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624.学院の写真部の合宿13

「ここから、合宿所を離れて町歩きになります! 町の人に迷惑にならないように、撮影を楽しんでください!」

 ぴしっと部長さんが、商店街を前にそう言った。


 ここは、この町の時間貸しの駐車場の一つだ。

 本日の運転手は志農さん。三日のうちの一日だけ運転手付で町を回れるというのは、本当にお嬢様学校万歳である。

 まあ、合宿の意味合いでいえば、合宿所にこもってみんなでわいわいやることもあるから、実際はそんなに大変じゃないのとは、志農さんの言である。


 でも、こう。女性が大きい車を運転していると、すごいなぁと思ってしまう。エレナも車の運転大好きだけど。

 偏見というものが少しはあるのかなとも思うけど、素直にその所作がかっこいいなぁと思うのだ。

 

「それで、ルイ先生はどうするんです?」

「一人でぷらぷら回る感じです。範囲外警報(アラート)もありますし、ゼフィロスの子達は基本的に良い子なので、変な事はしないと思ってます」

 生徒に混じって撮影でもいんですけど、合宿なのでそこは線引きしましょうってことで、と言うと、志農さんは、ん? とまゆを上げた。


「若様のフォローに入るのだと思っていたのですが」

「明日華ちゃんに言われたんですよ。おまえがいたら無駄に目立つ。近寄るなこの美人め、と」

「……あらあら。明日華ったら、罵倒なのか褒め言葉なのかわからないわね」

 でも、たしかに若様と明日華なら普通の学生で済むけど、そこに貴女が入ると注目度は上がるわね、と志農さんは、あーうー、と考えながら頷いた。

 保護者が居る安心と、保護者の脅威をはかりにかけて、ちらっとルイを見た上で、あーとため息を漏らした。

 それ。扱いづらい保護者だなとか思ったのだろうか。


「お母様。若様のことは私がしっかりサポートします。ルイ先生の付き添いについては……私の判断です。昨日は一緒にいましたし、あまり占有してしまうと他の部員からも変な目を向けられるところもありまして」

「ほんとはついていてあげたいんですけどねー。でも、私ががっちりガードします! なんて言い始めて。ラブラブでほんと仲良しな二人ですよね」

 これだけあまあまだと、声をかける人もいないかも! というと、そんなことはありません、とはっきり明日華ちゃんに否定されてしまった。

 ううむ。いい二人だと思うんだけどなぁ。


「そういうことなら、ルイ先生は私と町を回るかい? なんなら大人の社交場につれていってあげるけど」

「大人の社交場……」

「ちょ、母様! なんてことを言い出すんですか。それにこんな昼間っから大人じゃないといけないところなんてないじゃないですか」

「うふふ。大丈夫よ。昼間からお酒飲みに行ったりしないから」

 運転できなくなっちゃうしねー、と志農さんは愉快そうに笑った。

 娘いじりが楽しいようである。


「車を使っていろいろ見に行けるというのは、魅力ではありますが……個人的に町回りしてみたいなと思っていまして」

「えええぇー。一人で町歩きしたい派!?」

「志農さんがお散歩に参加したいというのならいいのですが……正直撮影に集中するとテンションがおかしいことになるので……」

「自覚がありますか、この写真バカさまは……」

 じとーとした視線を明日華ちゃんに向けられたけれど、こればっかりは仕方が無いことだ。

 テンションが高い状態でも相手が普通の写真家ならば問題はないだろうけれど、一般の人の志農さんにそれが見られたらさぁどうだろうか?

 若干引かれたりするような気がする。


「むしろそこは是非見てみたいものだけど」

 そこまで言うほどなら、きちんと観察しておかないと、と志農さんは言い始めた。

「ええと、お仕事は大丈夫なんですか?」

「今日はみんなの付き添いをするのがお仕事ですから。運転手として一日フリーなわけですよ」

 合宿所は他のスタッフにお任せです、と志農さんはさらっと言い切った。

 ううむ。今日はこちらの専任ということで、待機するのもお仕事のうちといったところなんだろうか。


「一緒に連れて行ってもらえないなら、カフェで時間潰す感じになっちゃうんだけど?」

「ええと……集合時間の二時間後まで、結構ぐるぐる歩くつもりなんですけど、それも大丈夫ですか?」

「まさか散策ルートを回ろうって話?」

「そですよ。車じゃないときついところじゃなくて、歩ける範囲のところですけど」

 下調べはいちおうしてきたので、是非とも歩いてみたいなぁと思いまして、というと明日華ちゃんに、この人は……とため息をつかれてしまった。

 でも、別にみんな思い思いの場所に行くわけだし、監督者としてはカフェにいても歩いていても同じだと思うわけで。

 アラートは見逃さないようにするので、これくらいは許して欲しいことである。


「そういうことなら、おばさんも一緒にウォーキングしちゃおうかしら」

「ついてくるのはかまいませんけど、こっちはこっちで勝手に撮りますよ?」

「せっかくだから、うちの大切な娘を預けている相手のことをもうちょっと知っておきましょう」

 可愛い娘が、ヘンタイ先生の毒牙にかからないか心配だからね、と彼女は笑いながらそう言ったのだった。




 本日のルイの撮影コースは、駅前から北に向けてのルートである。

 駅前は昨日ある程度撮っているのでスルーするけれど、ここからは歩きながら気に入った物をばしばし撮っていくことになる。

「よいお天気……といいたいところですけど、さすがにちょっと暑いですね」

 光は最高なんだけど、こうも暑いとねぇー、と志農さんに話を向けると、おばちゃんには厳しいわー、とさっそくの弱音が出始めた。

 娘の前では毅然としていたのに、いきなりの緩みっぷりである。


「なんなら今からでもカフェで待機してます?」

「大丈夫よ。こまめに水分とるし!」

 それに、撮影で足は止まるんでしょうしね、と言われて、なら好きにどうぞと伝えておいた。

 確かに志農さんがいうように、撮影をするなら足は遅くなる。純粋に歩くだけなら今回のコースは一時間ちょっとで踏破できるそうだけど、二時間という設定にしているのはそのためだ。


「それでは、お散歩スタートということで」

 適当に歩きますからついてきてくださいね? といいつつルイは撮影モードに意識を切り替える。

 そんなに山道というわけでもないし、これから歩いて行くところはかなり綺麗に整備されている道路である。

 志農さんにとってもそんなに歩きにくくはないと思う。


「なんかこう、すっごい開放感のある道ですよね」

 道路は整備されていて綺麗であるというのは都会のそれと変わらないのだけど、遠くに空が見えるという開放感のある景色が広がっていた。

 基本、銀香町でも空は広いのだけど、道路の整備状況は断然こちらのほうが美しい。

 車の交通量もそれなりにあるし、整えられている道という印象だ。


「高い建物があまりないからね。反対側にはホテルがあるけど」

「小さめのお店がそろってる感じですか?」

「ええ。もう少し歩いて行けば商店街もあるし」

 とりあえず、遠目に全体の写真を押さえておく。

 オーソドックスな町の風景というやつだ。

 そして、歩きながら気になる場所を撮っていく。


 まだ駅のそばはそこまで人がいないようで、すれ違う相手は今のところ居ない。

 でも、もう少ししたら写り込みにも気を付けなきゃいけないようになるのだろう。


「わっ、郵便局かわいい!」

 そんな感じで進んで行っていたのだけど、すぐにその建物は姿を現した。

 思わず、ぴょんとはねてしまうくらいに特徴的なそれは、飴色のウッド調で何かの物語に入ってしまったかのようで。

 

「ここで反応するのね……」

「そりゃもちろんですよ! なんですかこんなにかわいい建物そんなに無いですよ!」

 大きさとしては町にある支局といった感じだろうか。

 個人の家一軒分くらいの大きさの、コンパクトなところだ。

 建物の前にぽつんとある赤いポストも際だって美しく見える。


「もう、いろんな角度からいっちゃいますよ」

 ふふんと言いながらシャッターを切っていく。

 横顔もお洒落な感じのするかわいい表情である。


「ほんと楽しそうに撮るのね……」

「それじゃ、次に向かいましょう!」

 なにかあるかなぁと郵便局とはお別れして次の被写体を探しに行く。

 日差しは徐々に強くなってきて、汗はかいてくるけど、がっちり日焼け止めを塗っているのでこれくらいならば大丈夫だ。


「徐々に民家というか……お店も増えますね」

「町だからねぇ」

「でも、こういうのも嫌いじゃないです」

 正直、都会は得意じゃないんですけど、ビルがわーっと並んでるとかじゃなければ、いけるものですね! と笑顔を向けると、うぐぅっ、若さがまぶしい! と志農さんに思いっきり引かれた。解せない。


 それからかなりコンパクトなコーヒーショップを見たり、レンタサイクルなんていう場所もあった。

 こういうの作るならもっと駅の方におけばいいのになぁとちょっと思いつつ、きっと町並みをゆっくり見てもらいたいんだろうと思い直す事にした。


「そしてドレスショップですか……うわぁ。なんか都会の中にあるのよりこう、一軒ぽつんとあるとすっごく雰囲気がでるというかなんというか」

「近くに教会もあるしね。ルイちゃんなら、ドレス姿同士でって感じになるのかしら」

「自分が式をやるかどうかってのがいまいち想像できないんですよねぇ。もちろんドレスかわいーってのはあるんですけど、どうせなら撮ってたいなぁって」

 姉様の結婚式もろくに撮れなかったし……といいつつ、外観だけ撮らせてもらう。

 ドレスに関してはちょい遠目から写ってますよな感じだ。お店が開いてる感じがないし、許可を取ろうにもとれなさそうだったので。

 そして、歩きながら志農さんにも話を振っていく。


「志農さんはどんな結婚式だったんですか?」

 確か、お屋敷関係でのご結婚だったとは伺ってますが、というと、まあそうねと彼女はうなずいた。

 そう尋ねつつも、ちらちらと周りに視線は向けておく。

 なにか面白いものないかなぁといった感じだ。


「うちはそんなにたいそうなのはやってないわ。身内だけで小さめな教会で挙式って感じ。まーそうはいっても旦那様達はきてくれたのだけど」

 うちらは年も近いしそれなりに幼い頃から付き合いはあったから、と志農さんは懐かしそうな顔を浮かべる。

 そこは一枚しっかり撮影。


「明日華ちゃんと若葉ちゃんみたいに?」 

「そんな感じね。志農の家は咲宮家に代々仕えてきた家系だし、昔から住み込みで働いているものだから」

 結構、家族というか幼なじみというか。そんな感じはあったのよねと志農さんは言った。


「でも、自分の結婚式よりも旦那様達の挙式の方が気合いは入ったかなぁ。大会場でのお客様のお出迎えとか大変だったけど豪華な物になったわけだし」

「ずいぶんと盛大だったんでしょうね……いいなぁ。そういう式でカメラ握ってみたい」

 むふー、と声を上げていると、志農さんは、あぁこの子はそっちの子なのか、と少し目をぱちくりさせながらも納得したようだった。


「次に結婚するとしたら、年齢順だと花雪さん、沙紀矢さん、そして若葉様だけれど……どうなのかしらね」

 花雪さんは浮いた話は全然ないし、沙紀矢さんは大学出たらかしら、と志農さんは顎に手を当てながらうーんとうなった。

 たしかにそう言われると、沙紀矢くんあたりは上手くいけば二年もしないで結婚する可能性があるのか……

 あれ。あの二人がくっつくにしても、果たしてルイがカメラマンとして採用されることがあり得るのだろうか。


「ふふ。早く一人前になるしかない、感じ?」

「一人前以上に、師匠達を越える勢いじゃないと採用されなさそう」

 補助とかでもいいから、撮影に参加したいなぁと言うと、まあまあと志農さんに温かい視線を向けられてしまった。


「でも、そういう目標があるとそれはそれで頑張りがいもありそうですね」

「あまり写真家の事はわからないけど、ルイさんってあまりコンテストとかに入賞経験とかないのよね?」

 そこらへんはどうなの? と聞かれて、うーんと少し首を傾げる。

 今のところルイとしての活動は、ホームページへのアップと、コスプレ撮影と、お仕事の受注である。


「先輩方からあまりその手の話がなかったので、自然とここまできちゃいましたね。ああ、学校の文化祭とかのフォトコンテストは楽しく参加しましたけど」

 ああいう、みんなでわいわい、自分が好きなもんはこれだぜ! みたいなのは楽しいですというと、そっかぁとあいまいな返事を志農さんは返してくれた。どう反応して良いのか解らないと言った感じだ。


「コンテストみたいなものに出てみるのも経験の一つとしてはいいのかもしれませんけど、なんというか……名前変えて出すならまだアレですけど、変に目立つのもいやですし」

 自意識過剰とか言われそうですけど、スキャンダルの方で名前知った人がどう思うのかと考えるとなかなか……というと、不憫な子だと志農さんも哀れんでくれた。

 まあ、別にコンテストに出すのがすべてではないんですけどね。


「でも、写真部でやってるのだって、みんなで撮った写真を元にわいわいやるわけですから、コンテストみたいなもんですよ、きっと」

 楽しい部活の時間なのです、と言ったところで、景色がぱっと開いた。

 今日の目的地の一つ目である、あの建物である。


「これは……すっごくいいですね!」

 とてとてと入り口に近寄るととりあえずカメラを構えた。

 三角形の屋根になっているその建物は中心に十字架があしらわれており、まるで三角帽子を被った人みたいな見た目をしていた。

 周りの空間もだいぶ開けているので、俗世から切り離されたような感じを受ける。

 

「あらあら。よっぽど教会が気に入ったのね」

「だって、日常だとあまりこういう形の建物ってないじゃないですか。神様とかよくわからないけど、この形には惹かれます!」

 とてもいい! と言いながら写真を数枚押さえておく。

 人工物ではあるけれども、どこか非日常というか。

 異なる営みの中で作られた建物という感じがして、正直普段撮りなれていない題材なのである。


「これで夜になるとライティングとかがすごいんですよね!? なんか有名な人が挙式をやったとかどうとか」

「あー、えーと、そっちは高原教会の方かも」

 なんか、夢壊しちゃってごめんだけど、ここチガウ、と志農さんが言った。

 あ。え。ちょ。


「えぇー、思いっきり夜ライティングされるのを想像して、撮ってました!」

 確かにそう言われると、教会のシルエットが違うー! といいつつ、それでもルイはシャッターを切り続けていた。

 うん。まあ想像とは違うけれど、これはこれで良しといったところである。


「めげないわね……予想してたところじゃなかったんでしょ?」

「まー、調べた時に名前まで細かくチェックしなかったのもいけなかったんですよ。それに、そうじゃなくてもきっとここが目的地で正解なんだと思います」

 だって、こんなに素敵な写真が撮れるんですから! とにこりと笑いながらいうと、志農さんは、それがいろんな相手をたぶらかす顔かぁーと苦笑を浮かべた。


 このあとカラマツ並木を見たり、洋館を見たり撮ったりしたのだけど。

 そっちでも思う存分撮影を楽しんだルイさんだった。

 集合時間に間に合わせるための帰りのバスに乗り遅れそうになったのは、明日華ちゃんたちには内緒である。

さあ生徒達ほっぽらかして撮影会です! ちょろちょろ撮影場所を見に行く先生らしさを出そうか悩みましたが、生徒達を信じているルイさんは、自分の楽しみを優先する形になりました!

生徒達の許可はとったので! ということらしいですよ?


今回は軽井沢から北に向かって歩いてみたのですが、リアルである景色を描写するのってすげー! 大変だということを理解しました! 想像の中で組み立てた方が作者的には楽じゃった……

しかし、もう一話外回りの話が入って、夜の個人授業で、帰り道みたいな感じであと三話ほどは合宿話やらせてもらいます! 次話は滝にね、行こうと思うのです。

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