625.学院の写真部の合宿14
さぁ滝にいこー!
「楽しいお昼でした……」
「可愛いお店だったねー! ケーキも美味しかったし」
「明日華なんて、ケーキおかわりしてたくらいだしね」
ふふ、と車の中で笑い声が上がる。
うん。あれから集合してお昼ご飯をいただいたのだけど、洋風の小さめなレストランでの食事となった。
朝ご飯をある程度食べているものの、割と歩き回っているのでみんなの食欲は旺盛なのだった。
しかも。みんなでわいわい盛り上がっているけれども、デザート類が豊富でみなさんかなりテンションが上がっていたのだった。
そんなに食べるの!? と驚いていたのは若葉ちゃんくらいなもので、甘い物は別腹ですよねーなんて掛け合いをしていた。
完全に一人だけ、女装潜入主人公状態である。
「楽しいお昼の後は楽しい撮影ってな感じで。はい、ここから目的地までちょっと歩きます」
そんな掛け合いをしていると、車は目的地の駐車場に到着。
その気になれば自転車でも回れる範囲でもあるので、車だと本当にすぐの距離である。
「ちょっと、といってもほんのちょっとのほうだけど」
足下には気を付けてと言いながら、みんなを名所の入り口に案内する。
有名なスポットということもあって、それなりに観光客の姿もちらほらと見える。
中には明らかに外国の方だというのも、見ることができた。
みんな一生懸命スマホで写真を撮っているのである。
本題の滝ではなくて、その前からみなさん大はしゃぎというやつだ。
「写真イイですかー?」
「別にかまいませんが、この子の方が撮ってもらうならいいですよ?」
さて。滝までの道のりを歩いていたら、独特のイントネーションで声をかけられた。
スマホをこちらに見せて、撮影して欲しいと言ってきたのはアジア系の方だった。
誰に声をかけてきたかって? それは志農さんにです。
カメラを抱えている集団のリーダーにでも見えたのだろう。
「……はい。おネガいします」
なにか納得いってないようだけれど、彼女はルイにスマホを渡してくれた。
操作の仕方自体は問題はない。
カメラアプリを起動して、撮るだけである。
背景と人物とのバランスを考えつつ、どこに行ったのかを解るように配置して撮影。
スナップ写真は思い出の写真だから、本人だけではなく背景にも気を配らなければならない。
何枚か角度を変えて撮って、それを彼女に渡して確認してもらう。
「おー! うつくしー。ありがとございます」
写真を見せた途端彼女は目を見開いて、母国語で何かをつぶやいていた。
かなり驚いたみたいで、写真を見ながらはしゃいでいる。
なんというか、日本で言うところの、ちょーすげー、すげーっていうあれみたいな感じだろうか。
「志農さん。いちおう私、プロですからね? 安易に撮影投げられちゃうの困りますから」
「えー、行きずりの人の写真くらい撮るでしょう? 明日華もそう思うよね?」
「母様。その質問にはお答えするのが難しいです。個人的には、数枚の写真で超短時間のものを仕事と言ってしまって良いのか、とは思いますが」
「ほらっ、ルイさん! 娘も同じ意見ですよ!」
自分の判断間違っていないと、志農さんは言った。くっ。明日華ちゃんが味方になったからってずいぶんなドヤ顔である。
「でも、次は志農さん撮ってくださいよ? 志農さんだって使用人として撮影スキルはちゃんとあるんでしょ?」
三枝家の執事さんは撮影しっかりできましたよ? というと、あぁー、と志農さんはしれっと顔を背けた。
「そりゃー、人並みよりは撮れますけど、オールラウンダーの撮影より、一点突破の撮影の方がいいじゃないですか」
「その結果、みんなに撮ってくれって集まられちゃうの、ごめんなのですけれども」
うん。ルイとて一枚二枚の撮影ならばむしろ撮ってあげたいとすら思うほどだ。
でも、そこを起点として、あの人に撮ってもらえるということが広まってしまう可能性はゼロではない。
うぬぼれでもなんでもなく、良い物が撮れていたらそれは伝播するのである。
「あの、妹写真撮ったの、あなたですか? 三人の写真、これで撮ってくれませんか?」
「綺麗な、滝背景。撮りたいです」
ほらね。
さっき撮ってあげた人の家族なのか、同行者が先ほどの写真を見てそんな反応をし始めた。
「スマートフォンでどこまで撮れるか謎ですが、それでも良ければ」
「わぁ、嬉しい嬉しい」
どこか片言な日本語に苦笑を浮かべつつも、NOと言える感じではないのでそちらも撮っていく。
周りの視線が少しばかり突き刺さるのを感じたけれども、まぁ仕方ない。
それに。
そう。あくまでも相手が持っているスマートフォンでの撮影なので、限界もある。
滝で水がはねているのは写るけれど、正直どこまでやれるのかは謎である。
とはいえ、そちらの三人は特に気にするでもなくスマホを渡してきた。
先ほどの、道の途中とは違ってしっかりとゴール地点の滝の前だ。
下調べはしてきたけれど、現物をみるとさすがに数値だけだとはかれない迫力というか、包容力がある。
縦の長さはそうでもないのだけど、横がかなりあって、それでいてそこまで勢いよく上から落ちてくるわけではないので、なめらかな滝というような感じなのだ。
それを背景に三人も撮影。
三人がメインで背景も写っているものと、三人が滝を見ているちょっと引きの写真も撮らせてもらった。
これで、どこにきたのか、というのもよくわかる仕上がりになっただろう。
その三人はそれをみて大変喜んでくれたようで、貴女に幸福がありますように、なんて言いながら離れていった。
「結局断れないじゃないですか、ルイ先生も」
「ま、あれだけ熱心に言われたらね。それに撮影時間は結構しっかり用意しているから、たとえここの人みんなに撮影依頼されても、なんとかなる、かな? なんてね」
いや、それはそれで大変だけれども、といいつつ三脚の準備を始める。
せっかく撮るなら、まずは、ばばんと全景を撮りたいと思っていたのだ。
「あの、私たちも撮ってもらえませんか?」
「あっちの人、すごくハッピー。気になるです」
さて、そんな準備をしていたら、恐る恐る今度はヨーロッパ系の人から声をかけられた。
またかー、と思いつつ、周りの生徒達、特に部長さんに目配せをしておく。
各自で撮影よろしく、と。
「少しだけでいいなら、撮りますよ」
さて。次から次へと手を出していたら切りが無いよ、という話はあるのだけれど。
ここは、コスプレ会場ほどの広さはなく、ここを訪れている人達もせいぜいが10グループほど。
一組数枚で済むのであれば、むしろこわれれば撮ってしまった方が後腐れもないというものである。
「こんな幼いキュートガールが、こんなに素敵な写真を撮れるだなんて、日本はほんと、驚きな国だ」
これぞ、クールジャパンとか言っていたけど、そんなにルイは若くもないし、クールジャパンとはちょっと違うと思います。
それからも何人かから声をかけられて、それぞれ持っているスマホやカメラなどで撮影してあげた。
自撮りよりは絶対いいと思うし、まあよく旅先である、行きずりの人にシャッターをきってくださぁーい、というやつだと思えばいいかと思い直す。
そして、ある程度その熱も収まって滝の方の撮影へと入ることにした。
「すっかり大人気ですね。ルイ先生」
「こうなりそうだったから、いやだったんだけど……まあでも、これで大抵は撮ったかな」
これで本格的な撮影に入れるのさ! というと明日華ちゃんは時間後半分ですけどね、と言い始めた。
う。ちょちょっと撮ったつもりでいたけれど、割と時間が経っていたらしい。
「みんなは撮影しっかりできてる?」
「それぞれ好きな景色は撮れてると思いますよ。ふふっ。水のある景色。懐かしいです」
部長さんがなにかを思い出しているのか、水場の撮影ににこにこしている。
きっと、奏のことでも思い出しているのだろう。
「ただ、けっこうブレたりとかはしてるみたいです。滝の撮影難しいですね」
「三脚とかあった方がいいのかもね。あたしもそこまで撮ったことはないんだけど」
湧き水は撮ったことはあるんだけど、ここらへんは手探りかなと伝えておく。
いちおう、参考にと勉強はしてきたけど、自分で撮ってみないと上手く撮れるかどうかは不明だ。
上手く行ったのなら、夜のミーティングでこんなんやってみた! と伝えるつもりである。
ルイとて、すべての撮影をそつなくこなせる訳でもない。今までだっていろいろ試行錯誤してきた結果で、撮れるようになってきたものだってあるのだ。
そんな姿を見せる意味合いでも、今回は滝の撮影は自由に撮ってと伝えてある。
部長さんはそこらへんも解っているのか、ちょっとだけ声をかけてくるとそのまま自分の撮影に戻っていった。
さて、そんな撮影準備の中。入れ替わりに一年生の子に声をかけられた。
「あのっ、先生。今日の夜、ちょっと個人的に相談に乗ってはいただけませんか?」
「ん? あたしで答えられることなら。なんならここでもいいけど」
写真関連のことであればもちろん今ここで聞いてもらっても大丈夫だ。
もちろん、時間が有り余っているというわけでもないのだけど。
「いえっ! その、みんなが居ないところで……その」
「そういうことなら、就寝間際のほうがいいかな。今日は飲み会のお誘いも入ってないから、大丈夫」
九時過ぎなら予定ないから、ミーティングルームでお話ししようか、というと、はいっ、とその子はほっとしたような顔をしてとてとて撮影に戻っていった。
奥ゆかしいなぁ、ゼフィロスの子は。
そんなことを思いつつ、気分を新たに撮影を開始。
いろいろ設定を変えて写真を撮ってみることにする。
話によると、こういうゆったりした滝ならシャッタースピードは遅めの方が良いということなんだけど、まあ、撮ってみて検証してみるというのが一番だと思う。
そんな感じで撮っていったのだけど。
「なんか、ちょっと浮かない顔してます?」
「んー、悪くないんだけど、こーね。周りが明るすぎて白っぽくなるというか」
いままで、あんまり速く動く物って撮ってないから、初めての設定なのですよ、というとそういうものですか、としれっと明日華ちゃんに返された。
みんなは、滝の水がーという感じでわいわいやっているので、どういう目標で撮りたいのかというのがいまいち解っていないのだろう。
せっかくの白糸の滝なのだから、白い糸のように撮りたいのである。
「もうちょい曇ってくれると……お? おお?」
おお。話をしていたら良い感じに雲がお日様を遮ってくれた。
夏の天気は変わりやすいというけれど、午前に比べて少し雲がでてきてくれたので、そのおかげでのこの状態といったところだろうか。
「えいやっ。今ならいける!」
やっぱり、良いことをすると良いことが返ってくるねぇ、といいつつ写真を撮る。
さぁ、どう撮れたかなと思ってパネルを見ると、良い感じな滝の写真が完成した。
いわゆる、写真の本とかに載ってるようなやつである。
「なるほど。じゃあこんな感じだとどうだろう」
さて。今がチャンスと言わんばかりに、いろいろな設定を試していった。
こういうのも楽しい写真撮影の時間である。
そばにいた明日華ちゃんは、楽しそうでいいですね、と肩をすくめていたけれど。
やっぱり気象条件というものは大切なものの一つなのだ。
それなりの機材があればとも思うけど……そこらへんは用途に合わせてという感じなので、そこらへんはあいなさん達にも相談してみようかと思う。じーちゃんなら、気合いで写せ! とか言いそうだけど。
うぅん。やっぱり新しい撮影場所っていうのは楽しい。
「って、ちょーっとばかり空模様が怪しいかなぁ」
ふむ、と志農さんが不穏なことを言い始めた。
曇りだととても良いのだけど、もしかしたらもしかするのだろうか。
そんなことを言ってると、ぽつんと一滴雨粒が落ちてきた。
そしてそこからは早かった。
一気に雨粒の数は増えて、ぽたり、ではなく、ざぁっと降り始めてしまったのである。
「て、っ、撤収! すぐに機材濡れないようになにかで覆って、車まで急ぎましょう!」
「は、はーい!」
わたわたと、みなさんはカメラの電源を切ってバッグの中にしまった。
ルイは、カメラだけ中にいれて三脚はむんずと手で握って移動である。
他の観光客さんもおのおの道を戻って、建物の中に避難をしているようだった。
「良いことをすれば、良いことが返ってくる、でしたっけ? ねぇ、ルイ先生?」
「うぅ。夏のゲリラ嫌い! 機材大丈夫!?」
「平気ですー!」
わいわい、車に避難してきた写真部の面々は、各自タオルなどで頭や身体を拭いている状態だ。
そんなに降られていないのに、勢いがすごかったので、制服がかなり透けてひどい事になっている。
「……」
ちなみに若葉ちゃんは一人タオルで身体を拭きながら、視線を外に背けております。
夏服で思い切り下着が透けて見えるという状況をどうすればいいか、と思ってるようだ。
「志農さん。これ、いっかい合宿所まで戻った方がいいですかね?」
「ちょっとまって、近くでお風呂借りれないか聞いてみる」
ちらっと、若葉ちゃんと明日華ちゃんを見ながら志農さんはスマホで連絡を入れていた。
いつもの通り明るい声ではあるものの、少し焦っているような声でもある。
「では、よろしくお願いします」
スマートフォンから耳を離した志農さんは、特別みんなに声をかけることなくエンジンをかけ始める。
「近場で休憩できるお風呂と部屋を押さえたから、そっちに向かいます。合宿所までだと十分くらいはかかっちゃうし」
その間に大切なお嬢様方に風邪でも引かれたら困ってしまうもの、と志農さんはいいつつ、ハンドルを握ってアクセルを踏み込んだ。
「デイタイムとはいえ……いきなり三部屋も確保する志農さんったら、なんという心配性なのだろう」
ふむ、とベッド二つのツインルーム、バストイレつきの部屋に通されて、タオルで髪を拭きながらルイはぼやいた。
同じ部屋を使っているのは、明日華ちゃんと若葉ちゃんの、合宿所の部屋割りと同じグループだ。
慌てた様子で、身体を冷やさせるわけには、なんて言っていたけど夏のこの時期、多少ならば雨に濡れてもとは思うところだ。
そりゃ、制服が透けるという問題はあっても、車の中には女性しかいない事になっているのだし、別段それが問題になるとは思えなかった。
「もし若様がいなければ、母様なら公衆浴場の方に連れてったと思います。五分くらいあればつくので」
「……公衆浴場……いいなぁ。入りたいなぁ~」
「入ってもいいですけど、自己責任でお願いします」
はぁ、と明日華ちゃんも髪をタオルで拭きながら、お風呂の順番を待っている状態だ。
もちろん、一番最初にお風呂を使ってるのは若様である。
「たぶん他の部屋の子は、ここの大浴場を使ってると思いますしね。みんなでわいわい広いお風呂を堪能中でしょう」
ほら、羨ましかろう? というような感じで明日華ちゃんが攻めてくる。
う。羨ましいけど、我慢するもん!
「明日華ちゃんは、その……公衆浴場にみんなと一緒に入ろう、みたいなのはないの?」
「なにを馬鹿なことを。少なくとも手術が終わるまではみんなと一緒というのはダメだと思ってますよ。公衆浴場にはいるのにふさわしくない物がまだありますから」
「じゃあ、家族風呂みたいなのは? あたしの後輩で似たような子いるけど、その子は女の子仲間……と、一緒に家族風呂体験したよ?」
まあ、半分は強引にこっちが仕組んだんだけど、というと、思いっきり明日華ちゃんに驚いた顔をされてしまった。
なにいってんの、こいつ状態である。
「事情をしっていてOKということであるなら実現できるでしょうけれど、あいにく学院の生徒にカミングアウトするつもりはありませんから」
そういう意味では、だまし討ちで一緒に入ろうというのは義に反すると思いますと彼女は真面目に言った。
たしかに。
そういう点も考えると、ルイだって混浴に入るのが精一杯だ。
いわゆる女湯に入ったことは、事故で何回かしかないし、さくらたちと一緒にお風呂に入ったときは家族風呂だった。ゼフィロスの寮のことだって、時間を分けて一緒にならないように注意しているくらいだ。
割と自由人だと思われているけれども、これでも犯罪にならないように注意しているのである。
「でも、一緒にいてくれたのが志農さんで良かったね。他の人だったら大衆浴場に連れて行かれちゃったかも」
「ですね。もしくは合宿所まで連れ帰る、という感じでしょうか」
それならそれで、各自自由にできるので有りだとは思うのですが、使用人としては減点ですと彼女は言った。
たとえ、風邪を引かないだろうと思っても、すぐにずぶ濡れ状態から解放してあげるというのが、できる従者に必要な能力らしい。
一般人としては、濡れちゃったねー、わーい、な感じで済ませてしまうことのほうが多いので、新鮮なお話である。
もちろん、カメラはぬらさないけど。水気厳禁!
「ふぅ。いいお湯でした。ルイ先生と明日華もお風呂どうぞ」
「では、ルイ先生どうぞ」
「あ、いや。あたし保護者だし、明日華ちゃん先で良いよ。っていうかあたしの場合は髪だけなんとかなればいいので……」
お? そう言われてちょっと閃いた。
なにげに身体の方はタオルでどうとでもなったりするわけだし、あとは水を吸ったウィッグをなんとかしたいというくらいだ。
服? そこらへんは濡れがひどいトップスだけ干させてもらっていて、現在はバスローブを装備している感じである。
こんなものが用意されているとは、飛び入りで入ったけれど、けっこうよいホテルなのかもしれない。
「他の人が入ってくる可能性がないなら、ウィッグ外してもいいかなぁ」
二人になら別に見せちゃっても問題はないかもしれないし、といいつつ、ばこっと固定している部分を外してウィッグを外した。
当然ながら、外して拭いた方が早く水分は抜けるし、乾かしやすいのである。
「知識として知っていても、やっぱり髪型が違うというのは違和感ですね」
「……ショートカットの先生も綺麗」
おぉ、と若様がつぶやいたところを、明日華ちゃんがぽふぽふと肩を叩いた。
正気に戻れ、といった感じだろうか。
そんなやりとりをしているときだ。
「若様! 明日華! 風邪ひいてない!?」
がちゃっとドアが開くと、志農さんが顔を出した。
う。なんでこのタイミングでこの人はくるのだろうか。
「それは大丈夫ですが! 母様!? ドアのノックくらいしてください! 淑女として失格です」
「えー。別に若様の裸が見たかったーって訳じゃ無いのよ? 小さかった頃はよくお風呂に入れて差し上げていたのを思い出したわけでは」
「ここにはルイ先生もいるわけですから、そういうのダメですって」
もう、と、明日華ちゃんが言ったところで、志農さんはルイに視線を向けた。
そこで、え? という表情を浮かべる。
「髪が……減っている!」
「減ってない! どうしてそういう表現ですか! 短くなってるって言えばいいのに」
「やっ、だって! 肩の下までのいつものスタイルとまったく違うんだもの。どうしちゃったの!?」
えっ? えっ? と混乱している志農さんに、明日華ちゃんは、はぁとため息をつき、若葉ちゃんはちょっと面白そうな見世物だというような感じで、楽しそうにしている。
バスローブの胸元から見える人工のお胸が、いやらしいかと思います!
「どうもこうも、普段からあたしウィッグですよ? 雨で濡れたから外して乾かしてるだけで。仕事するときはだいたいこれで通してるというか」
他にも何種類かあって、プライベートの時は使い分けたりもします、というとそうなの!? と、思いっきり食いつかれてしまった。
どういう食いつきなのだろうか。
「それにほら、HAOTO事件の動画のときは髪型違ったじゃないですか」
あれは別のウィッグ被っていったから、ああなのです、というと、そう言われればと彼女は少しだけ顔を赤くした。
演技練習ということで話はしているけれども、かなり濃密度なシーンでもある。
ちょっと赤くなるのも仕方が無いのかもしれない。
「でも、そうならむしろウィッグなんて付けなくても」
「家の方針であまり髪の毛のばせられ無いんですよ。それにまあプライベートとお仕事とで分離もできますしね。これまでいろいろやらかしていますから、そういう意味ではプライベートは行方不明みたいになれるので、大変楽をさせてもらっています」
ある意味で変装みたいなものですね、というと、苦労してるのねぇとむしろ同情されてしまった。
「ともかく、三人とも風邪引かないように注意ね。それとルイ先生。他の子のケアは私がしておくので、ルイ先生もちゃんとお風呂入ったりとかすること」
私たちからすれば、保護者であろうとお客様なので! といいおくと、志農さんは他の子のところに向かっていった。
「……まさか、ウィッグを外した状態で、母様をまるっと言いくるめるとか……」
「髪の短い女の子もいるからねぇ。ウィッグもオシャレアイテムなわけだし」
割と大丈夫なものです、とのほほんとした顔をしていると、明日華さんはどよーんとした雰囲気をまとい始めた。
ちょっといろいろ思うところがあるらしい。
「それで、明日華? せんせ? 次はお風呂どっちが使うの?」
せっかくのお湯がぬるくなっちゃうよ、と空気が読めない若葉ちゃんに言われて、明日華ちゃんがお風呂に入っていく。
そして、若葉ちゃんはショートの先生も綺麗ですね、なんていうお世辞を言い始めたのだった。
そして、貸し切りデイタイム! 出費は咲宮家のポケットマネーだったりします! 合宿所に戻る選択もあったのですが、主のためにはちょっぱやな対応が必要だな! ということで。
結果こんなことに……
あいかわらず、ルイさんの「え? なんのこと?」スキルは有用でございます。
さて、次話は夜の相談事でござる。