600.ほのかさんと銀香の夏6
最近更新ペースが一週間くらいかかってますが、もうしばらくこんな感じでよろしくおねがいしますー。
「結構撮りましたけどまだ行きます?」
「んー、ほのかがお疲れなら、これで終わりでもいいけど、次は大銀杏だよ?」
どうする? とほのかに言うと、あれだけ町を歩いてまだ行きますかと彼女はちょっとばかり顔を曇らせた。ちょっと首筋には汗がにじんでいる。
いや、でも中学校の撮影が終わって小一時間というところだ。
町の撮影をしがてら大銀杏を目指そうという感じだったのである。
ちなみに、夕暮れの時間帯を狙いたかったけど、さすがに帰る時間が遅くなるのでそれはやめておいた。
木戸家としては、夕飯は作れません宣言はしているけど、お嬢様であるほのかをそこまで遅く帰すことはできない。
「……学校にいるときよりひどくないです?」
「まっ、今日は一日フリーだからね! となればこれくらいは撮るけど?」
「これが日常となれば、確かに縛り写真なんてっていいだしますよね」
これはひどいとほのかは言ってくるけど、今日はお仕事もあったのである。
そうなると、もう、枚数がすごいことになっても仕方が無いと思う。
「プライベートで撮ったのってまだ百枚程度だよ? 普段大学でだってそれくらいだと思うのだけど」
「その前にそれぞれ二百枚ずつくらいは撮ってましたよね……」
学校の写真たんまりでしたよね、と言われて、まあそうですがと答えておいた。
すでにバッテリーは予備の物に変えているくらいに今日は撮影しまくっている。
「まあでもほら、昔みたいにこれで現像代が湯水みたいに使われるっていう感じじゃないんだから、いいんじゃないかな?」
そりゃ、昔はフィルム一本での本数制限と、現像のお金を考えると、一日数百枚ってのは無茶だったかもだけどというと、しかし、とほのかは言った。
「バッテリーに関しては家で充電すればいいし、一個予備があればいいって感じじゃない?」
「バッテリーの予備って合宿の時くらいにしか持って行きませんが……」
ふむ。ほのかでさえそうなのか、とちょっとばかり首を傾げる。
「あんまり重たい物じゃないし、いっぱい撮るっていう風に思ってるなら、持っててもいいと思うんだけどな」
実際お仕事だと400とかは最低撮るわけだしさ、というと、私はプロを目指してるわけではないので、とさっくり言われてしまった。
ふむぅ。今の現役の写真部さん達はどうなのだろう。
「撮るって決めた時はいっぱい撮るようには指導はしてきましたけど、それでも一日五百枚とかはちょっと常軌を逸しているというか」
「ほのか達はどれくらい撮ってたの?」
「奏がくるまでは、そうですね。一日五十枚も撮れば。それからは三倍くらいは集中して撮って、一週間の縛りを一日縛りにした感じです」
なるほどなぁと、写真部のメンツを思い出しながら、でも当時の部長さんならめちゃくちゃ撮ってそうだけどなぁと感想を漏らす。
撮るのが楽しくて。そして奏の写真を見て、是非写真部に! といってきた子である。
「あの人は……一日二百とかは撮るようになりましたね。いるはずではないあの子の写真に出会って、盲が開けたといった感じだったみたいです」
うちの学校、良くも悪くも伝統を引き継ぎすぎて、フィルムからデジタルへの成長ができてなかったのですよね、とほのかは言った。
それには身に覚えがありすぎなので、改めて言う必要はないだろう。
「そこを改めてデジタル世代の感覚に持って行きたいところだね。まぁ、お金がかかろうが自分の好きな物をー! って、現像まで自分でやろうってなる子もいるかもだけど」
アナログはアナログでいいものがあるのです、というと、そういうものですか? とほのかは首を傾げながら疑問符を浮かべていた。
そこらへんは、ゼフィロスの施設にはなかったものだ。
現像室という、あの暗い空間はあの学校には無かったのである。
きっと、ゼフィロス的にはそういう作業は業者に任せる方向だったのだろうと思う。
下手するとあの学校、写真が撮りたいなら、写真家を呼べば良いじゃないっていいそうだものなぁ。
「ルイさんは、アナログの現像ってのはやったことあるんですか?」
「んー、一回だけね。うちの母校には暗室があったし、一通り教わったけど……そっちで好みの色を出すよりは、瞬間を撮りたいって気持ちの方が強いかな」
あ、でも、プリンターと紙にはこだわりたいです! というと、おうちにどんなプリンターがあるのか楽しみですね、とほのかにキラキラした顔を向けられた。
実を言えばあまりプリントする機会はないので、まだまだ木戸家には前のプリンターがあるだけである。
あいなさん達みたいに個展をやるようならば、いいプリンターを買うべきだろうか。それとも印刷業者に任せるべきなのだろうか。
個展をやれるかどうかは別として、参考程度に今度聞いてみても良いかもしれない。
「はい、そんな話をしていたらご到着で、す?」
「おぉ、ここが大銀杏ですか。おっきいですねぇ」
おー、とほのかは首をほぼ真上にあげて、町のシンボルでもある銀杏を見上げていた。
けれど、ルイとしては注目するのはそちらではなくて。
「おぉ、ルイのじょーちゃんじゃねぇか。会うかもとは思っていたが、まさか実際に会っちまうとはな」
カメラを構えてルイ達に声をかけてきたその人物は、そろそろ定年も間際というくらいの良い感じなおじさまだった。
ルイの父親よりも一回り上、といったくらいで、髪にも白い物がほどよく混ざっている感じである。前にあったのはいつだったろうか。お久しぶりである。
「興明さん、今日はオフで撮影ですか?」
それとも、銀杏の撮影の依頼ですか? と首を傾げながら聞くと、彼、小梅田興明さんはお前は何を言ってるんだとばかりに豪快にため息を漏らした。
「なにって、撮影だよ撮影。それ以外に何があるってんだ」
「いや、オフかオンかってのは大切だと思うのですが」
ルイとしては、この銀杏の写真を撮る仕事というのが彼に振られたのでは無かろうか、というのがちょっとばかり気になるところなのだった。
この町、銀香町はさほど商店街にも町内会にもお金があるわけではない。
町のパンフレットだって、ルイちゃんの写真を使わせてよ! っていってくるくらいには。
それを、いくら興明さんだからといって仕事として撮影を受けるというのはどうなのだろうかと思ってしまうところもあるのだ。
もちろん、良い写真を撮ってはくれるとは思うのだけど。
悔しい気持ちがちょっとはある。
「わーったよ。今日は完全にオフだ。プライベートだよ。ぷらっとこいつを撮りに来たくなるのは俺もそうだけど、コロだってそうだろ? 佐伯写真館のメンツもよく撮りに来るだろうによ」
どうして俺だけプライベートで撮りに来てそんなにかみつかれるんだよ、と興明さんは少しばかり肩を落とした。
いや、だってお仕事として受けたのかと思ったのだもの。
「そりゃまあ、うちの写真館のみんなはいっぱい撮りに来ますね」
太くて大きくてご立派なので! というと、うちのタケは立派じゃなくてすまねぇなぁと彼はよくわからないことを言った。
別に息子さんのタケさんのことはどうでも良いのだけど。
なんて、思っていたら、ちょいちょいと服の裾をほのかに引っ張られた。
いきなりの邂逅で、ほのかさんはなにこの怪しげなおっちゃんは、と思ったらしい。
確かに小梅田さんはあいなさんがかばってくれるくらいには、やんちゃな相手だしなぁ。
「こちらカメラマンの小梅田興明さんです。私の憧れの写真を撮った人です」
「なんだか、げんなりしてますね」
大丈夫です? とほのかが不思議そうな顔をしているのだけど。
うーん。憧れは今も変わらないのだけど、どうしても小梅田さん本人と会うと、あの繊細な写真を撮った人という感じがどんどん薄れていくというか。
まあ、もちろん小梅田名義の写真を見ると、おぉ、とは思うんだけどね。
「じょーちゃんも今日の感じだとプライベートだな。そっちのは初めて見る顔だが」
「こちらは女子校出たばかりの写真仲間です。息子の嫁に欲しいとか言わないでくださいよ」
「いくら何でも誰にでも言ってるわけじゃねぇよ」
まあ、そりゃ心配はしてるがな、と彼は言った。
「心配してたんだ……てっきり写真撮らないやつはみんな、許さんとかだと思っていたのに」
「って、さすがにそこまでひどくないつもりなんだがなぁ。そりゃ、ただの夢を見てるだけなら注意くらいはしてぇところだが」
信じるにたる決意とかを見せてくれれば、どんな道であってもいいんだが、あいつにそれがあるとも思えねぇしな、と興明さんは頭をがしがしとかいた。
「そこには同意をしたいところではあるのですが。最近はいろいろと仕事をしてると思いますよ?」
ま、迷惑なこともありますけどね、と肩をすくめると、まぁ、なんだ、迷惑かけたならすまんな、と素直に謝罪の言葉が来た。
以前の小梅田さんからはでないであろうことである。
なにか心境の変化でもあったんだろうか。
「でだ……その。最近は木戸のじーさんはどうしてるんだ?」
「どうして、そこでその話がでるんです?」
ちらりと視線をほのかに向けながらもそう問いかけてくる小梅田さんに軽く首を傾げておく。
いちおう、じーちゃんと知り合いというのは表に出しているけど、孫だということはあまり広めていない情報である。
ちょっとくらいとぼけておくのが自然だろう。
「だっておめぇ、お前さんのじーさんだろ? 孫に聞いておかしくないだろうが」
「……はぁ。この前の六月の時に、お邪魔してたみたいで」
そのときにばらしましたか、じーちゃんったらと肩をすくめた。
「いやぁー、俺もすっごい驚いた。まさかあの人の孫だってな」
どうりでその歳でそんだけ写真が上手いってな具合だな、と彼は納得げにそう言った。
いや、でもじーちゃんとのやりとりはここ数年の事なんだけれども。
「孫といっても、うちの父はじーちゃんに勘当されてましたし、正直去年あたりまで御影じーちゃんが写真やってたなんて知らなかったくらいですよ」
「まじか。才能って遺伝する……と思いてぇが、ま、それを理由にしちゃあかんわな」
うちの愚息の事を考えると、才能が遺伝するっていうんなら気楽な話だと彼は肩をすくめた。
まあ、ルイとてそう思う。
才能というものは生まれつきもあるのだろうけど、それを見つけて磨くような環境があるというのが第一なのだろう。
「あの、話についていけないのですが?」
ああ、と、一人蚊帳の外になっていたほのかに一応の事情は説明しておく。
祖父がこのカメラマンの興明さんと若い頃からの知り合いであること。それと先日、しれっと自分との関係を興明さんにしゃべったこと。
「あ、でも、じーちゃんの件は一般には内緒ね。師匠的な人扱いはしてもいいんだろうけど」
前に銀香の町歩きとかも一緒にしたから、というと、ルイさんのお祖父さまですか……と、ほのかがなんだか失礼な視線を向けてきた。
この人のお祖父さんか、というどこかやれやれだぜ、というような視線である。
「じ、じーちゃん変わってるけど、悪い人じゃないよ? ちょっとこう、まぁ……孫に晴れ着を着せて、男の娘なのに……とか言わせてるとかそういうことはあるけど……あれは町が悪いだけであってね?」
「孫って、ルイさんって男の兄弟いましたっけ?」
「従弟がいるのです。が、これも極秘ね」
あんまり家族構成とかは謎なのです、と人差し指をたてて、しぃーっと言ってやると、カシャリと興明さんがシャッターを切った。
うぅ。どうしてそこで写真を撮るのか。
「むぅ。人を撮るときには了承という物が」
「事後承諾だろうよ。残しておいてもいいよな?」
「配らないでくださいよ? でも、興明さんって自然写真中心でしょう?」
なんでまたあたしを撮るんですか、というといやぁと興明さんは、はぁとため息を漏らした。
「今日はオフだからな。撮りたいモンを撮る。そんだけだ」
お前もそうだろう? といわれて、まぁそれは、と口を濁す。
確かに、休みは被写体を縛らないで済む。それこそ人を撮ってとか、風景を撮ってとかっていう縛りがない。
こちらの好きに撮影ができる。
「なら、俺が人を撮っても悪いことはないだろ? つーか、おまえさんは知らないかも知れないが、俺はこれでも人物だって撮るんだぞ?」
コロにくっついて歩いてるお前が、俺と会うことはそんなにないだろうがね、と興明さんは肩をすくめた。
そう言われると、たしかに。
興明さんの名義の仕事が本として出ることはあまりないな、とは思っていたんだけど、人を撮る仕事をしているということなら、自然の風景の画集が出るなんて事もそんなにないのかもしれない。
というか、風景写真の雑誌とかって、圧倒的に個人の物というよりは編集部の名前で出てるのが多いので、それだけ難しいのだろうなとも思うのだ。
「風景の写真集か……そういえば、興明さんがあの写真集を出すに至った経緯とか、この際だから聞いてみたいのですが」
お時間はよろしいですか? とずいと詰め寄って聞くと、お、おうと、興明さんは慌てながらうなずいてくれた。
「そうか。こうやって男性を手玉に取っていくのですね……」
ぼそっとほのかがそんなつぶやきをしたのだけど、そんなつもりは全くない。
じーちゃんの話を知った興明さんは、ちょっとこちらを意識しているようだし、せっかくだから自然写真の撮り方についてのレクチャーなど、いろいろとして欲しいと思ってしまったルイなのだった。
「ついつい、話し込んじゃってごめんね」
なんか、けっこう良い時間になっちゃって、と商店街を歩きながら、ほのかにお詫びをした。
「いいえ。なんかルイさんが大人の人と話をしてる姿ってちょっと新鮮でした」
というか、良い年齢の男の人にあれだけ物怖じしないってのはすごいです、とほのかに思い切り言われてしまった。
ううむ。さすがにほのかの生活では、あまり親御さん達以外との男性との交流というのはあまりない、ということだろうか。
「いちおう、あの人ほど豪快な人は居ないと思ってるけど、結構あらいのが日常って人多いから、撮影しまくるなら慣れておいた方がいいかもね」
ほのかみたいな可愛い子がいきなり声をかけたら、きょどっちゃう人もいるかも、と言うと、なんですかそれはー! と彼女から照れたような反論が来た。
まあ、撮影者の性別による補正はあるのだろうけど。
それが良い方と悪い方のどっちに転ぶかは正直わからないところだ。
「でも、なんか、ルイさんが大人にやり込められているというのは、新鮮ですね」
「うぅ。やりこめられてないもん」
さて。先ほどの興明さんとのやりとりをばっちりほのかにも見られていたのだけど。
割と、先輩にいろいろと注意とか忠告とかを受けるというような感じになってしまった。
そりゃ、まあ。こちらは人物でのお仕事だけしかやったことが無いわけだけれども。
結構手厳しい話も多かったのである。
「ほんとに?」
「うぅ。そんだけ風景の写真で身を立てるのは大変ということで」
はぁとため息をつきながら、さきほどの興明さんの話を思い出す。
ずばり、おまえさんが撮ってきた『風景』は売れるのかというお話だった。
実を言えば、特撮研にこわれてお渡ししたことはあるのだけど、あれはイレギュラーといえばそうなのかもしれない。
報酬だってほぼないようなものだったわけだし。
「君に、人が求める風景を撮れるのか、ってのは、ちょっとぐさっときたかな。正直、いろんなイベントだったらみんなが喜ぶものは撮れると思ってるけど、自分が好きで撮った物で人を感動させられるのか、といわれると」
難しいね。というと、ほのかが驚いたような顔を浮かべていた。
いや、そんな顔を浮かべられたって、ルイさんだって悩みますってば。
「あたしが好きな景色をみんなが好いてくれたらこれ以上素敵なことはないけどさ。でも、人によってそれは違うからさ。興明先生はそういうのも合せてお話してくれたんだと思うよ」
対人だと、その場所での好みを抽出すればいいし、撮影をすればいい。
アルバムなんていうのは、もう、当人達が見て楽しいものという形である。
そういうのをとっぱらって、誰が見ても気になる風景引き込まれる風景を撮って並べていく、というのがどれだけ大変なのかは、先ほどの話でも痛いほどよくわかった。
「その写真を欲する人は誰だろうか、って考えて撮るって助言は、なんとなくわかるんだけど。果たして銀香の風景でさえ、あたしはみんなの好ましい写真が撮れているのだろうか、なんてちょっと思っちゃうんだよね」
自分の写真のできには、判別はつく。駄目なものは没、それでいい。
ただ、いいと思ったものが、どれだけ人に受け入れられるかというのはまた別のことだ。
依頼という形でこういう物を撮って欲しいといわれれば、それを撮るだけの腕はあると自負はしたいところだ。
最低限はそれはやれると思っている。
でも、果たして好きに撮った写真をみんなが認めてくれるのか、といわれると悩ましいところだ。
エレナのところに間借りしてる写真の公開場所も、反応はないでは無いけど、純粋に写真を見てという人はかなり少ない。見てくれない訳はないのだけどね。
ファンができてくれるのは嬉しいけれども、この作者だから、この作品はいいものだ、という判断よりは。
前知識なくそれを見て、気に入って欲しいなぁとルイは思っている。
「ルイさんの写真はどれも素敵だとは思いますけどね。私は好きですよ」
「そう言ってもらえるとうれしいね。そんなほのかにはコロッケをおごってあげよう!」
「おっ。さすがは大人! ごちそうさまですっ」
銀香のコロッケはちょっと気になってたんですよね、とほのかはうれしそうに答えた。
どうやら貧乏だったころのルイの話は知らないようで、素直にコロッケが食べられることを喜んでいるようだった。
「それじゃおばちゃんのところに行って、軽めにコロッケを食べて行こうか」
あんまり多いと夕飯食べられなくなりそうだし、というと、基本のやつとおすすめのを一個ずつ食べたいです、という返事が来た。
まあ、それくらいならいいかなと思いつつ、そのお店の前に到着したのだけど。
「ちょ……今日は定休日じゃなかったはずだけど」
さて。コロッケ屋のおばちゃんちのシャッターにあったのは、「臨時休業」とかかれていた張り紙なのであった。
銀ブラも終盤となりましたが、この人の登場となりました。
久しぶりのこーめーさん! 卒業旅行リベンジの頃はドキドキしながらお風呂でのぼせたりしてたルイさんですが、最近はずいぶんたくましくなりました。あのときのはこーめーさんが不意打ちかましたからなんですけれどもね……
五年後どうしてるのか、はたしてルイさんはどうしてるのでしょーかね。
さて。次話はコロッケ屋のおばちゃんのお見舞いに病院に行く予定です。
一回はおばちゃん周りの話もしたいなぁということで。