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611.学院の写真部の合宿1

「カメラよーし! 下着よーし! 着替えよーし! タックよーし! そいでカメラよしっ」

 うん完璧っ、とその日のルイは鏡の前で一人笑顔を浮かべていた。

 もちろん胸元にはカメラがつってあり、そんな姿が玄関に付けられている姿見にばっちりと映し出されていた。

 夏ということもあって、半袖Tシャツと珍しいパンツスタイルというやつである。

 一人ないし、友人達と行くのであればスカートスタイルでもいいのだけど、今回は引率である。

 少し固い格好をしてみようと思った次第なのだった。

 ちなみに、合流まではシルバーフレームの眼鏡付きだ。この家からルイさんが出て行ってしまっては困るのである。


「はぁ……どうしてこう、お出かけに行く若い娘さんみたいな光景が目の前にあるのかしら」

「今日はお仕事なんだからしょうが無いでしょう? 途中で着替えるとか面倒で嫌だし」

 前々から言っていたではないですか、というと母様はでもぉー、と不満げな声を漏らす。

 いつもの週末の撮影は放置気味な母様ではあるけれど、さすがに今回は二泊三日ということもあって、心配で出てきたのだろう。

 ううむ。朝起きたときから普通にルイにはなってご飯作ったりしていたのだけど、それでも出かけるとなるとまたちょっと思うことはあるらしい。


「無駄に美人なのもなんというか……」

 あぁ……と母様は未だになにか受け止め切れていないように、手を額に当てた。

「それは母様に似たってことでいいじゃないですか。ご近所で噂の美人奥さんってことで」

「……牡丹はいいけど、あんたは違うでしょうに」

 まったく、あんたはもう、といつも通りの小言が来たわけで、ルイはもうそこで会話を打ち切ることにする。

 ここで問答している時間なんていうのはあまりないのである。


「目的地までは電車だから、またその話は後でね」

 お仕事に遅刻はダメですといいつつ逃げるように玄関に向かった。

 ほんと今日は大きなお仕事なのである。

 出発から母様に絡まれるのは本当に困る。


「もー! いつまでもそんな状態が続くわけないんだから!」

「じゃー行ってきます!」

 それじゃ母様もカレー屋さんがんばってくださいね、といいながらルイは家を出た。

 少しむくれてしまっているものの、隣のおばさまと目が合うと、にこりと顔を切り替えて朝の挨拶をすることができた。

 不機嫌な顔はなるべくなら外に出さないというのが、ルイのポリシーの一つなのである。

 


「さすがに集合時間三十分前は早すぎたかなぁ……」

 さて。待ち合わせの駅はルイの地元の町から電車三十分程度行ったところである。

 みんなが住んでいる場所がまちまちだ、というのとゼフィロス自体はちょっと電車で移動するには距離があるところにあるのである。

 今回は引率ということもあって、みんながどんな感じに集まるかなというのも見たくて早めに到着することにしたのだ。

 他の顧問の先生達がいうには、それこそ顧問なんて最後に重役出勤すればいいんですよ、なんていう意見もあったのだけど、こればっかりは性分なのでしかたがない。


 ちらりと時計を見ながら、周りの風景に視線を向ける。

 新幹線が出るこの町は、朝早い時間であってもそれなりの人が歩いているのが見える。

 夏休み期間とはいえ、社会人のお休みは数日ということなのでみなさんお仕事なのだろう。

 そんな風景を一枚カシャリと撮った時だった。

 

「やぁ、彼女! 一人?」

「よかったら、俺らと遊ばない?」

 一人で待っていたのが駄目だったのか、すさまじく久しぶりに男の人に声をかけられた。

 前のは美容師さんだったから、それに比べると今回のは純粋なナンパなのかもしれない。


「教え子達と待ち合わせです」

「教え子? えっ、家庭教師とかやっちゃってるのかな? うわ。俺らもご指導して欲しいかも」

 しれっとそれだけ伝えると、彼らはなぜかひとりでに盛り上がっていった。

 ご指導してもいいのですが、まずはカメラを持参していただかないといけません。


「では、まず露出計の使い方からです。どの程度の明かりがあって露出をどうするのかをまずチェックするのが大切です」

「……えっと、この子なに言ってるのかな?」

「露出狂の話じゃないですよ? よい写真を撮るための補助具のようなものです」 

 あとは、そうですね……モデルにどんな声をかけるか、も重要でしょうか、とルイは首を傾げながら男性二人に向かい合う。


「お二人はお付き合いは長いのですか?」

「え? いや……」

「小学生の頃からの腐れ縁ってやつかな」

「そうですか! それはまた、よい素材になりそうですね」

 にこりと笑顔を浮かべると、ルイはカメラを向けつつ、さらに言葉を重ねる。


「せっかくですから、お二人に昔話でもしてもらいましょうか」

 ほら、小学生のころのエピソードをどうぞ! というと二人は、えっ、何言い始めてるの!? と困惑気味である。

 でも、会話を続けてくれていること自体は好ましく思っているようで、こちらの言葉を無碍にすることもなく、頭を使ってくれているようだった。


「小学生っていっても……なぁ。夕暮れまで公園に居たりとか」

「結構いたずらもしたっけなぁ」

「あー、いろいろあったな。んで、ばれて怒られるみたいな」

「だよな」

 ははっ、と二人が微笑んだ瞬間に一枚撮影。

 童心に返っている瞬間の写真が手に入った。


「ちょっ、いきなり撮るとか、どういうこと?」

「どうもなにも、表情の作り方講座ですよ? 被写体に考えさせたり想像させたりすると表情がころころ変わるのです」

 どうですか、これっ! と、先ほどの写真をタブレットに移して表示する。

 それを二人はじぃっと見た。


「俺達こんな感じか……」

「悪くは無いな……」

 この写真、送ってもらっても? と言われてデータをコピーする。

「いっときますけど、連絡先とかは送りませんからね」

「いや、なんかそれは……いいや」

「ああ。なんか面倒くさそうというか、毒気が完全に抜けたっていうか」

 今日はもう、ナンパやめて公園で森林浴でもして帰ろうかと、と片方の男性が言った。

 ちょっと童心に帰しすぎたらしい。


「じゃあ、その……また機会があったら」

「写真ありがとう」

 そして二人は町の中に消えていった。


「ルイせんせー? なーにやらかしてるんですか?」

「おや、おはよう、明日華ちゃん」

 そんな様子をちら見していたのか。一番乗りの明日華ちゃんはじと目でルイを見ていた。

 あんたなにやってんですか、というような顔である。


「ちょっと声をかけられたから、相手してただけ。家庭教師に教わりたいとかいうから、さらっと写真の撮り方を教えました」

 そうしたら、素直に帰ってくれました、というと、えぇー、という顔になる。


「ルイ先生って、ナンパとかもされまくりなんですか?」

 恐る恐るといった感じで、明日華ちゃんが質問してくる。

 うーん、別にそんなに多くはないはずなのだけど。


「そもそも都会にあんまり来ないからなぁ。近所の町だと美容師さんにモデルになって! って声をかけられたことはあるけれど」

 ナンパ自体はあんまりないかな、というと、そんなもんですかとがっかりされてしまった。

 いや、別にナンパが少ない方がいいじゃないの。面倒だよ丁寧に相手するの。


「それに銀香町だとだいたい、みなさん声かけてくるからなぁ。今日はどうしたんだい? とか、お腹すいてないかい? とか」

「……地元に愛されってやつですか。羨ましい限りです」

 まったく、と明日華ちゃんはいうけど、彼女だって結構学校では慕われてると思うんだけどな。お姉さまって言われているし。


「それはそうと、若葉ちゃんは一緒じゃなかったの?」

「若様は、当日の朝になって、無理ーってだだをこねてましたので、彩さんに任せて先に出てきました」

「彩ちゃんなんだ?」

 あれ? 確かにあのまま言うか言わないかは、二人で考えなさいと話は振ったけれど、結局素直に話したのか。

 

「はい。家の事情まではさすがに言えませんでしたけど、事情があるってことだけで納得してもらいました」

「彩ちゃんだしなぁ。知っちゃいけないことは突っ込まないとは思うけど」

 でも、それって、若葉ちゃんの試験は失敗って事? と首を傾げると明日華さんは、くわっと目を見開いてそんなことはないです、と言った。

「ばれなきゃいいんです。それに一年間は立派に勤め上げたわけですし」

「あー、そもそも、手を出さなきゃOKってところもあったっぽいし、そう考えると多少ならばれてもOKか」

 実際沙紀ちゃんだって、ルイに正体をあっさりと看破されているわけで、ばれたらおしまいなら、すでに沙紀くんは失格扱いになっているはずである。審査基準がばれない、ではなく、手当たり次第浮気をするようなやつはアカンというところからスタートしているからこそのお話なのだろう。


「それはそうとルイ先生。今日は珍しくパンツスタイルですか?」

「ん? まあ付き添いだし、山だっていうからたまにはいいかなってね」

 そういうみなさんは制服必須なんだよね、と明日華ちゃんの服装を見ながらつぶやく。

 撮らせておくれ! と言いたいところだけど、さすがに彼女には撮影許可を取りにくいところがあるので、今のところはまだ我慢だ。

 いつかデレるのを待つばかりである。 


「学院の行事の場合は基本制服ですしね。合宿所に着いても学校指定のジャージになりますし」

 集団行動と規律のためということですけど、可愛い私服とかパジャマパーティーしたいよう、なんていう声もあったのですが、我々としては助かります、と明日華ちゃんはほっとしたような顔を見せた。

 若様の洋服を選ぶのもそうだけれど、自分でも制服の方が気楽でいいや、なんて思っているところもあるのかもしれない。


「すらっとしていて、今日はみなさんからかっこいいと言われるでしょうね。でも……それでいて殿方に見えないというのが複雑です」

 私よりもずっとパンツスタイルを着こなしているような気がする、と彼女はげんなりと言った。

 普段その制服だし、あまり履き慣れていないのかも知れない。


「まあ、ウエストラインとかパンツの形なんかも男女で違うしね。あとは決定的なのがお尻のボリュームでね。尻パットを入れております」

 お尻の小さな女の子もいるんだけど、ライン的にはやっぱりある程度あったほうが見栄えがするしね、というと、ふむ。なるほど、尻ですか……と、明日華ちゃんはじぃっとお尻のあたりに視線を向けた。


「おはようござ……ちょっと! 明日華! いきなりルイ先生のお尻とか凝視して、どうしちゃったの!?」

「特に意味はないですっ。ルイ先生がパンツスタイル珍しいだろー、とかいうからっ」

「えー」

 さすがに、お尻の大きさをチェックしていました、だなんて素直に言えるはずもなく、明日華ちゃんのいい訳はかなり無茶なものになっていた。

 女子同士ならば服をチェックすることはあるものだけど、さすがに尻を凝視というのは一線を越えた話なのかもしれない。


「でも、確かに珍しいですね! ルイ先生のイメージとしてはスカートでふくらはぎが綺麗な感じなんですが」

「膝までごつくないとか、ほんと羨ましい……」

 くぅ、と明日華ちゃんが恨めしそうな目でルイを見た。

 そんなこといったって、華奢だって言われてるだけですもの。

 それに明日華ちゃんだって別にそんなにごつい感じはまったくない。きっとそれは自身の思い込みというやつだろう。


「山を歩くというのでね。それに今日は引率だから!」

「先生もむしろこっちの制服着ちゃって一緒にわいわいやりません?」

「……その提案は悪くはないけど、大人に怒られるので辞めておきます」

 ついでに、ほのかにもだったら私も混ぜてくださいって絶対言われるので、ダメですというと、先輩なら言いそうですよねぇーと、部長さんは去年の景色でも思い出しているのか、柔らかい声でそう言った。


「ほんと、卒業式の時は、えっ、ルイさんが写真部の顧問やるんだったら留年して残るー! とまで言ってたからねぇ、あの子」

「そんなこともありましたね。無事に卒業してくださいっ! て抑えるの大変でしたっけ」

 懐かしいと部長さんはほっこりしている。

 先輩との思い出はしっかりとその胸の中にあるようだ。


「あ、みんなも到着したみたいですね」

 おはよー! みんなー、と部長さんが声をかけつつ、何人からかはごきげんようなんて返事が帰ってきたりもして。

 お嬢様学校の撮影合宿が始まるんだなぁと、ルイはその光景を一枚、カメラに収めたのだった。

責任者は早めに到着! ということでルイさん待ち合わせ時間よりも早めに待っておりました。

普段とは違う町なので、こんなこともあるかな! という感じで。

痴漢はされるけど、ルイさんってあんまりナンパされてないんだよなぁとか思いつつ。ハイレベル過ぎてあまり声かけられないのやも、と思ったりもしました。


そしてゼフィ女での一番乗りは明日華さんでした! この子ももうちょっと楽しんで生きられると良いのですけどね……

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