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587.男友達と、夏旅行18

「さて、それじゃあ帰りますかね」

「ほんとに運転、かおたんでいいんか?」

 場合によっては、俺がやるよ、と白沢氏は言ってくれるものの、残念ながら今は木戸が運転するのがベストなときなのだろうと思う。


「白沢氏には東京の道をお任せするよ。ちょっとこのサイズの車であそこは怖い」

 ぶつけちゃったらいけないしね、というとそれならまあ、と彼は引き下がった。


 さて。

 牧場でまったりして、今はおやつの時間あたりといえばいいだろうか。

 え、今どきは三時におやつは食べないのですか、そうですか。


 家に帰るにあたってはちょっと余裕をもってというのを優先させてもらっている。

 もちろん夜景にも興味は惹かれるところではあるけど、夜道の運転に自信がないというのが理由だ。

 しかも一番運転が得意な早見くんは今や後ろの席でちょっと、ぽやんとしている状態なのである。


「あーあ。なんつーか、親友としてはいろいろ複雑だわー。俺だけ彼女いないとか」

「ま、君ならいつのまにかできるんじゃない? 女友達作るのは得意でしょう?」

「そりゃ、得意だけどさぁ……あー、なんつーか、ロマンティックというかなんというか、旅先で告白とかがいいんかなぁやっぱ」

 旅行の楽しさでぐらっとなったりするのかなと彼は言った。


 そう。食後の会話からもお分かりの通り、美鈴さんはなんとか早見くんにお返事をしたのである。

 その結果、今は後ろの席で二人きりという感じになっている。

 さっきの空気感とはまったく違って、後ろではこう、ちょっと初々しい感じというか、ちょっと割って入れないような雰囲気になっているのである。

 

「いちおう、お試し期間だからね? 初々しいと言えばそうかもしれないけど、まーどうなることやら」

 若者の恋愛などというものは、サイクルが早いものと相場は決まっておりますというと、後ろからそんなことはねぇー、と不満げな声が聞こえた。

 まあ、早見くんはまじめなほうだから、大丈夫だとは思うけれども。

 美鈴が果たしてどういう感じになるのかがまさに勝負所といったところだろう。


「ちなみに、二人の結婚式の時は今日の写真ばんばん使う方向で」

 その時は、カメラマンとして雇ってくださいねー、と営業をかけると、美鈴から、それは気がはやすぎっ! と苦情が来た。

 ええぇ、今のうちから話をしておかないと。いきなりじーちゃんにかっさらわれたこの前みたいなことになるのは嫌なのである。


「でも、今日撮った写真はみんなにあとで配布するから。残すなり消すなり好きにしてね」

 ああ、夜の海辺の美鈴さんに関しては、一般公開はなしです、というと、えぇー! と早見くんから残念そうな声が上がった。

 あれは本人に渡して見せていいと判断したなら、見せればいいと思う。


「っと、なんか渋滞?」

「だな。早見っちの先行きを暗示してるようだな」

 きっと人生大渋滞だなっ! といい顔をした白沢氏を撮影したかったけど、さすがにハンドルを握ってるときはカメラを手に取るのは不可能なのでやめておいた。

 まったく。そうとう彼女がいないのがこたえているらしい。


「でも、さっきまですいすいいってたのに、これって。事故とかあったのかな」

「かもなぁ。道路工事ってこともこの時期あまりないだろうし」

 ゆっくりアクセルを踏みながら、とろとろと渋滞を走っていく。

 事故というのであれば、それはこちらも気を付けないとと木戸は気を引き締めることにする。

 まったく。そんなことをやらかしたら警察を呼ばれて、その上で下手したら新聞沙汰である。

 スキャンダル体質だとは思ってるけど、そういうので新聞とかには載りたくない。


「あんまり進まないとイライラするよな」

「んー、まぁなるようになるさー、って感じかな」

 あんまり目的地まで急ごうって旅じゃないし、ここ抜けたらきっと大丈夫だろうし、というと、白沢氏はかおたんはまったり系だなぁとほっこり言った。

 まあ撮影時間が迫ってる! とかなら慌てたりはするけど、今日に関してはそんなに急ぐ必要もないのだ。


 そんなわけで、ゆっくりと車は進んでいたわけだけど。

「警察?」

 ちらりと少し前に制服をきた警察官の姿が見えた。

 あの、紺色というか、あの系統の色の服を着こんだ人である。


「って、検問かよ……俺、初めて見た」

「なんか事件でもあったんかな……ってか、ドラマの中だけのものだと思ってた」

 まさかこんな目にあうとは、といいつつ少し前の車に警察官が近寄っていくのが見えた。

 確認が終わった車はするすると先に進んでいるようだ。


 検問か……

 前の車のドライバーが、免許証を見せているのが見えた。

 ううむ。

 まさか事故を起こさないでもこんな目に合うとは……

 うーん、あの免許証見せちゃって大丈夫なのかな。さすがに見せないと無免許だと思われて大変なことになるかもしれないし。


 ええい、仕方ない。


「あの、すみません。ただいまある事件の容疑者が逃走してまして、検問を実施してます。ご協力お願いします」

 免許証を拝見させていただけませんか? と男性の警官に言われてしかたなくお財布に入っているそれを見せる。

 はぁ。さっさと本人確認して先に進ませてほしい。


「ええと……普段は眼鏡をかけてるんですか? できれば免許証の写真は運転時の姿で撮っていただきたいのですが」

「ああ、と。その、その時眼鏡が壊れてまして。しかたなく」

 不本意なんです、と答えると彼はじぃーっと、免許証を見た。

 あの、犯人じゃないのわかったらさっさと通していただきたいのですが。


「木戸……さん? えっと、眼鏡外してみてくれます?」

 さすがに別人みたいに見えるので、と言われて、はぁとため息を漏らした。

 確かに別人には見えるだろうけれども、まさかここで眼鏡外してと言われるとは思わなかった。

 うーん。断ってしまってもいいものだろうか。

 まあ、別に右側見てれば、白沢氏には見えないかな。


「はい、これでいいですか?」

「……え。ルイさん、ですか?」

 こらっ。どうしてそこであなたはその名前を出してしまいますか。

 免許証には木戸馨って名前が書いてあるでしょうが!


「ファ、ファンなんです! うわっ。実物初めて見た。ちょーきれい」

「ちょっ、警察官さん! 内緒にしてるんですからっ。それと守秘義務! ここで見たことはだれにも言っちゃダメですからね」

 内緒です、と人差し指を立てて、しぃーっと言ってあげると、おおおぉ、かわえぇと、若い警官さんはだらしなく鼻の下を伸ばした。

 あの、検問中なんですよね。このやり取りで後ろどんどん渋滞しているんですが。


「本名とかほんと内緒にしてるんで、ばれたら警察官さんのせいって、思っておきますからね」

 一枚写真撮らせてもらいますよ、とカシャリと証拠写真を撮らせてもらう。

 これで、なにかあったら苦情を言いにこれる。


「わ、わかりましたっ! 二人だけの秘密ですね! 誰にも言いませんから!」

 職務で知りえたことは、誰にもいえません! と彼はきりっとそういった。

 いささか信じきれないけれど、仕方ない。 


「ご協力感謝します! では、お気をつけて」

 ちょっと名残惜しそうにしながら、彼は道をふさぐのをやめてくれた。

 うぅ。あの人ほんとに内緒にしててくれるかな。

 ネットに本名書き込みとかまじ止めてほしいです。


 ま、それで、実は男であるというところまで行きつく人はいないだろうけれども。

 今の警察官さんだって本名見ても特別変な反応ではなかったし、普通に女子と思ったはずだ。


 車を走らせ始めると、すぐに景色はぐんぐんと後ろに流れていった。

 先ほどの渋滞が嘘のように、見事に前の方の道は空いていたわけである。


「ルイさんて……」

 さて、一キロくらい走ったころだろうか。

 助手席に座っている白沢氏が、唖然とした様子でつぶやいた。

 まあ。さっきのやりとり見ちゃえば、さすがに気づくか。


「あー、さっきの警察官さんきっと、いろいろ見間違えたんじゃないの?」

 ほれ、免許証の写真こんなんだから、と彼に見せると、白沢氏はじぃっとそれを目を細めて確認した。

「いやっ! これ、どうみてもルイさんじゃん! あの写真家の」

「似てるっしょー。で、白沢くんはどう思ってる?」

「美鈴っちという例もあるしな……木戸っちがルイさん?」

 いや、でもあんだけの人だぜ……男とかありえるのか、と彼はぐむむと腕組みをして悩みこんでしまったようだ。


「なぁ、お前らはその、知ってたわけ?」

 なんか昨日と今日で妙に俺だけ取り残されてる感じがしたけど、そういうことなわけ? と彼は言った。

 うーん、質問がそっちのほうに行ってしまったか。


「俺たちは同級生だったし、まぁ。そりゃな。美鈴なんかは仲間意識も強いだろうし」

「仲間っていっても、女装と、性別の移行だからちょっと違うんだけどね」

 体いじらないでこれとか、ほんと反則でチートだと思います、と美鈴に言い切られてしまった。


「でも、知らないことにしておいた方が、いろいろ気が楽だと思うぞ」

「……え。なんで」

「まあほら、ルイさんをどうにかできちゃう権利を手にしちゃったわけだから」

 それくらい重要な秘密だよ? と美鈴がさらりと怖いことを言う。


「もちろんお前がそれを言ったところで、誰も信じないだろうけどな」

 美鈴のことはみんなあっさり信じた上にディスるのに、ルイさんはまさかーって言われるんだから、世の中ってひどいよな、と早見くんは言った。いや、そうはいいましても。

 

 っていうか。美鈴の場合はなまじ体は男性ですーとか言ったから信じただけだと思うんだよね。

 うっそー、まじでー、っていう余地がないくらい、その名前を出しちゃえば、納得してしまうわけだから。

 それに比べてしまうと、むしろその可能性を示唆されてないルイの方が、そんな馬鹿なになる可能性は高いのだ。

 

「っていうか、早見っち……どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ」

「しゃーないだろ。お前、ルイさんの写真見て、かわいーとか普通に言ってたし」

「そこは、あたしが撮った写真を見て、かわいー、とか言ってほしいんだけどな」

「出た。自分は撮る人、モデルはやらん発言」

 そこらへんは、ルイさんだよねーと美鈴が苦笑混じりに言った。


「まあなんだ。白沢。お前この旅行にルイさんが来るってわかってたら、どうなってた? てか、参加できてた?」

 当日の朝、腹下して家で待機とかになってなかったか? と早見くんが残念そうに言う。

 いやいや。ルイさんと旅行に行くの、そんなにお腹に来るほどストレスでしょうか?


「そりゃ、緊張はしたとは思う。っていうか……今朝やたらかわえー、って思った俺の感情は間違いではなかったな」

 どうして、そこで気づかなかった、俺ー、と白沢氏はがくっと顔を伏せた。

 どうやら、朝寝てるときに何かあったらしい。

 もしかしたら眼鏡外れてたから、その顔を見たのかもしれない。


「それでその……俺にもばれたわけだし、眼鏡外したりは?」

 ちょっと落ち込み気味の彼は、そろっと視線をこちらに向けて、恐る恐るそう言った。

 ああ、話を聞く感じだと、ルイさんのこと気にかけてるみたいだし、素顔を見たいって思いはあるのだろう。


「さすがに運転中は眼鏡は外せないかな。それに、あたしが美鈴と一緒にいるのを写真でも撮られたら大変だよ」

 きっと、ルイさん二股説とかが流れて、大変なことになるよ、というと、ひぃぃーーと美鈴が情けない声を上げた。

 崎ちゃんが烈火のごとく怒るだろうことが想像できたのだろう。


「そうなったらわたしの芸能生活もここまでだね……あぁ、どうか弁解のチャンスを与えられますように」

 アーメン、と美鈴は手をきゅっと握ってお祈りポーズになっていた。

 運転中じゃなければ撮影したのだけれど、まあ仕方ない。


「ま、あたしに会いたいなら、銀香町に来てしまうといいよ。最近は頻度減っちゃったけど、それでも時々撮影にはいくからさ」

 そこでばったり会うのなら、それはもう仕方ないことだから、というと、それはー、と白沢氏はちょっと言いよどんだ。

 なにかあるのだろうか。


「実はそれ、ルイさんのおっかけさん達の中ではやっちゃダメなこと扱いなんだよなぁ」

「えええ。なんで? そりゃまあマスコミが押し掛けてきた時はほんと迷惑だったけど、別にあの町に来ちゃいけないわけじゃないよ?」

 っていうか、実際カメラ持った観光客が、町のスポット見て回ったりしてるし、と言っても、彼は難しい顔をしているばかりだ。


「基本的にはみんな、ルイさんを見守ろうって感じなんだわ。だからホームに押し掛けるってわけにはいかなくて」

 カメラ持ってあの町に行くのは、観光ってことでセーフなんだけどなと、彼は言う。

 なにその見守ろうって話。

 コスプレ業界だと一人目を撮影するまで、撮影依頼を遠慮するっていう感じにはなっているけれども。

 抜け駆けは許さないとか、そういったことなんだろうか。


「なら、町に住んじゃえばいいんじゃね?」

「おおっ! 早見っち! それは名案!」

「って、住民として触れ合おうって……それはどうなんだろう」

 確かにあの町もいろいろ様変わりはしているし、新築物件とか売り出したりしているけれども。

 とはいえ、今の年齢で生活が不便になる一人暮らしをするメリットはほぼないだろう。


「はいはい、白沢くんはあたしの連絡先知ってるわけだし、まあたまに出かけたいっていうなら、この四人で遊びに行けばいいんじゃない?」

 他にも友達いるから、スケジュール合わなかったらごめんって感じだけど、というと、彼は、えっ、と言葉を詰まらせた。


「まじで? え。それはグループデート的な何かですか?」

「いや、普通に遊びに出かけるだけ。まー女装まではいいけど、眼鏡外すのはなし。ルイさんとして男性と一緒というのは、崎ちゃんぶちきれるだろうし、それに男遊び大好きとかいう変な噂が立つのは嫌なので」

 もう、マスコミ騒動はまじ勘弁ですー、というと、ですよねー、という声が車内に響いた。


 こうして、早見くんはとりあえず美鈴たんと付き合うことになり。

 白沢氏は、ルイという友達を得ることとなったのであった。

 

 恋愛をする上で、ルイさんと友達というのがどういう意味合いを持つのか。

 それは、もう、神のみぞ知る。いや、白沢氏のみぞ知るという感じだろう。


 さて、帰りの道でも海ほたるを経由したわけだけれど。

 そこで撮影のタガが外れたルイの前で、早見くんが、涙目になるわけだけれど。

 それはまた別のお話である。

やっと旅行が終わりました! 美鈴さんたちの今後に祝福があらんことを。

三か月とかで別れたりっていうのが若者の常でありますからね!


そして旅行でやりたかったのが、免許ネタだったわけで。

これをやるためにどうして18話もかけてるのかしらと、ちょっと遠い眼をしつつ。

美鈴さんのネタが存外に重いものになっちまったのが、あかんのです。


さて、次話ですが。二週間後更新予定です。

え、内容はまだ決まっておりません! 最近ちょっとネタ切れ感があるので、ネタだしのための二週間と思っていただけると。

季節は夏。そしてゼフィ女の撮影合宿とかもあるし、崎ちゃんとの夏祭りとかもありますし。

久しぶりに、はるかさん出したいし、という感じで。

ぱーっと、楽しい話を書きたいなー!


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