618.学院の写真部の合宿7
ぐぬっ。お酒やめてちゃんと書こう。そうしよう。
「では! 一日目午後の撮影会をはじめます! さんざん言っていますが」
びしっと部長さんが視線を向けるとその部員さんは、こくりと頷きながら、続きを答えた。
「グループ行動は徹底。事前の申請の他の場所にはいかない」
「あとは、ナンパされても断ること、だね!」
「ルイ先生も写真撮らせてあげるからついておいで、とか言われても乗らないようにお願いします」
しれっと付け加えられたのは、明日華ちゃんからの一言だった。
あー、それは心配かもー、と他の生徒たちも笑い混じりにうなずいている。
うう。あめちゃんあげるからついておいで、といわんばかりの相手にはついて行きませんってば。
「でも、ほんと決められた範囲外にはでないでね? どこでなにがあるかわからないし」
みんな可愛いから、どこでなにがあるかわからないのだぜ! と言うと、みなさんは、ルイせんせーにかわいーって言われたーと、きゃーと声を上げた。
そしてそれぞれのグループに分かれて移動開始。
ルイはタブレットでそれぞれの位置情報がきちんと表示されていることを確認した。
今回の合宿では、個別活動になることがあるということで、学院側から提示された条件の一つとしてGPSでの追跡というものがある。
決められた範囲の外にでていないか、予定と違うところに行っていないか、という理由で付けているもので、例えばエリア外に出てしまった場合は、電話で確認を取るというような監督責任がルイにはあった。
ルイとしては、写真部の子達が、というかゼフィロスの生徒がそんなに破天荒なことをするとは思っていないのだが、万全をというのが学院の意向なのだった。
大切な生徒を預かっているとはこういうことである。
「ルイ先生。写真を撮るのはかまいませんが、そっちのチェックも定期的にやってくださいね」
「わかってるよ、明日華ちゃん。それにこの学院謹製のアプリって指定範囲でたら、アラートでるんでしょ?」
「アラートはでますが、範囲を出ないでも別のところに行っている可能性もありますから」
ちゃんと引率してください、と明日華ちゃんに言われて、はいはいと答えておいた。
ううむ。そこまで信用がないだろうか。
「それより若葉ちゃんは本当に外に出なくて良かったの? 合宿所周辺の撮影で」
「わざわざ外に出て一般の人に絡まれるのはいやですから」
「ほほう。若様はご自分がどれだけ愛くるしいのかを理解していらっしゃると?」
ナンパされる自信があるとは、なんと、と明日華ちゃんは驚いたような声を上げた。
「案外、若葉ちゃんは声をかけられると思うよ? 沙紀さんみたいなのだと逆に高嶺の花すぎて手がでないけど、こう、可愛いけど可愛すぎないっていうのが、とても良い」
「そういうルイ先生のナンパ経験は?」
「痴漢経験ならあるけど、ナンパは……まあ数えるほどかな。最近はテレビとかでちょっと名前が売れちゃってるところもあるし」
そもそもあんまり都会にでないから、ナンパの回数というのは実はそんなに多くないルイさんである。
イベントだとまずそういうことより、撮ってくださいの方が多いし、仕事で都会に行くことがあっても、カメラを持っているとそうそう声をかけてこない。
声をかけてきたところで、すみません、いまはカメラが恋人ですとか言うと、大抵は残念そうな顔をして帰って行ってくれる。しつこい場合は、撮りますけど? とカメラを向けるとちっ、とかいいながら帰って行くものである。
「しかし、若様がナンパなどを受けたら、カチンコチンに固まりそうですね」
「ううっ。だってそうでしょう? その……私は、アレなんですし」
「自称アレなルイ先生は、さらっと対応しています。対応力が必要かと」
「それは、ルイ先生がアレだからっ!」
「それ、あたしがおかしいって言ってんの?」
あわあわと若葉ちゃんは慌てながらも、ルイ先生と一緒にするなと抗議している。
ちなみに、最初のアレと、ルイ宛てのアレは別の意味である。
「ルイ先生がおかしいのは既定路線として、若葉様は学院に残る決断をしたのですから、それなりなスキルを獲得していただかなければ」
「いいんです。どうせ鹿起館と学院の往復ですから。ナンパされる要素なんて一ミリもないですから」
「そうですか? 最近は彩さんと外にお買い物に行ったりとかしてるではないですか」
「それは、彩さんがぐいぐいと来るからであって」
これでもショッピングとか結構怖いのに、と若葉ちゃんは不満そうだった。
ま、彩ちゃんはあのよーじ君の妹であるからして、というかエレナの影響を割とうけているから、ぐいぐいと行っているのだろうと思う。
別にお買い物くらいどうってことないのでは? という感じである。
「彩さんもあれで可愛らしいですし、二人で出かけたらきっと道で声をかけられますね」
「なんかマンガとかでありそうな展開かも」
「そこで颯爽と、俺の彩に手を出すなっ! とか言ってしまうわけですよ」
「って! なにそのねつ造! いくら明日華でもそれは怒りますよ」
俺のってなに……と、若葉ちゃんは不満そうである。
「いえ、女装マンガのテンプレですが? 女友達だと思っていた相手に、かっこよく助けられて、ぽっとしてしまうのです」
「あー、そういうの友人から見せられた事あるなぁ」
「最初のうちは、女の子同士でこんな気持ちなんて……とかベッドの上でごろごろして、相手の名前をつぶやいてドキドキが止まらないのです」
「それ、私と彩さんの間では成立しないのでは……」
なに馬鹿なことを言ってるんですか、と若葉ちゃんは深いため息をついた。
「知っていると解っているの違いは結構あると思うよ。案外かっこいいところとか見せたら彩ちゃんもどうなることやら」
「そんな事言ってないでさっさと撮影に移りましょう」
ルイ先生が撮影そっちのけでこっちの話に乗るとか思いませんでした! と若葉ちゃんはぷぃとそっぽを向いて庭の方に出て行ってしまった。
「馬鹿なこと、でもないんですけどね……」
そして取り残された明日華は悩ましげにそうつぶやいていたのだった。
「うはぁ……こんなに写真撮ったの初めてかも」
「一日百枚くらいならまだまだだと思うのだけど。明日華さんもまだまだいけるでしょ?」
「若様は躊躇しすぎなのです。今のご時世いくらでもシャッターを切れるのです。厳選して撮ろうとか考えず、ばーっといけばいいのですよ」
「一理あるけど、将来的にはコレって瞬間をしっかり抑えられて欲しいかな」
合宿所の庭と館内を一周して、ルイはほくほく顔をしつつ、教え子にそう伝えた。
デジタルなので、練習中は本当にばんばん撮っていける時代なのである。
今のうちは、気になったところ、気に入ったところはどんどん撮って欲しい。
でも、その中でさらにこれぞというところを絞れるようになってくれるといいなと思うのは、あいなさんの教えがそうだからだろう。
やはりベストショットというものは、その瞬間なり、作り上げたその瞬間だろうと思うからだ。
「それの品評会はあとでやるとして、あとは、食堂の外側だね」
うん。これは楽しみだ! というと、明日華さんがちょっとうつむいて歯切れ悪そうに言った。
「そこ、行かなければなりませんか?」
「いちおうは、一周しようよって話だし、ルートは生徒さんにおまかせして、あとは最後はここなんだけど?」
ん? と首を傾げながら、ルイは怪訝そうな顔を浮かべた。
今回の合宿は生徒のためのもの。
それをいちおう踏まえているルイは今回は引率として、若葉と明日華にどこに行くのかを任せていた。
ここ! ここはもうちょっと! もうちょい撮らせて! とか言って白い目を向けられたことはあったわけだけど。
それは、ほら、学院生二人には理解できない美しさに出会ってしまっただけであって、夢中になるのはしかたがないのだ。
「どうして、ここが最後なのか理解に苦しむかな?」
「ああ、食堂のテラスの先でしたっけ? えっと、明日華。なんでここ最後なの?」
計画の全般を決めていた明日華さんに、若葉もいぶかしげな声を向ける。
お昼ご飯を食べている時に見えていた景色なのだから、外からも撮りたいと思うのが当然の反応のはずなのに、明日華ちゃんはわざわざここを最後に持ってきたのである。
「特に意味は無いですが……花壇があるだけの風景を撮るというのはどうなのでしょうか」
「お花の風景は被写体として十分素晴らしいものだろうと思うのだけど」
「ですよね。私も花壇は撮りやすそうだなと思っていました」
さて。テラスから見えた景色というのはもちろん庭なわけだけれど、そこには一つの特徴があった。
それがこれから行こうとしている花壇で、そこはテラスからもだいぶ目立つところなのだった。
「あ、やっぱりこうやって見ると、黄色くて大きくてすごいですね」
「そうですね、若様」
「見事なひまわり畑って感じだね」
うんうん。ゆっさゆっさ揺れて、おっきいねぇとシャッターを切り始めると、明日華さんはぷぃっとそっけない反応を返すだけだった。
うーん、ひまわり好きじゃないのかなぁ。
「ルイ先生ならこういうのはどうやって撮ります?」
「んー、まあ、ひまわりそのものを撮るってのは一つだけど、主役なのか背景なのかってのは考えるかな」
「主役と背景、ですか?」
首を傾げている若葉ちゃんにほれ、とりあえずひまわりの前に立つがいい、と誘導しつつ、一枚撮影。
保存するかどうかは若様次第であるけど、まあ無難なのが仕上がったと思う。
「こんな感じで、背景として撮るってのが一つ。主役を映えさせるために使うっていう感じ」
ほら、夏のお嬢様って感じですよ、というとお嬢様……と、若葉ちゃんはがっくりと肩を落とした。
ここらへん、沙紀さんなら余裕でありがとうございますって言い切るんだけど、ちょっとまだ若様にはハードルが高いようである。
「あとは素直にひまわりが主役。こいつをメインに据えてどう撮ろうかって感じかな」
いろいろ方法はあるけど、そこらへんは自分で見つけてみるといい、といいつつルイはシャッターを切り始める。
とりあえず、自分で撮りたいのは抑えておきたいところなのだ。
「じゃあ、ひまわりを楽しそうに撮ってるルイ先生を撮影ということで」
カシャリと音が鳴った。その相手は明日華さんかと思ったら、若葉ちゃんだった。
さっきのお返しと言わんばかりである。
「明日華ちゃんも良かったら撮影しない?」
「いえ……私はちょっと」
じぃっと、ひまわりに視線を向ける若葉ちゃんを明日華さんは見つめていた。
なにか思い詰めたような、そんな顔。
「えいやっ」
「えっ、ちょ」
カシャっとカメラを向けると一枚撮影。
明日華さんは撮られたことを自覚して、驚きの声を上げた。
「アンニュイな明日華さんをゲット! これは大事に保存するしかありますまい」
「……消去してくださいませんか? 特別面白い写真でもないでしょう」
「面白いかどうかは、あたしが判断することだよ?」
美人さんのちょっと影がある顔とか、一部で大人気なのですというと、一部ってどこ!? とつっこまれた。
ちょっとだけ元気が戻ってきたようだ。
「まあ、あれだね。ひまわりが嫌いなら別にテラスのほうとか建物を撮っておくとかもありだし、好きにするといいよ」
誰しも苦手なものはあるものだから、というと、うぅ……とちょっと不満げな声が漏れた。
ふむ。なにか思うところがあるようだ。
「こっちはこっちで好きにやるからね」
もはやしばりプレイなど、写真部には存在しないのですといいきりながら、ひまわりを主役にした写真を撮ることにする。
その背景にはぼんやり明日華ちゃんも入っていたりはするのだけど。
彼女は相変わらず、浮かない顔ばかりを浮かべていたのだった。
さて、一日目撮影会ですが、やっぱりメンバーとしてはこのお二人と同行です。
若葉ちゃんはそこまでアウトドアになれず、そしてそんな若様のもとを明日華さんが離れるわけがないということで。
夏、花壇、ひまわり! ということで夏の風物詩ですが、だからこそいろいろな思い出を持つ人もいるよね、という感じで。そこらへんはこの旅の中で明らかになる予定であります!