581.男友達と、夏旅行11
おっそくなりました。ちょっと今回はシリアス回でございます。
「さて、今回もこっそり行きますか」
時間はもう正午を回ったあたりだろうか。
ご飯を食べ終えて、コテージに帰ってからも男子達はお酒を飲みながらわいわいと盛り上がりつつ、寝落ちたのが少し前のお話。
せっかく二階部分にベッドがあるというのにそこを使って寝ているのはなんと美鈴だけである。
誰もお風呂に入っていないので、明日の朝は混みそうかなとか思うものの、まあ美鈴を優先にしつつで順番で入る感じになるのだろう。
いちおうあの二人も紳士なわけだし、その間は二階で待機とかそんな風になるんじゃないかな。
さて、そんなことよりも。
問題なのは、こんな海辺に近い場所で夜の撮影をしに行かない手はない、ということだ。
新宮家と旅行に行ったときと同じような感じで、こっそりと一人外にでるのである。
え、眼鏡に関しては、今はコンタクトプラスだて眼鏡状態。
状態としては、いつものルイさんに近い感じにしている。
森のコテージに行ったときは、あっさり真矢ちゃんにばれたのもあって、素顔でこっそりというのはさすがに危険だというのは学んだのである。
シルバーフレームの眼鏡をつけるだけで、一応は普段のルイとは印象は変わるのである。まあ女子にしか見えないけれども。
さすがに女装道具に関しては母様に厳しく制限はされたけれど、眼鏡までは三種類持ってきていても、とやかく言われなかったのだ。
「ここからでも海が見えるって贅沢だよね」
コテージがあるのは、海から少し歩いたところだ。
海岸のそば過ぎると、人の目も多いだろうし、というのもあって、わざと少し離れたところを選んだのである。
もちろん、お値段もその分いくらか安かった。
多少懐がマシになった木戸にしても、これくらいだとありがたいものだった。
「うん。良い感じに晴れてるし、月も出てるし」
明かり無くてもこれなら、しっかり撮れるかなとにんまりしながら三脚を持った。
夜間の撮影だ。さすがにこれくらいの装備は持ち込むべきである。
「月が綺麗ですね」
さて、こっそりとコテージを出て周りをほへーと見ていた時だ。
背後からそんな声がかかった。
「起こしちゃった?」
首だけ後ろに回して、目が覚めた友人に笑顔を向ける。
意識的には、シルバーフレームの眼鏡をかけていても、今は、ルイのほうだ。
昼は、男子がいたから女装した木戸馨だったけれど、一人でいる今は、こちらなのである。
「気がついたら夜中だった感じ」
「たったあれだけで、酔っ払って寝ちゃうとか、可愛いんだから」
寝顔はちゃんと撮ったからね? と言ってやると、美鈴はえぇーと不満げな声を上げた。
「ううぅ。恥ずかしいところをお見せしました」
「あんまりお酒飲み慣れてない感じだったりするん?」
隣まで歩み寄ってきた美鈴に、ちょっと非難めいた声音でたずねた。
そう。
ちょっといまのルイさん的には注意をしておかなければならない状況である。
「仕事上ではお酒って飲んだことなくてね。いっつも打ち上げとかでも、ウーロン茶とかで」
ほら、仕事中は気を張ってるから、と彼女は苦笑を浮かべた。
そりゃそうか。声が低くなるかも、というのを差し引いてもお酒に酔うことでなにがあるかなんてわからないわけだし。
となると、うかつな事をしないためには、酔わないのが一番ということになる。
「友達と飲みに行ったりもないの?」
うえーい、とかしないの? と言うとあぁー、と美鈴は肩をすくめた。
「仕事仲間はいるけれど、友達なのかといわれると難しいかな。どっちかというとライバルって感じ」
なんかあると足を引っ張られる感じです、と特に気にした様子もなく彼女は言った。
うーん、まあ崎ちゃんも友達に飢えていたしなぁ。そんな物なのかも知れない。
「小野町さん達は?」
あれからちょくちょく交流は持っているのでしょ? と成人式の事を思い出しながら尋ねる。
同窓会の時に上手いことけしかけて友達にさせた二人はそのまま上手く定着して、仲良くやっているはずだ。
「あの二人とはご飯は食べに行くけど飲み屋にはいかないかなぁ。ってか、うちらくらいの歳で夜に居酒屋ーって流れにはならないってば」
合コンとかならお酒も入るのかもだけども、と美鈴はちょっと表情をこわばらせた。
おや。そちらの方にちょっと苦手意識でもあるのだろうか。
「たしかに合コンならお酒は入るかな。まあ未成年だとお店が飲ませない昨今ですが」
逆に言えば、合コンでもなければ二十歳過ぎでお酒をたしなむことは少ないということでもあるのかもしれない。
そもそもお酒の席というものがこの年だとあまり成立しないし、晩酌をしようというような思いになるようなこともないのである。
年末の旅行の時は、エレナに上限を知るために飲みましょうと誘われたけれども、その後は飲み会のようなものといったら、男子会でワインを飲んだくらいだろうか。
ああ、エレナの誕生日の時に、シャンパンいただいたっけ。大人になられたのなら是非と中田さんに勧められたのだ。
アップルサイダーの方が好きです、といったら、二杯目はそっちになったけどね。
「そんなわけなので、今日はお酒初体験だったわけで」
なので、あんなていたらくになったわけなのです、と美鈴はちょっと恥ずかしそうにいった。
いきなりあの量で寝落ち、というのは確かに恥ずかしいものもあるのだろう。
「周りにいるのが紳士ばかりでよかったね。これで獣たちばかりだったら、今頃美鈴はボロボロな状態で公園に寝ているなんていう恐ろしいことが」
「あはは。気をつけます」
お酒、怖い、と言いながら美鈴はちらりとルイの姿を見ていた。
たぶん、三脚をがっちり持っているところあたりが気になっているのだろう。
「もしかして撮影にいくつもりだった?」
「うん。もちろん。夜の海岸とかはなかなかお目にかかれない景色だしね。山に行ったときも撮ったけど、こっちはこっちで試したいこといっぱいあるから」
月も出ているから、これくらいならきっと撮影もできるよ、というとこれがルイクオリティか、となぜか感心したようにうなずいていた。
「ついて行ってもいいかな?」
「もちろん。っていうか、夕方にモデルになるっていってた約束、すっぽかされたから今こそ、その約束を果たしてもらおうか!」
明日の夕方も撮るけどね! と言うと、えぇー、と呆れ混じりの声を上げられた。
そうはいっても、こちらとしてはいつものことである。それに意識的に今はルイなので、ガンガン行こうぜなのだった。
そんなわけで、美鈴を連れて海辺に向かうことにした。
コテージは海は見えるけど、海に隣接しているわけでもない。
ちょっと歩いて行く必要があるのである。
「そういえば、その……さっきあたしをコテージに運んでくれたのって、誰だったの?」
いちおう知っておかないとお礼言えないや、と美鈴が切り出してきた。
確かに、寝落ちの件は無かったことにしたいかも知れないけど、助けてもらったらお礼は言うべきことである。
「早見くんが頑張った感じかな。写真もあるよ?」
ほれ、とくったりした美鈴さんをおんぶする早見くんの姿を表示する。
幸せそうな寝顔で、思いっきり体を委ねているっていう感じの絵であった。
「お姫様抱っこはさすがに筋力的にむりー、とかっていう話をしつつだね」
ちなみにこの後みんなで美味しく海鮮炊き込みご飯をいただきました、というと、えええ、と美鈴は残念そうな声を上げる。
食欲の方がいろいろと気になるお年頃、というよりは夕飯食べ始めで寝落ちしたから、ちょっと空腹感もあるのだろう。
「ちゃんと残してあるから、海での撮影から戻ったら食べさせて上げるってば」
ま、夜に食べるとお肉になっちゃうかもだけどね、というと、うぅとさらに彼女は涙目になった。
先ほどからころころ表情が変わって面白い。
もちろん何枚かその表情は押さえさせてもらいました。
「もう。かおたんの性格が悪くなってる。これがルイさん化ってやつか……」
そっちだと遠慮がなくなるんだから、もう、と美鈴さんは膨れていらっしゃった。
でも、ちょっとこういう旅先だと好きにやろうって気持ちになるのは普通じゃないだろうか。
え、おまえはいっつも自由気ままだろって? い、いちおう、空気は読んでるつもりなのですが……
「これでも気はつかってるつもりなんだけどなぁ。なら、ずばり聞いちゃうよ? スキャンダルをうけて、今の心境は!」
「……またドストレートにくるなぁ、ほんと」
「さすがに男子がいる中ではあんまり言えることじゃないと思うし、それに……あたしになら気兼ねなく話せることもあるかなぁ、なんてね」
ほら、スキャンダル仲間ですし、と苦笑交じりに言うと、それもそうかと美鈴は笑った。
「そっか。例年スキャンダルを起こすルイセンパイの前ではあたしのなんて、そうたいしたことないって思えばいいのか!」
さぁ、ほら、来年もまたなにかやらかしてくださいよぅ、と美鈴がなぜか敬語で言ってくる。
まって。スキャンダルのセンパイってちょっとやだ。
「来年もスキャンダルとか勘弁して欲しいよ! ってかもう今年の春のでおしまいだから! それ以上のスキャンダルなんて……さすがに考えたくない」
「例えば、珠理さんに子供ができる、とか?」
「ちょ。それは……そういう発想はなかった」
え、何がどうなればそうなるの? とぽかんと首を傾げていると、逆にはぁ!? と美鈴に呆れた様な顔をされた。
「お付き合い、してるんだよね? あの珠理さんと」
「うーん、まぁ。月一回のデートはしてますが」
「……月一回、なの?」
え、と? と美鈴さんがとても不思議そうな顔をした。
なんで!? っていうような感じである。
「そもそも、珠理さんってルイちゃんのこと、男だってわかってる……んだよね?」
えっと、そういえば確認してなかったけど、と言われて、まぁ、それは、と答えておいた。
美鈴はルイの事情を知っているし、それが誰にわかっているのか、というのは伝えても問題はない。
「それなのに手を出さないって……」
「ん? 手は出してるよ? デート中は崎ちゃんのこと撮り放題……ではないけど、撮影はしてるし」
うん。枚数制限はあるけれど、あの肖像権がどうのな崎ちゃんを自由に撮れるのである。
これは手を出していると言って間違いではないと思う。
「そういう手を出すではなくですね……あのぅ、ルイさん……保健体育の授業って受けました?」
「これでも学校の授業は真面目に受けてたけど」
体育だって真面目にやったよ! と言うと、うーんと言いながら美鈴は目頭のあたりを指でぶにぶに押し始めた。
あぁ、もう、といった感じである。
「美鈴のほうこそ、恋愛関連はどうなのさ」
なんか一方的に駄目な子扱いをされているので、ルイのほうからも恋愛話を振ってみることにする。
ルイと崎ちゃんの関係というのは、なかなか一般的なものではないので、理解もしにくいだろうことはわかっているわけだし。
「良い感じになってる相手はいたけど、今回のスキャンダルで思いっきりぽしゃりましたが?」
「良いお友達でいましょう、みたいな?」
「そんな感じ」
はぁ、と明らかに美鈴が肩を落とした。
昼間はちょっと元気に振る舞っていたけれど、実際はダメージを受けていたらしい。
「それにほら、昼間の件もあるけど、ファンの反応もまちまちでさ。女の子のファンの方が多いからそっちは別に大丈夫なんだけど、男性で追っかけてくれてた人が、ごっそり手のひら返してさ。逆に一部の人がわーって、ファンレター送ってくるようになって、正直困惑してるんだよ」
「まさかエレナお嬢さまからはファンレターは行ってないよね」
美鈴の主な仕事先は、読モの延長線にある女性誌のモデルである。
つまりは、露出のほとんどは女性誌なのである。
ターゲットはもちろん女性であるわけで、そのファンの大半は女の子なのである。
だからそっちに関してはファンの動揺というものはまったくないようだけれど、問題は男性ファンの存在というやつなのだった。
「エレナさんってルイさんが被写体にしてる子だよね。それは……まあ、今に始まったことじゃなくて、前からファンレターは来てたので」
可愛いとか、キュートとか、今月号はよかったとか、割とまめに褒めてくれるのだと彼女は言った。
ええと、エレナさん。男の娘大好きなのはわかるけど、まさかそんなことまでやってらっしゃったのですね。
「もともと頑張ってくださいみたいな感じの男の人からの手紙がごっそりなくなって、今だと、新しい扉を開いただの、良い物見せてもらっただの、そんなのばっかりになっちゃってる感じ。メールは事務所のほうであらかじめ選別してくれてるから、ひどいのは直接みてないんだけどね」
メールの方が手軽に送れる分だけ、ひどい内容もさらっと届くもんだと彼女は言った。
それはその通りなのだろうと思う。
うん。ルイさんところだって、メールアドレスはホームページから消したもんね。HAOTOファンの女性からのメールが殺到なんてなったら恐ろしい事になっていたと思う。
「新しい扉……ねぇ。そこらへんはどう思ってる感じ?」
ファンならそれで嬉しい? と聞くと、あー、うー、と美鈴は複雑そうな顔を浮かべた。
「あたしは別に自分が男だって思ってないから、ことさらそれを強調されてもなってのが正直なところかな。ほんとは一般女性として、普通に知り合って、普通に良いムードになって普通に恋愛してみたかった」
今回の件でいろいろ遠ざかっちゃったけどね、と彼女は苦笑を浮かべた。
「美鈴的には、自分の事を詳しく知ってる人はあまり対象として見られない、と?」
彼女の言い分はなんとなくわかる。
千歳にしてもそうだけれど、男であることというのは、あそこまでいってしまえばもう、言いたくない部分ということになるのだろう。
となると早見くんの分が悪そうだなぁと少し思ってしまった。
「一回目のカミングアウトは絶対に必要だけど、二回目はできるだけやりたくないなぁ」
色眼鏡で見られるのはやだな、と美鈴は少しさみしそうに言った。
ルイとしてはあまりそこらへんの感覚は実感できないところだけれど、そういう考えになるのはわかる。
例えば、自分に黒歴史があったとして、それを暴かれて平然としていられる人はいるだろうか。
一度目のカミングアウトは、こう生きたいという自己表現だ。
だから、それをしなければ歩き出せない。
けれど、二回目は。
「はいっ、がっかり顔いただきました! いやぁ今にも泣きそうな女の子の顔ってのもいいもんですねぇ」
この一枚は絶対に永久保存で、とカメラを向けながらにやりと笑ってみせる。
話したいことなら話せば良い。
けれども、どうにもさっきから話をするたびにつらそうな顔ばかりが浮かんでいる。
そんな顔を撮りたいわけでは、もちろんないわけで。
「ちょ、シリアスな話のはずなのに! いきなり雰囲気がぶっ壊れちゃったんですがっ」
「ぶっ壊したの。嫌なもんは、嫌。はいはい、わかりました。だからすぱっと忘れてモデルになんなさいな」
ほれほれ、もっとだらしなーい顔をさらけ出し給えよ、とカメラを向けて迫る。
歩きながらではあるけれど、それでも撮影はきちんと行える自信はあるのだ。
さぁ、カメラ責めにあって、シリアスさんさようならをするのだ。
「えぇー。ここはこうあたしの苦悩を聞いて、そうだよねーって同意してくれる場面でしょー」
「ま、女友達ならそれがスタンダードで正解なんだろうけど、それは小野町さん達にしてもらいなよ」
あたしは撮り殺す勢いで、撮影するだけだから、と言うと、えぇー、と不満げな声を漏らされた。
「小野町さんたちじゃわかんないから、ここで話してるんだけども」
「……あ。ごめん。それあたしもわかんないや」
ロジックとしてはわかるけど、自分の体験として共感はできません、ときっぱりいうと、そ、そうでした……と、美鈴は引き下がった。
よく誤解されるけれど、ルイは別に女子になりたい子というわけでは、ない。
もちろん女装して歩くのは楽しいし、こちらの格好で撮影をすることはもう、とてつもなく楽しいのだけど。
だからといって、元男であることを世間に知られてつらい、という感情に共感を持てるわけでもない。
「そういうのは昼にアドレス交換した、ちーちゃんにでも聞いてよ。あっちもあっちで、それなりにいろいろ溜まってるだろうからさ」
ちなみにあの子は、埋没指向だから話は合うと思うよ、と伝えつつ、彼氏にも内緒にしてるから、慎重にねと人差し指を口当たりにあてて、しぃーっと言ってやった。
「そこは全部わかってる上で、つらかったねぇ、お嬢ちゃん、とかいうところだと思うんだけど」
「客観的な心理はわかるけど、それだけだもん。大いなる愛で包み込みますー、みたいなのは無理だから」
あきらめろーというと、そんな都合がいいものもないかと美鈴は立ち直った。
先ほどの暗い顔はとりあえず封印といった感じだろうか。
「んじゃ、真夜中の撮影会、始めましょうか」
ほら、そろそろ海だよと、手を広げるとそこには月明かりに照らされた波が見えていた。
さぁ。
夜の海辺を背景に、撮影スタートである。
夜の撮影会スタート!
というわけで、ちょいと込み入ったお話をすることになりました。
まー男子の前ではあんまり言えないよなぁこれ、と思いつつ、ルイさんはブレずにそのままでございます。
次話は海辺の撮影会予定です。さぁがんばって楽しく書いてまいりましょう。