605.夏のイベント参加1
「おい……あれって」
「うわ。ルイさんじゃん。並んでるのって結構珍しくね?」
ひそひそ。
その長蛇の列の中、その密集隊形なそれを見ながら、やっぱあっついなーと思いつつ、ルイは周りの景色をちらちらと見ていた。
実行委員会の人達が列整理をしてくれていて、皆もそれに従ってうるさく言うような人は一切居ない。
統率の取れた集団行動というのがあるとすれば、これもそれなのだろうと思ってしまった。
さて、そんな中で、周りからのひそひそ声は当然聞えているのだけど。
まぁ、確かにルイが列に並ぶのは珍しいかもしれない。
事件があって不参加とか、サークル参加ですでに中にいる、ということが多かったからだ。
このイベント、同人誌即売会といわれるものでは、販売する側の準備の時間のために、サークル参加の場合前倒しでの入場が許可されている。
エレナと一緒にやったときはこれだったし、特撮研の時は……どうだったっけか。
ちなみにエレナさんはレイヤーとしての参加なので、ちょっと早めの入場をしているところだ。
あとで、広場に行けばきっと合流できることだろう。
どうせエレナさんは目立つのである。誰かに聞けばどこにいるかもわかるだろうし。
「待ち時間きっついけど、こうやって可愛い子の顔を見れればまだ戦えるな」
「なにいってんだよ。まだ試合は始まってないんだぞ」
「試合に夢中なやつらは始発から並ぶじゃん」
俺達くらいなのは音を上げてもいいんじゃね? という声が聞えた。
確かに、まだまだ会場はずっと前だ。
ルイが並んでいるのも、だいぶ後ろの方ということになる。
木戸氏、イベントは始発が原則だお、とか言ってた長谷川先生には悪いけれど、さすがにルイとしてはそこまで熱心に並ぶほどのモチベーションはない。
そもそも撮影のほうが優先なので、特別薄い本で欲しいものが有るわけでもないのだ。
そりゃまあ中に入るまでに時間がかかるというのを考えると、四時間待ちをするのも頷けるところはあるけれども、どっちを取るべきなのかといわれると、本日は後発組のほうに混ざることにしたのだった。
タブレットとかで写真の選別やったりとかはできるだろうけど、さすがに四時間はバッテリーが危ういし、日焼け止めを塗っているとはいっても、こんな屋根の無いところでちりちり焼かれるというのは、御免被りたいところだった。
おまけにこの行列。わりと「みちっ」としているので日傘をさすのは迷惑になりかねない。
雨ならしかたないけど、光のシャワーについてはみなさん傘の必要性についてあまり把握しておられないのである。
「でも、ルイさんの前に居る子も、なにげに可愛くね?」
「あっ、高校生くらいなのかな。なんか初々しいというか」
「隣の男子がいなければ完璧だった!」
くそぅ! 可愛い子は彼氏持ちかよぅ! という言葉に、ルイさんは彼女持ちだよう、ちくしょー! という声があがった。
ええと。
一般的にはそういう判断なんだろうか。
いちおう、ルイと崎ちゃんは月一回付き合ってるけど、恋愛関係かといわれると、どうなんだろうか? とは思う。
おためし、ってあっちも言っていたし、正確な表現をするのならば、友達以上恋人未満の関係というやつだろうと思う。
付き合ってる形にはさせてもらうわよ! って崎ちゃんからは言われたけど、ルイとしてのというか、木戸としての答えは実はまだ確定してはいない。
断るにしろ、受け入れるにしろ、真剣に考えろという声があるのはわかっている。
でも、考えてもいまいちカメラを持たないで誰かとというのが、思い浮かばない。
いくらでも撮って良いよとか、一緒に撮ろうよって人なら、一緒にいることは楽しいのだろうけど。
「ルイさん……ルイさん?」
どこかで聞いたような、と前に並んでいた子が、振り返った。
こちらも少し考え事をしていたせいで、その子がじぃとこちらを見ていたのに反応するのが遅れた。
だから、じぃとすこし上目遣いにこちらの顔をのぞき込んでいるのを見たときに反射的に答えてしまったのだった。
「巫女さん? と……さ……」
わむらのお孫さんというのを言いよどんだのは褒めて欲しい。
「さ?」
ん? と、とうの沢村くんは首を傾げていたのだけれど、そちらへの反応より、小首を傾げた巫女さんの方が可愛かった。
「あの、巫女さんですよね? とある作品に登場する噂の」
「……ええと。はい。一部でそう言われることもありますが……もしかして貴女が噂のルイさんですか?」
「え……あの、危険人物の? 巫女さまっ、隠れてっ」
「ええぇー」
いきなりな沢村くんの反応に思わず、呆れた様な声をもらしてしまった。
問題児扱いされたことはあるけど、危険人物扱いというのは結構珍しい話である。
「こらこら人を危険物みたいに言わないで欲しいのだけど?」
「そうはいっても、カメラバカなんですよね? ってことは、木戸さんちのじぃさまと同じ人種ですよね!?」
「……ははぁ。木戸のおじーちゃん、ここのところ若返ったみたいだしねぇ」
沢村くんが背中に巫女さまをかばいながら、ひどい事を言い始める。
ぐぬっ。あの後じーちゃんは軽く暴走状態らしい。若い血潮がたぎるわぁー! とかそういうやつなのだろうか。巫女さまに迷惑かけるのはやめてほしい。
「ちょ、心外だからね? カメラ持ってる人がみんな変態とかそういうのないからね!?」
「でも、実際神社にくる人達の中には、巫女ちゃんの生足を撮りたいお、とかいう人も居て」
「ケーサツよぼうよ、そういうのは」
そもそも、巫女さんは袴がその長さだから良いというのに! とぐっと拳を握りしめると、なぁ、巫女さま? こいつもダメじゃね? とひそひそ会話されてしまった。うぅ。別にエロ目的から言ってるわけじゃ無いのに。
「まあ、ダメな感じは受けますが、とりあえずはうちの神社の参拝客が増えたお礼はしないとですね」
ありがとうございます、と素直にぺこりと頭を下げた巫女さんを一枚激写。
おまっ、と沢村くんが言うけど、これは撮るしか無いではなかろうか。
緩やかな髪が礼をすることで、面白く揺れ動くなどとっ。
「ちょ、ルイさんと話してる子誰よ……初々しいというか、神々しいというか……」
「やっぱり、美人は美人を呼び寄せるのか……」
ひそひそ。
そんな声がギャラリーから聞えるけれど、とりあえずは取り合わないことにする。
「そこで撮りますか……」
「だってこんな可愛いこ、そんなにいませんし」
そりゃあ撮りますともと堂々いうと、うぅ……好きで可愛いわけじゃないのに、と巫女さまは泣き言をいいはじめた。
確かに家の伝統で女装してるだけの子なのだから、そういうのは仕方が無いと思うけれども。
「それはそうと、どうして巫女さまがこんなところまで? 話によると女装してまで社を守るとかいう話だったような」
「うぅ。それは半分正解で半分はフィクションですっ。今回はやっとお出かけの許可をもらってここまで来たんです」
「なるほど……そこまでして、このイベントに……でも、どうしてまたこれ?」
初心者ならもう少し小規模のイベントに行ってもよかったのでは? というとんー、と巫女さまは可愛らしい声を上げてくださった。
「私が題材になっている作品のブースも立つって話もあったし、なによりエレナさんに一度会ってみたいなって」
「え……結構昔じゃん。ブースが立つってどういう?」
あれ? エレナが巫女さんのコスやったのは結構前の話だ。
これで男の娘だなんて、すごいよね! ってきらきらしながらエレナが言っていたし、ゲームだってプレイお願いね? ってにこりとされてやったのは高校時代の事である。
「こんしゅーまー? というのですか? 全年齢向けのがでるとかで」
制作者さんが挨拶に来たのです、と巫女さまが言った。
あ。そういうことであれば、納得ではあるかな。
エロゲでそれなりに人気があれば、全年齢ものを出すということが、この業界ではよくあることだというし。
エロより物語中心でできてるお話で人気がでると、エロをとっぱらって全年齢向けにするのである。
「私ずっと、お客様が来てるときに、どういう話なんだろうって興味津々だったんです。例えばその……大人の殿方向けってことであれば、私も結構その……」
「ああ、それで気になってたのね……それは安心していいよ」
うん。とうなずきつつ巫女さんを安心させるように視線を合わせる。
そうはいっても、身長もあまりかわらないんだけどね。
「君のお父さんが、モデルとはいっても、君を元にした子を変な役にさせないってば」
原作では巫女さんは男の娘って設定はしっかりしてたけど、攻略対象か、といわれれば半分はそうでもない。
告白シーンはあるし、それがあの神社の石碑の前なのは確かなのだけど、その、エロシーンが一切ないのである。
「はぁ? こいつを前に攻略しないとかっ! ありえないだろ!」
「うん。君の声は確かに伺った! 巫女さま綺麗だし、おっしゃるとおり!」
その通りです! というと、うぐっと、沢村くんは引いた。
巫女さん本人は、やだっ、沢村くんたら、そんな風に思ってたの!? とか手をぎゅっと握っていたりするのだけど。
「まー、世の中、男の娘が攻略するゲームはいっぱいあるけど、男の娘を攻略対象にする作品って、あんまりないんだよね」
需要の問題もあるんだろうけどね、と少しだけ遠い目をしておく。
エレナに力説されたのを思い出したからだ。
どうして男の娘攻略ものになるとエロ向け展開がハードなのか! とか、もっと純愛を! とか騒いでいたのだ。
「それに他のヒロインと同列で男の娘が入るっていうパターンだと、前に出たメイド喫茶ものがあるんだけど、あれでも相当無茶をしたって言われてたし、シナリオで魅せるのはありだけど本番は忌避感出ちゃう人がどうしてもいるから、ばっさりカットっていうパターンなわけさ」
攻略対象が全員男の娘ならそういう配慮はいらないみたいだけども、とも付け加えておく。
世の中は男の娘で満ちている、といっていたのは八瀬である。
そんな彼に、これは夢の様なエロゲだ! と言われた作品でそういうのがあったのだった。
おまえ18禁をどうして手にしているんだ? とか思ったけど、そこらへんは上手くやったそうだ。
男の娘熱が熱くて困る。
「その点、巫女さまが出てるのは、シナリオメインで幸せ満点満点! って感じのだったから、俺、新しい扉開けちゃったかも、くらいで終わるわけで」
その後、やることやってるのを見ていて、無理! ってならないバランスは良いのだと思うよ、というと、ちょっと複雑です、と巫女さまは言った。
学校に気になる女の子がいるとかなんとか言ってたしなぁ。
巫女さま自体は女の子が好きって話だったし。
そもそも神社の跡取りという事を考えると、そっちの方が現実的ではあるようには思う。
まあ、同性同士でも子供を作れるようにしてやんぜプロジェクトも動いているけれども、実るかどうかはわからないわけだし。
「ブースに行けばそういう話も聞けるものでしょうか?」
「そういえば、ブースが出てるって話だったね」
ちょいまち、といいつつタブレットを操作する。作品名を入れると確かにそこにはこのイベントに出店しているという話が載せられていた。
「そうだね。西の方にいけば企業ブースだけど……あそこは激戦区だから人も多いよ」
君が守ってあげなさいな、といってやると沢村くんは、えっ、俺? とかきょどりはじめた。
いや、だって、巫女さまを守るナイトなのでしょう? なら護衛はちゃんとしないと。
「あとはスタッフがどれだけ来てるのかってのもあるかなぁ。開発担当した人とかが居ればアレだけど、さすがにこの三日間の暑い中にそういう人がずっと出るっていうのは、あるんだかないんだか」
実はあまりそこらへんは詳しくないです、と言うと、そうなんですか? と首を傾げられてしまった。
前にメイド喫茶のゲームが出たときは、開発というか出資者でもある千恵里オーナーが出ていて、メイドさん達を仕切っていたけど、実際はあれだけ華やかなのはそんなに無いように思う。
「そこらへんは行ってみてからですね」
普段こんな都会には来ないので、楽しみですと、笑顔を浮かべる巫女さまを一枚カシャリ。
うん。初々しくてたまりません。
「なー! やっぱ撮るんじゃん!」
「沢村氏も可愛い格好すれば、一緒に撮ったげるよ?」
ほれほれ、と言ってあげると、俺が女装とか……女装……うぅ、と悶絶し始めた。
巫女さまのために女装はしてもいいけど、外でやるのは勇気が足りないといったくらいだろうか。
「さてと、それはそうと巫女さま。エレナと会いたいならアドレス交換しておこうか?」
「あっ、いいですね! こんな広い会場で会えるかどうか心配でしたから」
じゃあ、これね、と豆木さんの名刺を渡しておく。そこにはアドレスもちゃんと載っているのである。
「うわっ、名刺ですか? プロっぽい」
「プロっぽいっていうか、プロですし……写真家ですし」
まー、まだ学業もやってるから半人前扱いだけどねぇ、というと、おぉーと巫女さまは感心したような声を上げた。
さて。そんなやりとりをしていたときのことだ。
「これより、イベントを開催します。元気に怪我ない一日をお送りください」
十時。イベント開催の時間である。
きっと会場内では拍手が巻き起こり、先頭組は、戦闘組となって走らず急げ! というような有様だろう。
まるでそれは地鳴りのような、そんな光景を作り出しているに違いない。
「開場してもこっちはあまり動かないんですね」
「まあ、開場ちょっと前にきた我らにとっては、まだまだ待ち時間は続くよ。一時間か……下手したら二時間かな」
公式ホームページにも待ち時間の目安というものが載っているのです、というと、そういうものですかと巫女さまは驚いた様な顔を見せた。
まあ、こんなに並んで入場するまでに時間がかかるなんてのはそんなにないからなぁ。
「のろのろ動きながら、止まりつつ移動みたいになるから、おしゃべりしながら進もうか。一応注意事項とかも説明しつつって感じでね」
ま、気長に行こうよ、というと、そういうことでしたらよろしくお願いします、と巫女さまはぺこりと頭を下げたのだった。
夏イベントスタート! というわけで今回は一般参加のルイさんです。
まさか巫女さんに会えるとは作者も思っていなかった! 可愛い男の娘はいいですね。
そしてじーちゃんが迷惑かけてごめんなさいなのです。
さて次話はイベント会場に入りますよー オタク系の友人も満載なルイさんです。