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066.

 ここ、もっと短かったはずなのだけど、テキストが……長くなりすぎました。

「んじゃ。そういうわけで」

 バイクにすちゃりとまたがり、軽くあげられる手をなぜか木戸はバイクの後部座席から見ていた。

 取り残されるのは青木だけだ。

「まて! ふつー逆だろ。一緒のうちに帰るのにどうして俺だけ置いてけぼりなんだよ」

「いたいけな青少年をこんな寒空の中に置いてはおけない。お前は頑強なけだものだから寒空で震えていろ」

 前のときは二人乗りはーみたいなことを言っていたような気がするのだけれど。

 今日のあいなさんは自信満々で後部座席を勧めてきたのだった。

「二月のときから練習したから、怖がらなくてもへーきへーき。遠慮せずに密着しちゃってくださいな」

 ぎゅっとお腹に捕まっていいので、と言われるままに密着する。遠慮はするものの二人乗りの場合は変にバランス崩されるより密着してた方がいいのだそうだ。

 ブーンとバイクが走りさる。はじめて乗るけれど風を受けるという感じはむずがゆい感じがして不思議だ。

「はい、ご到着」

「って、ご自宅って」

 送っていくよということで誘われたのだけれど、まさかあいなさんの家、青木邸に連れてこられるとは思っていなかった。そこで少しだけ警戒心をあらわにする。木戸がここに来たことは有っただろうか。

「ちょっとお話をしていこうか。おうちに連絡して許可がでたら、だけど」

「ああ、今日は元から夜まで帰らない予定でしたから、問題ないですけど、でもいきなりここっていうのは」

 そ。今日は土曜日なのだ。平日こそいろいろうるさい家だけれど、土日だけは停まりにならなければ問題にならない。もちろん早い日は連絡が必要で夕飯を作れと親にせがまれるのだけれど。

 それなら。話をすること自体は問題ない。ないのだけれど家というのはどうだろうか。いずれ青木も帰ってくるのだろうが、それまでは二人きりになってしまう。ご両親は割と遅かったり出張だったりが多いお家だ。

「内緒話するならここしかないかなぁって」

 どうぞと言われるままに中に入る。部屋の空調はついていないけどほんのり温かくて、やはり外に比べれば段違いに過ごしやすい。

「それで、お話ってなんでしょう? やっぱりさっきの倉庫でのこと?」

「それもあるけどね。君とルイちゃんとの関係について」

 ぴしりと人差し指を立てられて問いかけられると、すすめられたソファに沈めた身体がぴくんとなる。

「はえ?」

「その驚き方といい。やっぱりルイちゃんであってる?」

 思わずうわずった声を漏らしてしまった。まずいと思ってもあいなさんはにんまりしながら詰め寄ってくる。

 ここまでばっちり言われてしまったら否定はできない。そう。いままであいなさんと一緒に活動をしていてこちらからは別に自分は女だといったことはない。さくらに話したことがあるけれど、あくまでも言ってないだけでだましている訳ではない。

 問われたのならばきちんと答えないといけないのだ。

「そう、ですけど……」

 おどおど女声に切り替えながら体を震わせる。いったいどんな風になるんだろうか。

「怖がらなくていいって。別に煮るとか焼くとか舐めるとかしないから」

「舐めるって、あいなさんそういうボケはやめてー」

「あはは。ごめんごめん。でもその顔でその声がでるのは不思議な感じ」

「ああ。眼鏡はずしますか」

 はぁ。参りましたというふうに眼鏡をはずして軽く髪を手ぐしでとかす。これでほぼルイに見えるだろうか。

「髪は短いけどたしかにルイちゃんだね」

 かわいいかわいいと頭を撫でられる。ウィッグをつけてるときよりもダイレクトに体温が伝わってきてくすぐったい。

「あたしとしては、男の子を演じてる女の子なのかもって思ってたけど、実際はどうなの? それまともな男子の制服だし、それと木戸くんって言ってたし。あの木戸くんってことだよね」

 あの、が何を指しているかはすぐにわかった。木戸馨の名前は一部にはそこそこ有名だ。

「あの木戸くんで当たりですよ? そりゃ……あっちでの面識はないですけどね」

 でもどうしてわかったんです? と聞かずにはいられなかった。

 そう。木戸としてはあいなさんに会った経験はない。そもそもここ一年は学校に彼女が来る日はルイをやっていたし、学外だとルイで過ごしているほうが多いので、つながりがあるだなんてわからないはずなのに。

「木戸くんの写真の撮り方、似てるからさ。学校の写真は全部バカ弟に持ってこさせているし。それにルイちゃんは気づいてないかもだけど、コラージュ事件のときわりとどうなっちゃうんだろうってハラハラしてたみたいだし。部外者なのに助け船をしっかり出してたよね。そのときになんでそんなに見知らぬ初対面の子相手に優しくしちゃうのかなぁって思ってさ。それで改めて写真を見比べてみたら、性格でてるなーって」

「正直、去年の学外実習の写真を根こそぎ弟さんが持って行ったときに、どうなのかなぁこれなぁとは思ってたんです。そのときはなんの話もなかったし、自分で見ても学校の写真とルイとしての写真は別物に仕上がってるように見えてたから気づかれてなさそうって思ってたんですけどね」

「コンデジと一眼って違いと、人物中心に撮る学校のスナップっていうステージの違いでそうは見えるんだろうけど、被写体を撮るときの癖が似てたんだよね。そりゃ最初はわからなかったんだけどね」

 いやぁ、普通に綺麗に写すよなーって思ってただけだったんだよねーといいつつ、彼女はほれほれ、とタブレットの電源を入れて、二枚の写真を並べてみせる。片方は木戸が撮ったものでもう片方はルイで撮ったものだ。

 しかし、三ヶ月も前に木戸とルイの関係を薄々感づいていたのに、今まで黙っていてくれたのはどういうことなのだろうか。

「ま、正直、ルイちゃんの男装スキルは声までかえる超絶技能なのはいいとして、そろそろうちの弟とのことを話していただきたい」

 ルイちゃんにたいしてあいつが好意を持っていたことは薄々感づいていたけどと、彼女は先ほどまでの笑顔を引っ込めて真剣な顔になる。

 気になるのはルイの女装よりも弟との関係のほうらしい。

「まった。どうして前提で男装女子扱いですか」

「だって、いまの姿みたらみんなそういうよ。その声で。その姿で。っていうか、ルイちゃん。ここ二年だっけ? 眼鏡外したその姿で誰かに男だって言われたことはあるの?」

「う」

 ない。ないのだがそれでいいのだ。

 そう。男子の制服を着ていて女子声を出す事態が滅多にないものの、女装状態で男かもと思われたのは八瀬の一件くらいなものだ。あのエレナだって最初は気づかなかった。それくらいルイの女装スキルは高い。

「いえっ。いいんですっ。かっちりルイのときはばれないこそが勲章だし、中途半端を見せたのは一回こっきりさくらにだけですから」

 そう。今が男装なのではなくルイのほうがつくられた姿なのだ。そっちでしかあってないあいなさんには想像しにくいかもしれないけれど。

「だからほめるべきは女装スキルのほうなんです。っていうか女の人が低い声を出すほうがむしろ物理的に無理です」

「うん。知ってる。前にうちにきたときにがちがちになってたの見てたもの」

 あー。確かにもう半年以上前のことだけれど、終電を逃してこの家にご厄介になったときに、確かにルイはがちがちになりながら、いろいろお風呂などを遠慮したものだ。普通に女子であるならあそこまで緊張はしないし、お風呂も普通に借りたりするだろう。それが元で気づきはしないだろうけど、振り返ってみると、あああのときはだからそうだったのか、というのは割とあるのかもしれない。

「あう。知ってたならいじめないでくださいよぅ」

 ははは、ごめんねぇとあいなさんが朗らかに笑う。

 この状況を楽しんでいるようである。

「で。あいつになにされたの?」

 一通り笑い終えると、優しい顔で、それでもまじめな瞳をこちらに向けてあいなさんは再び問いかけてくる。

「唇奪われました」

「ぬなっ」

 さすがにこちらの答えには固まった。たしかに青木は馬鹿であるとあいなさんも思っているとは思うけれど、そこまでとは思わないだろう。木戸だってそうだったんだから。

「一回目は、修学旅行の二日目の朝です。いきなり起きたら目の前に青木……がいて、その」

 ちょっとなんといおうか悩ましい感じで体を小さくする。

「い、いちおう言っときますけど、あいつはあたしをルイとは認識してないですからね。男と認識した上で、木戸馨として男友達だってわかってて、やったんですからね」

 たとえばコレが、ルイ相手だ、というならまだ「普通の痴漢」ですむ。それはそれで問題だけれど、今は男だと知っている上であんなことをしてしまう青木の方が十分に問題に違いない。

「二回目はさっきの体育倉庫で。ああ、でもあんまり気にしてないです。脱出するための方法っていうか、人工呼吸みたいなものだし。それに。女の子の唇ほど、これは価値のあるものでもないですよ」

 けれど一応被害者としては、そんなに気にしていないということも伝えておく。口づけは単なる唇同士の接触に過ぎない。そこにこもる意味がなければ全く意味のないものだ。

「だめでしょーそれー。女の子は自分を大切にしなきゃだよ。というか無自覚すぎ。自分では男の子って思ってても、そんなにかわいいなら関係ないね。無防備さらしてたらいくら男の子だって最後までいってしまうよ?」

「最後って……」

「それはその……」

 恥ずかしいのかごにょごにょとあいなさんが言葉を濁す。別にいってくれなくてもわかるけれど。

「それでそのお、怒ってます? その、いままでだまってたこと」

 こちらとしては肝心なのは青木のことではなくこっちのことだ。

「ああ、それなら別に」

 おそるおそる聞いてみたのに返ってきた答えはごくあっさりとしたものだった。

「最初こそあなたを被写体としてかわいいって思ったけど、今は写真でつながってる間柄でしょ。男だろうと女だろうと、別にどっちでもいいやって思って、そのまま。ちょぴっと遠慮したりってのはしたけど別に怒ってないよ」

 ま、自分から言い出せることじゃないだろうし、と彼女はあっけらかんと言った。

「むしろ怒るのはそれだけかわいいのに自分を大切にしないことのほうだよ。ホントもうダメだよ? 男の子だから大丈夫みたいなのは」

 ぷんすかとかわいらしく怒ってる姿からは心配が読み取れる。

 ふむ。木戸としては気持ち悪いとか極度の嫌悪感がでないから割と放置してきてしまっているけれど、一般的な女子からすれば、痴漢も、今回みたいな件もきちんと怒るべきポイントなのか。

「それは……そうですね。気をつけます」

 だからふっと力を抜いて軽い笑みを浮かべる。

 するとあいなさんが頭をぽふぽふなでてくれた。よくできましたというところなのだろう。

「それと、そうそう。この前の学園祭の時のアルバイト代。渡しとくね。こんなに遅くなってしまって申し訳ないんだけど」

 かさこそと引き出しからなにかを取り出すとそれを木戸に手渡す。

「この前の二時間分のお給料。採用されたぶんの出来高ということだからそこまで多くはないけど」

 中身を確認するとそこには五千円札が一枚入っていた。

 二時間でこれというのは、さすがにちょっともらいすぎじゃないだろうか。

「ああ、緊急手当て的なのも入ってその額だから気にしないでもらっちゃって?」

「ただいまー」

 そんなとき青木が帰ってきた。

 ちょうどお金が手元にはいる瞬間だった。

「ってねーちゃんなにやってるんだよ」

「慰謝料にきまってるじゃないの。バカな弟がこんなかわいい子に手をだしちゃったんだから」

「うぐっ。木戸おまえ」

 そのタイミングだったからか、あいなさんは悪乗りするように弟をからかう。

 もちろん、こちらも眼鏡をかけたうえで、それに乗っかる。

「おまえみたいなかわいそうな弟をもってあいなさんは本当にかわいそうだ。本当にがっかりだ」

「いいじゃねぇか! 男の唇はそんなに価値があるもんじゃねーよ」

「なにいってるの。こんなかわいい子が男の子のわけがないでしょ?」

「ちょ……」

 さすがにあいなさんの悪乗りっぷりはそうとうである。その一言だけで弟のほうは灰色に固まってしまった。

「事情があって男の子のふりしてて、慣れない男子部屋で心細く寝てるところに、あんたがあんなことするから」

「あいなさん、それはさすがに話盛りすぎ」

 やれやれと呆れながら、あいなさんのきらきらした暴走をとめる。

 それ以上いってしまっても困るし、青木に信じられてしまってもそれはそれで困る。

 信じられたら、とことん丁寧にルイを相手にしたような対応になるのだろうか。

「本当……なのか? 男……なのか?」

「あーのーなー。一緒に風呂にもはいってんだろうが」

「あ」

 そこでようやく気が付いたらしい。今回の修学旅行でさえ一日目は一緒に入っているのだから、はやくそれに気づけよといいたいところだ。

「いや。でも胸がないだけってことも……俺、お前の下のほうは見てないし」

「えぇぇえ。いや、まあ確かにまじまじと見るものでもないけどさぁ」

 仮に自分が女子だったとして、さすがに男子湯に堂々と入る勇気はあるだろうか。

 むろん逆の仮定は無意味だ。そんな無茶をやってのける人間はさすがにない。絶対捕まる。

 例えば、男装した斉藤さんでもさくらでも、いや。二人ともそこそこ胸があるからして想像が難しい。

 胸が……ない女子と想像しても、美咲くらいか? みんなの胸のサイズを想像しながら木戸はとりあえず消去法で無理そうなのを消していく。

 美咲が男湯に入る、というのは可能か。想像してみて頭をぶんぶかふった。

 あまりにも無理がありすぎる。

「で? 弟よ。木戸くんからきいたけど、お前。よりにもよって男子の唇奪ったんだって?」

「……はて」

 底冷えのするような声に、青木はなんとかとぼけた声を返した。

 先ほどの冗談を言っているという空気から一片してしまっているあいなさんに大きな身体を小さく縮こまらせているようだった。

「とぼけたって無駄よ。修学旅行の時とさっきのことは聞いてる」

「……いくら俺だって男子の唇をうばうわけが」

 こちらにヘルプな視線を向けてきてもとりあえず無視である。

「ぬちゅっという湿り気は、スライムでも喰わせたのか?」

 それならそれで問題だがと、青木にしれっと言いつのる。被害者としての熱はそんなにないのだが、ここはきちんと叱っておかないと後に響くのかもしれないと思ったのだ。

「俺の唇はスライム扱いかよー。お前だってあんな気持ちよさそうにしてたくせに」

 青木の言葉に、あいなさんの視線がこちらにひんやり向けられた。それはどういうことと言いたげな様子だ。

「うっ……反射的なものです。それと! キスのことは認めたな」

 こちらも一緒に叱られそうなので矛先を青木のほうに向けさせる。

「まてっ! 木戸だって男の唇の価値はどうのこうのっていってたし、さっきのは合意の上だろう」

「あんな狭い部屋で閉じ込められて、それで迫られたらノーとは言えないでしょうが」

 連絡手段あんたしか持ってなかったっていうじゃないというと、でもと青木は言いつのった。

「あんな手段取らねぇと、その……確認できなかったんだよ」

 何を、とは彼は言わなかったのだが、きっと自分の気持ちだとかそういうものなのだろう。

 しかし、ルイを相手にしたらあんなに丁寧だったのに、どうしてこう男相手だと強引になってしまったのか。本当に残念だ。

「普通、もっと言葉を交わしたりさ、デートしたりさ、そういうのしてからでしょ、そういうのは」

「でも、相手は男でダチだぞ。一緒に飯とか食べてても友達って感じから抜けられねぇじゃん」

「だとしても。だからこそじゃない? 下手したらまた男性恐怖症でちゃうかもしれないじゃない」

 一時期本当にひどかったんだからと、あいなさんはなぜか見てきたようにそう答えた。

 そう言ってしまう理由は、あの頃の写真の撮り方が微妙に変わっているからだろう。お互い忙しくて会ってはいないけれど、メールで撮った写真は送っているし、修学旅行のイベント委員の写真もごっそりと青木が持って帰っている。

「は? 男性恐怖症? お前が?」

 きょとんとした顔で青木はこちらを見ていた。何を言っているのだろうという感じだ。

「おま。気づいてなかったのか?」

 ここ二ヶ月ちょっと。青木を避けてきたけれど、さすがにこちらの状態を見てなかったのには愕然としてしまった。割とこまかく見ていけばあの頃は男子と話をするときにびくびくしていたのに気づくはずだけれど。

「でも、八瀬とは普通に話してただろ。体育も普通にやってたし。そりゃ俺が近づいたらびくってなってたけど、そんなの俺だけが嫌われてるだけって思ってた」

 ああ。視線を向ければそれだけで拒否られるとでも思っていたのだろうか。彼の視線はどうにも木戸にはあまり集中はしていなかったらしい。

「まあ、今はなんとか克服できたから大丈夫だ。おまえと一緒に体育倉庫掃除が出来る程度にはな」

 あんまりにも深刻そうな顔で黙り込んでしまったので、つい声をかけてしま。

 あいなさんはそんな木戸に、厳しい視線を向けてくる。甘やかしちゃダメとかそういうことだろうか。

「そうかっ。そう言ってもらえると助かる」

 青木は感激したのかしらないが、ぎゅっと木戸の手を掴みながらすがるような視線を向けてきた。

 もうこれくらいで許してくれと言わんばかりだ。

「いいえ、ダメです。ここは徹底的に再教育をしなきゃいけないところなんだから」

 これはもううちのしつけの問題とあいなさんは言い切った。まだ許してはあげないらしい。

「でもねーちゃん。いくら俺だって女子相手だったらこんなことやらねーし。今回だって魔が差しただけだ。相手が許してくれてるんだからいいだろうよ」

「まだ、誠意が足りない。まだしてないこと、あるでしょ?」

 してないこと、と言われてむしろ木戸もきょとんとしてしまった。

 なにかあるだろうか。

「言い訳は聞いたけど、謝罪の言葉は聞いてないってこと」

 二人してきょとんとしていたからだろうか。あいなさんはやれやれと肩をすくめながら続きの言葉をつくった。

「とりあえず、土下座でしょう、こういうときは」

 そう言われてみれば、ごめんとか、すまんかったとか、そういう言葉を青木の口からは聞いていないな。

 ぴしゃりと言われて、青木はしずしずと正座をしはじめる。

 膝をぴっちりと閉じた綺麗な形だ。なんだろうか。これから土下座いたしますという、武士のような気迫がある。

「申し訳ございませんでした。もう二度とあのようなことはいたしませぬ」

 額を床にこすりつけるとはこのようなことをいうのだろうか。人生で初めて土下座をされたけれど、なんというか謝罪がどうのというよりも、ただただ立派な土下座である。そのぴしりとした姿にむしろ感動すら覚えるくらいだ。

「ほんとね。もし約束破ったら、ルイちゃんに言いつけるから」

「うぐっ。どうしてそこであの人の名前がでてくるんだよ」

 あの人はかんけーねーだろうと、頭をあげぬまま青木は情けなさそうな声を上げる。

 恋人として付き合うというのはないにしろ、普通に会って話はしたいとでも思っているのだろうか。

 関係ないどころではなく、関係しかないのだが、青木には内緒だ。

「あんたが懲りるとしたら、その名前を出すのが一番だからよ。きっと冷めた目で、そんな人だとは思ってませんでした、青木さん、なんてちょっと引きながら言うよ」

「なっ……んなことは、ない。あのルイさんに限ってねーちゃんみたいなひどいことは言わない」

「ほほう、土下座したままそんなことを言いますか」

 ずいぶんと美化されてるなぁルイさんと思いつつ、その成り行きをほぼ蚊帳の外で見守っていると、あいなさんがこちらに視線を向けてきた。さぁどうするね、と言いたいのだろうか。

「まあまあ、あいなさんもそれくらいにしましょう。謝罪をしてもらえるなら、それでいいので」

「気合いの入った土下座だったし、る……木戸くんもそう言っていることだし、今回はこれで許してあげるか」

 仕方ないというようすをありありとだしながら、あいなさんは肩をすくめた。

 青木は土下座はといたものの、正座は崩さずにそのままこちらの顔をありがたそうに見ていた。

「まったく。今回のことに懲りて、もう木戸くんにはちょっかいかけないこと」

 ほんと面倒臭い二人だと言わんばかりに大きなため息をつきながら、あいなさんは木戸のほうに向き直る。

「それと木戸くん。こんなアホな弟だけど、できればこれからも友達でいてやってよ」

「それは……まぁ」

 確かに、いきなり唇を奪われたり押し倒されたりと、そんな相手をと思うのだが、それでも数少ない友人の一人でもあるのは確かだ。断る理由も、ここまですればないだろう。

「俺をまだ友人だと言ってくれるのか! 本当にすまなかった」

 青木は、ぱぁと顔を明るくして、手を握ってきた。

 今はもう、特訓の成果で男性恐怖は薄れているけれど、それでも体が小刻みに震えた。

「さて。そんなところで今日のお話はおしまい。結構遅い時間になっちゃったけど……ご飯どうする? 食べてく?」

「今日は遠慮しておきますよ」

 あいなさんが気楽にご飯に誘ってくるけれど、とりあえずはお断りである。

 彼女としては土曜日だから遅くても大丈夫、という前提で誘ってはくれたのだが、これ以上ここで木戸として会話をしていてぼろを出すのは嫌だ。

「それじゃ今日はこれで解散ということで」

 またあいましょーと、あいなさんに言われると、今日のところはこれでお開きということになった。 

 



「どもー。おはよー!」

「おはようございます。ちょっと早めですね」

 いつも通りに銀香町の駅前であいなさんと待ち合わせ。

「先週のこともあったから、むしろ先に待ってようかって思ってたんだけどネ」

 ルイちゃんに先を越されたか、と少しだけ残念そうにあいなさんは笑った。

「むしろこっちの方こそ。変わらぬご愛顧に感謝ですよ?」

 小首をかしげてかわいらしく笑ってみせる。今日のルイの気合いの入り具合は普段の倍といっても過言ではない。こちらだってこの一週間は実際にルイで会ったらどういう反応になるのかなぁなんて心配で仕方なかったのだ。エレナには、大丈夫なんじゃない? とあっさりと言われたし、さあたくさん撮って撮ってとねだられてしまったけれど。

「やっぱ、その格好のほうがしっくりきちゃうなぁ」

「あいなさんと会うなら確かに」

 そうですね、と一度体を回すと、少し長めのウィッグがくるりと回って背中に収まる。

 その瞬間にカシャリとシャッターを切る音が聞こえた。今までも時々、一緒に撮っていてもお互いを撮影する機会は有ったけれど、今日のあいなさんは撮る気まんまんらしい。

「さて、そいじゃさっそく、いっちゃおう」

 かしゃりとシャッターが落ちたところで、こちらは逆光の彼女の姿をカメラに納める。

 特別なことはまったくなかった。

 いつもと同じくおばちゃんと話をして、写真を撮って銀杏の様子を見て、お互い写真を見せあって、この撮り方は好きとか、こんな景色があったんだねぇなんて騒ぎつつ、気がつけばもうお昼過ぎだ。

「おどろくほどなーんにも変わらないですね」

「あはは。そりゃねぇ。あたしにとってはもう、ルイちゃんはルイちゃんだしさ。普通に一緒に撮影して、いろんなもの見せたり見せられたり、すっごい楽しいよ」

 別にルイの正体を知ってるかどうかなんて関係ない。ただそこにあるものを彼女は見てくれているのだ。

 そんな姿に嬉しくなりながらも、視線を町に向ける。

「それに、この町も。あんなことがあったから、ちょっと見え方が変わるかなとも思ったんですが」

 代わり映えしないですねぇと言うと、あいなさんはうーんとあごに手をやりつつちらりと視線を動かした。

「そうでもないよ? あそこほら」

 指をさされた先にあったのは、一軒のおうちだ。そこを改装したのか喫茶店のようなところができている。前に使ったお店とは違う新しいお店だ。こういう町でもちょっとした変化はあるらしい。

「あれ、いつのまにできてたんだろう」

「せっかくだから、いってみよっか。おお。オシャレカフェみたいな感じ」

 少しお腹もすいてきているし、吸い寄せられるようにその民家に近寄っていく。

 そんな途中で、あいなさんから声がかかった。

「あ、ルイちゃんちょい振り返ってみて」

「へ? はい」

 振り向きざまカシャリと一枚写真を撮られた。

 その写真の姿は光を浴びて楽しそうにしている女子高生の姿にしか見えなかった。

壮大なバレ話かと思いきや、おしかりのほうがメインになりました。バレに関しては偽造写真騒動のときに怪しまれていつつ、エレンの学園祭でも特につっこんでないので、あいなさん的にはそんなに気にしてないという設定です。


とりあえずあいなさんにバレたここで一区切りなのですが。ここからもお話は続きます。おつぎは珠理ちゃんのターンですが、その前に一話、時系列は前後しますが、あの話を先にいれてしまおうかと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これ、青木家についてから正体がバレてるのが判明してると思ってたんですけど。 「二月のときから練習したから、怖がらなくてもへーきへーき。遠慮せずに密着しちゃってくださいな」 ってあいなさ…
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