578.男友達と、夏旅行8
「はやとのやつ……どうして、これを選んだのか」
むむむ、と木戸は一人更衣室の中で腕組みをしていた。
高速を降りてから一般道を運転して進みつつ、向かった先というのは、例の格安な服屋さんである。
全国至る所に存在し、最近などはわりとお洒落なアイテムもそろうと言うことで、一部で人気のお店なのである。
ちなみに、日頃のルイさんは聖さんのところに行ってしまうのであまり行きません。
そんなわけで、かなりの広いスペースに衣類がわーっと置いてあるのを物珍しそうに見ていたわけなのだけど、美鈴がじゃあ、コーデはまかせてね! なんてことを言い出して。
これ、試してみようとかいって、試着室へと木戸を押し込んだのである。
白沢氏は、本気の女装がこれで見れるぜ、とか言っていたし、早見くんは着せ替えってやっぱりテンション上がるんだろうなぁと、ちょっと元気になった美鈴にほっこりしているようだった。
誰も、無理矢理女装させようとされているのに、擁護の欠片もないのだった。
まあ、女装自体は別にいいんだけどね……
「さぁーそろそろお着替えはできたかな? さぁさぁ、噂の美ボディを見せてちょーだい!」
わくわく、というような弾んだ声が外から聞こえる。
あのやろう、絶対に着せ替えを楽しんでいるに違いないのだ。
でも、なぁ。この服は……ちょっと。
着れなくはないけど、ちょっとかなり恥ずかしいんだけれど。
「着替えたけど……ほんとにこれで外を歩かせる気なの?」
こそっと、試着室のカーテンで体を隠しながら顔だけひょっこり外に出す。
美鈴に見せる分なら、まぁそれはそれでいいかと思うところではあるけど、こんなんあっちの男子二人には刺激が絶対に強いと思うのだけど。
「ん? いまいちわかんないなぁ。あのかおたんなら、十分着こなせる服だと思うけど」
「おぉ、木戸っち。どうよ。着替え終わったんなら是非見せて欲しいな」
っていうか、そのカーテンで体隠して恥ずかしがる仕草だけで、十分可愛いぜ、ちくしょー、と白沢氏は拳をぐっと握りしめていたけれど、まあ、それは見なかったことにしよう。
「モデルさんだったらそういう事平気で言えるんだろうけど、あたしは普段はもっとおとなしめな服ばっかりなの。清純派なの。そりゃ……ちょっとやらかしたりはあるけどさ」
あれだって、自己防衛のためなんですー、と言ってやると、美鈴はんー、と考えつつつかつかと近寄ってきた。
「とりあえず大公開しちゃおう!」
ほれっ、と美鈴に思い切りカーテンを剥がされた。
こっちもがちっとつかんでなかったので、それだけで全身がみんなにあらわになる。
はぁ。ほんともう、他にお客さんがいなくてよかったとしか言えない。
こんな姿、多くの人に見られると思うと、さすがに。
「おぉーー! すっげぇー!」
「……これじゃ、男だってわかってても、落ちるやつは落ちるぞ……」
不覚にも、エロいと思ってしまった、と早見くんがぼそっとつぶやいた。
ええ、わかってますよ。
「やっぱり、お肌綺麗だからこういう服は似合うなぁ」
「露出多過ぎで、これはどうかと思います」
どうして、これ選んじゃったかなぁと、木戸は不満声を上げる。
そう。
今、着せられているのは、露出の大きい衣類なわけだけれども、それがまたね。
普段滅多に着ないようなやつなのですよ。
「えぇー、普段からミニスカとかははくんでしょう? だったらショートパンツくらいどうってことないよ」
というか、予想通り着こなせるんだから、驚きだよね、とキラキラした目を向けられた。
まあ、普通、ショートパンツを履きこなすためには、いくつかの問題点をクリアしないといけないから、感心されるのはわかるんだけど。
でも、技術というよりは、どちらかというと心理面で、ショートパンツは苦手な部類になるのである。
「ミニスカはそんなでもないよ。お下がりで高校の制服をもらったりして、それがミニスカだったってのはあったけど、普段は膝丈か、もちょい短いくらいまでだね。目立たないくらいで、動きやすい、それでいて野暮ったくない路線を目指すのです」
「そういや、あの動画の時もそんな感じだったかぁ」
ばんばん肌見せた方が綺麗なのに、と美鈴は文句を言い始めた。
いや、でも、木戸さんは見られる側じゃなくて、撮る側ですから。
「それにショートパンツには軽くトラウマがあってね。試しに履いてみようって思って、電車に乗ったらおもいっきり痴漢されましたとさ」
生足、危ない。というと、うわぁー、それはつらいわー、と美鈴が同情混じりの声をかけてくれた。
彼女も痴漢に関しては思うことはあるらしい。
「なあなあ、木戸っちって痴漢されるくらい女装姿で出歩いてるん? それって、なにげにちょーすごくね?」
「そこは木戸だからなぁ……男物の服を着てても告られるっていうやつだし」
そんな露出高い服とか着てたら、辛抱溜まらん気持ちはわかる、と早見くんは腕組みしてうんうんとうなずいている。
いや、辛抱はしようね? 捕まっちゃうからね?
「それと、トップスなわけだけど。ビスチェはどうなの? これってTシャツの上とかから着るものなのではないの?」
そりゃまあ、ワンピだと思ってしまえばいい、という話もあるかもしれないけど、ちょっと露出激しすぎ、とクレームを入れる。
だって、二の腕はもちろん肩だってばんと出ているし、これでもかというくらいの露出度なのだ。
気温としてはさほど問題ではないのだけど、ここまでの露出は今まで経験がない。
「もちろん下に何か着ることはあるけど、そのままでもいけるって。ほら、る……じゃなかった。かおたんならまったく問題なく着こなせると思うし」
「だ、男性陣に尋ねます。これはありですか?」
ちらっと、こちらをぼーっと見ている二人に声をかける。
この服装に関しては、おそらく女性だったら可愛いと思う、という部類に入るんじゃないだろうか。
男性からすると、ちょっとになるような気がする。
「エロいと思います」
「それ、男の二の腕じゃないと思う」
どこをどうすればそんなほっそり、もっちり、すべすべになるのか、と早見くんからもげっそりしたような声が漏れた。
うう。だから肩の露出とかするのはイヤなんだよ。
「水着と比べると布の面積も十分大きいし。それにほら、前に着てたビキニなんかよりは圧倒的でしょう? それなのにいまさらここにびびらなくてもいいんじゃない?」
ほら、オシャレを楽しもう! いつもと違う自分に成れる魔法みたいなものなんだから、と美鈴はわりとマジ顔でそう言ってきた。
うう、そりゃ町中に行けば露出激しい子はいるだろうさ。
純粋に綺麗だなって思うこともあるし、撮りたいなとも思うのだけど。
「美鈴は町中を水着で歩けるの? それはまた別問題というか」
視線を釘付けとか、むしろ迷惑なんだけど、というと、美鈴さんは、ん? と不思議そうに小首を傾げた。
「る……かおたんが今更、それを言うのはよくわからないかな。視線ならいくらでも釘付けにしてるし、いつだって存在がスキャンダルなんだから」
「存在がスキャンダルて……」
そりゃ今までだってそれなりに事件には巻き込まれたけれども、さすがにそこまで言われたのは初めてである。
「むぅ。個人的にはひっそりと撮影していたいのです。せめてトップスにビスチェの下になにか着させてください」
「ええぇ。それだけ綺麗なのに見せないのもったいないよ。っていうか、どうすればその絹のような肌になるのか、すごく気になります」
「それはほら、体にも化粧水使ってるから……毛の処理に関しては気をつかってるつもりだし」
まあ、レーザーをやってるかっていわれると、腋はまだ悩み中なのだけど。
それでもさすがに水着になるかも、という海に行く前で腋の処理をしないという選択肢はない。
「白沢くんと早見くんは、わき毛の処理ってしてる?」
「いや。もさもさ」
「そりゃ……男がわき毛の処理はしないだろ、普通」
意識もしたことないや、と二人はうんうんとうなずいていた。
「つまりは、腋の処理をしている、そういう露出はしっかりできるということだと思うのです。ほらっ、可愛い格好見てみたい」
ほれほれ、という美鈴はなんかすっごい楽しそうである。
はぁ。もうちょっとおとなしめコーデにしてくれると思っていたのに。
「なんなら、旅行の間だけ、まったく別の自分、みたいにしちゃえばいいんじゃないかな? 新しい自分、デビューみたいな?」
他の名前とか付けて、別人になりすますとかはどう? と言われて、えぇーと不満げな声を上げた。
「まって! これ以上偽名は増やしたくないからっ」
「……偽名他にもあるのかよ」
「うっは。木戸っちあんなもさ男なのに、いろいろ面白いなぁ」
人は見かけによらないな! と白沢氏もテンションを上げているようだった。
「大学だと、あたし、しのさんって呼ばれてるの。周りの目を忍んで学校に行っているなんて思われて」
それからはだいぶ定着しちゃってるかな、というと、まじかー、と白沢氏から声が上がった。
女装で学校に行っちゃう不思議なやつとでも思われただろうか。
「なら、かおたん呼びでいいけど。でもでも、せっかくの旅行、しかも南国なんだからぱーっと行こうよ」
きっと現地にも似たような格好の子、いっぱい居るから! と思い切り言うけれども……
ううん。どうなんだろうか?
南房総が、南国に近い気候をしているというのは知っている。
南からの温かい風が入ってくる関係で、育つ植物なんかも割と南の方に近いというのも。
でもだ。同年代の子の目ってだいたい都会か、南国というのなら海外に向いちゃってるような気がしてならない。
敢えて、南房総には来ないのではないだろうか。
どちらかというと、おとなしめな子か、じいちゃんばあちゃんなイメージな場所である。
というか。そもそも、美鈴の件があるから人が多いところはやめておこうという大前提があるのである。
それに照らしてみると現地にこういう格好の子がわんさかいる、というのは大げさな様な気がする。
「まあまあ、かおたん。今日の目的は美鈴たんをはげます会なんだから、一日くらいそっちで頑張ってくれね?」
「だよなぁ。俺達からすれば、もー、それはご褒美というかなんというか。テンションあがるー!」
すごいと言われていた、その姿が公開だー! と白沢氏は相変わらずテンション高めである。
うーん、一般的に男性は、女装すると言うことに対して嫌悪感が多少なりともあるみたいだけれども、この二人はまったくそういうのはないようだ。
新しい扉どうこうというのも、意識はしていないらしい。
まあ、もちろん木戸としても惚れられても困るわけなのだけど。
「なら、二人も女装すりゃいいじゃん。コーデしてもらって」
「……おまっ。それはいくらなんでも現実的じゃないだろ」
俺達がやってまともに女装できるわけがないと、早見くんは肩をすくめた。
ひどい話である。
白沢氏はちょっと苦戦するかもしれないけど、早見くんくらいなら女装させようと思えば割と簡単にいけると思う。
「そうだよ。かおたん。簡単に女子をやれるなら、そんなに気楽なことはないもん」
現実を見ろ、となぜか美鈴にまで言われてしまった。
っていうか、美鈴からしたらあれなのかな。自分はこんなに頑張ったからモデルまでやってますみたいな自負もあるんだろうか。
それに関しては、まあ頑張った! とは言えるだろうけど、そんなん普通の女子だってなかなかモデルなんて成れる物ではないし。
ただ、町中を歩いていても違和感がないレベルに仕上げるくらいならば、やってやれないこともないと思うのだけど。
「はいはい、じゃーそういうことにしておきます」
できるできないじゃなくて、やるかやらないかなんだけどなぁとぼやくと、早見くんにふいと目をそらされてしまった。
今日はせっかく好きな相手を呼び出したんだから、女装で告白とか、イヤだとか思ってるんだろうね、きっと。
「さて、そんなわけで、かおたんはその服で決定ね。生足に似合うサンダルも用意したので」
是非お願いします、と美鈴になし崩し的に言われたけれど、まだこの肩だしを避ける方法を考えなければっ。
目立ちたくないのである。
「だからもう一枚着させてくださいな」
「もう、かおたんったら、男らしくないなぁ。一日だけすぱーんとその格好で過ごせばいいじゃない」
「いーんですー。もうスイッチ切り替えてるから性格的には女子だもの」
男らしくなんてなくていいんだもん、というと、なんか男子二人から生暖かい視線が向けられた。
なんか女の子同士でじゃれ合ってるぜ、くらいな感じなのだろうか。
「な、ならしかたない。こうしましょう。今日その格好で参加してくれたら、夕日の時間帯に撮影会を許可します」
「……撮影会?」
ぴくり。その単語に少し興味がわいた。
露出はいやだけれど、カメラの露出は好きなのである。
どちらかといえば、そっちは露出狂の域かもしれない。
「ほらほら、夕日が沈む海辺で、いろいろポーズ取って上げるから、それを激写、みたいな感じで」
「……うぅ」
「もう観念しちゃえよ。今日のゲストがお望みなんだから、お前も腹をくくれ」
素直になれよ、と早見くんに肩をぽふぽふたたかれた。
いや。生肌を叩くって、下手するとハラスメント行為になっちゃうような気もするけれど。
「えと……二人は変な目で見ない?」
「……自信は無いが、努力はする」
「俺は、すっげーって目で見るかな」
もちろん悪い意味じゃないけどな、と白沢氏もわくわくしたような顔を浮かべている。
こいつの場合は、未知が楽しいのだろう。
「はぁ。わかりましたよ。でも撮影はしっかりさせてもらうから」
あとで後悔したって知らないんだからね、というと木戸はおすすめ商品を購入することにしたのだった。
ルイさんったら、露出狂! とか、掲示板で言われてそうな気がする!
というわけで、お着替えタイムとなりました。最近の木戸くんったら何事にも動じないものだからこういうのは、新鮮だなぁと。カーテンで体を隠しながら恥ずかしがる姿とか、もう、大好きでございます。
さて。なにげに旅行話が長いわけですが、そろそろ夜のコテージのお話になる予定です。