのだけど。
「正直、好きになることは悪い事じゃないと思うよ。ただ、好きだったら何やっても良いってわけじゃないのだけ踏まえておけばね」
絶対禁止、とはいいませんというと、やっぱりルイ先生に話して正解だったと彼女はほっと胸をなで下ろした。
「それで? 誰を好きになっちゃったのかなあ?」
さぁさぁ、ここまできたら言っちゃおう! とルイが攻めると彼女は、あわっ、違いますっ、と思い切り手を胸元でぱたぱたさせた。
可愛いので一枚撮影。
カシャっと音がなって、ぱたぱたの勢いがなおさら早くなる。
「友人のお話です。その子、好きな人がいるみたいで」
「ふと目で追ってしまっている、みたいな? 被写体としてじゃなくて?」
「……ルイせんせい。その切り返しは友達の中でも聞いたことはないですよ……」
なにいってんの、こいつというような目を向けられてしまった。
おかしい。無意識で目で追うのはなにかしらのいい被写体の時の特徴である。
「友達には、はしかみたいなもの、大人になればなくなる憧れみたいなものって」
ふぅむ。実は少しルイは困っていた。
一般論は言えるよということはいったし、それなりの事は言えるとは思うのだけど。
女の子同士の恋愛という物を自分があーだこーだ言って良いのだろうかということである。
てめぇーは女子よりだよ! と、さくらなんかには言われるけど、自分ではそういうつもりはあまりない。
被写体をリラックスさせるために女装をしているだけ……いや、楽しいから女装してるけどさ!
だからといって、女心がわかるのかって言われたら、それはまったくもって違う話なのだろうと思う。
「私、そう友達に言われたときになにも言えなくて……それが悔しくていろいろ調べてるんです。でも、いまいちわからなくて」
「一過性なものなのかどうかは、時が経たないとわからないと思うけどね」
正直、ルイの側というか。男子高校生として生活していた上で、男同士での付き合いをしようというのは居なかった。
大学に入って、赤城がそうだと言い始めたくらいで、同性愛者であることを自覚しても言わないのが、高校生男子という物だと思う。
うん。世間的には少なくない割合で男性の同性愛者もいるというのだから、あのクラスにはいなくてもとなりと合わせれば一人くらいは居たかも知れないとも思うのだ。
でも、男子だとそれは表に出せない。
こっそり友達ですといいつつ、よこしまな視線を向けることもあるかもしれない。
俺達友達だよな! と八瀬がいい顔をしていたのを、何故か思い出した。はて。
うん。女子にはめっちゃ、「お手々すべすべやー」とか言われて、触られたけれどな。
さくらにも、頭なでなでされたりとかしたし。ああ、これは女子同士のスキンシップのことだね。
「時が経たないとって……それだと困ります」
「恋は熱病っていうじゃない? 例えば、そうね。良い感じで光が入ってきらびやかな社屋を目にしたら、やっば、すてきさいこー! って思うような感じじゃないの?」
「……せんせい。恋愛と、良い写真ができた! は同じではないと思うのですが……」
「あれ。伝わらなかったか、この思いが……それならみんなが片思いをしている大杉のことを伝えればきっと」
「……むむむ。つまり、一目惚れ的なことをおっしゃってるのでしょうか」
自信なさげに、そういう彼女に、ああ、それも近いけどちょっと違うかなぁと答えておいた。
一目惚れはもちろん、する。だからシャッターを切る。
でも、それでも何度でも撮りたいと思うのはもう、一目惚れを通り越して、愛。そう、そこには愛があるのだと思う。
「相手に対しての、熱、興味がなくならないなら、ずっと続くんじゃない? もちろん興味っていっても、そこには、安心とか、ぬくもりとかもあるよって、友人は言っていたけれど」
あたしと崎ちゃんのことをいうなら、一緒にいて、楽しい! ってのが一番だね! というと、彼女は、はぁーとしおしおテーブルにつっぷした。
「訳がわかりませんでしたー」
「参考にならなかったら、なんか申し訳ない」
とはいえ、もっとうまく説明できるか、といわれるとなんともいえない。
「ただ、その自分が女の子が好き! って友達に関しては、友達でいて上げることが大切なんじゃない? そう言われて離れようとは思わなかったわけでしょう?」
「それは……はい。そうですね。たしかにあの子と距離を置こうという風には思いませんでした」
「なら、それでいいんじゃないの? 本人の恋に関してはもう、本人のものだよ。その子と相手と二人で決めればいいことで、外の人間がいろいろ言うことじゃないと思う」
芸能人とかだったら、有名税ってこともあるかもだけどね、とため息を漏らすと、先生もご苦労なさっているんですねとねぎらわれた。
「さて、そろそろ時間だね。あとは学院に戻ってからでも、なにかあったら相談には乗るから」
ま、聞いて上げるだけで、カメラのこと以外はあんまり答えられる自信もないけれど、というと、ありがとうございます、先生と彼女はぺこりと頭を下げて扉の外に出て行った。
「恋愛……かぁ。つきあうことと、撮影との折り合いがつくかどうかっていうのが、やっぱり気になるんだよね……」
今のところ、出かける先は撮影OKなところばかりだけど、それはデートを楽しんでいるのか、それとも撮影を楽しんでいるのか、正直よくわからないところもある。
「そこらへんは、よーじ君にでも相談かな。海の時にでも」
正直、あまり周りにまともな男子がいないので、相談できる相手といったら、だいぶ候補は少なくなるのがなんともいえない。
エレナとつきあってるあの人は、まともなのかといわれると、普通ではないだろうけど、まともな感覚を持っているだろうと思う。
そうと決めればあとはもう、今回の合宿の方に集中である。
明日が最終日。
午前中の品評会のために、部員の子の写真のチェックを、ルイは始めたのだった。
ルイ先生の相談会でした! いやぁまさかここまで迷走するとは思わなかった。
どんだけ写真馬鹿なんだよっていう感じですね。
そして本人も恋愛よくわかってないから、ほんと一般論でしか話ができないという……
でも、女子高の恋が一過性で終わるのかどうかってのは、正直なんとも言えぬものでございます。
まあ、よき道を見つけられるとよろしいかとー。