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065.

今回は少し強引なキスシーンがあります。苦手な方はお覚悟を。

 土曜日の午後。さっさと撮影にいこうとしていたところで体育教師につかまってしまった。

 体育倉庫の整理を手伝ってくれれば、体育サボっても目をつむるなんて言われてしまったのだが、教師にそう言われて断れる生徒がいるだろうか。正直撮影の時間が奪われてしまってげんなりする。

 しかも。隣にいる相手がよりにもよって。

「あんにゃろう。よりにもよってなんでこの人選で押し付けるか」

「……すまん。俺が一緒で」

 ぽそっと青木が、薄闇の中でつぶやいた。

 さすがに彼もまだ引け目があるのか、それともカラオケにいけずに拗ねているのか、以前のような元気はない。

 それを思えば修学旅行からここ三ヶ月、徹底的に彼を避けてはきたけど、さすがにこういう所では話をしてやっても良いのかもしれない。

「さっさと片付けて帰るぞ。無理やり襲わなければ、別にいい」

 そっけなく言いつつも、体育館の倉庫の中の物色を始める。木戸にしても数少ない男友達とずっと仲が悪いままというのも後味は悪いのだ。

「あ、それは俺がやる」

 授業で使うための機材のチェックと整理が今日の目的だ。リストを片手にこれから半年くらいで使うものを前のほうに持ってくる。いままで使っていたものは奥に置いておく。跳び箱を奥に移動しようとしていたら、青木が奪うように運んでくれた。さすがに体格がいいだけあって、腕力はあるなぁ。

 マットを動かしたりネットを動かしたりと片付けをしているとじわりと汗がにじんでくる。冬の寒さの中で、それはすぐに乾いてしまうけれど、普段使わない筋肉を使っているので明日には筋肉痛になっていそうな気がする。

「だいたい、こんなもん、かな」

 あらかた整理と掃除が終わったところで、最後にバレーボールのポールを立てかけておしまい。

 そんなところで、その事故は起こったのだった。

「それも、俺が」

「いや、いいだろこれくらい」

 二人でポールの奪い合いをしていたら、そこでするりと手からそれが離れてしまったのだった。

 ガシャンと耳障りな音が倉庫に響く。それは扉に当たるとくわんとはねて地面に落ちた。

 木戸にはその耳障りな音しか聞こえなかったのだが。確かにそのとき、鳴っていたのだ。「かちゃん」という音が。

「怪我はないか?」

「ああ。お前は?」

 特別、身体にぶつかったわけではないので怪我とかはないけれど、とりあえずはほっと胸をなで下ろす。そこそこ重たいポールなので、あれが変に当たったら痛いどころか普通に大けがだ。

「ま、最後にアクシデントはあったが、これでおしまいだな。さっさと報告して帰ろうぜ」

 そろそろ寒いしなと身体を震わせながら、先ほどの衝撃で動いてしまった入り口の扉に手をかけた。

「ん?」

 とってに力を入れてもまったく、扉は動いてくれなかった。少し重めではあるけれど片手で開くのは何度も経験しているのでわかっている。いくら荷物を運んだからといって劇的に筋力が落ちるなんてことはあるはずもない。 

「なあ青木。ちょっとこれ、開けてみてくれないか?」

「あ? どうしたんだよ」

 怪訝そうな顔はされたものの、両手で扉に挑戦してもらう。ぎしっと扉自体は動いたけれど、それ以上はまったく動かない。がちゃがちゃと金属が揺れる音ばかりがした。

 うん。ここらへんで確定。この人選で体育館倉庫に閉じ込められたようです。

「くしゅん」

 体育館の倉庫は室内ではあっても、それなりに冷えている。そもそも体育館自体が暖房なんてものがない学校だし、一月のこの時期は底冷えもするしかなり寒い。

「大丈夫か? 冷えてるか?」

「寒いのは仕方ないけどな。どうするか」

 閉じ込められた、というのはもうどうしようもない事実だ。体育館に人はいなかったし、騒いで気づいてもらうというプランは採りにくい。

 遅くても、あの体育教師は様子を見に来てくれる……と思いたい。すくなくとも完全下校時間の前あたりには。

 なら、それまでの間、あと二時間程度をどう過ごすのか。そこである。

「二人きりで体育倉庫……か」

 青木は何を想像しているのか、表情を緩ませて中空を見ている。そういやこの前、体育倉庫ネタのエロビがどうのと盛り上がっている男子がいたような気がする。さすがにそんな展開があるとは思ってはいないだろうが、牽制だけはしておこう。

「優しく……して? なんていうと思っているのか!」

 最初だけ柔らかい女声にしてそれから男声に落とす。あまりに青木がのほほんとアホな台詞をたれるのでつっこんでしまった。

「天国から地獄って感じだな。だがそれがいい。もっとこう愛らしい声を聴かせてくれ」

「自分でやれよ。お前だって女声だせるだろうが」

 ぷぃをそっぽを向きながら、拒絶の姿勢を取る。でも、彼は二人きりという状況がそうさせるのか、いつものような遠慮はしないようだった。

「それは歌だけだ。会話で使いこなせやしないし、そんな知り合いはそうそういない」

 それは知っている。普段の会話というレベルの話になると、その習得はやはり特殊だ。木戸からいえば歌声のほうが難しいだろうとも思うのだけれど、一般的には歌のほうがニーズが大きい分だけやる人間も多いのだろう。

 歌ならば、両声類といわれる人たちがいる。彼らはネットの動画サイトで自分の声を披露しているし、それなりに認知度もある。

 でも実生活でずっと女声を使い続けるなんてなると、女装をするのもセットで考えなければいけなくなる。そんな人が表にでてくることはほとんどない。木戸はそこそこ遭遇率はあるけれど、木戸ほどうまく使える人もそう出会わない。

「それに、木戸の声はなんつーか、ぞくぞくする。基本すっごいかわいいんだけど、エロいというか」

 最初に聞かせた女子声が、乙女系ぶっちぎりな声優声だったからいけないのだろうか。いいや。どのみち緊張声も弛緩声も両方ともこいつの耳には可愛く聞こえるのだろう。

「はぁああ。もうほんとお前ぶれない残念っぷりだよな。声だけがご所望なら、それこそエロいソフトなりビデオなりあるだろうに」

 まあ十八歳じゃないから、善意(あくい)ある大人の協力が必要だけれど。女子に頼めないから木戸に頼むというのであれば、音源は正直どこでもいいということなのだろう。

「いや、それは、手持ちであるにはあるんだが、なぁ。おまえのあの声はそんじょそこらのに比べるとやばいんだよ」

「ほほぅ。あたしの声のどこがそんなにやばいと?」

 ドスをきかせたまっちょな声で口調だけは女子にする。

 相変わらず違和感が半端なくて自分の中でも気持ち悪くなりそうだ。

 青木がこちらに変な幻想を抱かないようにしっかりと再教育をしなければならない。今回は二人きりだし、きっと良い機会なのだろう。

「その口調で、普通に女子声で!」

「ことわ……くしゅん」

 二度目のくしゃみ。少しだけ身体が冷えているらしい。ちなみに木戸のくしゃみは男女兼用である。というか、かわいいくしゃみのしかたというものも以前調べたら出てきたけれど、くしゃみ自体はもともと高音でするものなので、そこまでの工夫はしていない。大音量にならないようにだけルイの時は気をつけてる程度だ。

「とりあえず、これから冷えるだろうし少しでも寒さがしのげる装備をさがすか」

 そうはいったところで、あるのはマットだとかボールだとかだ。さすがに二人で一緒に跳び箱の中に入って暖を取るというのは想像すらしたくない。あれは一人用である。そもそも中に入るものではない。

 隙間風が入ってこないように、出入り口の扉の隙間を布で覆う。

 空気は悪くなるが、冬場の冷たい空気が入るよりはずっとましだ。

 それが終わってしまって、いくらか部屋の寒さがましになって。

 マットの上にぽふりと座りながら、少し距離を開けて座っている青木に問いかけた。

「なぁ、青木。こんな機会だから聞いておくが」

 土曜日の午後。体育館を使う部はなく、大会なんかもそんなにない一月に活動しているのは、校庭を使っている野球部くらいなものだろうか。かきーんという音だけが響いている。

「どうして俺なんだ? ほかにその。女の子もいるのに、さ」

 いや。青木は確かにモテないよ。ルイにも振られたし、きっと今後も恋人はできないと断言してやってもいい。

 けれども、ルイの代わりとして木戸に声をかけてきたり、あんなことをしたりしたのだとしたら、それはそれで失礼な話じゃないだろうか。

「俺がモテないから、男に手をだしたんじゃないか、なんて思ってるわけか」

 こくこくとうなずく。残念な青木であっても多少は自覚があったらしい。

「そりゃ。修学旅行の時はさ。ルイさんにどこか似てるお前に手をだしたし、その件はすまないと思ってる」

 いいわけもなにもできないし、しないと彼は言い切った。

 そりゃこちらも素顔をさらしていたので、全面的に青木が悪いとも思い切れてはいないけれど。

「なんかな。他の女子にってのが、いまいち実感がなくてな」

 告白したいとか、一緒にいたいとか、あんまり思わないんだよと彼は言い切った。

 恋愛に埋もれていたい最中といわれる男子高校生が、こんなに枯れてていいものだろうか、という感想を言ったのなら、さくらあたりには、あんたに言われたくないでしょうとカウンターがくるだろうが。

「じゃあ、やっぱりルイのことを引きずってるのか?」

「まあなぁ。俺にとっては初恋……とはいわんけど、久しぶりにどストライクだったし。いまだにさ、彼女の感触が手にのこってんだよな」

 はて。いつ青木に触られたっけなぁと少しだけ思考を巡らせてしまう。

 彼は極度にルイに対しては紳士的だった。指先が触れただけで戸惑ってしまうくらいじゃないだろうか。

 そんな状態で、ルイの感触っていつのことを言ってるんだろうか。

「ほほう。おさわりOKな関係になってたわけか」

「ちがっ。俺はたんに痴漢されてる彼女を助けてだな、そのときに思わず」

 ああ。あのときか。痴漢を追うのを止めるときに確かに青木の腕を掴んだし、今思えばかなり密着していたような気もする。ほとんど腕にすがるという感じだったような気がする。

「胸でももんだか?」

「んなっ。そんなことは、してないけど、してぇー」

 にやりと悪そうな顔でつっこむと、彼は、とたんに反応を返してくれた。揉むって言っても胸なんざルイにはないのだぞ。そんなに幸せそうに手をわしゃわしゃしないでいただきたい。

「にしても、助けがなかなか来ないな……そろそろ来てくれてもいいだろうにな」

「あー、なんか終わったら、体育館の鍵を職員室に戻して帰れっていってたぞ」

「なっ」

 デートがあるから、後は任せたとか言ってたが、と青木がひどいことを言ってくれやがった。

「じゃあ……誰も気づかないままここで……一晩かよ」

「いやぁ、明日も休みだし、月曜までこのまんまなんじゃね?」

 どうして一日以上閉じ込められるの確定でこのアホはのほほんとしていられるのか。本当にあいなさんの弟さんは残念でありますね。

 たしかに一日半ご飯を食べなくても人は生きていけると思うけれど、その余裕はどうなのだろう。

 そんなとき、狭い部屋に携帯の着信音が鳴った。もちろん木戸のではない。作業だときいていたので教室においてきているのだ。

「まて。ちょいまて! そんなもん持ってるなら、さっさと外に連絡しろっての」

「だって、二人きりになれるチャンスもないし、こんな状態じゃないとお前も、ちゃんと話してくれないし」

「当たり前だ。あんなことしでかしておいて、ふ、普通に会話をなんて無理なんだからな」

 そんなことを言われてしまうと、体育教師の話すら仕込みかと思ってしまうではないか。

 けれど確かに、青木ときちんと話をする機会はなかったし、こんな用事でもなければ一対一にもなれなかったに違いない。

 青木は薄闇の中で、こちらをしっかりと寂しそうに見つめて言った。

「本当に嫌だったらどうしてあんな風に、応えてくれんだよ。俺はもう忘れられないっていうのに」

「まて! お前の本命はルイで、俺はその……魔が差しただけなんだろうが」

 応えたということに関して、こちらはなんとも申し開きもない。寝ていた間のことだし、こちらの責任はないとは思うのだが。それよりもいまだにこいつが木戸にご執心なほうが問題だろう。

「俺の中でもわかんねぇんだよ! ルイさんのことは確かにしかたねぇかなぁって思ってるし、あの人をどうこうできる男はいないとも思ってる。でもさ。修学旅行の朝のことも忘れられねぇんだよ。そりゃ最初は出来心だった。ルイさんにどこか似てるお前をはけ口にした。でも、今はなんか毎日おかしいんだよ。お前のことを考えてるとか、お前が好きすぎてやばいとか、そういうんじゃない。毎日お前を見てて、笑ってるお前を見てて、なんかちりちりしてでも話しかけることもできなくて」

 友達としてなら多少は共感出来ない部分もないではない。ここのところ木戸も青木に元気がないことを少しは気にしていたし、さすがにこのままなのはいけないと思ってはいた。

 でも、そこまで思い詰めていたかといえばNOだ。他のイベントがいっぱいあったし、敢えて何もしなかった。

 その間に、あいてのほうはだいぶこじれていたようだった。おおむね、その思考と感情が。

「俺はその、一年の頃からお前の……友達だと思っているし、今でもそう思ってる。お前が嫌っててもだ。でも、なんかわけわかんなくて、あの日の朝のことばっかり思い出して。ああ、わけわかんね」

 スパンと割り切った関係というなら、それはそれで、ひとときの気の迷いというもので済んだのかもしれない。でも、この熱量はいったいなんなのだろう。

 もちろん、いくら思いを向けられても答えはNOだ。結論はだいぶ前にでているし、さらに断るハードルはがくんがくんと下がっている。

 断ること自体はたやすい。たやすいけれど、ここで話し合いをして穏便に済むのだろうか。

 連絡手段を。彼が持っている以上はなかなかすっぱり行くわけにもいかない。

「それでさ、木戸。もう一回、その……キスしてみたらなにかわかるんじゃないかって思うんだよ」

「はっ!?」

 女声になりそうなところで、すんでで押さえた。いきなりなにを言い出すのか、この御仁は。

「一回だけでいい。それさせてもらえたら、助けも呼ぶ。今後迫りも、たぶんしない」

 かなり微妙な提案だ。確かに木戸としては唇なんてどうだっていいし、女子みたいにファーストキスがどうのという思い(げんそう)もない。けれども好きにさせて良いのだろうか。

 そういう思いもありつつ、あたりの景色がどんどん暗くなっていくのにも焦りがでてくる。

 明日はエレナとの約束がある。こんなところにこのまま一日以上閉じ込められてなんていられない。

「なら、約束だ。一度してみて整理でもなんでもしてみろ」

 眼鏡を外す。もうあたりは薄闇に落ちてしまっているからどう映ってるかはわからないけれど、少しうつむいてちょっと考え込んで、それでも前を見据える。やることは決まった。さくらや斉藤さんには怒られるだろうが、背に腹は代えられない。

 それに。上手く誘導して青木のお尻のポケットに入っているスマートフォンを奪えば、しないでもことは足りる。

「相変わらず、かわいいな、おまえは」

 手を優しく彼の頬にあてる。ひやりとした感触は伝わってるのだろうか。ずいぶんと寒いところにいたせいで、指先はそうとう冷えてしまっている。

 でも、その手を頬から下に、優しくなでるように首筋に移動させる。

 映るのは緊張した青木の瞳だけだ。この光景を客観的に撮ったらどうなるだろうか。

 男子の制服を着た二人が、体育倉庫で見つめ合うという姿に映るだろうか。

「いい、匂いだな……」

 ごくりと、青木が喉を鳴らした。

 もう周りも真っ暗な時間になっているというのに、男子生徒の体臭をかいでいい匂いというのもいささかどうなのかと思う。

 けれど今は気にしない。身を軽く寄せて、青木の胸元に頬をうずめる。

 布越しに彼の体温、なんてものは感じない。ただひんやりとした服の感触があるだけだ。

 上目づかいに彼の顔を見るとあからさまにごくりと生唾を飲んだのが見えた。

 もう少しだ、もう少しでやつの尻ポケットに入っている、スマートフォンに手が届くっ。

「ひやっ」

 けれども、手を伸ばす途中で青木の唇が触れていた。

 寒さに冷え込んだ、そんな唇は、最初は遠慮がちに、そして数度重ねられるたびに熱ばんでいく。

「んっ、ちゅっ。あむっ……はう……」

 もうちょっと。手を腰に回しながら、卑猥な声が完璧な女声で漏れ出ているのが自分でわかった。

 頭がちりちりしびれてくる。嫌悪感らしいものはない。自分でもどうかと思うのだが、青木に唇を奪われても別になにも感じない。いや。なんだか変な感じはするのだ。ざわざわするような、力が抜けるような。

 でもそれに流されてはいけない。さらに手を伸ばす。

 触れた。冷たい感触。それをすちゃりと抜き取ってもまったく、口づけに集中している青木はなにも気づく気配はない。

 そして一時の口づけが終わる。

 ぽーっとした顔をしながら、それでも片手でスマートフォンをいじる。

 着信履歴にある、ねーちゃんという項目を選んで通話。

 青木なら他のクラスメイトの番号も入ってそうだが、腕力に出られたらこちらに分はない。確実に連絡が取れる相手に連絡をするべきだ。

「まったく、あんたこんな時間までほっつき歩いていて、母さんに伝えて怒ってもらうよ!」

「おねーさん! 助けて! 体育倉庫に二人で閉じ込められてて」

 むろん地声だ。ここでルイ声なんて出したらあいなさんとの関係が粉々である。

「ちょ、あなた(しん)のクラスメイトとかなのかしら。状況がよくわからないのだけど」

「荷物の片づけ頼まれてて、体育倉庫に閉じ込められてて」

 体育館の脇にくっついてるほうですと追加情報を送る。

「だー、やめろ! せっかく二人なのに、ふごっ」

「やっ、青木、ちょっとせっかくの助けなのに、じゃまを、あー、うあ」

 電話がもぎ取られてしまった。素直な力勝負となるとどうしても敵わないのだ。

 とはいえこれでなんとか、学校側に連絡はしてくれるだろう。もう少しすればこの忌々しい場所からも解放されるのだ。

 すちゃりと眼鏡をかけながらほっと息を漏らす。

「なんでだよ……」

 けれどその電話が青木には気に食わなかったらしい。がっくりとマットに上に腰を下ろすと弱々しくつぶやいた。

 それからどれくらいたったのか。青木はじっとなにかに耐えてるようだった。

「なんでこんなに甘いキスをできるのに、お前は嫌いだなんていうんだ」

「青木」

 正直、その弱々しい顔にはくらりときた。けれどもはぁとため息を漏らす。

 その思考回路にドライバーかなにかをねじ込んで調整してやりたいくらいである。

「あのな。確かに友達としてならまぁ、そこそこお前のことは嫌いじゃない。でもな。恋人とかっていうと話は違うんだ。考えられない」

「あんなにかわいい声で気持ちよさそうにしてるのにか?」

 わけわからんと青木が呻く。

 こっちのほうがわけわからん。

「あれはたぶん、人関係ないんじゃないか? 反射っていうかさ。実力行使にでるのはお前みたいなバカだけだからほかに経験ないけど」

「なっ。そういうもんか?! 俺の集めてきた情報によれば本当に好きじゃないと気持ち悪がるっていう話だぞ」

 嫌なら嫌がって、ぺってつばとか吐くもんだっていうぞという彼の台詞に、そこまでの嫌悪はなかったんだよなぁという思いが浮かぶ。たしかに間接キスを嫌がる潔癖症なやつらはいるし、男同士の口づけが良いか悪いかで言えば、ナシだろう。でもこれは木戸の経験値が足りないから思うことだけど、男子高校生なんてものは誰でもいいものではないだろうか。木のうろ( 、、、、)でもいいなんていう話も聞く。木に接吻するというのもシュールな光景だとは思うが。

「そんなん知らんし、それは女子の常識だろうが。修学旅行の時は部屋の他のやつら、男子高校生だからなっ! と笑顔で言ったぞ。きっとそれと一緒だ」

 男子と女子とでの決定的な差は、それだろう。女子は選ぶ側、すなわち遺伝子を選ぶ能力を持っている。だから嫌な相手だったら極端に嫌がる。逆に男子に関しては据え膳なんたらって言葉がある通り、先に来るのは肉体関係をしたい、という欲求なのだろう。もちろんそれを理性で抑えることができようとも、根本的にそういうものはあるのだと思う。

「いくら俺がかわいかろうが、お前と恋愛関係になることは絶対にないし、ただれた関係ってのにはならないから」

 そんな話をしているときに、不意に扉がひらいた。

 あいなさんが助けを呼んでくれたのだと思うとほっとする。

 けれども、その顔は、そこにあらわれた人物を見てびきりと凍り付いた。

「えと……ここはカギなしの外から自由に開けられるやつだから直接来てみたんだけれども、お取込み中だったようなので……」

「おねーさん? ですか」

 初対面を演じるためにも、おそるおそるといったふうに声をかける。

「いやぁ、中の声もけっこう外に漏れるものでね。修羅場っぽかったから少し間を開けようと思って」

「ど、どこからきいてたんです!」

「あんなにかわいい声がどうのってところ」

 ぐふ。痛いところをお聞きなさる。青木との関係も重要だけれど、それ以上にその姉にいろいろ知られるのはマズイのだ。

「ともかく助かりました。とりあえず寒いので、校舎の中にいきましょう」

 こんなところで長居は無用ですよ、といいつつあいなさんの方をあえて見ないようにして、そそくさと校舎へと向かう。職員室に掃除を終えたことを告げないといけないのだ。

 木戸くんが男やってるときの口調が男臭いと最近違和感を覚えるようになってしまっていけません。いや、クール眼鏡男子だよ。と自分に言い聞かせつつ。

 はい。キスシーンは削るか残すかすっごい迷った。ほいほい唇奪われてたらいかんけど、なんとか理由をつけてみました。一番いけないのは唇の価値をみじんも感じてない木戸君なのですが、明日ちゃんと叱られますので。


 それと今までじみーに出てなかった青木の下の名前が初登場です。姉のほうはあんなに早くでてきたというのに、不憫な子。


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