583.男友達と、夏旅行14
「あーんっ。はぅ……すっぱあまいー」
幸せですー、ととりあえずわざとらしい声を上げると、男子二人は、ああ、そーですかいとげんなりした顔を浮かべていた。
さて。現在どこに居るかと言えば、南房総の道の駅である。
二日目である今日の予定は、海、によるわけではなく、このまま北上して牧場によって、もふもふいやされてから帰ろうというようなプランである。
実を言えば、当初はすぐに牧場まで行く予定ではあったけれども、まあなんだ。
朝ご飯を食べ尽くされて拗ねた人がやや一名いて。
じゃあ、道の駅にでも寄って軽く食事でもという流れになったわけで。
「なあなあ、かおたん。朝飯食えなかったからって、そこでパフェを代わりにするって、男としてどうなん?」
「だよなぁ。しかもなんかあっまい顔してるし」
それどうよと、男子二人はびわ紅茶を飲みつつ、えぇーという顔だ。
朝からパフェという選択について行けないらしい。
「割とお菓子をご飯代わりっていうのは、あるとは思うけど」
それだけ幸せそうな顔をする子はあんまりいないかも、と美鈴はびわジュースを飲みながら言った。
そうはいっても、あまいジュースで笑顔になっているのは彼女も同様だ。
産地だけあって、濃厚なものがいただけるらしい。
「お店でスイーツ食べるのも好きだけど、こういうテラス席でってのも格別だなぁって」
しかもここ、わんこ連れてきてもOKなところだっていうし、良い感じに夏の花が並ぶ感じだし、といいながらパフェからソフトクリーム部分をすくってはむつくと、口の中にひんやりした感触が広がった。
ここ、びわで有名な道の駅は、イートインスペースが見事なテラス席なのだった。
注文してから撮影もさせてもらったし、午前中でそこまで光が当たりすぎないのもいい、快適な空間というやつに仕上がっている。
難を言えば春先の方が花の種類が多いというところだろうか。
それと、開店直後に来ているので他のお客さんの数もまばらなのも、どちらかといえば残念だ。
動物OKというのを見て、誰か連れてきてないかなぁなんて思っていたんだけれど、残念ながらそういうお客さんはいないようだった。
「それに、知人男性で外に行くとケーキとかパフェばっかり食べてるのが一人……いや、二人います」
「二人も? それ、シフォレのオーナーさんとかじゃなくて?」
「ああ、いづもさんは女子枠だからね? そっちのお店関連で一人いて、あとはちょっと離れたところに住んでる知人で、メイド喫茶にケーキを卸したりしてる職人なんだけれど」
年下なのに、職人さんとかすっごいよねぇ、というと、それ両方とも特殊な人じゃんと思い切り突っ込まれた。
「ケーキ作る側がそういうの好きでも当たり前だと思う」
「でも、密かに男子だけど甘いもの好きって人は結構居ると思うよ」
男子だからできないことって決めちゃうのはどうなんだろう、と首を傾げつつ、びわのシャーベットに手を出す。
しゃりしゃりした感触と冷たさが伝わってきて美味しい。
「ほんと、もーちょっとみんな好きに生きればいいのにねぇ。男子だからこれはやっちゃだめー、とかさ。素直に甘い物だーいすき、とか言っちゃってもいいと思うんだよね」
「言ってることはわかるのはわかるけど……私としてはちょっと複雑というかなんというか」
それだと性別変える意味があんまりないというか、と美鈴は肩をすくめた。
どうやら、ジェンダーの自由化には少し抵抗があるご様子である。
社会的な性役割と肉体的なものはまた別問題なんだけどなぁ。
「社会的な性別を押しつけるのはどうかー、みたいな講義も大学に入ってから受けたしね。アレが役に立ったかといえばそんなことは無いけれど」
いきなり学校で、さぁ女装してみせろと言われて、普通に着こなしたらみんなに変な顔をされました、と懐かしそうに言うと、非常識人だ、と言われてしまった。
うぅ。でも女装させて違和感があるでしょーみたいな感じで、いじられるのはちょっと看過できなかったし。
ミニスカだろうが履きこなしましたさ。
「その話は初耳かも。ル……じゃなかった。かおたんのミニスカって結構レアだよね?」
普段もうちょっとおとなしめって話だったし、と美鈴は今の格好を見ながら言った。
今は相変わらず、昨日と同じショートパンツ姿なので、露出度はかなり高いのだけど、今日の格好の方がレアである。
「ほとんどコスプレみたいなものだったかな。個人的にはここまでの露出ってのはあまり好きではないし」
肌を見せていこー! という女子の感覚はわかりません、と言うと美鈴にそんなに綺麗なのにもったいない! と言われてしまった。
現役モデルさんにそう言われて嬉しくないわけはないけれども、でもだからといって肌を露出するかどうかは好みの問題であるところが大きいと思う。
「好みの問題と、似合う似合わないの問題があるでしょう? この前姉様の結婚式に行っても思ったけど、胸のあるなしで見栄えがよくなる服の種類って変わるし」
あのドレスをあたしが着ても絶対似合わない自信がある、というと、へ? と美鈴はぽかんとした顔を浮かべた。
「……結婚式? え? お姉さん結婚したの?」
「あれ。言ってなかったっけ? 六月の話だけど」
姉は嫁に行きました、というと、ほぉー、と美鈴は目をきらきらさせた。
一枚その姿は押さえさせてもらいました。
「美鈴は結婚願望とかってあるんだ?」
「そりゃあるよー。ってか女子なら一度は結婚に憧れるものじゃないかな。シンデレラとか見ちゃうとさ」
「王子様に見初められる話かぁ。大人になると玉の輿はどうなのか、みたいな人も多くなるけど」
「それでも、好きな人と結婚したいなって思いの子は多いんじゃない?」
もちろん、いい男を捕まえるんだ! ってギラギラしてる子もいるけどね、と美鈴が追加情報をくれる。
モデル関係の知り合いだと、そういう子は多いということだろうか。
たしかに、自分に自信があって前に進める子のほうが業界では生き残っていけそうだけれども。
「ええと、美鈴は、そのこんな家庭を作りたい、とかあんの?」
「お、早見っち」
ぼそっと切り出した早見くんの肩を、ぱんと白沢氏が軽くたたいた。
だいぶ緊張しているというのがわかる感じの声だ。
「将来か……うーん、ちょっと前まではいろいろ考えられたんだけどね。二人で一緒に同じ方向を向いていけたら良いなって感じというか」
休みの日はゆっくりベッドでまどろんでいたり、仕事の話で愚痴を聞いてもらったりとかさ、と美鈴はちょっとうつむいた。
本人の中では、この前のスキャンダルから、結婚は考えられないものになってしまっているのかもしれない。
良い感じになってた人とも別れたっていってたしなぁ。
「この前のスキャンダルで一気にいろいろ知られちゃったし。それに、よくよく考えると子供ができないってのは相手に背負わせていい話なのかなって思っちゃって」
ちょっと将来の家庭みたいなのは、わかんなくなっちゃったかな、と美鈴は少しだけ体を震わせながら言った。
確かに、子供が産めるかどうかというのは、今の世の中であっても多少は相手探しで必要なところではあるかもしれない。
「って、子供が欲しいから結婚するってわけじゃないだろ。その相手と一緒にいたいからその……付き合いたいって思うわけで」
子供はその結果だ、と早見くんは言い切った。
なんというか、本当に頑張って話してるなぁというのがわかる感じで、ついその姿もカシャリと撮影。
必死な姿が好感触である。
え、そんな真剣なの撮るなよって? そこらへんはほら、真剣だからこそ多少音を出してもきっと大丈夫かなって。
「そうは言っても、男の人は結局体目的ってところもあるわけでしょう? そしてゆくゆくは子供を持つのが当たり前って、どこかで思ってるじゃない」
「それは……ない、ではない。でも抱きしめたいとか、触れたいとかそういうので、子供は駄目なら駄目でって思うよ」
当たり前じゃなかったら、それまでのことだと思う、と早見くんは言った。
その姿をうんうんとうなずきながら白沢氏も見守っているようだった。
さぁ、そのままの勢いで告白してしまえ! というくらいな感じである。
「それは親になるってことが想像できてないだけだと思うけど。将来、いつかがっかりする時がくるんじゃないの?」
「そんな事は……」
ない、と言おうとしてるのだろうけど、早見くんは少し考えているようだった。
本当に言わないか、というのを考えて見ているのだろう。真面目なやつである。
「まあまあ、そこらへんかおたんはどうよ。子供欲しいとかって思う?」
「昨日の夜美鈴にも言われたけど、今は全然そういうの考えてはないよ。というか、撮りたいとは思うけどね」
「木戸くんのは、なんにも参考にならないから。当たり前じゃない人だもの」
うっわ、美鈴さんったら、言うに事欠いて、当たり前じゃない人とか言い始めた。
そりゃ、昨日の夜ちょっと呆れさせちゃったところはあるけど、むしろ今の歳で子供の事を考えるっていうのはどうなんだろうかと思う。そりゃ早い人は二十歳くらいで子供つくるってのはわかるけどさ。
「まだ自分で生活費を稼げてるわけでもないし、そういう意味ではまだ考えられないかな。でも、そういうことをすぐしたいっていう話はよく聞くけれど」
卵が先か、鶏が先か、みたいな話なのかな、と言っておく。
子供ができれば人は一般的には、それを守るために生活のスタイルというものが変わっていく。
今は無理と思ってそれを先延ばしにする人も多く居るし、そこは人それぞれと言ったところだろう。
「でも、総じて子供を作るのが当たり前ってことでしょう? あのかおたんですら、いつかはって思いがあるならさ」
それなら、できないってのは重荷じゃない? と美鈴はしょんぼりしながら言った。
ううむ。すっかりと結婚話で盛り下がってしまったようだ。
さて。いつもならば冷たいびわシャーベットでも口に放り込んでそれで復活をさせるところではあるんだけど、今回の旅は早見くんの恋路のためのものだ。ちょっと静かにしておこうと思った木戸なのである。
「かおたんのは、一般論を言っただけだろ。それに俺は美鈴と一緒に居れればそれでいいし」
「おっ」
ついに言ったか、という感じで白沢氏が喝采の声を上げる。
邪魔をしないために、背中を叩いたりテンションを上げたりはしていないようだけれど。
「それ、どういう……こと?」
え? なに? と美鈴が困惑したような声を上げる。
今の一言ではどうやら告白としては弱いらしい。いまいち伝わっていないようだ。
「だから、さ。俺は美鈴と一緒に居たいって言ってんの」
これなら伝わるかな、と恥ずかしそうに早見くんは言った。
ストレートじゃないなぁと思いつつ、まるで中学生のような告白劇に、もちろん木戸は少し引いて二人の姿を撮ることにした。
驚いたような美鈴の顔は、さて、どんな結論を出すのか。
それは、パフェを食べ終わるまでには、わかることなのだろうと思いつつ、びわシャーベットを口に入れた。
夏の日差しでじっとり溶け始めたそれは、最初よりなめらかでねっとりとした味がした。
ちょっとビワを食べさせるつもりでいたら、なんか話題がいろいろと発展してしまいましたとさ!
恋愛話にキャーキャー言わないドライな木戸さんは相変わらず撮影に躊躇はありません。
とはいえ、夜に比べるとテンションはちょっと低めかなと思ったりはします。
さて、お返事は果たしてどうなるんでしょうか。
次話で決着はつくのかな。つくといいなぁ。