599.ほのかさんと銀香の夏5
中学はぶっちぎる予定だったけど、一話分つかってしまった……
「では、写真の選別をして来週お持ちしますね」
「いやぁ、あのルイさんの写真に触れられるとは、うちの生徒達は本当にラッキーですよ」
ありがとうございます、と中学校の教頭先生は明るい顔を見せてくれた。
五十過ぎくらいだろうか。ありがちではあるけれど、ほっそりした感じの苦労人という感じの見た目をしていた。
小学生の頃はその年代はかなりの歳に見えたのだけど、今だと父親よりもちょっと上くらいに見えるから不思議だ。
「そこまで評価していただけると嬉しいですが、実際みなさん写真にどの程度興味があるのでしょう?」
「そうですねぇ。うちの中学はスマートフォンの持ち込み禁止なのですが、それの許可運動というのが起きるくらいには、といったところでしょうか?」
「スマホの禁止、ですか?」
はて、と首を傾げていると、あぁとほのかはなにかを察したようだった。
「スマホって基本的に禁止なんですよ。うちの学校でも使えるようにするべきだーって動きはありましたね」
ルイさんのところは? と疑問符を浮かべられたのだけど、ルイとしては答えようがなかった。
中学の頃は特別そこらへんの連絡手段に興味というものは無かったし、それにあそこの学校は禁止ではあっても、管理もザルだったというのもあったのだろう。
そもそも、男子生徒がモテるのを放置するような学校である。
今にして思えば、半ばゲームみたいになってしまった後半なんかは大人の介入があってもよかったと思うんだけど。
相談してないから、といわれてしまえば確かにそうなんだろうけれどね。
「高校に入ってからガラケーを買ってもらいました」
家にパソコンがあるんだからスマホじゃなくていいだろうみたいな感じで、とルイが言うと、今時こんな子もいるのか……とほのかを始め、教頭先生にまで生暖かい目で見られてしまった。
いやね、当時はガラケーの方が基本料が安くて、こっちにしなさいって言われて決まったというのが本当のところで。
今だと格安SIMがあるからタブレットも問題なく使えているけれど、当時はカメラのほうにばっかり意識が行って電話については正直どうでもよかったのである。
実際持ってみるとタブレットの恩恵はすごいなとは思うけどね。
もっと早くスマホにしていたら、町中で迷う子という残念な感じはなかったんじゃないだろうか。
「ルイさんならそこらへんは自分でって感じがしなくはなかったですが……」
「んー、いちおううちの親、放任主義ではあるけどネグレクトって訳じゃないからね? 学費も出してくれるよい親なのです」
うんうん、としみじみ言ってやると、それは良いご両親ですね、とほのかもうんうんと頷いた。
昨今の不況の中、大学への進学率はあがり、それに応じての出費は莫大になる傾向がある。
大学の学費に関しては、奨学金を利用する率が50%に近くなっている、という現状としては、大学の学費を親が出してくれる家庭というのは半分ということになるわけで。
そのことに関しては、十分に感謝しているルイなのである。
まあ、高卒で写真の仕事をという道もあったのでは? とは思うのだけど、大学に入ったからこそ得られた経験というのも確かにある。
その点に関しては、ありがたいなぁと思う昨今だった。
「……あの、ルイさんのご家庭になにか問題が?」
そんなほのかとのやりとりを聞いて、教頭先生は遠慮がちに声をかけてきた。
「いえ、子供を信頼してくれる両親の元で、自由にやらせてもらってる感じです」
問題なんて、特にはないですよ? というと、それはよかったと彼は言った。
まあ、一般的には問題の無い両親なのだろうとは思う。
子供に愛情を注ぎ、ある程度自由にもさせてくれて、仕事にも腐心をし、収入もそこそこ。
父様に関しては少し自分の限界を決めすぎなところはあるようにも思うけど、部下にも慕われ、上手くやっているように思う。
ただ、女装っていう単語に対して将来を心配しているだけなのである。
性別を「変える」ことはOKだけれど、宙ぶらりんであることが両親としてはとても不安であるらしい。
これは、性別移行がOKということを喜んでいいのか、自由にやれないことを嘆いて良いのか、本当に難しいところだ。
「実を言えば、最近の学校というものは、不登校だったり注意力が散漫だったりと、いろいろと個性のある子が多いのですよ。それにはケアする形で対応しなければならないのですが、親が理由というのならば我らはしっかり口を挟んで子供を守らなければならない」
「教頭先生ともなると、気苦労も多そうですよね。ああ! この機会なので、質問いいですか?」
はい! とほのかは威勢よく手を上げた。
「いいですよ。佐月さん、でしたか」
どうぞ、と言われてほのかは遠慮無く話し始める。
「小中学校の校長先生って各イベントでやったら長い話しますけど、あれってなんでなんです?」
高校では、そうでもなかったのですがと、ほのかは遠慮がちに言う。
ゼフィロスのイベントにはルイも参加しているけれども、学院長の話に関しては、部外者の立場であってもそれなりに面白いなと思うような熱があったように思う。
「そこは、若い子に指摘されるとちょっと困るけど。そうだね、私が校長になったらちょっとはいじろうかなとは思うポイントだね」
ま、どうなるかなんてわからないけれど! と教頭先生は苦笑を浮かべた。
それは、自分が校長になるに向いているのか、ここまでなのか、というのもあることなのだろうと思う。
「あの手の話のネタは前々から用意されてるもので、あまり自分の言葉で話そうという校長はいないんだよ」
あとは純粋に世代差というのもあるのかな、と彼は言った。
「良さそうな原案を校長が探してそれを読むという感じなんですか?」
「そうなるね。だから定年間近に校長に上り詰めた人が、いいと感じる原案をしゃべるわけだ」
「それが必ずしも中学生に理解できるか、といわれたら無理でしょうか」
なるほど。理解力と経験の有無でお話の内容の受け止め方というのはだいぶ変わるってことか、とほのかは何やら考え始めた。
きっと、保護者としてその話を聞けば、眠くならないのかもしれないなぁとルイは思ったりもした。
「うーん、なんか教頭先生みたいな人がお話をしてくれるのなら、子供向けに話せそうに思いますが」
「大人の社会には、処世術という言葉があるんだ。まあ、ルイさんくらいそのままで輝いていれば縁はないかもしれないがね」
私みたいな一般人が果たして校長になれるのかというと、難しいものだね、という教頭にルイは首を傾げる。
ルイとて、一般の方のはずである。
確かに、見た目には気をつけているけれども、いわゆる芸能人さんみたいなのとは違うと思っている。
それに、どちらかといえば、腕のほうで懇意にしてもらいたいのだ。
春先の事件つながりで、仕事が急増というのは、正直好ましくは無かった。
「私も、しがらみには負けますよ。自由に撮りたいときには撮りますが……ああでも、写真に関しては譲れない、かな」
撮った写真を消せって言われたら、反発しますよ? というと、ほのかはきゅっとルイの服をつまんだ。
話の方向性が、ほのかには少し怖いように思ったのだろう。
「はははっ。そこらへんの覚悟がその歳でできてるのはさすがですね。私も校長にいつかなりたいと思っていますが、このままずっと定年までこのままだったら、と考えるとちょっとぞっとします」
本当に。やりたいことはいっぱいあるのに、と彼はため息交じりな声を上げた。
校長の仕事に関して、先ほどの言い分からも、いろいろとやりたいことがあるのだろう。生徒のためにと自ら思う、最善を尽くそうと思えるのはよいことだろうと思う。
ただ、それは、ルイの譲れないことと重なるかといえばNOだった。
「上を目指すつもりはないから、そこらへんはあまり。私はただ、好きなのを撮って、納得した物を見てもらいたいだけです」
もちろん、依頼されたらそれに見合うものは仕上げますけどね! というと、教頭先生は、え? というような顔をした。
「……世界一を目指すとかそういうのは?」
「評価は気にしませんから。それに、先生と違って、肩書きと写真のできは関係ないですもの。もちろんお金があれば良い機材が使えるってのはあるけど、一定のランク以上だけが入場を許される撮影現場、なんてのはすっごく少ないですし」
限定的な撮影場所というのは、きっとあるにはあるのだろう。
要人が集まるところだと、警備の関係で撮影が難しいというのはあると思う。
でも、他にも被写体はあまたにあるわけで。
なにも、人が入れない区域で活動するカメラマンになろうというわけではないのだ。
特権がなくても入れる場所なんてのは、むしろたくさんありすぎる。
あとは、そこを見つけて、どう撮るか、というほうが大切なのではないだろうか。
みんなは足下を見ないで外国ばかり賛美するけれど、国内にだって綺麗な場所はいっぱいある。
あいなさん達はいつもそういうところを発見して、ここいいよ! って教えてくれる。
そういうのに憧れるし。それに。
普通の中にあって、誰も目をとめないようなところにも、小さな発見があったりするから、そういうのも見て欲しい。
それこそ、「学校」っていう普通の場所が、いかに大切なところで有るか、ということについても。
「それがこの町を訪れるゆえん、かな?」
「いえ、ただ、この町が好きなだけですよ? 実際に住むかどうかはわかりませんけど、みなさんとは仲良しですし」
いつか校長先生の話も短くなるかもしれませんし、というと、彼はあぁーといいつつ、ぺしりと頭を叩いた。
「ご期待に添えるかはなんともいえないが、君の子供がうちの学校に通ってくれるのなら、頑張ろうという気にもなるものだ」
もちろんうちのような公立の学校で、ひいきなんてのはしないがね、と彼はいいつつ、ちゃんと後輩には言い聞かせておくので! とルイに子供の入学を迫っていた。
ほのかからすれば、はぁとため息をつく話である。
果たして子供をつくろうと思える相手に、この人が出会えるのか、本当に疑問だったのである。
ただ、それを表情に出すことはせずに、是非とも長い話がなくなるように頑張ってください、とだけ答えた。
大人な対応ができるようになったほのかである。
え、それを言われたルイ自身はって? それは子供が中学生になるころには先生の定年が来そうですねと現実的なことを話していた。まだまだ結婚や家庭とは無縁なルイである。
「スマホ解禁に関しても、なるべくなら叶えて上げたいところだね。いちおうまだ禁止なのだけど」
運動があっても、国の基本方針がNOならそれに従わないといけないっていう意見のほうが強いんだ、と彼は言った。
「どっちみち大人になれば絶対使うツールといってしまっても過言ではないわけだし、子供のうちから正しい使い方を教えた方がいいと思うんだけどね。ゲームなんかもやれてしまうから悪影響があるだろうっていう認識の方が強いみたいで」
実際、子供にスマートフォンを貸した親が、ゲーム内課金をして請求がすごいことになったなんて話も以前話題になったし、と教頭先生は困ったような顔を浮かべた。
果たしてその道具は子供にとってどうなのか、というところなのだろう。
ほとんどスマホやタブレットなんかはミニパソコンといってしまっても良いようなものだ。
好き勝手に扱えば、危ないことだってもちろんある。危険から遠ざけるのか、危険な場所を歩けるように教育するのか、というのは意見が分かれるのかもしれない。
「そういえば、スマホ解禁運動の引き金がルイさんだっていうのはどういうつながりなんです?」
運動が起きるのはわかるのですが、とほのかが首を傾げた。
そりゃ、確かにそうである。
ホームページが見たければ、家のパソコンとかで見てくれればいいわけだし、スマホを持つ必要性をいまいち感じないルイだった。
銀香で道に迷うというのはそうそうないだろうし。
地図アプリが必要なほどに複雑な町ではないのである。
「ああそれはほら、スマートフォンにはカメラがついているからね。町中の何気ない風景を撮るっていうのが流行っているんだ」
それで解禁して欲しいとみんな熱弁を振るうわけだね、とちらりと教頭はルイの顔を見ながら言った。
さて、ルイはというとぽかーんとした顔を浮かべてしまっていたのであった。
なぜって、撮影が好きな子が多いっていうのは素直に嬉しいけれど、それで発想がスマホに行くというところである。
「す、スマホがダメなら、カメラを買えばいいじゃない!」
「ぶっ。さすがルイさんですね」
まあ、たしかにその通りなわけですが、とほのかは苦笑気味に言った。
カメラだけならば学校も携帯するのを許可してくれる可能性はあがるだろう。それがメインであればそれでいいはずなのだ。
なにも一眼を持つ必要はないわけで、小さいコンデジからスタートでもいいと思う。
「そ、その発想も間違いではない、かな。写真部には携帯許可は出しているし」
よし、今度その話がきたら、そのフレーズは使わせてもらおうと教頭はにやりと笑った。
「でもそれ、みんな写真部に入らないとカメラ持ってこれないんじゃないですか?」
部活の備品としての許可ですよね? とほのかが言う。
「それならそれで兼部でもしてくれればいいさ。まさかの写真部部員百人越えの伝説、なんてね」
「きちんと活動してくれたらなおさらいいですが……まあ日常でこの写真どうよーってお互い見せびらかし合うのは、楽しそうかもしれませんね」
正直、写真部というのはルイの経験上そこまで人数が集まらない傾向があるところだ。
写真が好きというのだって、クラスに何人いるのかというくらいで、学生時代はもっぱらさくら達と写真の品評を行ったものである。
それが教室でもできるとなると、かなり楽しそうだ。
そういう日が来るといいねと教頭先生も楽しそうに目を細めていた。
「さて。ではそんな何気ない写真を、撮りに町にでるとしましょうか?」
「結構、良い時間ですもんね」
それではそろそろおいとまさせてもらいますね、というと教頭先生は、また遊びにおいでと送り出してくれた。
小学校と違って中学校はしっかりしてるなぁと思いつつ、ルイ達は町への撮影をし始めたのだった。
そんなわけで教頭先生とおしゃべりです。
個人的な印象ですが「校長=ちょっと丸い体型」「教頭=細身で苦労性」というイメージがあります。
教頭から出世して校長になるっていうのがいまいちタイプが全然違うよね? と思ってしまったりします。
そして、スマホ話。解禁の方向で今議論されてるそうですが、そうか禁止だったかと思うところです。なにげに持ち運びしやすいカメラと捉えるのなら、あれはあれで使い勝手がいいものですね。
さて。次話ですがやっと町に行けます。お仕事終了のプライベートでございます。