594.新居とお引っ越し4
「と、そんなことを言われたわけですよ」
引っ越しの荷物を家に上げたあと、片付けを手伝いながら昼間あった話を真飛さんにしていた。
今は、キッチンへのものの収納を終えて、二階の二部屋へと片付けをしているところだ。
どうしてキッチンを先にしたのかっていうと、夕飯は姉さんが腕によりをかけて作る! なんて言っていたからなのだ。
木戸たちも夕飯はここでいただいていく予定だ。
「もし俺達に子供ができたら、馨くんがどうやって呼ばれるか……ね。今の姿だったら馨にいちゃ、とかじゃないの?」
「にいちゃと来ますか……」
「今の姿だったら……か。言われるとそうかもですね」
真矢ちゃんまで、真飛さんの発言にうんうんとうなずいている。
たしかに、今の見た目のことだけを言えば、若い少年という感じではあるとは思う。
黒縁眼鏡をつけてると、いちおうそう見えるのである。
「むしろ馨くんが今後どういう見た目になるのかっていうの次第だと思うんだよ。どっちを選ぶのか、選ばないのか。選ばないなら、きっとうちの子は、大混乱になるだろうなぁ」
ほら、昼と夜で姿変わるみたいなのあると大混乱だろ? と言われて、えぇーと木戸は不満げな声を上げる。
ま、まあ。たしかにずっと女子の方で会ってる相手にこちらの姿を見せると、え、誰ですかといわれることはあるけれども。
「そればっかりはわからないですよ。女装が似合わなくなるまで、という風には思ってるけど……実際二十代後半でもばっちりな先輩は身近にいますしね」
いちおー、俺の場合はこれで声変わりもしてるわけですし、ここからいっきなり男性化が進行するか、といわれると果たしてどうなのやら、と肩をすくめておくと、たしかにね、と真飛さんは本棚の整理をしながら答えた。
「実際、男の人って高校くらいで一気に男っぽくなりますよね。馨さんの場合はそこを通り抜けちゃってるというか」
「うーん、これでもメイクとかでフォローしてる部分はかなりあるよ? そこらへんまったく寄せ付けないのはエレナくらいなもんで」
俺の場合は女子に寄せてるからそう見えるだけです、というと、へぇーと二人は白い目を見せ始めた。
い、いや。
そりゃスキンケアしっかりやってるから、素肌も綺麗だけれども、それでも眼鏡かけてれば男子に見えますよ? ね?
「あのエレナさんがまさか男の子とは……馨さんを見てなかったら未だに信じられないです」
「いちおう、業界内では内緒でお願いします」
まさかあんなに可愛い子が女の子のはずが無いっ、と真矢ちゃんは一人ヒートアップだ。
真飛さんは、兄さんには言えないと首を振りながら、やれやれといった感じだった。
「で、おにぃとしては、今後の家族計画みたいなものってあるの?」
うちは、あんちゃんもだけど、私もちょっとそっちのほうは難しいかもしれないので、と真矢ちゃんが遠い目をしながら言った。先ほどのテンションから一気に落ちた感じである。
いや。真矢ちゃんならいくらでも男子から声がかかると思うのだけど。
「ぶはっ。いきなり何を言うんだよ真矢は」
「大切なことです。両家にとってとても大切なことです」
大切な事なので二度いいました、という真矢ちゃんにお義兄さんは、えええぇ、とがっかりした顔を見せる。
その年で諦めるなよとでも言いたげだ。
「正直、あんまりまだ結婚のイメージとかって全然ですし、そもそも彼氏いない歴=年齢を爆走中です。あんちゃんも右に同じで」
合コンとかいける人の気がしれないってもんですよ、と真矢ちゃんが言った。
ちょっと言葉に闇が詰まっているように思う。
「真矢ちゃんなら合コンとか問題ないと思うんだけどなぁ」
「馨さんも経験者な感じですか?」
え? と真矢ちゃんがそこで驚いた顔を浮かべる。一番縁がなさそうなのに! といいたそうだ。
「あー、馨くんのはなんというか、盛り上げ要員であって特別そういうのじゃないよ」
な、と真飛さんからフォローが入るけれど、どういうことです? と真矢ちゃんが首を傾げる。
どうしておにぃが知ってるの? というような感じである。
「まあ、真飛さんがいうように、大抵は盛り上げつつ、ただ飯を食べに行く感じだよ。今まで出たのだってそんなのばっかり」
欠員が出たからきてくれ、とかそんなのというと、そこつながりですか、と真矢ちゃんはなにか納得したようだった。
さすがにいまのやりとりだけで、全部はわかってないとは思うけれども。
「馨さんなら……うまく話も広げられそうですよね。特に女の子との話はちょー盛り上がりそう」
「それはお化粧的な意味で? ファッション的な意味で?」
「両方です。全体的にオシャレ女子な話題は満載に持ってるじゃないですか」
話を合せるのとかすごく楽な気がすると真矢ちゃんは少しさみしそうに言った。
でも、実際のところ、木戸としてもルイとしてもそこまで女子力満開な話を毎回しているわけでもないのだけど。
どうやら周りの評価としてはそんな感じになってしまうらしい。
「さすがに、男の格好のときはせいぜい、あれかわいーって目に入った物に反応するだけだよ? どこどこのまるまるってちょーかわいーよねー、まじやばーい、とか言わないよ?」
「馨くん……それは君のキャラには合わない気がする」
まじやばいはないわ、と真飛さんに言われてしまった。
うん。確かにちょっとそういう感じのキャラではない木戸だった。
「正直、私。オタクじゃない人とどう話せばいいか、よくわからないんです」
「話題に困る感じ?」
「ですっ。昨日見たアニメの話ならいくらでも熱弁できますけど、はやりのドラマなんて見てないし。ファッションとかだってそんなに詳しいわけじゃないし。お化粧だって、その……なんとなくというか」
だからどうしても友達はオタクに偏るんです、と真矢ちゃんはちょっときょどりながら言った。
真守さんのほうが見た感じでかなりアレだけれど、真矢ちゃんもそういう悩みを抱えていたらしい。
「ま、話題のために流行を追うかってところでも温度差はでるからなぁ。みんなと話を合わせたければ歩調を合わせる必要もあり、か」
特に女の子だとそう言うの多そうだよね、と真飛さんは手を止めて答えた。
最近では滅多にされない妹からの相談事に、ちょっと真剣になっているのだろう。
「だからグループが結構固定化されちゃうというか」
「そして、イベントではみんな仲間だからはっちゃけられる、と?」
「そうです。同じ趣味の仲間で集まってぱーっと、普段しゃべれない鬱憤を晴らすって感じで。まあ学校でもオタ友達はいるのでそれなりに話せますけど」
でも、なかなかそれ以外の人と話すのが苦手なんです、と真矢ちゃんは言った。
「そこらへんは、天気の話とか日常生活の中で気になるところの話をすれば良いんじゃないかな。もしくは無理してしゃべらない、とかね」
まあそれだと合コンはちょっと難しいのかな? と首を傾げておく。
出会いを求める場所で終始無言というのはなかなかに厳しいのかもしれない。
「あとはメジャー作品にだけ絞って話をするとか」
「うーん。それはできなくはないですが、それっていきなりアニメの話題になって話し始める痛い人って見られます」
それは避けたい、と真矢ちゃんは言った。
確かに温度差激しくって引かれる可能性はあるのか。
「知ってる話題が全然違うっていうのはやっぱりつらいです」
馨さんみたいに両方とも話せるのは羨ましいです、と真矢ちゃんは言った。
うーん、それはちょっと買いかぶりすぎな様な気がする。
「俺だって両方話せるってわけじゃないよ。知らないことはいっぱいあるし、ドラマだってそんなに見てるわけじゃないし」
というか、テレビ自体そんなに見てないし、というと、あれ? そうなんですか? と返された。
うん。そこらへんは間違いではないのできちんと伝えておく。
「あれだけ撮影に時間を割いていてテレビ見る時間なんてあるわけないじゃん? ドラマは知人がでてるのだけ抑えてるだけだし、アニメはエレナにこれは見ておくこと! って言われたのだけチェックしてる感じ」
全部チェックなんていくらなんでもしきれないよ、と木戸は肩をすくめた。
一番最優先なのは、もちろん撮影なのである。
そして、撮影のためにはアニメも見てるというのが正直なところなのだ。
「それでどうやって話を広げてるんですか?」
え? と真矢ちゃんは困惑気味に聞いてきた。
話すためには知ってないとじゃないですか、と言いたげである。
「そこは話させる、教えてもらうっていう姿勢だと割とこっちはしゃべらなくてよかったりするよ?」
初めていった合コンはそんな感じだったし、イベントの時の撮影だってそんな感じ、というと、あぁと真矢ちゃんはなにやら納得したようだった。
「それで粘着撮影になるわけですか」
「粘着撮影って……馨くんは普段どういう撮影してるの?」
その単語だけ聞いて真飛さんは疑問を口にした。
ま、知らないことはこうやって聞いてくれればいいわけで。
「同人イベントの時はキャラについて根掘り葉掘り聞きますね。答えられそう、語りたい! って子に関してはぐいぐい行くし、初めてやります! みたいな子には好きなポイントとか、こだわりなところとか、そのキャラの名場面みたいなのとか」
知らなくてもそこらへんは聞けますからね、と言うと、まーそりゃそうだな、と真飛さんは言った。
「それで、じゃきんとポーズ決めてもらって、美しい! とかかっこいい! とかいいつつシャッター切りまくるわけです」
そうするとだいたいみなさんいい顔をしてくれます、と言うとそりゃ褒められて肯定されるとなると嬉しいものかもと、真矢ちゃんはうなずいた。ポイントは質問して返ってきたことに対しても反応を返してあげるところだ。ちゃんと聞いてますアピールは大切なのである。
「そういう話し方もありか……質問をしていく。ちょっと実践してみようかな」
会話が続かなくて気まずいときに試してみます、と真矢ちゃんは明るくそう言った。
なにかしらの光明が見えたのならなによりである。
「あ、真矢。いちおう言っとくけど、それ合コンではやっちゃダメだからな」
「え。どうしてですか? 馨さんだってやってたんだから別にいいんじゃ」
どうしてそこでダメだしですか、おにぃと真矢ちゃんは不思議そうにじぃと、お兄さんに視線を向ける。
せっかくうまいやり方を覚えたというのにとでも言いたげである。
「律儀にそれをやると、男としては気があるんじゃないかって思ってしまったりするというか。勘違いさせるから」
実際、あのときの合コンで話をしてたやつが、しばらくルイちゃんかわえぇって状態になってたからな、と真飛さんはため息交じりに言った。
う。そういえば映像撮ってますって人といろいろ話をした記憶はあるけど、まさかそんなことになっているとは。
「今のルイさんなら、あぁただ天然で真面目なだけなんだなってイメージが広がってるから、その一環って思われるだろうけど、普通に女子に自分の話を真剣に聞いてもらったら、男子としては嬉しいもんだから」
お前が同じ事をやると絶対に危ない、と彼は言った。
ええと。
なんだろう。あまり合コン経験はないわけだけれど、話を聞いてくれる女子というのは貴重ということなのだろうか。
割と身近に話をしてくれる人が多いから、気にしたことは無かったけれど。
「ほほう、つまりお義姉さんにいろいろ聞いてもらっておにぃは虜になってしまったと」
そういう話題で夕食の時は質問攻めにしていいということですか? と真矢ちゃんはにこやかに言った。
楽しそうである。
「ちょっ、その話題はなしだっ。極めてデリケートな問題だから言えません」
しかも牡丹の前でなんて、かなり無理があると真飛さんはあわあわした顔を浮かべた。
その姿は一枚撮影。
こんな顔を撮らないでくれー! と言われたけれど、素晴らしい一枚である。
「冗談はともかく、いろいろ試してみますね」
話題が合わない人とどう話をしていくのか、っていうのを、と真矢ちゃんは真剣な顔で言ったのだった。
さて。そこから夕飯をいただいた訳なのだけど。
牡丹姉様はあれからがんばって料理を覚えたらしく、いちおうは形になった夕飯にはなっていましたとさ。
家事の分担としては、まだ学生である姉さんの方がちょっと多めになってて、遅くなる日は真飛さんが担当するらしい。
まあ、なんにせよ。新しい生活が幸せであるように願うばかりである。
夕飯は片付けつつ、自宅でとりましょうということで。お義兄さん交えてお話タイムでございます。
話題が合わない相手と会話をするにはどうするべきか、というのは作者も常日頃頭を悩ませるところです。共通話題の一つでもあればずいぶんと違うのですけどね。そこでルイさんっていっつもあんなんだよなぁと思いまして。
話を引き出す話術ができるのは、羨ましい限りというところです。
話を聞いてくれる女子って稀有ですし。
それと姉様の料理スキルが少しあがりました。誰かに食べさせるとなると、気を遣うみたいですね。