613.学院の写真部の合宿3
「さて。座席も戻したし、そろそろ到着ですね」
新幹線での談笑は話が尽きることもなく続き、気がつけば到着のアナウンスが鳴っていた。
新幹線なんて乗り慣れていないルイさんとしては早めに動いた方がいいのかなと思っていたのだけど、みなさんはどっしりしていて、アナウンスは五分前くらいに流れるから焦らなくても大丈夫ですよ、なんて言われてしまった。
とりあえずトランクだけは棚から降ろしておくだけして、到着を待つ。
しかも、一番端の席でもあるので、出入り口まではすぐである。
まあ止まる前には並んでないと、乗ってくるお客さんたちと鉢合わせになっちゃうから、そこまでゆっくりもできないのだけど。
「あたしは初めてなんだけど、みんなはこの町って来たことあるの?」
「新幹線でってのは初めてですけどね。別荘があったりするので、幼い頃に何度か」
「別荘……」
なん、だと、と固まっていると、うちの学校ではよくあることです、と明日華さんに言われてしまった。
そう言われると、この町はかつて別荘地として有名なところだったわけだし、夏の間に避暑にくるなんていうことがあっても、そうおかしい話でもない。
「今は、巨大ショッピングモール目当ての人が多いんでしょうけど、それは駅の場所というかなんというか。旧軽井沢の方がお洒落なお店も多いし、可愛いですよ?」
昔は撮影って意識してなかったけど、あそこは是非とも撮ってみたい、と彼女は言った。
いちおう今回は合宿所を中心にするけれど、町の方の散策スケジュールも入っている。
撮影はどこでもできるので、せっかくだからいろいろなところに行こうということになっているのだ。
ショッピングモールは今回はルートから外している。
「時間もたっぷりあるから、じゃんじゃん撮ろうか」
ほい、若葉ちゃんもね、とぽんと背中を叩くと、はーい、とちょっと弱気な声が漏れた。
たっぷり電車でおしゃべりしたというのに、まだガチガチである。
「若は若のペースでやればいいのです。こんな変人と歩調を合わせる必要などありません」
「その点はまぁ、多少は理解するけれども、それでもとりあえずうつむかずに前を見ろって感じかな」
お、止まった! ホームへの到着もかっこいいねぇ、とほとんど振動がない停車にルイはわくわくする。
扉が開くと、みんなでホームに降りた。
ホームは普通の田舎の駅とは違って防護柵がしっかりと付けられていて、電車が来て乗り降りするときだけあく仕組みだ。
なんだか二重扉みたいな感じである。
物珍しそうにそれを撮っていたら、都会なら普通の駅でもこういうのありますよ? と部長さんに苦笑を浮かべられてしまった。
うぐっ。
だって、物珍しいんだから、仕方ない。
とりあえず、電車が次の駅に向かって、それを見送りながら閉まる防護柵も撮っておいた。
走り去る電車とか、締まりかけの防護柵も撮れたので満足である。
あとでみんなに見せたら、あんまり珍しくもないと言われそうだけれど、それはそれである。
「それで、部長さん。待ち合わせはどっち側だっけ?」
「ショッピングモールがないほうですね。えっと……人数は問題なしと。それじゃ、みんな移動しようかと思うけど、お手洗い行きたい子居る?」
「お花摘みじゃなく、普通にお手洗いなのか……」
おぉ、とちょっと感動していると、ひっかかるところ、そこですか、と明日華さんに言われた。
でも、沙紀ちゃんとかお花摘みとか普通に言うのだもの。
「合宿所まではそんなに離れてませんよね?」
「大体十五分くらい……かな。でも、途中でスーパーに寄るので、お買い物してからになっちゃうかな」
「スーパーでお手洗い行けば良い感じだと思います」
そんなに切羽詰まってないので、とみなさんはあけすけにそう言い切った。
ひぃと、一人なぜか若葉ちゃんが顔を赤らめているのだけど、トイレに入るのはいいけど、目の前で女の子だけの話をされるのが恥ずかしいとかそういう物なのだろうか。
別にトイレはトイレじゃん。沙紀ちゃんにも言ったけれども。
「それじゃー、そうしましょうか。お迎えの車には時間は伝えてありますし、もう来ていただいていると思いますので」
「駅の撮影はしないの?」
「……スケジュール的にそこはちょっと」
撮れて2、3分と思ってくださいと部長さんに言われて、はーいとしょんぼり答えた。
初めて来る駅の駅舎である。
しかも新幹線のところである。
どこがどうつながっていてとか、正面はどうなっていてとか、撮りたいポイントはいっぱいあるのである。
「ルイ先生がここを撮り始めたらそれこそ、半日ここで足止めです。2、3分が正解かと思います」
「半日はさすがに撮らないよー。せめて十五分くらい?」
「反対側からこちらに来るまでで普通にそれくらいかかると思います。端から端まで撮りますよね?」
にこりと明日華さんに言われて、うぐっと言いよどんでしまった。
まあ、こちら側を撮ったのなら反対にも行きたいというのが人情というものだろう。
「でも、何枚かは撮るからね?」
特に、迎えの車が遅れたりとかしたらね! というと、ほんと困った引率ですね、と明日華さんにジト目を向けられ、そして他の部員の子たちからは、ここまで好きだからあの写真ができるんですねぇと、ほんわかされてしまった。
そしてエスカレーターを降りて駅の改札に向かう。
とりあえず、その風景も一枚抑えておく。
部員さんたちがきちんと入るような形のも何枚か抑えておいた。
一瞬止まってばばっと撮影した感じ。さすがに歩きながらだとブレる可能性だってあるので。
その後、少し早歩きになってみなさんに追いつく。
改札を出ると、左右に大きな通路が広がっていた。
左側に進んでいけば北口に付けるはずである。
ちなみに人の流れは圧倒的に右側の南口なのだけど、そちらはショッピング目的の人達が集まっているのだそうだ。
かなりの大規模なところらしく、明日華さんからは遠くから撮っても全貌は写しきれませんよと言われてしまった。
なら、ドローンで上空から! といったら、はいはいとあっさり流されてしまったのだけど、それくらいどうやら大きい施設なのだそうだ。
そこに人が入るということであるなら、圧倒的にそちら側に流れるのは当たり前といってしまっても良いようだった。
「それじゃ、みんなこっちについてきてー!」
「はーい」
先頭は部長さんに任せつつ、一番後ろを臨時顧問であるルイと、副部長の明日華さんがフォローする。
みんなそれぞれしっかりと荷物を持ってきているようで、割と大きめなキャリーバックを引きずっているところだ。
ガラガラと音はなるけれど、周りの人も同じような音を出しているので、騒音とは思わないようにしようかと思う。
「あ、お迎えちょっと遅れるって連絡来ましたね。あと五分くらいでつくよ、だそうです」
「おっ。ということは撮影タイムかな?」
「あはは。ほんと、ルイせんせーはブレないですね。でも、どういう写真を撮るつもりでしょうか?」
部長さんに苦笑を浮かべられつつ、迷い無くそれに答えた。
「もちろん、駅の出口を背景にみんなの集合写真と、あとは、あっちのデッキのほうから山を見つつのみなさんを一枚で!」
これは抑えるでしょ! とドヤ顔で言うと、たしかにー! とみんなはとてとて駅の外にあるウッドデッキの端に寄ってその景色に目を奪われていた。
うん。確かにこれは壮大といっていい景色だろう。
ひたすらに横に広がる山々と、その緑が右から左までずらっと広がっているのである。
あとはレトロな町並みといえばいいのだろうか。
一段高くなっているからこそ、見晴らしはとてもいい。町に高い建物がないのもそれに一役買っているのだろう。
「それでは撮りましょうか!」
「って、もう、何枚も撮ってるじゃないですか」
「それはスナップというものだよ?」
さて。みんながとてとて行くところも撮ったわけなのだけど、思い切りそこらへんは突っ込まれた。
でも、それは気にせずに、みんなを並ばせる。
中心はやっぱり部長さん。そして端っこには若葉ちゃんというのは定位置で、他はそのときで適度に変わる感じの並びである。
「それじゃ、おいでませ、合宿地、というわけで」
パシャリとシャッターを切るとそこには女子高生の集まりという感じの、本当に無邪気で可愛らしい姿が写し出された。
そして、もう一枚。
今度は駅舎側を背景にして、やってきました! という感じでみんながばっと駅名のところに片腕を向ける。
メインはやってきた子達よりもその場所という感じのアプローチなのだけど、みんなが楽しそうっていうのもよく伝わってくる写真である。
「あ、到着だそうです。名残惜しいでしょうけど、そろそろデッキの下に向かいましょう」
「了解」
お迎えが来たということで、撮影会はそこで終了。
みなさんは、どんな合宿所だろうねーなんて言い合いながら歩き始めた。
ルイはそんな後ろ姿を当然一枚抑えておく。
飾った姿と、ラフな姿。両方ともを撮るのがとっても楽しみなのだ。
そして。
「よい合宿になりますように」
自分が楽しむのは当然のこと。教え子達がよい写真と巡り会えることをちゃんと願うルイなのであった。
合宿地はどこにしようか! ということでお嬢様ならここでしょう! なあの町を設定してみました。
え、おまえ行ったことあるのかよって!? 駅に降りたの三回くらいですね!
あとは、駅前の風景とかはストリートビューさんのお世話になりました。
正直、旧軽井沢の方は車で通過しただけとかなので、そこもストリートビューさんのお世話にならないとですね。しかして、彼女たちが向かうのは架空の合宿地なのです。
別荘地が並ぶあの木々の間にあるところでございます。