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064.

 おっと、前書きと後書き間違えてました。スミマセンorz

 時は少しさかのぼって新年。なぜか台所で、なぜか鰹ダシをひいているという、不思議な状態の木戸はふわんとする香りを味わいながら切り餅を取り出していた。

 いうまでもなく、お正月の準備だ。木戸の家では、木戸が女装を始めるようになってから、いろいろと料理を仕込まれており、お正月も休みだからいいだろうって思い切り押しつけられたのである。そりゃ去年一緒にやっているので勝手はわかるけれど、丸投げで当人はまだ寝ているのだからまったくやるせない。

 もちろん、おせち自体は取り寄せ派なので、そこまでつくらないで済むのは助かるのだが。

「おぉ。いい香りじゃない。一人でそこまで出来るだなんてすごいぞー、我が妹よー」

「弟。それ間違えないように」

「でも、かーさんのエプロンつけてると普通に可愛いんですけど?」

「はいはい。ご希望なら、こちらの声でお相手しますが?」

 お餅は何個たべます? と女声に切り替えて初日の出を見て帰ってきた姉に問う。

 年末年始は大学が休みになるのもあって、彼女も家に帰ってきているのだ。時々出かけたりもあるようなのだが、それは彼氏とおデートというやつなのだろう。地元に戻ってきているのもあって、小中学校の友達と会っていたりもするそうだが、電話口から漏れ聞こえてきた情報くらいしか木戸はしらない。

「相変わらず可愛い声だなぁ。ああ、お餅は三個ね。昨日は夜中なにも食べられなかったし」

 初日の出を見に行って、姉が帰ってきたのはつい先ほどのことだ。

 ルイは撮影にいかなかったのかって? 行きたかったさもちろん。けれど去年と同じく朝の支度を済ませないといけないのもあって、いけなかったのだ。

 もちろん朝日はいつだって昇るもの。その光景は昨日だろうと明日だろうと大して変わりはしないだろう。

 けれども、節目の時の心構えというのだろうか。日の出を見る人達の表情はやはり昨日と今日とでは違うのである。

「そういえば、あんた初詣はどちらででるの?」

「ああ、普通にこのまんまだ。去年もそうだっただろ」

 餅を裏返しながら、何を当たり前なことをと男声に戻して呆れ声を漏らす。

「てっきり、あっちで行くんだとばかり思ってたけど、それって女装してると神様に失礼だとかそういう発想なの?」

「そういうのはないなぁ。ていうかそもそも日本の神様って女装大好きじゃん。大蛇倒すアレとかあるし」

「熊襲討伐か。ま、今時女装がアレな感じなのって西洋文化圏の影響だって言うし。神様は別に気にしない、か」

「ここ二年やってきて、特別迫害みたいなのは受けたことないけどな」

 八瀬が言うように、現実に女装をする場合にそれなりの躊躇というものがある人が多いのは確かだという。

 けれども、そんなものは目の前のお方が木っ端みじんに砕いてくださっているので、ルイをやるのに躊躇はまったくもってなかったのである。

「女装してかない理由は素直に家族まるっと参拝だからっていうのと、近所だとさすがに昔の知り合いに会うかもしれないしな」

 さすがに衣類とメイクで印象はがらっと変わるけれど、素顔を知っている人間は見破ることもあるものなのだ。クマのぬいぐるみを買いに行った時がそうだった。

「そりゃねぇ。あたしとルイが一緒にいるのは問題ないにしても家族ぐるみでーってなっちゃうと、どんだけ仲良しなんだよって話になっちゃうものね」

 同年代なら友達や先輩後輩で済んだとしても、親子ほどの年齢があって親しいというのはなかなかに難しい関係なのである。

「でも、その分午後からは友達と約束して初詣行く予定なんだ。部活のメンバーでね」

「ほっほー。そうきたか。今年の写真部は男子もいるって言うし、案外つばつけられちゃってたりしないんですかねぇ、ウチの妹は」

「それはないですー」

 むふふと、姉が親父くさい声を上げる。勘弁していただきたい。

 写真部に参加してるのはせいぜい二ヶ月に一回。あいなさんの講習会や、都合が合えば近場の撮影に参加する程度だ。週末は忙しいし、土曜にしたって授業の後に着替えて合流というのは忙しいしややこしい。

 そんな数回しか会ってないような相手を、いくら物珍しいとは言っても好きになるというのはどんな物好きなのだろうか。

「そっかなー。あんまり会えないからこそ想像がいろいろたくましくなって、その中でルイちゃんがエプロン姿で卵焼きとか作ってたりするのを想像したりとかするんじゃないの?」

「すでに今、餅焼いてますけどねぇ。エプロン姿で。でも、想像だけなら別に実害ないからどうでもいいですよ。自分でもルイは可愛いってわかっちゃってますから、それくらい想像されても別に」

「うわ、太っ腹。あたしならさすがにキモくて勘弁だけどなぁ」

 そこら辺は女子になりきれてないぞー、妹よーと、姉がなぜか女子力アピールをし始めた。

 いや。想像するのすら嫌って、さすがに男子可哀相じゃないか。

「でも、あたしだってエレナがこんな格好するとかわいいなぁとか普通に想像しちゃうし。そういうくらいならいいじゃない」

「ちょ、男たちがしている想像はそういうのじゃないからっ」

 姉がなぜか、真顔でそう言ってくるのだが、木戸としては、ん? と小首をかしげるだけだった。

 そろそろ餅をひっくり返さないと焦げそうだ。

「まあ、いいわ。でも、くれぐれも気があるそぶりとかしちゃダメよ? 片思いさせておくだけなんて可哀相なんだからね」

 どうせ、あんたにその気はないんだろうし、という姉の台詞には、まさにごもっともですという回答しかできないのだった。

 



 家族ぐるみの参拝が終わってからすぐ、ルイはカメラを片手に外に出ていた。

 待ち合わせは午後の三時。どうせ元旦は午前の混みっぷりがひどいから、それを回避して行きましょうという話になっていたのだ。どうやら去年もそういうスケジュールだったようだ。当然ルイは行っていないしそもそも写真部にすら入っていない頃のことだ。

 そして、今の時間は十一時だ。もちろん単独行動である。

「町中はそこまで好きでもないけど、お正月は雰囲気違うからいいかも」

 独り言をぽつりとつぶやきながら、カメラを商店に向ける。今日行くところは、そこそこ人が多いといわれている神社で、例年木戸の学校の写真部はそこにお参りに行っているらしい。

 そんな町は初めて下りるところで、物珍しそうにきょろきょろと周りを見渡してはつい写真を撮ってしまう。

 物珍しいお上りさん状態だ。

 それに加えて、お正月。和装の人もいるし晴れ着の人もいる。

 人を撮る場合はもちろん声をかけてから。みんなの表情はそれなりに明るい人が多い。

 そんな中で、カメラを向けた相手は少しばかりそんなハレの日の空気とかけ離れていた。

「あああ、こまった……なんだってお正月までこんなこと……」

 ああ、こまったこまったと言いながら、資料に目を通して電話をかけまくってる人の姿があった。お正月からとても忙しそうだ。

 さすがにその姿を撮るわけにはいかないか、とカメラを解いたとき、ふとその女性と目があった。

「あ。おおぉっ。なんとっ。なんとまぁ」

 そんな彼女はよろよろとこちらに近づいてくると、あわあわと口を動かしながらルイの身体を上から下まで見て、そのまま胸元のあたりをじぃと凝視してくるのだった。

「その、胸元の邪魔なもんをどけてみて!」

「邪魔なものって……」

 カメラを邪魔なもの扱いされていらっとくるものの、素直にカメラを持ち上げてみせる。何がしたいのかわからないけれど、あれだけ困ってるのだ。時間もあることだし少しくらい付き合ってあげよう。

「思った通りだわっ! 貴女! これから時間ない? 二時間……ううん。一時間半でいいからっ!」

「へ? え?」

 待ち合わせまでは時間はあるのだがどういうことなのかさっぱりわからない。

 カメラを邪魔者扱いしたくらいだから、そちらのほうでのお仕事ではないだろうが。

「私ね、この町で和服のレンタルをやってるんだけど、卒業式用の衣装のモデルさんが急病で一週間も撮影が押しちゃって」

 これ、名刺ですと渡されると反射的に両手で受け取ってしまう。

 確かに、所在地はこの近くになっている。しかしなんの用事があるのかさっぱりわからない。

「それで、貴女なら体型ぴったりなのよっ。和服は胸がないほうが崩れないし、見栄えもいいの。その細さ。凹凸の少ないボディは、もう理想的っ」

「聞く人が聞けばそうとう失礼な台詞ですね……」

 普通。凹凸のない身体というのは、言われて嬉しいものではない。もちろんないちち派の彼氏がいるだとかいった場合は別だろうが、あまりにもそれはニッチな趣味すぎるし、少数にすぎないだろう。ルイとしてはそこまでおっぱいに興味はないのだが。

「胸の大きさなんて、西洋文化が産んだ邪悪な思想よ? 和服なら美しいラインは日本人にあったものだものっ。もともとそんなに大きくないのが日本人の体型だし、和装はそういう日本女性の美しさを引き出すためのすばらしい装いなのです」

 うるうると、本人もそこまで大きくない胸の彼女は力説した。

 食文化の西洋化がすすむ昨今、胸の大きさは飛躍的に大きくなっているというのだが、そうなれば和装はどんどん衰退してしまいはしないだろうか。

「報酬はもちろんお出しします。元々のモデルの方にお支払いするための料金そのままです。もうここまでくれば、拘束時間もとやかくいいません」

 ぜひっ、と両手を掴まれて懇願されてしまうと、さてどうしようかと思ってしまう。もちろんこちらにぎんぎんと向けられている視線を思い切り受けられなくて、視線は横にそれている。

 時間的には問題はないし、和装にも正直興味はある。

 今回撮影するものは大学の卒業式用というから、袴姿ということになるのだろう。

 この手のものはだいたい六月くらいから動き始めて、夏にも卒業前の人達に宣伝したりするのだろうけど、最後の一押しとして宣伝を打ちたいというような状態なのだと説明はあった。

 ルイとして心配するのは、胡散臭い話ではないか、というところと、自分がモデルやるの? ということの二点だ。基本自分は隅っこ暮らしだし、表舞台にでるのは極力避けたい。

「あの、それってどの程度広告されるものなのです? ていうか、今から卒業式向けって遅くないですか?」

「最後のだめ押しなんです。もちろん今までもやってきてるし、予約も取れてるんですが、それはそれ。もっともっと和装の人達を増やしたいんです」

 ふんすと、握り拳を目の前で作られて前のめりに迫られてしまうと、その迫力にうぅとなってしまう。

 本当に和装が大好きですという感じなのだ。

 さて、どうしたものか。販売用カタログに載ると言うよりも、最後の宣伝のチラシのためのモデルなのである。

 その広告がでたとしたら、みんなはどう思うだろうか。

 姉はきっと、爆笑しながら、あんたなにやってんのよと、言ってくるだろう。

 同級生は……きっと、興味のない広告として、視野にすらいれないに違いない。広告とは必要な人に必要な情報を送るためのものであって、それ以外の人にはびびっとこないものだ。大学の卒業用衣装なんて、まだ入れてすらいない人達には、興味の外であって、それが話題に上ることもないだろう。

「いいでしょう。条件が二つほどありますけど」

 待ち合わせは午後の三時。それまでのことを考えると二時間程度しか着替えと撮影でとれない。それでも条件として、返事までの間に三十分の時間をもらったのには、もちろん理由がある。

 それまでの間に、ルイのスキルで身辺調査をするためである。

 町のレンタル衣装屋だというなら協力はしていいけれど、変な画像を撮られて脅されるなんていう展開はさすがに勘弁していただきたい。

 たとえ急ぎの仕事だとしてもきちんと納得して行いたいのである。

 そうじゃないと、いろいろと危ない身の上を持っているのだから。


 


「というわけで、撮影のお仕事を終えて、こういう格好になってるわけです」

 集合時間の三時。なぜか晴れ着にカメラを胸元につっている自分に、開口一番にきた質問に、それまでのあらましを伝え終えた。

 もちろんその疑問を口にしたのは事情を知っているさくらで、他の部員さんは、かわいいし気合いばっちりだね! くらいなノリだったのだけれど。ここにはルイがお正月を晴れ着で過ごすとおかしいと思う人が混じっていたのだ。

 事情を説明しても好きで着てるんじゃないかと疑いの目はまだ晴れない。

 さすがにエレナと違って、事情がないと自分はここまで手間のかかる衣装を着て歩こうとは思えませぬ。べらぼうに可愛いのは可愛いのですがね。さくら色の着物には花の文様が複雑にちりばめられているし、帯のデザインも金糸が入っていたりしてごーじゃすで、お正月です! みたいな空気の服なのだ。 

「ルイ先輩、かわえーっす、さいこーっす。すげぇっす。ピンクも先輩すごい似合う」

 確かに、似合うとは思う。ああ。自分で鏡の前に立っても、和装ってこんなにかわいいもの!? ってどきどきしてしまったくらいだった。

 え。どうして卒業式の袴とかじゃないのかというはなしなら、簡単。

 撮影をてきぱきと済ませた後、できあがった写真の出来に満足したレンタル屋の彼女は、せっかくだから初詣も和装でいこうぜぃといって取り出してきたのが今の衣装なのだった。

 上手いこと着せてくれたけれど残念ながら、あんな複雑な工程、自分で脱いだら二度と着れないんじゃないだろうか。はだけるようなことはしないけど、巻き込まれ系なルイとしては警戒だけはして置いた方がいいだろう。想像もしたくはないが、今までの経験上、不意にひどく脱がされたりとか、ひどいめにあわされたりとか。そういうのは天命というヤツに違いない。こちらとしては、できる限りリスクを減らすだけである。

「撮影はいいけど、拡散はしないようにしてね」

「撮れるだけで幸せですよー。いいなぁ。私ももうちょっと身長あったらなぁ」

 一年生唯一の女子である夏紀めぐみちゃんは、男子ほどではないにしろ笑顔を満開にしてこちらの撮影をしていた。そんな彼女自身はパンツスタイルで非常に動きやすそうだった。

 和装は確かに可愛いのだけれど、どうしても歩幅が狭くなってしまうのがいただけない。

「めぐちゃんも着ちゃえばたぶん、普通に似合うと思うよ?」

「えー、でも七五三のときに着たきりですけど、なんか写真みてもぱっとしませんでしたし」

 先輩の七五三の写真とかすっごい可愛いんだろうなぁと、言われてさくらが一人頭を押さえていた。

 ええ。確かに七五三は一応やってますし? 可愛いですよ。振り袖じゃーなかったですがね。

「さて。じゃあそろそろお参りいっちゃいましょう。私の合格祈願もしてくれてかまわないぞ、後輩達」

 元部長さんの一声で、撮影会はひとまず終了になった。上級生は二人。受験を控えている先輩方はここのところ部活動があまりできてないようで、心なしかこのメンバーで集まるのが楽しそうだ。

 もともとイベントしかきてないルイではあるのだが、そんな二人が無事に受かるように、そしてなにより来年も無事に一年活動ができるように、こちらの神様のほうにもお願いをしようと思うのだった。

 ちなみにお賽銭は五円である。

 ルイの、恥ずかしそうな和装、袴大学生卒業式モードは、脳内保管で是非とも! だってまだまだ本番まで、五年以上あるのですものってのは逃げで、描写するだけの時間的余裕がなかっただけなんさ!

 和装も男の娘に似合うと思います。おっぱいないしね!

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