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621.学院の写真部の合宿10

今日は明日華ちゃんの背後からお届けです。ルイさんも出てくるのでナンバリングは付けてます。

 朝。

 ベッドに差し込む朝日に照らされると、明日華は目を軽くすがめた。

 窓際の方のベッドを取ったのは、自分の方が先に起きていようと思っていたからで、隣を見るといまだ若葉が寝息を立てているのが見えた。

 本当に、無防備な顔を見せてくれて、にんまりしてしまうのは仕方が無いことなのだろう。


「さて……ところで、我らが顧問はどこに行ってしまったのでしょうか」

 ふむ、と綺麗になっているベッドを見ながら、はぁと今度はため息を漏らす。

 これで、置き手紙で探さないでくださいなどと書いてあったのなら、もはや失踪なのだが、あの人は一応仕事はきちんとやる人だと……思いたい。


「って、なにやってるんですか? ルイ先生」

 そんな風に思っていたら、きぃ、と静かに扉が開いた。

 こそーっと中をうかがうようにする視線と目があった。


「ちょっと、朝日に照らされる合宿所を撮影してきたんだけど。明日華ちゃんはもう起きてたんだ?」

 まだ起床時間には早いんじゃない? と言われたものの、起床時間まではそんなにない。

「朝の準備がいろいろありますからね。それより、朝帰りですか? 今日の引率大丈夫ですか?」

 ちゃんと休むときは休んでくれないと困ります、というと、あぁ、だいじょーぶだいじょーぶと、緩い声が返ってきた。


「昨日の夜はぷち宴会したけど、日付が変わる前にはベッドに入ったし。四時間半は寝てるからね」

 それに、引率はするけど運転するわけじゃないから、だいじょーぶ! と何故かルイ先生はびしぃっと親指を上にあげてドヤ顔である。

 四時間半で睡眠が足りるのか、と言われると悩ましいところだけれど、この人だったらそういう生活でもなんとかなるのかも知れない。

 ゼフィロスではたっぷりとした睡眠時間を確保するのが推奨されている。

 それは成長を促すためのもので、健全な身体を維持するためのものだ。


「それで足りる物ですか?」

「普段はもうちょっと寝るけど、珍しい被写体があるときはちょっと不規則になるかな。でも、もう成長期も過ぎてるし、みんなほどは寝なくても大丈夫な感じ」

 高校生はちゃんと寝た方がいろいろいいだろうけど、となぜかルイ先生は胸のあたりをじっと見ながらしみじみそう言った。

 う。別に小さいとは思っていないけれども、こうやって凝視されると気になってしまう。


「セ、セクハラは禁止です。あんまり見られると恥ずかしい」

「別にいいじゃん。ほらほらおねーさんにたっぷりとその可愛らしい姿をもっと見せるのです」

 むしろ、撮らせるのですー! とカメラを向けてきた。

 まったくもって、やっかいな人だと思う。

 でも、ちょっと昨日と反応が違うのは気のせいだろうか。

 いつにもなくぐいぐいきてるような気がする。


「んむ……うるさい……」

「あ、若様。おはようございます?」

 むにゅむにゅと、若葉様は目をこすりながら寝起き状態をさらしていた。

 これは……これは撮られてはまずいものだ。


「ルイ先生。若は撮らないでくださいよ?」

「寝起きの顔ってみんな可愛いよねぇ。もー、初々しいというか、無防備というか」

「撮らないでくださいよ?」

 大切なことなので二回言った。

 まだ、メイクもしていないすっぴん状態で、撮られるのはさすがにまずい。

 明日華ならばすっぴんでもなんとかなるけれど、若葉はメイクをしないと女性とは見えないだろう。


「実は、寝顔はこちらにございまして」

 ほい、とルイ先生はタブレットに写真を移して見せてくれた。

「うわぁ……」

「寝顔、可愛いね! 普段からこんだけ無防備だったらもっと明日華ちゃんももてると思うんだけど」

 ほれほれ、スマイルー、と言われて嫌そうな顔をしながらちらっと見ただけで写真から目をそらした。

 まったく。許可を取らずに撮影をするなんて、ノーマナーだと思う。


「もてなくていいですし。それよりそれ、若様の顔は入ってないですよね?」

「何枚か撮ったけど、大丈夫だよ? ちゃんと女の子に見えるように撮ったから」

 ほれほれ、どーよとルイ先生は若葉様の写真をこちらに見せびらかしてきた。

「……う。確かに可愛いけど……そんな危険なもの、消してください」

「えー、いいの? なんなら明日華ちゃんにプレゼントするけど?」

 ほらほら、個人でスタンドアローンな状態で持っておけば大丈夫! とルイ先生は言い放った。

 くっ。たしかにあの若様の写真は可愛い。可愛いけれど……


「スタンドアローンで持っていたはずの動画が流出したのは、どこのどなたでしたっけ?」

「鋭いなぁ。確かにあの動画はSDカードでそれぞれ持ってたんだけど、いろんな偶然が重なってねぇ。ちなみにあたしは流出させてないからね!」

 大丈夫! うちに泥棒でも入らなければ問題なし! ときりっと言われて、あかんと思った。

「それ、泥棒が入ったら流出するってことじゃないですか。どうせルイ先生の家ってホームセキュリティとか入ってないんでしょう? だったら危ないじゃないですか」

「いちおう、母様は専業主婦だから家に居てくれるし、大丈夫なはずだけど」

「危険の種を置いておくわけには行きません……」

 削除ですっ、というと、えぇー、と不満げな声があがる。


「一体なにを話しているんです?」

 目が覚めたのか、若様が会話に入ってきた。

 髪の毛はぼさぼさで、まだ身形は整っていない。


「この人、若様の寝顔とか撮ってたんですよ! 信じられないですよね」

「えと……見せてもらっても?」

「ちょ。若様までどうしてそんな興味津々ですか……」

 危機意識を持ってください、というと、ほら、消す前に見ておくの大切じゃん、という返事がきた。

 うう。そんなことを言われたら強く言えないではないですか。


「ほら。どう? 二人の寝顔を大公開ってね」

「うわ……なんというか。自分の寝顔がこんなに可愛く撮れてるのがちょっと恐ろしい……」

「薄暗さと、月明かりと、先入観で魅せる女の子の寝顔でございます」 

 ルイ先生がドヤ顔をしている。

 どうよ、これ、消したくないよね? と言いたげな顔である。


「とりあえずこれは削除で。えいっ」

「ちょっ、ま……」

「カメラの方に入ってるのも消してくださいね。さすがに危ない橋わたってるのに、そこにヒビが入るのはよくないので」

 万難を排する必要があるのです、と若様はきりっと言ってくれました。

 なんだか、今日は凜々しく感じてしまいますね。 


「じゃあ、明日華ちゃんの寝顔も消す方向で……」

 とほほ、とルイ先生はカメラを操作しはじめた。はぁ。解ってくれたようでなによりです。

「って、明日華のもあるんなら見せてくださいよ!」

「えぇー、危険な橋は渡らないんでしょう? だったら、明日華ちゃんのだって消した方がいいんじゃないの?」

 ほれほれとルイ先生が煽ってくる。


「その必要はないと思いますよ?」

 見せてください、という若様の言葉に素直にルイ先生は先ほど明日華に見せたのをそのまま提示してみせた。

 一緒に消してくれるかと思ったのに、どうして若様の方だけ削除なのだろうかと、首を傾げてしまう。


「ああ、やっぱり。これで問題になるならみんな疑わしいことになるよ」

 明日華も見てみなと言われて、タブレットをのぞき込むことにしました。

 なんというか……自分の寝顔を見るというのはけっこう恥ずかしいものがあります。

 さっきもはずかしくて、ちらっとしか見ていないし。


「だよねー! ちょー可愛い寝顔だと思うんだけど」

 半目開いてるとか、よだれ垂れてるとかないし、まるで眠ってるかのような寝顔だよ! とルイ先生に言われて、そりゃ寝てますからね! とつっこみを入れた。反射的である。


「なんだか、明日華の寝顔ってすっごい久しぶりに見た感じがする。いっつも明日華ったら僕より早く起きるんだもの」

「若様……一人称、徹底していただかないと困ります」

 写真を見てゆるんだ顔を浮かべられると、やっぱり恥ずかしいです。


「はははっ。朝ご飯食べに行くまでには直すってば。ただ、ほんと寝顔懐かしいなって思っただけ」

 よく二人で昼寝したじゃん、と若葉様はかなり昔の事を言い始めました。

 そんなの、小学校に入るかどうかの頃の話じゃないですか。


「それじゃ、この写真は若葉ちゃんに預けるね。こっちのマスターの方は消しておくから」

 好きにするといいよ、とルイ先生から、若様にSDカードが一枚渡される。

 ちなみに、ルイ先生はこうやってSDカードをほいほい渡すけれど、データを移動させたら回収するのがいつもの習性だ。

 カード自体は破損も考えてスペアを結構持ってきているようだけれど、素直にカードそのものをあげないあたりが、なんというか、ルイ先生という生き物である。

 

「それはそうと、朝の準備はどうするのかな? ここでじぃーっと見てていいなら、楽しく見学させてもらうけど?」

「ルイ先生になら、別に見られてもいいのかなぁ。沙紀にーさんのとかも見てるんでしょうし」

「見てる見てる。でも、あの子は自分でいろいろできちゃうからさ。若葉ちゃんなら化粧台の前で、明日華さんが背後に立って、お嬢様、おぐしが乱れていますね! みたいな写真撮れないかなって思ってさ」

 っていうか、化粧台がついてる合宿所ってどうなの!? とルイ先生が変な事を言っているのだけど、もしかしたら一般的ではない設備なのかもしれない。

 化粧台といっても、お化粧をするというよりは、見た目を整えるという意味合いでの設備なのですが。


「ぼ、僕だって、明日華におんぶに抱っこという訳ではないんですよ? 自分でお化粧もできますし、準備だって……」

「若葉様。では、チェアにおかけください」

「えっ、ちょ。明日華。話きいてる? 自分でやれるよ?」

 っていうか、なにそのやる気? と反論がきたものの、かまう気はありません。

 きちんとお世話をしているところを、ルイ先生に見せびらかす気まんまんです。


「いや。その前にまず、顔洗っておいでよ。脂対策大切」

 高校生の油をなめてはあかん! とルイ先生に言われて、くぅっ、と明日華はうめき声を漏らした。

 この人はどうして、自然体で女子やってるのに、高校生男子の肌質なんかを把握しているのだろうか。


「若葉様はそこまで脂っぽくは無いですよ。あぶらとり紙は使ってもらっていますが」

「確かに、角栓ができたりはしてなさそうだけど、スキンケアはまじ大切だから」

 そのフォローはちゃんとやってくださいませな、となぜかルイ先生にぽふぽふ肩をたたかれた。

 なんだか、今朝からルイ先生の様子がおかしい。


 そんな風に思いながらも、洗面所に若葉様を誘導する。

「明日華はもう、完全に朝の支度終わってるんだ?」

「そうですよ? 主人の前で無様な姿を見せたくはないですから」

「そうかなぁ? 寝顔もすっごく可愛かったけど」

「ちょっ、若様!? なにを言ってるんですかっ」

 まったくもう、と頬を膨らませていると、水の音が流れてきました。

 洗顔に入ったので、返事はできないというような感じでしょう。


 タオルを持ちながら、ちらりと部屋の方に視線を向けると、ルイ先生がにやにやしながらこちらを見ていた。

 まったく。事情をわかってくれている協力者とはいえ、なんだかもやもやします。


「それじゃ、明日華。せっかくだからメイクお願いしちゃっていい?」

「ご自分でやらないのですか?」

「ルイ先生が、そういうのをご所望みたいだからね」

 わくわく、とこちらに熱烈な視線を向けてくるルイ先生に苦笑を浮かべつつも、そういう若様に、明日華が逆らえるはずもなく。

 お嬢様の身繕いをする従者という形で、作業をしていくことにしました。


 ここらへんは若様がお化粧を覚えるまでの間、幾度となくやっていることなので、困ることはありません。

 若様の顔が近くにあっても、特別こう、ということはないのです。

 

「もう、撮っても良い?」

「ここまでできてればいいと思うけど、どうかな?」

「あとはお髪を整えるだけですから」

 これくらいなら、問題はないでしょうと言った途端、シャッターの音がカシャカシャと鳴り始めました。

 まったく。本当に困った人です。


「今日も一日よろしくね、明日華」

「はい、若葉様」

 けれど、若葉様はあまりそのカメラの音を気にした様子はなくて。

 ただ、いつも通り。鏡越しにそう挨拶をしてくれただけでした。

 それは、どこか儀式めいていて。

 今日も一日、彼のサポートをしっかりやりたいと思わせられるものです。


 シャッターの音は気になりますが、まぁ、諦めて若葉様の姿がきちんと美しく見えるように。

 それだけを考えて、櫛を通すことにしたのでした。

 さて。ルイさんがなにげにぐいぐい行くよってことで。

 さっそく、明日華さんへずけずけと、やりたい放題でございます。

 え、いつも通りじゃねって? これでもいちおう今までは遠慮してた……はず。


 しかして、寝顔です。 

 明日華さん的には、写真に撮られること自体がちょっとした鬼門なのですが、無防備な寝顔なんてさらに輪をかけて苦手だろうなぁなんて思ったわけで。

 それが大丈夫ってことになれば、自信につながるんじゃないかなと思ったわけです。

 まずは一歩目、といったところで。


 次話は朝ご飯と、町中散策の予定です。

 二泊三日……なにげに長いな!

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