596.ほのかさんと銀香の夏2
最近不定期ですんません。
それと、誤字報告ありがとうございます。
「まずは無難に校舎の中から行こうかと思います」
「はい! 先生! 教室いっぱいあるけどどういうの狙いますか?」
小学校の撮影を開始するに当たってほのかが元気に手を上げてそんな質問をしてきた。
ちなみに反対の手には鍵束が握られていたりするのだけど、それは小学校の鍵である。
しかも、束の上には可愛らしい猫のキーホルダーがある。
結構大きいやつだ。守衛さんがこれを使うのだとしたら、ずいぶんとファンシーだなとも思うのだけど、宿直は先生達の持ち回りなのだろうか。
先生達曰く、重要なところのは入ってないと言っていたけれど、ぽんとこれを渡してしまっていいのかなとちょっと思ったりはしてしまう。
まあ撮影のためについてこいとも言えないし、かといって平日に撮影にくるとそれはそれで学校がパニックになる可能性もあるから悩ましい。上級生達はHAOTOや崎ちゃんの件を知っていて騒ぐし、低学年の子達はクマの妖精さんのことで騒ぎそうな気がする。
「まずは特別教室からかな。みんなが絶対使う理科室とか保健室とか家庭科室、音楽室は多めに。でも小学校は教室移動あんまりないから、なにげに特別教室少ないよね」
「まだ成長途中ですしね。あんまり児童を動かさない方針なのかな」
そして、学校の先生は小学校の場合、ほとんど全部の教科を一人で受け持って一つの教室で完結するのである。
そもそも、特別な場所でやる授業じゃない限り、教室で一緒にずっと勉強するのである。
それこそ、お昼ご飯も一緒に食べる感じで。
「移動教室がないってことは、好きなだけぼーっとできるということでもあるのだけど」
「ちょっと変わった子、でしたっけ?」
「それは違いないのだけど……うん。ちょっと撮影していこうかね?」
ふむ、とさきほどキーホルダーをなでなでしていて感じた違和感を片付けておこうかと思う。
失言しないようにとほのかにも言ってはあるけれど、何があるかわからないからね。
「なにかするんです?」
「せっかくだから、このキーホルダーの猫さんを撮影してみない?」
鍵束にこんな可愛いものがくっついてるなんてねー、といいながら、猫さんだけ外して廊下の窓の下のところに置いた。
そして、ほのかにも写真を撮らせておく。
カシャカシャとシャッターの音が鳴った。
これで、ちょこんと窓際に居座る猫のキーホルダーの絵の完成である。
「こういう小物撮るのも結構楽しいものですね」
「お仕事の写真としては使えないけどね」
さて、それじゃー撮影がんばろー! といいつつほのかの腕を引っ張る。
猫さんはそのまま放置だ。
「えっ、ちょ。ルイさん?」
「午後には中学校の撮影も控えてるからばんばん行かないとねー!」
ほれほれ、まずは理科室からいこーか、とぐいと歩く速度を速める。
ほのかはなんでこんなことするの? と不思議顔なのだけど、まあこればっかりは仕方が無い。
つるし上げてももちろんいいのだけど、違ったらそれはそれで恥ずかしいし。これが正解なのだと思う。
「理科準備室に到着! なんというか小学校のはちょっと薄暗くて不気味なイメージがあるよね」
骨格標本とか動き始めたりしてねー、といってもほのかはまだ首を傾げていた。
さっきの置き去り猫さんのことを気にしているのだろう。
「あの猫さん聞き耳を立ててたみたいでね」
触った感じ、ふわふわじゃなくて中にちょっと固いのが入ってる感じだったというと、え? とほのかは驚いたような顔を浮かべた。
「これでそういう仕様のキーホルダーでしたー! ってことなら恥ずかしいから、置き去りにしてきた感じ。あとで回収してくっつけて返却しよう」
実はこの鍵束にも盗聴器がついていたりして! というとほのかはなにそれ怖いっ! と言い始めた。
まあ、普通はそんなのに縁はないと思っちゃうわけだけど、ルイとしてはHAOTO事件での盗撮の件からいろいろと敏感なのである。
「最近は小学校の教師がトイレを盗撮したりとかいろいろニュースにもなってるし、いくら銀香だからって安全とは限らないと思っておかないとね」
特に内緒話は外ではしないことが大切です、とルイはしぃーっと、人差し指を口に当てた。
すると、カシャリとシャッターの音がなった。
「今の顔、可愛かったです! これはもう保存するしかっ」
「って、ほのかサン!? なにを撮ってるのさ」
「えぇー、だって自由に撮影していいんでしょう?」
それなら、お仕事中のルイさんを撮ってもいいはず! とほのかは言い始めた。
くっ。盗聴が片付いたと思ったら、お隣に堂々と激写する子がいましたとさ。
まあ、撮られること自体はかまわないんだけどね。さくらにも花ちゃんにも結構撮られているし。
「はいはい。じゃあこちらもお仕事に集中しようかと思います」
とりあえず入ってみた理科準備室はちょっとほこりの臭いがした。
いろんな資料や資材がしまわれていて、ちょっとごちゃっとした印象の部屋である。
でも、こっちの部屋はあくまでも教材が置かれた先生向けのものだ。
清掃も危険な物があるから児童にはさせていないのかもしれない。
何枚か気になるところを撮影して今度は隣の部屋、理科室に移動することにする。
もちろんその中には人体模型も入っているのだけど、まあこれは選ばれないだろうなぁと思う。
「理科室はやっぱ広いよねぇ」
普通教室の二倍くらいのサイズがあるここは、壁面に棚が備え付けられていて、そこにも標本や試薬なんかが納められている。
さすがにそっちは鍵が閉められていて開けることはできないけれど、まぁ撮影の支障にはならないのでいいだろう。
「それでどんな感じで攻めます?」
「んー、まあ卒業アルバムで使うのと、学校のパンフレット使う用ってことだからね。とりあえず保護者視点と児童視点で撮ってみようか」
つまりは黒板側から撮るのと、後部の方から撮るのとということだ。
今回の写真提供はあくまでも素材の提供という扱い。
どれをどう使うかは学校側に委ねる感じになる。
でも、それでもどういう用途なのかは意識して撮っていた方が良いというわけだ。
「なるほど。明るい教室、みたいな感じのを保護者用に撮るわけですね」
「そう、こんな感じでね」
ちょうど昇りかけの太陽の光が斜めから差し込んでいるので部屋はあまり明かりを付けなくても十分な明るさがある。
それをカシャリと数枚撮っていくと、今度は反転して後ろの方の席に腰掛ける。
子供向けのサイズなのでルイが座っても低い椅子である。
「あまりにミニだと見えちゃいそうですね」
「小学生の頃はみんなおとなしい格好をしているというのに、高学年とか中学生になるとみんな短いスカートに憧れるというのは、どういうことなのでしょう」
「うちの高校だとそんなに短くしてる子は居ませんでしたけど……ルイさんは学校時代はミニだったんですか?」
「あー、うん。もらった制服がミニでした。でもだいたい私服は膝丈くらいのが多いよ。ショートパンツは痴漢されるので最近ご無沙汰かなぁ」
「ルイさんのショートパンツ姿は夏に是非見たいですね! っていうか合宿が海だったらきっとそういう格好に……」
「海行かないから! ってか合宿の話は禁止ね。むしろ今日はほのかの昔話とかを聞きたいな」
ほれほれ、おねーさんに話してみなさいな、いろいろとと言うと、えぇーとほのかは困ったような顔を浮かべた。
いきなり何を言い出してんですか、というような感じだった。
うぅ。同級生意識の方が強いのかな。
「ほれほれ、小学校の思い出とかさー。サンタクロースをいつまで信じてたかーとか」
「そういう話ですか……」
うむぅ、とシャッターを切りながら、ほのかは少し遠い目をした。
なにかトラウマでもあるんだろうか。
「特別なにもないというか……ルイさんみたいに変わった子ってわけでもなかったし。いいんちょってタイプでもないですし……モブ一って感じでしょうか」
目立たない一般人です、とほのかはあっさりと言った。
うーん、そうはいってもその人なりの物語みたいなものはありそうだけれど。
「じゃー、好きな先生はいたかとか、逆にお礼参りをしたい先生はいたか、とかは?」
「お礼参りってなんですか?」
「気に入らない先生を卒業式の日に呼び出して、今までの恨み辛みを晴らす儀式らしいよ?」
昭和の時代にはあったそうなー、と言うと都市伝説みたいなものですか? とほのかはやっと笑ってくれた。
「さて。理科室はこんなもんでいいかな。次いこっか」
「次はどこいくんです?」
「片っ端からだね」
さて。一カ所目終了ということで、いそいそと鍵を閉めて次の部屋に行くことにする。
「次は保健室かな」
「お医者さんごっこが始まるわけですね」
「始まりませんて」
カラカラカラと扉を開くとカーテンとベッドが目に飛び込んできた。
そして消毒用のアルコールの臭いがかすかに漂っている。
先ほどの部屋とは違って準備室と同じくらいの広さしか無いここは、まさに急病の時にお世話になる部屋だった。
「でも、小学生なら割と怪我とかはしそうだよね。外で転んですりむく、とかさ」
「膝をすりむくとか、今の歳になるともういろいろとガクガクしちゃいます」
「だよねぇ。スカートはくときにキズとかあるとちょっと気になっちゃうよね」
若い頃は治りも早いけど、今ではもう……と顔を背けるとそんなことはないですよ! とほのかは言ってくれた。
でも、正直怪我はあまりしたいものではないのは事実である。
「保健室でもさっきと同じ撮り方ですか?」
「まあ、そうかな。でも今回はベッドからっていうのと治療中のと児童側が二カ所ね」
どっちかというとそっちの椅子で対応してもらう方が圧倒的に多いだろうし、というと、そういうもんですかねぇとほのかは言った。
まあ、軽い怪我ならそっちで処置、発熱とかの病気だったらベッドという感じだろうけど、小学生の場合は体調が悪ければそもそも登校してこないので、ベッドで休むというシチュエーションはそうそう頻繁に起きないのが一般的だと思う。
それに比べると、怪我は圧倒的に多いはずである。
そんなことを思いながら撮影スタート。
何枚か写真ができあがるとほのかはベッドの前に立ちながら言った。
「こういうシチュエーションだったら、うっかり私が転倒してルイさんを押し倒して、そこを先生に目撃されて、こ、これは違うんですっ! みたいな弁解をするところですよね」
「……ほのかサン。特撮研に毒されすぎじゃない?」
まだ三ヶ月ですよ!? と驚いた顔をあげると、いやでもそういうのドラマにもあるじゃないですか、とませたことを言い始める。
ませたっていっても、大学生なのだから別に悪くは無いのだろうけれど。
「保健室はいろいろな題材で使われる便利スポットだと思うのです。小学校だともちろんただの治療スポットなわけですけど」
高校とかだとそこが密会の場所になったりだとかー、とかいいながらほのかは一人顔を赤らめている。
ゼフィロスで保健室で密会はまずあり得ないと思うのだけど。
「女子校出のお嬢様が毒されすぎ……」
「でも、ゼフィロスだってそういうロマンスはありますよ? 女の子同士で付き合ってた子はいましたし」
「そりゃ、まぁ。お年頃だからわかりますけれども」
それでも、やっぱり保健室は治療のためのスペースである。
本来の目的まで見失わないようにして欲しい。
「そこで女の子同士なんて、っていいださないのがルイさんの懐の大きいところですよね」
あ、でも、ご自分もそうだからってことかー、とか言い出したので、ほのかさん? ととてもいい顔でカメラを向けた。
内緒にしていることだから明確に反論はできないけれど、それでもそれは事実誤認というやつである。
「ま、恋愛自体は本人達の同意があるならどーだっていいって思ってるよ。実際カップルの撮影とかも楽しいしね。幸せオーラ満開で笑顔も三割増しで可愛くなったりするし」
そういう表情を撮るのは好きです、といいつつほのかからカメラを室内の風景にしてシャッターを切る。
時間的な余裕がないので、仕事もきちんとこなさないといけないのだ。
「そういうルイさんは朴念仁なのだからどーしよーもないというかなんというか」
「別にいーじゃん。ってか小学校で恋バナするのもなんか変な感じするし」
ここはそういうのと縁が遠いところでしょう? というとほのかは、ん? と首を傾げた。
「今時の小学生は普通に恋とかしますよ? 初恋とか低学年だったりするし。それにほら、気になるあの子にいたずらしようっていうのも小学生じゃないですか」
男女関係なく恋愛してるんじゃないですか? といわれてそうかなぁと今度はルイが首を傾げる。
小学生のころは本当にぽーっとしている子だったので、色恋よりむしろ景色がきれいだなぁとか、あとはあの服可愛いなぁとかそんなことを考える感じしかなかったのだ。
どちらかといえば、姉とその友達に着せ替え人形ごっこをさせられるのが楽しかったという感じである。
「ほのかは初恋とかあったの?」
「近所のお兄さんですね。同年代とか絶対なしですし」
「あー、まあ女の子の方が成長早いからなぁ」
そういえば、小学生の頃モテていたのは上級生のお兄さんだったり、若い先生だったなぁと懐かしく思い出す。
木戸自身がそういう会話に入ったことはほとんどないけど、外に遊びに行かずに部屋にいたので、女子が昼休みに話しているのを聞く機会もよくあったのである。
「なので、小学校といえどもラブがいっぱいなのです。というか、拳で戦う愛の戦士だってラブばっかりですし」
そういうのに憧れるし、結婚とかも考えるんだと思います、とほのかは言った。
「そして異性交遊すら禁じられてしまうと、その妄想が膨らんで育ってしまう、という感じなのかな」
「そういう子も居たかもしれませんね。憧れが膨張しちゃうというか」
だから、なおさら学院長先生とかピリピリしてたのかも、とほのかは言った。
「うーん、あたしには恋愛はまだよくわかんないなぁ。写真撮ってる方が楽しいし」
「ルイさんはそうですよねぇ」
こんな美人さんなのに、残念美人なんだから、とほのかははぁと深いため息をついた。
そうはいっても、写真でつながるのは楽しいし止められないのである。
「さて、馬鹿話してないと次行こうか」
そんなほのかに注意をしながら、次の場所へ。
家庭科室ではさすがにほのかも恋バナをすることはなく、素直に好きな食べ物とか作れる物の話に落ち着いてくれた。
小学校で味噌汁を作って、盛大にしっぱいしたなんて話をききつつ、仕事を進めたルイたちなのだった。
小学校はあっさり終わらせるつもり満々だったのに、いろいろな話がではじめてしまい分割となりました。
小学校の先生達も疲れていらっしゃるのかなぁと……
ま、それはそうと初恋の年齢って平均9歳とかだっていうので、どこかの朴念仁はともかく小学校中学年あたりでは恋しよっ! なんだろうなぁと。
次話は小学校の鍵を返しながら、あの部屋へと入ろうかと思います。