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593.新居とお引っ越し3

「結局、撮影係、代わりにやっちゃいましたね」

「あはは。まー、あれだけキラキラした目を向けられたらね」

「きらきらしてないから。むしろ馨さんがきらきらしてたから」

 仕方ないなぁと真矢ちゃんに言われたものの、実際撮影してみたらみなさんは大喜びだったしおねーさんにも、やっぱりプロはいいわぁと普通に感謝された。


 時間はまだ二時過ぎといったところだろうか。

 姉さんたちが到着する予定時間が三時くらいだから、まだまだ余裕はあると言って良い。

 それなら、ご近所さんにアピールしておいた方がいいってものだろう。


「あの、木戸さん? 実はちょっと私たちこれから休憩に入るのですが……その、クマさんが是非木戸さんと話をしたいといっていまして」

 さて。そんな感じでもふもふと撮影を楽しんでいたのだけど。

 おねーさんから、そんな提案をされてしまった。

 たしかに、代わりは居ないとはいえ、お昼休憩というのは取った方が良いのは確かだろう。

 お昼ご飯の後に抽選会をやる人達の波もあらかた落ち着いたし、お昼に入るなら今のタイミングというのはちょうどいいのかもしれない。


「はて? クマさんは言葉のお勉強中でお話なんてできないはずですが」

 うーんと、首を傾げると、ま、まぁそうなんですけどー、とおねーさんは苦笑を浮かべる。

 そちらの設定のほうもあるけど、正直中の人から声をかけられる理由が木戸には見当たらなかった。


「それは、俺だけのほうがいいんでしょうか? その、連れが一緒だとまずいようなことも?」

「ああ、そういうことでしたら、私先に帰ってますよ。いつお義姉さんがくるかわかりませんし」

 どうせいつものトラブルですから、どんと構えていってくるといいですよ、と真矢ちゃんはなぜか訳知り顔でぽんぽんと背中を叩いてきた。

 ええと、どうしてトラブルだとか言い始めるのかな、この子は。


「トラブルて……でも、お昼休みの間だけだから、そんなに遅くなるつもりはないし」

 あちらだって仕事あるんだから、きっとそんなに時間はかからないと言うと、真矢ちゃんはふるふると首を横にふった。


「そこをぶっちぎるのが馨さんの持ち味です。きっとクマの中の人が、これからプロポーズに行くから、代わりに着ぐるみをきて仕事をしてくれないか! とかなんとか言うんですよ」

「ぶっちぎらないからっ。っていうか、そんな大それた話があるなら仕事なんていれないっての」

 人にアルバイトを頼むなんて、滅多な事じゃないんだから、と言うと、いいえ、それが覆るのが馨さんです、と真矢ちゃんに力説されてしまった。

 まったく。この義理の妹はいったいどういう風に木戸の事を思っているのだろうか。


「さて。話はまとまったみたいですから、休憩室にご案内しますね」

 よいしょ、とおねーさんは抽選会場の前にただいま休憩中の看板を立てる。

 豪華景品そのものはここには置いて無くて目録と写真だけなので、撤収も簡単なものである。


「はーい。それじゃクマの中の人とゆっくりと語り合ってきてくださいね」

 あとで、いろいろ教えてくださいよー、という真矢ちゃんの言葉に送られながら。

 木戸はなぜか関係者の休憩室へと足を運ぶ話になってしまったのだった。



「それじゃー、私は隣にいるんで、ごゆっくりどうぞ」

 さー、ご飯だご飯だー、と言いながらおねーさんはカップ麺の蓋を開けてお湯を注ぎ始めた。

 お昼の時間は30分くらいで済ます気まんまんのようである。

 そしてお隣のロッカールームの方へと彼女は移動していった。なんとなく休憩所を奪ってしまったみたいでちょっとだけ罪悪感はあるものの、善意でそうしてくれたのならばありがたいと思う。


「それで? クマさんが俺になんのようだい?」

 っていうか、誰ですか? と首をかしげると、ああ、すまんすまんとクマの頭がかぽりとはずされた。

 クマの着ぐるみのギミックとして、毛並みがもふもふなのもあって、頭の部分はマスクのようになっていて取り外しができるようになっているのだった。

 外から見ると毛並みに隠れて一体化してるように見えるんだけどね。


「て、赤城かよ……」

「よ。休みに入ってからは久しぶりだな」

 最近会えないなと思ってたらこんなところでばったりだったから、ちょっと驚いてな、と彼は言った。

 真矢ちゃんから散々トラブルの気配を言われたけれど、どうやら見知った顔がいたから声をかけた、という感じだったらしい。


「外じゃ、声かけたくても、しゃべれない設定だしなぁ。それでこうして人目のないところについてきてもらったというわけで」

「それはわかったけど、飯は?」

 着ぐるみ着っぱなしなのか? というと、今度はずもっと腕のところを取り外した。

 ……あれ。そのクマ、腕とれるんだっけ?


「ここまで外せば飯は食えるな。まー、汁物をこぼす勇気はないから、おにぎりとかだけど」

 そこのロッカーに入ってるから取ってくれ、と言われて、はいはいとその指示に従う。


「お前は飯は食べてたよな。たしかそれで抽選してたはずだし」

 なら休憩時間の雑談に付き合ってくれ、と彼は袋を受け取りながらそう言った。

 ま、そういうことなら、こちらにも時間はあるし、付き合って上げてもいいだろう。


「にしても、こんなところで会うとはなぁ」

 ほんと偶然ってあるもんだよな、といいつつ、さっきおねーさんにお茶は自由に飲んで良いよといわれたので、ポットからお茶を汲んでおく。もちろん二人分だ。

 夏のこの時期に熱いお茶というのも悩ましいけれども、まあ、ここは冷房も効いてるし温かくても美味しくいただけるに違いない。


「っていうか、一緒にいた子は?」

「ああ。姉の結婚相手の妹さんだな。今日は姉夫婦の引っ越しの手伝いでこの町まできててさ」

「それでばったりと、か。あの写真狂いが女の子と一緒に町歩きだとぅ! と戦慄したもんだが」

 ま、お前に限って、デートとかありえんよな、と赤城は少し嬉しそうに言った。

 おそらく自分の恋愛が上手くいってないのもあって、恋愛の欠片も見えない木戸のことを少しありがたいとでも思っているのだろう。


「夏は、アルバイト頑張るみたいな話は聞いてたけど、まさかクマの中の人だとはねぇ」

 これ、前からやってんの? と聞くと、いいやと彼は答えた。


「他にもバイトやってるけど、これは今回初めてだな。クマ人気があって着ぐるみを増やしたとかって話はきいたけど」

「なるほど。テレビに出てたとか、前に他のイベントに引っ張り出されて妖精さんたちと仲良しとかそんなことはない、と」

 ふむ、とそこで一応確認をしておく。

 さっき、真矢ちゃんと話していたときに、ルイとしてクマさんに抱きついたことがある話をしているので、え? 抱きつかれた記憶なんてないぜ、と言われないようにという配慮である。

 ま、それならそれで、他のクマさんだったんじゃない? という話にすればいいのではあるけど。でも当時は量産してなかったかもしれないし、危うい橋は渡りたくない。

 あんまり外回りができないから、クマさんは人間界にはあまり来れないって設定まであったくらいだし。


「なんか、テレビに出始めてからいろんなところでイベントやってるみたいだよな。番組もまだ続いてるみたいだし、すげぇーって思うけどさ」

「そりゃなぁ。確かにもう二年くらい続いてるし。まさかこいつがここまでやるとは思ってはいなかった……」

 ま、もともとキーホルダーとして人気はあったんだけど、とさわさわクマの頭部分をなでておく。

 木村が作り出したクマさんがぷちヒットをしていて、友人としては嬉しいばかりである。

 きっと、聖さんもほっくほくですと大喜びだろう。

 

 本人は女装させられた上に可愛い服まで着させられて、これは、詐欺だ……詐欺写真だっ! みたいな感じになってしまったわけだけれど。

 でも本人が顔出ししたくないっていうんだから、そればかりは仕方が無いのである。


「確かお前が住んでるところの近くで始まったブームだったよな。お前もやっぱキーホルダーもってんの?」

「いちおう。学校でも割とつけてるのいたし」

 主に、女子が! というと、まーその手のものは彼女からもらうとかじゃないと付けにくいよなぁと言われてしまった。

 いや、つくってんの男子っすからね、これ。

 しかも、絶対可愛いって本人も言ってますし。

 

「でも、なんつーか、夏は中がすっげぇ暑いな。毛皮もっこもこでここまで暑いとは思ってなかった」

 お茶入れてもらったのはありがたいけど、最初はちょっと俺冷たいお茶にしとくわ、と赤城は冷蔵庫の中のペットボトルを取り出して飲み始めた。

 ああ、そっか。着ぐるみの暑さまでは考えてなかった。


「でも、この手のってけっこう時給がいいっていう話は聞くけど」

 どうなん? と聞くとまあなと彼はおにぎりにかぶりついた。


「時給は1200円。他のよりは高いが、まあとにかく暑くてな」

 毛皮系着ぐるみはやばい! と彼はげんなりと言った。

 これは、夏バージョンを是非とも木村に作らせないといけない事案ではないだろうか。


「でも、なにげに子供に抱きつかれたりとかで、楽しそうだったけど」

 時には女子高生とかももぎゅってしてたよな、というと、嬉しくはないぞ、とげんなり言われた。

 まあ、そうだよな。女子高生とか恋愛対象じゃ無いだろうし。


「どうせ抱きついてくれるなら、もっとこう身長高めのできる男風のほそマッチョがいい」

「……お前まだ、あの人の影を追いかけてんのかよ」

「好きでいる分にはいいだろ。そりゃ相手は高嶺の花だけど、ときどきバーで会うこともあるし」

 っていうか、そういうもろもろのお金が必要でバイトしてるの、俺はと彼はぶっちゃけた。

 ああ。まあ確かに。

 そう言われると赤城って、例のカミングアウトを受けたお店にも通っているようだし、それに沙紀ちゃんとも最近はラーメン屋にいったり、いろいろ庶民の遊びを教えるとかで連れ回しているという。

 結構お金は使ってると思うのだ。

 

「ちなみに本日抱きついてきた男性は?」

「お前だけだよ……ってか、お前だって成人男性っぽさがねぇよ」

 着ぐるみといえば、きっとみんなに愛されると思っていたのに、と赤城はいうけれども、さすがに成人男性が抱きつくにはちょっとした勇気は必要になってくると思う。


「そもそも、ハグっていうものはよっぽどじゃないと成人男性はやらないと思うんだよ。俺は可愛いもふもふ相手ならいくらでも顔を埋めるけれども」

 っていうか、こいつのオリジナル、うちの学校にも登場したりもしてお気に入りでもあるんだ、というと、なんという学校イベントか……と言われてしまった。


「中に誰が入ってたのかは正直よくわかんないんだけどな。あのサイズのクマさん、だとっ、てみんななってたみたい」

 はい。あのとき参加したのはルイのほうでなので、木戸のほうではこのような伝聞口調にならざるをえないわけで。

 

「でも。なんだな。なんつーか着ぐるみバイトやってみたけど、これガワがこれだから子供とか問題なくくっついてくるけどさ。そのままだったら、絶対変質者扱いだよな」

「あー、それな。実際変質者が中にはいってて、よからぬ事を考えているってことも十分にありえるよなとは思う」

 ガワの脅威! といいつつ。

「でも、この子達には何の罪もないのです」

 と木戸はクマさんの頭をさらになでまわした。

 はふぅ、気持ちいい。


「まあそうだな。それにいちおうバイトとはいっても審査とかはするわけだし」

 凶悪な犯罪とまでは言わなくても、これで暴行事件とか起こしちゃったらそれはそれでまずいだろうし。

 キャライメージが損なわれたとか言われてきっと損害賠償になってしまうと赤城は言い始めた。

 たしかに、そのキャラのイメージというものは大切だ。

 それが、いきなり殴る蹴るの大パフォーマンスをやったりしたらどうだろうか。

 幼子を守るため! とかならクマさんがアクションするのはありだろうけど、これで悪さをしたのなら許される事では無いと思う。


「銀行強盗する着ぐるみ族とかちょっと見たくはないしなぁ」

「子供に手を出すのだって厳禁だ」

 まったく、夢と笑顔を与える着ぐるみだってのに、それが子供を泣かせちゃたまらんと彼は言った。


「あれ。てっきり子供の事はスパンと諦めてるのだとばかり思ってたけど」

 案外子供好きですか? と木戸は首を傾げる。

 赤城はゲイである、となると子供問題というものにぶつかってしまうのである。

 男同士では子供はつくれないというのが、今の社会の常識なのだった。


 ま、エレナはなんとかするために研究は進めるよ! そのためにお金稼ぐんだといってたけれど。

 まだまだ実用化には年月が必要な問題である。


「同性愛者だからって、子供が嫌いってわけでもないだろ? も、もちろんちっちゃい男の子に暗い感情を向けてるとかそういうのはないからな!? ただ純粋に小さい子は守って上げたいってだけ」

 きちんと育っていけよって気分になるんだ、と彼は言った。

 なんかやたら柔らかい顔をしていたので一枚思わず撮影。

 理想的には、きっと彼氏と一緒に子育てしたいところもあるのだろうけれども。

 それを許す空気は、正直世の中にはあまりない。


 ただでさえ、男女カップルでも里親になるには厳しいのである。

 その中で、男性二人のカップルで子供を引き取るというのは、まだまだハードルが高いことだろうと思う。

 それに、割と別れる可能性だってあるわけだし。


「ちっちゃい子にまで手を出すとは思ってないっての。でも、なんつーかそこは意外だな」

 俺は、あんまりまだ子供を作ろうとかっていう感覚はわかんないや、というと赤城はお前はそうだよなぁと言い始めた。


「あ、でも、子供の写真を撮るのは好きだよ? 姉さんが子供産んだら思う存分撮らせてもらう予定なので」

「ああ、お前はそういうやつだよ……」

 と、赤城は言いかけて、なにかを思いついたようだった。


「やべぇ。俺は今衝撃的な事実に気がついた」

「なんだよ、急に」

 いきなり愕然とした顔を浮かべた友人に木戸は心配そうな声を上げる。


「いや、お前の姉さんに子供が生まれるとするだろ? そうなったらおまえ、叔父さんって呼ばれることになるんだろ?」

 うわー、ないわー! と赤城が言い始めた。

 あ。確かにそう言われるとなんか全然実感がない。

 この年で叔父さん……で、でもこの手の話はひどいと中学生くらいでも起こりえるから、気にしてはいけない。


「っていうか叔母さんって呼ばれるのか? しのさんよ」

「う。そこはなんとも。うちの家族的には女装はちょっとという雰囲気が最近あるんで」

 子供産まれるにしてもあっちでいけるかは謎ですー、と女声でいうと彼はこれでこそ木戸だよなとにこやかに言った。


「ま、どっちみち叔父さんとか叔母さんじゃなくて、お姉ちゃんって呼ばれるんだろ」

 お互い、マイノリティ同士がんばろうぜ、と赤城はおにぎりを食べ終えてばしばしと木戸の背中を叩いたのだった。

 べ、別にマイノリティがどうだって意識はみじんもないのだが。

 木戸は、はははぁ、もうどうにでもなーれと、視線をそらしたのであった。

クマさんの中身はなんと友人だったのです!

ということで、実はクマさんのガワはいろいろとバージョンアップしている感じです。


最近あんまり同性愛ネタやってなかったので、久しぶりにということで。

赤城くんもカムってから果たして木戸くんにどこまで話してるのやらってところもありますしね。

まあ、セクシャリティ関係なく仲良くしていただければと思うばかりです。

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