589.妹を心配する姉からの相談2
大変お待たせいたしました。間が開いてしまってスミマセン。
「うわ、まるでスタジオじゃないですか……」
スタッフオンリーと書かれた扉の向こうには、一つの部屋があった。
大きさとしては八畳くらいといえばいいだろうか。
四角い箱のような部屋。
打ちっぱなしなコンクリートの壁に、天井からは幾本かのライトが設置されている。
そこにはソファとテーブルと、そして背後にはプロジェクターの映像を映すためなのかスクリーンが設置されていた。
「うちのお客様用に、撮影スタジオ用の部屋を借りてるんです。新しくお迎えするときに、自宅の子との相性をみたり、あとは……お客様同士のコミュニケーション用だったり」
「もともとは、従業員用の部屋だったんですよ? それを大改造しちゃってもう……」
さて。店長さんだけが来るのかと思ったら、最初に声をかけてきた店員の女性も一緒だった。
店番はいいんですか? ときいたら、この時間なら大丈夫というのと、店長の暴走を防ぎたいので! ということで押し切られてしまった。
暴走って、この店長さんはいろいろと危ないのだろうか。
見た感じだと、二十代後半くらいのおとなしめな女性という感じだ。
ちょっとばかり、あいなさんに雰囲気が似てる、とはいえるかもしれない。
自分の大好きなものを突き詰めて仕事をしてるというか、そんな感じである。
「でも、ここにあることに意味があると思うのよ。お店でびびっときたら、どうなるのかをここで試す。実際他よりちょこっと売り上げはいいわけだし」
「それって、立地の問題じゃないんですかぁ? っていうか従業員の休憩室がビルから徒歩五分ってあり得ないと思うんですけど」
「あら、その分の休憩時間だってプラスしてあげてるじゃない。私の昼休み削ってさ」
「……ああ」
さっき店員さんはドール大好きで仕方ないっていう風に思ったんだけど、なんか上には上がいるなぁとしみじみルイは思った。
まあ、お昼の休憩に関しては、ルイも正直あまりとらない派である。
というか、今でこそ佐伯さんのところでお世話になってはいるけれど、お給料制ではなく歩合制でやってるところもあるし。
一日拘束でお仕事をしている日なんかは、お昼なんて食事だけが済めば良いくらいの勢いで仕事をしているという感じだ。
特にイベントの時なんかはその傾向は強い。
だって、その瞬間にだって撮りたい被写体はできてしまうのだし。
学園祭なんかだと、昼ご飯の図なんてのも、撮影チャンスなのだ。
人の営みを切り取るためなら、昼休みが削れてもいいとすら思っている。
もちろんコンビニでのお仕事はサービス残業なんて絶対にやらないけれどもね!
撮影に関しては、時間拘束というよりはできた写真の質での評価になってくるところもあるから、あんまり休憩時間というのは意識していないのである。
というか、集中力が切れるようなら休憩を入れる感じとでも言えばいいだろうか。
半分自営業みたいなものだから、時間の使い方だってある程度自分で決めていく必要というのがあるのである。
佐伯さんからは、いちおう従業員だから昼休みはとれよー、とはゆるーく言われているけどね。
若い子を休み無しで働かせてるなんて噂が広まっちゃ困るんだとか。
「それはそれで、愛しのドールちゃんたちと離ればなれになるわけで。私としては複雑なんですよう」
くぅ。休んでいる間も隣にいたいよぅ、という店員さんに、店長さんはうわぁーという視線を向けた。
自分も相当だと思うのだが、どうやらそういう意識はあまり働かないらしい。
「で? ここでの撮影をしたものを、パネルにしようって話でしたっけ?」
「はい。店頭のスペースに。いちおう撮影スペースできたよって告知はしてるんですが、まだそこまで認知度は高くないわけで」
その宣伝も併せて、と店長さんは言った。
あれ。ここができたから売り上げがとか言ってたような気がするんだけど。
こそっと、都合によって話が変わる人なんですよぅ、と店員さんが耳打ちしてくれた。
う。これは先に報酬の話とかをしておいた方がいいんだろうか。
佐伯さんとかにも、仕事受けるときはもらうもん決めてからの方がいいと散々言われているし。
「それはお仕事の依頼ということでよろしいですか?」
「……あー、やっぱりそうなります? ルイさんならノリと勢いでやってくれるかなぁとか思ったんですが」
これは仕方ないと、彼女はぴしりと指を二本立てた。
「一枚のパネル用写真あたり二千円。写真のプリントとかはこっちでやりますので、それでどうかっ」
売り上げがきついのですと、彼女は言った。
ふうむ。こちらとしては千恵ちゃんの調査にきただけなので、特別受けてあげても問題はない。
というか。
一枚という単位での受注はあまり受けた事がないので、逆にこれは気に入る写真ができたら売り上げも上がるというようなことではないだろうか。
俄然やる気がでてしまうお仕事である。
「じゃあ、まずどうしてしっくりこないのか、お聞かせいただいても?」
見た感じ、若干薄暗い感じはあっても、特別撮影に問題になるようなことはないように思う。
それならまずは駄目なポイントを確認である。
「実はプロジェクターで背景を映してそれで撮影をと思ってるんです」
こんな感じで、と彼女は天井につけられたプロジェクターを起動させて、壁に風景の写真を映し出した。
なるほど。
これで、こちら側から撮ると背景が入った上で人形の撮影ができるというわけか。
「スクリーンがあるからもしやとは思いましたが、こうなっていたんですね」
「これでいろいろなシチュエーションを楽しめるんです」
背景をこんな感じで入れ替えれば、夜の船から夜景を一緒に見てるような感じにもできますと、彼女はリモコンを操作した。
あらかじめ、数枚の写真を仕込んであるのだろう。それが切り替るという感じなのだった。
うーん。たしかに夜景ってのはありかもしれない。それこそこの景色だったらソファ付きの船から夜景を見てるような感じに見せることだって可能だ。
でも、ちょっとばかりこの夜景に関しては問題ありだと思えた。
「部屋の明かり、消した方がいいですね、これ」
「プロジェクターの光度は高いですけど、やっぱり消した方がいいですか?」
「撮影のためにも、そうした方が」
ああ、こっちの一番奥の二本だけ付けることはできますか? と聞くと手早く設定をしてくれた。
完全に暗くしてしまっても、プロジェクターの光が反射してしまって、ちょっとと思っての提案だ。
「なるほど……これでかなり背景がくっきりしますね」
「あとは実際、ドールを置いてみてどうか、ですかね」
設置は任せますよ、というと彼女はすぐに店舗に飾ってあった子を連れてきた。
男の子型と……あれ。
おっと。
「ええと、その子、男の娘、ですか?」
「あ、わかります? さっすがルイさんですね。そうなんです。身体は男の子のもので、服だけ女子な仕上げです! もうちょっと年齢が高いと女装の麗人って感じになっちゃいますけど」
これくらいの年齢だとばっちりはまるのですーと、店長さんは嬉しそうにその子を抱きしめた。
うわぁ、溺愛というのがよくわかる仕草である。
「男の子ボディだと市販の服が入らないから、それ全部店長の手作りなんですよ」
ああ、無駄に愛が重いと、店員さんはやれやれと肩をすくめた。
店員さんの方は普通に女の子ボディを愛でているようだった。
ま、みなさん趣味はそれぞれである。
「服を作る……か」
知人にぬいぐるみ作りが得意なのがいるわけだけれど、こういう方面はどうなのだろうか。
技術的には作れそうな気がするけれど、本人としてはふわもここそが正義! とか言いそうな気がしないでもない。
生地にもこだわりあるから、ちょっとジャンルが違うのかも。
「さて。設置してみましたけど、どうでしょう?」
「あくまでもドール中心で撮影するんですよね?」
とりあえずカメラを向けて撮影をしてみる。
これくらいの明かりでも申し分なく撮影は進行した。
三脚があればもうちょっと楽ができたけれど、とりあえずがっちりホールドしての撮影である。
ソファのサイズはドールが座る部分はきちんと小さめなものが用意されているので特に違和感はない。
でも、ううん。確かにどこかしっくりきてない気がする。
「何枚か押さえてみましたけど、どうでしょう?」
ご自分で撮ったのと比べてどうでしょうか? とタブレットに写真を移して表示させて店長さんに見せる。
おぉ、といいつつもそれでもやはり店長さんは納得はしてくれていないようだった。
「圧倒的に綺麗にはなったと思います。でもなんというか……どことなく違和感があるんですよね」
こー、もうちょっと背景がある良さみたいなのを出したいんですけど、と彼女は顎に指を当てた。
まあ、そうなんだよね。
ドールをメインに撮ったのはいいのだけど、水平で狙って撮ると背景との調和がいまいちといった感じなのだった。
「じゃあ、もうちょい下から狙ってみるか」
さて。今度は膝をついてちょっと下からカメラを向ける。
ちょ、こんなところでそんなっ、と店員さんが声を上げるけれど、撮影のためである。
それにこの格好でもスカートはめくれないから大丈夫なのである。
「さっきよりは良い感じですかね」
「あっ、たしかにこれだと背景の方が上手く入ってますね」
「通常、男の娘を撮るときは見上げるようなアングルでは絶対に撮らないんですけどね。でも、ドールさんは喉仏ないからいいかなって思って」
多分、スクリーンの関係でちょっと背景の入り方が悪かったんですよ、と言うと、おぉーと二人から歓声が上がった。
だいぶ、目標に近づけたようだ。
「あとは、もう背景自体をいじる感じですかね。どっちに寄せるのかといいますか」
「というと?」
「ほら、ドールのサイズって人体の三分の一くらいのスケールですよね。それで椅子とかテーブルはそれに合わせてるけど、背景の縮尺と角度はけっこう適当というか」
背景が映ってるだけだから、いまいちしっくりこないのでは? というと、あー、と店長さんはかなり腑に落ちたようすだった。
今映してる夜景は、ちょっと船のデッキが写っているのだけど、そのサイズがドールに比べると大きいのである。
豪華客船だったらそのサイズでもいいけど、個人のクルーザーでこのサイズはちょっと違和感がある。
「例えばこれだったら、下の部分を削っちゃって遠目から見た夜景のみにすれば、ぐっとイメージ変わると思いますよ」
場合によっては、先日撮った海の写真とかご提供してもいいですが、というと、良いんですかっ! と思い切り食いつかれた。
例のうみほたるで撮ってきた写真である。
夜景ではないのだけど、どこまでも広がる海をバックにという感じにはなるだろう。
「とりあえずはこの夜景、ちょっと加工してみますね」
やっぱりプロにアドバイスもらうのはありがたいわーと言いながら彼女はノートパソコンでレタッチを始めた。
まあ、レタッチといっても細かいものではなく、単に船の部分を削るだけの簡単な作業である。
おそらく、新しくファイルを作ってプロジェクターにつなげるだけで済むだろう。
「あのー、お留守ですかー?」
さて、そんな感じで撮影をしていたわけなのだけれど、外から声がかけられた。
ちらりと店員さんが店長の顔色をうかがっているけれど、途中でやれやれと肩をすくめながら表に出て行った。
「今更ですけど、店番とかしないで大丈夫だったんですか?」
「そこはほら、このビルは警備もしっかりしてるので。入り口のところにセキュリティのゲートがあったと思いますし」
それに、うちのお客さんは清い心を持ってますから! と彼女はびしぃっと親指を突き立てていい顔を浮かべた。
思わず一枚撮ってしまったほどのいい顔である。
ふむ。でも人形をお迎えする、だっけ? この手の趣味がある子というのは、自力でなんとかするタイプかもしれないね。
そう考えるとセキュリティばっちりといっても店を空けても大丈夫って安心感があるのかも知れない。
「ようし。これでどうでしょう?」
「あ、いいんじゃないですかね?」
よっし、といいながらまた、下から見上げる形でドールさん達を撮影。
二人で夜景の中過ごしている感じがしっかりと出たものが完成である。
若干背景の写真が荒い気がしないでもないけど、まあパネルにしても問題はないくらいなものはできたと思う。
「あのぅ、店長。スタジオ使いたいって子が来てるんですけど……」
そんな感じで撮影をしていたわけなのだけど。
先ほど外の対応に出ていた店員さんがこそっと部屋の中に顔だけを覗かせて、声をかけてきた。
スタジオの使用はお店のサービスの一つになっているらしいけれども、果たしてどうしたものか。
「お客さん優先ってことで。ルイさんもいいですか?」
「かまいませんよ。時間に余裕もありますし、そちらの方のブース使用が終わったらまた背景変えて撮るってことで」
とりあえず一枚はできましたけど、まだまだこれからですから、と言うと、確かに昼間の写真も欲しいなぁーと彼女は言った。
そしてプロジェクターを切るとドールさんたちを撤収し始める。
そして残るはドール用のソファとテーブルのみである。
「じゃ、お客さんに入ってもらって」
「らじゃです」
こちらにどうぞっ! と入れ替わりで店員さんがお客さんを招き入れる。
あとはそちらにお任せという感じで、こちらは店舗の方でいろいろ話を聞かせてもらおうとルイは思った。
思ったのだが。
「あれ、千恵ちゃん?」
「へ? ルイ先輩?」
そこでばったりとかち合ったのが、本日の本命でもある、千恵ちゃんだったのだ。
もともとは千恵ちゃんが通い詰めてるというお店の調査というのが今日の目的だったわけで。
まさか本人に会うとは思っては居なかったのだけど、そういうことであれば、こちらも少し方針を変えようかと思う。
お店の調査ではなく、本人からいろいろ聞かせてもらえるのが一番に違いはないのだった。
人形屋さんに撮影スタジオがついてるというのは、完全に創作です!
あったらいいな! みたいな感じで。
お店のドールと自分のおうちの子とでいっしょに撮影できるとかあったら楽しそうだなーとか、素直に思ったのです。もちろん所有者のみなさまはおでかけして一緒に撮影したりっていうのをしてる子もいっぱいいるわけなのですけれどね。
旅行に連れて行ったりとかね!
さて。そんなわけで2話で終わるはずだったこちらはもう一話ほどかかることになりました。
さあおねーちゃんの心配を払拭できるのでしょーか!