609.合宿の前に~咲宮家へご訪問1
本日投稿2回目です。
この前に幕間の投稿をしております。
『写真部の合宿計画について、相談をしたいことがあるので、お手数ですがこちらまでお越しください』
さて。そんな連絡を受けていたのは、実はイベントの前のこと。
日付も指定されていたので、写真部の部長さんと話をした上で、行動計画書というものはしっかりと用意させていただいている。
というか、ゼフィロスの合宿は、大学の合宿のそれとは違って、教師の目がかなり入る。
顧問がいればそちらの裁量によるところは大きくなるのだろうけど、今回ついて行くのはルイである。
こんな教員免許もとっていないわかぞーは、ちゃんとチェックされるべきである、ということで。引率するにしても、周りに心配などはされるものである。
それこそ、学生だけで合宿に出すくらいの覚悟を学院側は持っているようだった。
うーん、さすがに学生と一緒にはっちゃけるーってことはないといいたいのだけど。
かといって、いわゆる正規の教師の人達ほどの信頼はない、というところだ。
そればっかりはしかたないとは思うし、理事長先生であるところの、沙紀矢くんのお母様に事前に話を聞かれるというのは、ある程度仕方が無いと思う。さらには今回は若葉ちゃん達も参加なのである。細心の注意というやつが必要になるだろう。
「でも、学院じゃなくて、実家の方だってのがねぇ」
普通、学校の問題は学院の理事長室とか、学院長室とかで話すべき物で、わざわざおうちに呼ぶというのが、いささか疑問なところではあった。
もちろんそれは、ルイの秘密を隠すためといわれれば、反論のしようもないのだけど。
でも、今回の事は学院で話をしても、問題は無いのでは無いかと思ったりはするのである。
「とはいえ」
クライアントの意向は最優先なのは、間違いはないわけで。
もう何度目かになる咲宮の本家にお邪魔することになった。
屋敷はこれでもかというくらいに広いので、実を言えばここのおうちでお祖父さま方にはお会いしたことがないのだけど、そこらへんはどうにも住んでいるエリアが違うなんていう話なのだそうだ。
それと、お祖父さまはあの年でもいろいろとお仕事をこなされているので家に居ないことも多いとは聞いているけれども。
あの品の良いお祖母様とも家で会わないというのはどうなのだろう? と思ってはいたのだ。
なので、正面玄関から入って案内されたエリアには、基本的には沙紀矢君のお母さん、つまり理事長先生に関わる人間しかこないと思って良いのだそうだ。
まあ、お祖母様はこちらのスペースに来るのを遠慮しているそうなので、会うこともないのだけど。
花火の時くらいは、またご一緒したいなぁと思うところである。
「おじゃまします」
相変わらずご立派なお庭を通り過ぎつつ、2,3枚写真は撮らせてもらった。
人が写り込むのはあれだけど、庭は好きにしていいよと言われているので、こちらもここに来るときはぜひ、撮らせてください! という感じなのだった。
「いらっしゃいませ。奥様がお待ちです」
さて、お手伝いさんも相変わらずという感じで、にっこりとお部屋まで案内してくれた。
ここまで広いお屋敷なのだし、きっとこの人がいないと今の状態に保つのは難しいのだろう。
そして飴色の廊下を渡って到着するのは、前にも訪れた和室の部屋なのだった。
「ルイさん、今日は来ていただいてありがとうね。早速本題なのだけど」
すでに居間でくつろいでいたのは、沙紀矢くんのお母様でもある、理事長先生だ。
今日は自宅モードなのかスーツ姿ではないのだけど、それでもぴりっとした姿勢でのお出迎えだった。
いちおうこちらでも、合宿計画はチェックをしている。
それでOKを出して学院側に提出をしたのだけど、それについてなにか不備でもあったのだろうか。
しかし。
「沙紀矢とまりえさんの仲が進まないの!」
「……えぇ-」
真面目な顔で言われたのは、そんな不真面目な内容だった。
あの。合宿の事で呼ばれたと思っていたのですけれども。
「ルイさんは、その……沙紀矢とも友人でいてくれるし、学生としての姿も良く見てると思うのよっ。だから情報提供を是非お願いしたいの」
「あの二人は自分たちのペースで進んでると思いますけどね。沙紀矢くんの鉄の理性と、まりえさんの鉄壁の守備力で、理性で恋をするのだとは思いますけど」
「理性……結婚の話とかは出てないのかしら?」
「……そこらへんは個人情報ですし。告げ口はできませんね」
まあ、実際、まだ二人の関係は恋人未満というような感じではあるようには思う。
というか、愛を育むにしても女子校でのばたばたがあって、さらには去年はリハビリなところもあって、二人の仲がどうなってるのかというのは正直なところ、よくわからない。
エレナの家でごはん会をやるけど、そのときはご飯の話の方がメインになるのである。
あとは、エレナののろけ話くらいだろうか。
すこしその話に羨ましそうにしているのはまりえさんだけだ。
「なら、この屋敷の撮影許可、出しちゃうとかだとどう?」
「うぐっ……それはとてもありがたいところですが……沙紀矢くんに確認を取ってからですね」
といっても、面白い話があるわけではないですよ、とは先に言っておく。
残念ながらお気に召すような話はしてあげられないのだ。
「それでも親としては気になるの。学院に居たときは話を聞かない日はないというところだったけど」
「あー、沙紀お姉さま! って大人気でしたしね」
ほんと、噂話もいっぱいでしたでしょうねぇ、というと理事長先生は、そうなのよねぇと遠い目をした。
元はといえば、この人の旦那が浮気をしたのが、咲宮家の混乱の原因。
若干、お祖父さまの趣味がいろいろあるのだろうけれども、やはり原因といえるのはそこだろう。
「ふと、思ったりするのですが、やっぱり普通の男の子が女子校に潜入とかしたら、性格が歪んだりするものでしょうか?」
「……あなたがそれを言うの?」
ん? となぜか眉を寄せられてしまったのだけど、なにやら間違った指摘だっただろうか。
「まあいいわ。お義父さまの言い分も的外れというわけではないけど、たとえば普通に女子校に通ってにこやかに笑って、親友とか作っちゃうのは、レアケースだと思うのよ」
あんたのことだけどね、と言外に言われた気がした。
うむん。レアケース判定をされてしまった。まあ、そりゃルイだって自分のセクシャリティはちょっとおかしいという自覚はあるけれども。たんに、異性への興味というものより、撮影欲の方が強いというだけのことだ。
「貴女にだから言うのだけど、跡取り候補の三人のうち、沙紀矢以外はその……いろいろ子供が望めなさそうな……」
「ちなみに、女性は跡取りとしては考えられないんですか?」
「そこは……そうね。直系の男子の方が優先って風潮はあるかな」
だからといって、女卑ってわけではないんだけれど、と理事長先生は首を傾げる。
沙紀矢くんに兄弟の話を聞いたことはないから、他の二人には姉か妹かがいるんだろうか。
いままでのことを考えると、若葉ちゃんは一人っ子のような気がする。志農さんに簡単にしつけられてるあたりは、妹や姉がいたら、ちょっと考えにくいのである。
「なにげに、咲宮のおうちって、少子化なんですね……」
てっきりお金もちだから、養育費とか気にせずどんどん作ろう! なのだと思ってました! と無邪気に言うと、もう、この子ったらと言われてしまった。
「時代の違いもあるのよ。っていうか、あの人、一人目ができた後にその……外で遊ぶようになってしまって」
「そこは、なんというか、ご愁傷様、です?」
「なぁーーー! 反応がうっすいー!」
別の女に寝取られるとか、ほんとマジで、トラウマなんですからね! とかいわれたのだけど。
「すんません、その気分はちょっと共有できないというか……そもそも独占したい殿方というのがいないので」
私みたいな感じ……だと、なかなかそこらへんよくわからないです、といってやると、あぁと理事長先生はいまさらながらに思い出したような声を上げた。
「いろいろあるのね……自分の立ち位置でいろいろ変わるわけか」
「友人は、男同士だろうと子供を作れるように! ってまずはお金稼ぎからやってますが……咲宮のおうちも支援してくれるとはかどったりして?」
「いうほど、好きにできるお金はそんなにないの。というか、その友人ってまさかエレンくん?」
「……そこは黙秘させていただこうかと」
言えません、というと、えぇーとご不満な声が上がった。
まあ、ほぼ9割以上ばれてるだろうなとは思うけど、直接言わないことが大切なのである。
「でも、子供できないというか、みなさんの性癖が歪んだのって、結構、女装潜入の件もあるように思いますが」
一番上なんて、特にそうではないですか、というと、あれ? と彼女に声を上げられた。
なんで知ってるの? というところだろうか。
「以前、劇団でお会いした時に、一緒にいた方とその……とても親密に見えたので」
「それ、男性の方?」
「そうですね。付き合っているか、と言われたらよくわかりませんが」
ただ、そうとう親しいようには見えました、とだけルイは答えた。
もし、男性が好き、ではなく、色恋の影が見えないだけ、と思われていたらまずいからね。
「はぁ。ほんとルイさんったらどうしてうちの家にこんなに縁があるのかしらね……」
頭痛い、とおばさまは手を頭に当てた。
いや、こちらも好きで出会ってるわけではないのだけど。
「ご存じの通り、うちの子供世代で一番上の、花雪は、女性とは付き合わないってお義父さまに言い切ったわ。それがお義父さまからの試練が原因だったのかはわからないのだけど」
「ああ、だからハナと呼んでください、なんですね」
ほぅ、といってやると、え? とおばさまは驚いた顔をした。
「えっと、ルイさんはあの子とどのくらい接点があるのかしら?」
「以前、私はとある劇団で言葉を交わしたくらいです。あとは……友人の繋がりであっちのほうでちょっと知り合いです」
「そっちでも知り合いなのね……なら、言っても良いのかしら」
「口外はできないと思っていただきたい」
ぴしっとそういってやると、うち、そんな怖いおうちじゃないのだけど、とか言い始めた。
でも、下手するとうちの父の会社とか買収して父を首にするとかいう報復なんてのもできてしまうのじゃないだろうか。
もちろん、言わないけどね!
「うーん、ルイちゃんくらいなら、うちの家の権威とかには無頓着とか思ってたんだけど……いちおう、気にしちゃうかぁ」
「私一人なら別に良いんですよ。海外に行って撮影なりなんなり、腕さえあればなんとでもなるから」
でも、家族まで巻き添えというのは勘弁です、というと、そんなことしないわよ、っと、ぴしっと、おでこをつつかれてしまった。
「ハナはルックスだけはすっごくいいじゃない? だから言い寄ってくる女子がとことん多くて……」
「家柄と成績も良さそうですけどね?」
ちらりと補足をすると、そうね、とあっさり受け入れてくれた。お金もちの余裕というやつか。
「それであの試練で女子大生をやってみて……こう、女友達と恋愛話をするというのがすごく新鮮だったみたいなのね。おまけにその、男の子とつきあったりとかもあって」
「って、それ咲宮のおうちとしては、まずいのでは?」
「さすがにお義父さまには言えないっていうことで、よく私に相談にきたものだけど……」
もちろん、それは火遊びだから、結局諦めるしかないとかいろいろ話をしたのよ、と彼女は続けた。
「いわば別人として学校に行ってるわけですしね。お互い合意なら同性愛でも、トランスでもよいと思うのですが」
「ネックはそこよね。ことは咲宮の極秘試練にも関わってくるわけだし、それにほら、相手はあの子の事を女子大生と思って好きなわけでしょう? いざ正体をばらしたらどうなるのかってね」
相手が両性愛者なら可能性はゼロではないと思うけど……と、理事長先生は悩ましげな声を上げた。
「ハナさんはあくまでも男性として生活する方向でいいんですよね?」
「恋愛のために性別を変えるっていうところまではね。それに結構な露出をしているし、いまさら性別変えます、女性として生きますなんて話をしたら、株価にどれだけの影響があるかわからないし」
「若き敏腕経営者とか言われてますしね。雑誌に載ったりもあったみたいだし」
実際、性別が変わったところで、その本人の資質が変わるわけではないのだけど、それでも周りは「異なる物が居る」ことに不安を覚えるのだろう。
逆にダイバーシティがどうのと、持ち上げられる可能性もあるかもしれないけれど、そっちもそっちでいびつな評価になりそうだ。
「そんなわけで、沙紀矢にはがんばって欲しいってわけ」
「できるかはわかりませんが、二人の仲が悪くならないように取り持つように心がけます」
とりあえずメールだけ沙紀矢くんに送っちゃいますね、といいつつ二人のことを話してもいいかどうかのメールを作った。
ごはん会とかもあるし、なにげにルイはあの二人との接点は多い。
そこで、なにか不和があったら取りなそうくらいな感じである。残念ながら、後押しをするのはちょっと難しいところである。
「おねがいね。それじゃ、返事がくるまで合宿の話のほうに行きましょうか」
引率者として、いろいろ聞かせてね、とおばさまはにっこりと言った。
どうやら、おうちの中の撮影はもう少ししてからのことになるらしい。
旅行に行く前に、咲宮家へご挨拶です。
実は咲宮の従兄弟のにーさんの名前ってなんだっけー! ってので読み返していたのですが。
ハナとだけ呼ばれてるか、咲宮さんとしか呼ばれてないなぁということで。
(すでに出てたらすんません)
なにげに業の深いおうちだよねと、しみじみ痛感いたしたしだいです。
女装の味を知ってしまったらもう……抜けられぬのです、はい。