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622.学院の写真部の合宿11

「なんだか、げっそりしてますね、志農副部長」

「あ……んー、いろいろあったというか、ね」

 ははは、と、明日華ちゃんが後輩の子からの質問にげんなり答えた。

 爽やかな朝だというのに、こんなに疲れているのは、先ほどの部屋での一件があったからではあるのだろう。

 こちらとしては、ちょっと明るくなってもらうためにぐいぐい行った訳なのだけど、さすがにすぐにという訳にはいかないようだった。


「今日は朝ご飯はなんだろうねぇ」

「朝食はビュッフェスタイルというのがここの基本形ですね」

 食堂に向かうのは若葉ちゃんたちと、途中で一緒になった一年生の子だった。

 部屋の子達はもうすでに食堂に向かっていて、一人取り残されてしまったということなのである。


「ビュッフェかぁ……それはまたオシャレなのか、それとも庶民的なのか……」

「そこで庶民という発想がでるのはどうしてなのでしょう?」

 はて、と、若葉ちゃんは小首を傾げてクエスチョンである。

 きっとあまり庶民飯というのを食べていないのだろうと思う。


「ビジネスホテルとか、ツアーの朝ご飯はビュッフェのところは多いからね。そういう意味では庶民の食べ物でもある、という感じ」

「あの、ルイ先生は割とそういうところは使うのでしょうか?」

 一年生の子から質問が飛んできた。プロっぽいとか、大人っぽいとか思ってくれたのだろうか。


「んー、まだ本格的に地方でのお仕事とかをやるってことはないから、お泊まり自体があんまりね。旅行とかも割と自炊系のお安いところを使う事が多くて」

 知識としては知ってるけど、そこまで経験があるわけでもないよ、というと、自炊ですか!? とむしろそっちに食いつかれてしまった。

 そう。自炊である。高校のメンバーと行ったのはもう思いっきり合宿所だったし、さくらや石倉さんと行ったときはさくらにカレーを作ってもらった。石倉さんならご飯付でもいけたのだろうけど、いかんせん学生二人の方に気を遣ってくれたようだった。

 あとは父様のところの社員旅行だけど、あちらはビュッフェではなくかなりしっかりした旅館の朝ご飯であった。父様は格安ツアーとかいっていたけれど、種類も多くてとてもじゃないけれど安いとは思えないクオリティだったのである。


「学生の合宿となると、庶民というものは自分でご飯を作ろう! みたいな流れになるものでね。それで気楽にバーベキューとかになったりするわけで」

 もちろん、仕込みとかはちょっと手間がかかるけど、炭火起こしてわいわい焼いてしまえば楽しく食べられるので、というと、そういうのも楽しそうですね! ときらきらした顔を向けられた。可愛いので一枚撮影しておく。


「ゼフィロスとしては少し淑女らしさとはなにか、みたいなところでバーベキューは敬遠されるところはありますが」

「全部下準備してあるところなら、私も行ったことがあります」

 若葉ちゃんが何かを思い出しているのか、ちょっと虚空に視線を向けていた。

 今の女装生活に入る前に、家族でおでかけなんかをしたのだろうか。

 アウトドア体験というものは、楽しみの一つでもあるし、それが思い出として残っているのはとてもいいことだと思う。


「じゃあ、いつか写真部でバーベキューパーティーですね!」

「学校内だと怒られそうですね」

「では、また合宿やりましょう」

 できれば、今年中に、と一年の子がいった。きっと明日華さん達と一緒に行きたいってことなんだろうね。


「さて、バーベキューはともかく、今朝はビュッフェでございます」

 ご到着! 昨日もつかった食堂に向かうと、今朝も良い感じに周りからの光を取り込んで、明るい風景がそこにはあった。

 思わずカメラを向けそうになるものの、今朝たんまり撮ったんでしょう? と明日華ちゃんに牽制されてしまった。

 これはこれで、撮りたい風景なのだけれど。


「あ、せんぱーい! おはようございます!」

「ルイ先生も! 朝からばっちりカメラ装備なんですね!」

 さて。テラスの席にすすんでいくと、すでにもう他のメンバーは着席しているようだった。

 食事のスタート時間まではもう少しあるから、みんな早めにきて待っていたといったところだろう。

 眠そうにあくびをしている子も所々でいるけれど、すでにもうみなさんキチンと制服に着替えているところである。

 ここらへんはさすがにお嬢様学校だなと感じさせられる。


「すでにこそこそ外出して朝の撮影を済ませていたりしますからね、この先生は」

「うわぁ、さすがです。あとで是非見せてくださいね」

 そんな風に目をキラキラさせていたのは部長さんだ。ほんとこの部は、部長と副部長で態度が正反対というものである。


「撮ってきたのはあとで見せるけど、とりあえずご飯にしようか」

 朝早く起きるとお腹がすくのが難点だよねぇ、といいつつとりあえずテーブルに腰をかける。

 すでにそこには、先ほど挨拶をしてくれた一年生がちょこんと座っていた。

 食事の席の残り一つは部員で持ち回りになるので、昨日とはまたメンツが異なる形である。

 その子は、ちらっちらっと、テーブルに置いた本を気にしながらも、それでも朝ご飯の方を優先しようと席を立った。


「ビュッフェだからといって、好き嫌いなく、なるべく色とりどりにいきましょう。若のは私がとりましょうか?」

「うう。いいよ、こういうのも経験というか、やっておいた方が良いでしょうから」

 そもそも、立食パーティーだと自分で好きなのとって食べてますから、と困ったように言う若葉ちゃんを一枚撮影。

 むっ、と明日華ちゃんにガンを飛ばされたけど、まあ、あとで確認して良かったら保存である。


「なにベースにしようかなぁ。ご飯か、パンか、それともコーンフレークか……」

 ビュッフェの組み立てというのはルイはよくわかっていないけれども、基本的には主食から選ぶようにしている。

 コーンフレークなら牛乳とかヨーグルト、他にはサラダ系だろうか。

 パンなら定番のスクランブルエッグやオムレツ、あとはソーセージとかお肉っぽいものを合わせる感じだ。

 そして。


「うん、煮物食べたいから朝は和食にしよっと」 

 家で散々食べてるじゃんといわれそうだけれど、こちらは野菜も美味しいしここはプロの味を堪能と思ったのである。

 そうなるとご飯は欲しくなるものだし、他にも焼き魚とか、味噌汁とか和風の献立でまとめていくことにした。


「で、和食なのにオムレツの列にも並ぶわけですか」

 ある程度、配膳を終えて最後に列になっている場所に並ぶことにしたら、明日華ちゃんからジト目を向けられた。

 あんた、和食っていったのになんでここに並んでるの? という感じだ。

 ここ、というのはオムレツの配膳の場所で、これだけは調理師の方が、目の前でふわふわのを焼いてくれるのである。


「並びますとも! 和食にオムレツがついていて駄目な理由がわからない」

「卵かけでいいじゃないですか。生卵とゆで卵はあっちにいっぱいありますよ」

「調理法で味が変わるというのが人類がいままで積み上げてきた技術なのです」

 どうしてここで、オムレツを食べさせたくないの!? というと、明日華ちゃんは朝の意趣返しですと、けろっと言い放った。

 今朝ちょっとぐいぐい行ったのにご不満なようだ。


「オムレツと写真……もちろん両方とも手放すことなど!」

 さぁお皿だ。おお、お皿も温かいなんて思いつつ、白いディッシュを胸元にもちながら、順番を待つ。

 そしてチーズオムレツを注文することにした。


「うわ、さすがに上手いなぁ……」

 小さめなフライパンに油を垂らして、余計なものをいったん外にだしてから溶き卵を入れて行く。

 タイミングはもう解っているから、あとは中央に粉チーズを軽くかけてまとめるだけである。

 生地が二種類あったけど、そっちのほうにもチーズは入っているのだろう。

 最後に、デミグラスソースをかけてもらえば完成だ。提供する姿はばっちりと撮影させていただいた。

 トマトソースと選べたけど、今回はこちらにさせてもらった。コクが深くて美味しいソースなのだ。

 家で作るのが面倒だ、とも言える。


「では、写真部のみなさん、そろいましたね。では、主よ、我らにこの糧をお与えいただき、感謝いたします。調理師さんにも感謝を、アーメン」

「アーメン」

「いただきます」

 さて。ゼフィロスの寮と同じくお祈りが入ってからのご飯である。

 部外者なルイだけは、普通にいただきますをしているのだけど、そこらへんは慈悲と寛容が教育理念であるゼフィロスでは、許容範囲なのだ。絶対に神様に感謝しなきゃ、だめだかんね! なんてことはなく、すべてを優しく包み込む聖女を育てる教育環境なのである。


「あれだけ、煮物煮物って言ってたのに、手を出すのはオムレツなんですね?」

「ん? おいしいけど。明日華も早く食べた方がいいよ」

「……若様……どうしてそこでフォローしちゃうのですか」

 はむはむと、オムレツをほおばりながら、若葉ちゃんは幸せそうに頬をゆるめていた。

 切れば中からとろりとしたものが出てくる、完璧な火加減は、口の中にいれれば卵がほどけるほどに絶妙なのである。


「確かにこれは、時間をおいてしまうともったいないね」

 煮物は時間が経つほど美味しくなるけれどね! というと明日華ちゃんはぐぬぬといいながらオムレツをいただき始めた。でも、口にいれると、ふわーんとなってるので、かなり美味しかったのだろうと思う。

 

「なんだか、ルイ先生と副部長の仲が一夜にして、進展したような気がします」

 さて。こちらのやりとりを見ていた本日のゲストである一年生の子が、目をきらきらさせながら話しかけてきた。

 普段通りのやりとりとでも言える感じなんだけど、どうやらいつもの先生と生徒という関係性しか見せてなかった相手には新鮮に映るらしい。


「一緒に寝泊まりすると仲良くなることもある、ということかな」

「……そのようなことはないのよ。ただルイ先生が昨日から失礼なだけで」

 そもそもこの方、去年も寮のほうに泊まりにきていましたから、と補足説明をしてくれている。

 

「わわっ、そうなんですか!? たしかに写真部の顧問になっていただく前も、撮影されていたというお話は聞いたことはありましたが」

「ええ。学園祭の写真とか、いろいろ撮らせてもらってます。寮のほうにもご厄介になったことはあるし」

 今年は顧問という形で関わらせていただいていますが、ここ二年くらいでいろいろとやっているのです、というと、おぉー、という声を上げられた。


「それ、高校を卒業してすぐ、ということでしょうか?」

「いちおうはそうなるけど、あたしも大学には行ってるから、運良く仕事を斡旋してもらえただけ、かな」

 うん。というと、えぇー、そういうものですか? と言われてしまった。


「たしかに、あたしだったから、写真部の顧問をしてたっていうのはあったとは思うけど、あのときの先輩の補助は、友人でも良かったんだよね。だから、たぶん巡り合わせ、かな」

 ここのお仕事がなくても、あたしはどうせ仕事をしていたし、どこかで撮影してたと思うけど、あのときがなかったら、ここに居ることはなかったかもね、といってあげると、偶然でもよかったですー! と他の卓からも声が寄せられた。

 うん。確かにあいなさんに呼び出されて、ここの撮影をしてなかったのなら、赤城に連れられて合コンもどきをしたときにも、そこまで親身にはならなかっただろうし、今とは違う状況ができていたのだろうと思う。


「そうして、その巡り合わせのせいで、私たちは……」

「こらっ、明日華っ。別にルイ先生がきて、悪かったことはないでしょう?」

 もう、いつまでたっても、明日華はルイ先生のことを警戒するんだからっ、と若葉ちゃんがフォローしてくれた。

 

「……若様の写真を撮って良いのは、私だけなのに……」

 ぼそぼそとそんなことを言っているけど、内心ではルイさえこなきゃ円満に一年の学院生活が終わっていたはずなのに! なんていう風に思っているのかも知れない。

 きっと、関わらなければ、若葉ちゃんは一年間の女装潜入を終えて、すなおに男子生活をしていたはずなのである。

 

 ま、それを変えてしまったからといって、まったくもって悪い事とは思っていないけれども。


「世の中には偶然とか、可能性とかがいっぱいあって。あとはそれをつかめるかどうかなのかなとは思うんだよね」

 あえてつかまないってこともあるかもだけどね、というと、そういうものですか? と本日のゲストの一年生の子は首を傾げていた。

 まだまだ、予定調和の中にいる学生さんの中ではわかりにくいことかもしれない。


「さすがはルイ先生ですね! うぅっ、こんな時に同じ席で盛り上がれないのがつらい!」

 ぐっ、と、部長さんはそう言いながら別のテーブルでおいしく、鮭の切り身を咀嚼していた。

 もちろん、言った後にあぐりである。口の中に入れたまましゃべるのは淑女としてあれなので。


「席順については、すでに決まっていることなので、そちらはそちらで盛り上げるようにね!」

 まあ、朝ご飯をわきあいあいと食べられればそれでいいのだけど、と部長さんに伝えておく。

 うう。今の部長さんは、以前ゼフィロスに女装潜入したときに、水のある絵ということで写真を撮ったときから交流がある相手だ。

 これで、実は奏さんでっすなんていうのは絶対に言えない。


「そうですよ、部長! 副部長と若葉先輩はもう、なんでかルイ先生の近くで鉄板ですけど、他は抽選だったじゃないですか! ほんとそこでご一緒できるとか、幸せです」

 オムレツもサイコウですー! と彼女は緩んだ声を漏らした。


 ちなみに、ご飯タイムは、三日間でここで食べるのは、四回だけ。

 基本一年生中心にということで、一緒に居させてもらっているので、部長さんがこの席にくることはないのである。


「なんだか、先輩方に申し訳ないというか……ルイ先生にこんなに近くで話してもらえるとか」

「そうやって持ち上げるけど、あたしなんてただの撮影バカだよ? そりゃ……ちょっとおいたもしたからむしろ、ちょっと距離をとられそうと言うか」

 ほら気にせず、撮影で困ったことがあったら言ってごらん? というと、彼女はちょっと萎縮したような感じで、サラダにフォークをさして口に入れる。

 シャキシャキなレタスが美味しかったからか、それだけでにこりと表情が緩んだ。

 うんうん。ご飯は最高の表情の引き出し口である。

 それでも彼女から写真の相談が出てこないので、話の方向性を変えてみる。撮影談義は後でいくらでもできるしね。


「盛り上がるというと、みんなの部屋は夜はどうだったの? 十時消灯だったけど、みんなそれですやぁってしたのかな?」

「う……これはまた、言いにくい質問がきちゃいましたね」

 ちらりとその子は他のテーブルに視線を向けつつ、思い切り言いよどんでいた。

 これは、結構夜遅くまでわいわいやっていたのかもしれない。


「いちおう電気を消すのは十時ですが、それですやぁといけるかどうかは別ですから。とがめはしませんよ」

 明日華さんからそんなフォローが入る。

 思いっきり寝てた若葉ちゃんはともかくとして、そんな時間には眠れないと思っているのだろう。


「副部長がそうおっしゃってくれるのなら、良かったです。その……この本について盛り上がってまして」

「へぇ。夜更かしして本読んでたんだ?」

 焼き魚を口にいれつつ、ちらりとカバーの掛かった本を見る。

 ちょっと本が焼けていて色が変わっているのを見ると、ちょっと昔の本といった感じだろうか。


「お姉ちゃ……姉が先日一人暮らしをすることになって、本の整理をしたんです。そのときにいただいたものなのですが、これがもう、とても面白くて!」

 全部で二十冊くらいあるんですけど、合宿にも二冊持ち込んでるくらいで、ととても楽しそうに彼女は言った。


「みんなも興味があるっていうのなら、とても面白い本なんだろうね」

「はいっ。きっと若葉お姉さまも気に入ってくださると思いますっ!」

 へぇー、といいつつ若葉ちゃんはその本を受け取った。

 ぱらっとそれを見始めて……


「ぶふっ」

「ちょっ、若葉ちゃん!?」

 口の中に何も入ってなかったのがよかったけれど、思い切りそれを見て、噴き出してしまっていた。

 ちょっと、なんてものを見せられたのだろうか。

 けふけふむせる若葉ちゃんには悪いけれど、ルイとしてはその本の中身がどんなものなのかとても気になったのだった。

さあ朝飯だー。ビュッフェには夢と糖質と脂がつまっていますー。いやぁカロリーがぁ。

というわけで和食をチョイスしつつオムレツです。

ふわっとろはよいのです。

そして気になる本のなかにはというと。そいつは次話でっ。そこまで書くには時間が足らなかったのです。

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