615.学院の写真部の合宿5
「さぁ、ついたよ。どうだい? うちの合宿所は」
「……なんと……美しい」
車から降りてその建物を前にして、ルイは一人その偉容に興奮を隠しようもなかった。
だって、その前にあるのが歴史がありそうな立派な洋館なのだもの。
感じとしては、ゼフィロスの寮である鹿起館と同じような雰囲気の建物である。
西洋建築の雰囲気が入り、おそらくここから派生してペンションというものの外観ができていったのではないか、と思わせるくらいに。
「それじゃ、荷物中に運びましょうか」
「って! みんなドライ!? えっ、このお屋敷みて反応ないの!?」
さらっと合宿所の外観を流す部員さんたちにルイは一人なんでーと、驚いたような声を漏らす。
そう。この建物を前にいつも通りだなんて、教え子たちはあまりにもドライすぎるのである。
「そりゃまあ、パンフレットで見てますし。入学したら施設紹介っていうので内部についても事細かく」
「実際に来てみておぉ、とは思いますけど、それよりは中に入ってゆっくりしたいと言いますか」
腰を落ち着けたい願望の方が強いのです、と言われてそんなもんかと思いつつ、それでも外観の撮影はこなしておく。
三日間あるわけだから、もちろんあとでも撮れるんだけど、そこらへんはいつでも撮りたいのがルイさんである。
「じゃあ荷物持って中に入りましょうか。そうだ、母様。今日は確かほかに二組でしたよね、使用者は」
「ええ。部屋数の問題もあるからね。それとお風呂は決められた時間を守ること。ま、明日香は従業員用を使ってもいいけれど」
「そこは、若葉様とご一緒しようかと思っています。場合によってはルイ先生も一緒に」
「……若葉様とルイ先生を一緒にいれるって、大丈夫なの?」
ちらっと志農さんがルイを見つつ、不安そうな声を上げる。
今までその話は聞いていなかったらしく、若干驚きも混ざっているような感じである。
「結構大きなお風呂ですし、ルイ先生も一人であそこを占領しようとは思えないはずですから」
なんせ、根っからの貧乏性なので、とちらりと明日華さんがルイを見ながら言う。
うっ。確かに広いお風呂に一人きりって、こんな贅沢していいのかなとは思うけれども。
「貴女がそういうなら、まあいいけど。くれぐれも若様をいじめないようにね?」
これで性格が歪んだとかだったら、奥様達に申し訳がたたないからとおばさまはジト目で明日華ちゃんを見る。
この反応を見るに、彼女はルイの秘密をしっかりと守ってくれているらしい。
必要最小限の範囲では、伝えていいとは言ってあるんだけどね。
「それじゃ、荷物を運び込みましょうか」
「そうですね。とりあえずゆっくりしたいところです」
長旅で疲れが出ている子もいるのか、そんな声が漏れた。
わーい、しんかんせーんとなっていたのはルイくらいなものなのである。
そんなわけで、玄関に入るとエントランスはやはりかなり豪華な作りになっていた。
二階まで吹き抜けの開放感のあるところで、そこに二階への階段が付けられている。手すりは飴色になっていて歴史を感じさせるところだ。
もちろんそこも撮影。
とても素晴らしいお屋敷である。
「ようこそいらっしゃいました。写真部のみなさんのお部屋は右手側奥です」
「部屋割りはもう決めてあるよね? だったらおばさんはここいらでいったんお別れです」
うちの娘をよろしくね! といいつつ志農さんはビニール袋片手に従業員用のスペースの方に歩いていった。
ちょっと明日華さんがちょ、母様っ、とか恥ずかしそうに言っていたのを撮ると、なんでこれを撮るんですかぁと、むっとした顔を向けられてしまった。
ちなみに、若葉ちゃんはそんなやりとりを見つつも、合宿だ……とこれからの女子会に対しての不安が表にでているようだった。
「では、ここからは当合宿施設を管理しています、桜木が案内させていただきます」
さぁどうぞ、とまるで旅館のような対応をされてしまっているけれど、ここは高校生のための合宿地である。
ううむ。ルイとしての学生の合宿というものは、なんでも自分でやるという感じだったのもあって、こういうのはかなり新鮮なものである。
「こちらは桜木さんと他にはスタッフの方はどの程度いらっしゃるのですか?」
「ああ、たしか、ルイ先生……でしたか。ここの管理は夏場は志農さんにも入ってもらって四人で回しています。とはいえ、基本的には部屋の管理とご飯の準備がメインですからこれくらいの人数でもなんとかなるんですよ」
夏場を過ぎると三人になるんですけどね、と彼女は言った。
ふむ。確かに合宿の人気の日程は夏に集まってるといっていたから、夏休みが済めばここもしばらく暇になるのかもしれない。
そもそも、学生さんは学校に通うわけで。
よっぽど連休があるときだけとかしかお招きをするということができない。
「二学期が始まったらがらんとしてしまいそうですね」
「はい。その時期は定期的な掃除や、改修作業にあてています」
「これだけの施設を学校のお休みのときしか使わないっていうのも、ちょっともったいない気がしますね」
「そういわれるとそうですね。すっかりその生活に慣れてしまったので、万全の状態に整えておこうという気持ちの方が強いといいますか」
メンテナンスを行うこともお仕事ですから、と桜木さんは言うけれど、うーん、やっぱりもったいないなぁと思ってしまう。
これくらいご立派なところだったら、一般に開放しても結構いいお値段がもらえるのではないだろうか。
そうなると、合宿地よりは宿泊所になってしまうわけだけれども。
「あ、つきましたね。こちらの三部屋がみなさまの宿泊場所になります。そしてもう一部屋がセミナールームですね。食堂の話は……お伝えした方がいいでしょうか?」
「大丈夫です。パンフレットも見ていますし、母からも聞いていますから」
「って、ちょ明日華ちゃん! そこは部長である私が答えるべきところだと思うんだけれど」
もー、明日華ちゃんは行動が早すぎだよ、とぷぅと部長さんが頬を膨らませた。
ちょっと、可愛かったのでそこも一枚抑えておく。
お嬢様らしからぬ写真の完成である。
「あはは。さすがは志農さんの娘さんですね。では、料理の時間はお伝えしたとおり。明日の昼食は外で召し上がるということでよろしいですね?」
「はい。せっかく遠くまで来たのですから、いろいろ散策もしたいので」
部長さんがそういうと、では、あとは若い人達でごゆっくり、と桜木さんはそんな挨拶をしてエントランスの方に戻っていった。
ちなみに、ここは希望すれば三食すべて用意してくれるとのことだけど、外出する場合はあらかじめ伝えておくというシステムになっている。
食材の準備もあるし、人数がわかってないと対応できないというのもあるからね。
外の散策に関してはある程度行動予定がもう学校側に提出されていて、それを元に動くという感じ。
修学旅行の班行動とかに近いだろうか。
移動は近場なら徒歩だけど、少し遠出をするということであれば車を出してもらうこともできる。
そこらへんは事前申請で、写真部が使えるのは明日一日だ。
もしかしたらまた、志農さんが運転してくれるのかもしれない。
え、ルイさんじゃあんなでっかい車は運転できませんよ?
「それでは、決められてるとおりの部屋に荷物を置きましょう。というか、ルイ先生も同じ部屋で本当にいいんですか?」
割と他の部活だと先生は個室を使うことが多いのですが、と部長さんは首を傾げた。
このやりとりは計画段階から何度かあったことだ。
通常、合宿の場合は生徒だけでわいわいやるというのがあるので、引率者は教師専用の小部屋を使うことが多いようなのだけど、それは年があまり離れていないルイとしては一緒でいいんじゃないの? ということになったのである。
「まあ一人だとさみしいしね。セミナールームでまったり話をしたあとに部屋にすぐに着ける方がありがたいよ」
それとも生徒さん達だけで秘密のお話でもしちゃうのかな? というと。
「せっかくの旅行ですから普段はしない話とかもしたいですけど、それにルイ先生が混ざっても別にかまわないというか」
「ですです。先生なら恋愛禁止ー! とか口酸っぱく言わないだろうし、気になる異性の話とかも一緒に盛り上がれそう」
って、ルイ先生同性のほうがお好きなんでしたっけ? と一年生がちらっと言った。
「その件はノーコメントです。それに例えそうであっても生徒に手は出しません」
せっかくの収入源なのにっ! というと、せんせー世知辛い……とみんなに言われてしまった。
うう。だってゼフィロスのお仕事って月二回やってるけど、割とよい収入源なのですよ。
コンビニでのアルバイトの二倍くらいは時給でてるんじゃないだろうか。
「でも異性への興味みたいなものは一般的な高校生ならみんな持ってるものだから、あたしはとやかく言わないってのは確かだけどね」
生活指導の先生とかってわけでもないし、写真の撮り方のことでしか注文はつけません、というと、はーいとみんなから明るい声が漏れた。
「じゃ、とりあえず三十分くらい自由時間で、その後セミナールーム集合でいいかな? 部長さん」
「はいっ、それでOKです。お昼まで一時間くらいはありますし、今回の合宿での目標みたいなの話し合っておきたいです」
みんなも現地に来て、撮りたいものとか目標とかちゃんと考えておいてね! という部長さんの号令にみなさん返事をして、それぞれ指定された部屋へと入っていった。
「きんっちょーしたぁ……」
あーうーと、若葉ちゃんがベッドにぺったりと沈み込んだ。
ぱたんと扉を閉じたのをしっかり確認してからだったりするあたりはさすがは一年半も女子校生活をしているだけはあると思う。
ちなみに部屋にベッドは四つ並んでいてそのうちの一つを占領する感じでのダイブである。
「はしたないですよ、若様」
「だって、明日華のお母さんがいるとは思わなかったんだもん」
「それは私も驚きましたけど……でも逆に事情を知っている人がスタッフに居るのは助かると思いますけど」
「お風呂とかある程度制御してくれるだろうっていう期待だったり?」
あ、この部屋、シャワーだけなのね、とそんな二人のやりとりを聞きながら、ルイは部屋の物色をしていた。
せっかくの旅行では、まず宿の部屋をチェックするのは楽しみの一つだ。
ベッドが四つという話はしたけれど、そちらの他にはトイレとシャワーが付けられているのと、洗面所は割とスペースをとってるようだった。さすが女子校の合宿所である。
そして部屋に小さな冷蔵庫とハンガーラックが置かれている。テーブルは横に長いカウンターみたいなのに椅子が4つ並んでいるような状態だ。
ビジネスホテルの部屋をちょっと多人数向けにしたような感じだろうか。
ちょっと違うところは、部屋にテレビがないことだろうか。
セミナールームの方には付けられているのだけど、各部屋には設置がない。
ここらへんは、勉強にきているのだからテレビは見ないようにねというような配慮なのかもしれない。
「そうですね。お風呂の時間は厳守ですから、他の部活の子とはかち合わないと思います。あとは……写真部内での話ですね。若様の背中の傷の話はしていますが、彩さんみたいなこともありますから」
「あー、お風呂に押しかけてきたよね、あのときは」
まあ、よーじ君の妹である彩ちゃんは、最初からちょっとずつ疑っていたから、そういうのがまったくない写真部の子達なら傷の話で遠慮してくれるだろうなというようには思う。
「最悪、部屋のシャワーでもと思うのですが……」
「周りがせっかくだから入ろうよ! って言ってくるのです」
「まあ、そりゃね。貸し切りみたいな感じにできるなら是非とも入った方がいいし」
「生理が来たことにして、シャワーだけにするのも手ですけど、若様にその嘘が言えるか甚だ疑問ですし」
「ちょ、明日華っ、生理って……」
何言ってんの!? と若葉は顔を赤らめる。
デリケートな問題なのにどうしてそんなにするっと言うのかこの子は、という感じだ。
「初々しいなぁ。女装潜入テンプレだなぁ」
「プールをサボる口実に使うやつですね」
「そうそう。もじもじしながら先生に、その……あの始まっちゃって、とかいうやつ」
うんうん。テンプレテンプレ、といってあげると、ルイせんせーまで!? と若葉ちゃんは恥ずかしさから愕然としたような顔に変わってしまった。
「っていっても、生理現象だからね? 勝手に月に一回起こることだし、別にそんなに恥ずかしいことじゃないじゃない? って友人も言っていたよ」
ま、あたしは経験してないけどねー、というと、へ? え? と若葉ちゃんは混乱したような顔を浮かべた。
あれ。散々若葉ちゃんには実は男ですよって言ってあるつもりだったんだけども。
「まあ、悩み始めると熱がでますから、とりあえず荷物の整理だけしてしまいましょうか。ハンガーに掛けるべきものは……制服の上着くらいでしょうが」
そのまま寝てるとしわになってしまいますよ、と明日華ちゃんは若葉ちゃんに声をかける。
できの悪い妹を叱る姉という感じである。
「ルイ先生は……カメラ機材のチェックですか」
「まあね。今日は三脚とかも持ってきたから、集合写真もばっちりでございます」
いっぱい撮ろうね、というと、ぐむむと明日華さんは表情を曇らせた。自分も撮るんすか? 撮られるんすか? というところだろうか。
別に撮られても違和感はないんだけどなぁ。
「明日華ちゃんはあれだね。撮られる練習した方がいいかもね」
ゆるーく行きましょうよというと、はぁーと深いため息が聞こえた。
若葉ちゃんのお守りもしながら、写真も撮られるのかというような感じだろうか。
でも、二人で撮りあいっこするのは楽しいと思うんだけれど。
そんなことを思いながら、とりあえず生活で使うアイテムだけはベッドの脇の小さなテーブルに置かせてもらった。
これから三日間。ここが我らのおうちとなるのである。
合宿所に到着! 軽井沢の別荘地にでーんとある施設は、ハイカラでございました。ルイさんたちが行った合宿所よりはもっとハイソサエティな感じでございます。
そして部屋にはシャワーしかない! という感じで、お風呂タイムも楽しみにしてるところです。
合宿所でごはんがちゃんと出てくるのは、さすが……であります。