575.男友達と、夏旅行5
「どうしてこうなった……」
ぼーっと、遠くを見ると、穏やかな海の光景が広がっている。
うん。足湯で問題はない。
足下もぽかぽか温かくて幸せである。
「なんか見たことがある後ろ姿だなって思って、追っかけてきたら木戸先輩だーって感じで」
もともと足湯には来るつもりだったんですけどね、と千歳が人なつっこい顔を覗かせる。
とりあえず、撮った。うん。反射的に撮影できるのは、いままでの積み重ねである。
「えっと、こちらの方は?」
さて、そんな感じで話しかけられたわけだけれど、もちろん美鈴にしてみたら、まず話しかけられるということ自体にちょっと敏感になっているわけで。
木戸の体に隠れるようにして、こそっとそちらの二人をのぞき込むような感じになっていた。
「まさか、木戸先輩の体を壁にする女の子が現れるとは……」
「いや。ちょっち訳ありでな。俺じゃなくてもこっそこっそしたい感じなお年頃で」
「ふむ……まさか。いや……でも、木戸先輩ならきっとそういうこともあるか」
うわぁ、と千歳が足湯に入りながら、ちょっと遠い目をしているのだけど、そんな彼女の姿に青木は、またちぃのやつが熟考モードだと、肩をすくめるばかりだった。
また、といったかこいつ。
てっきり千歳のことだから、青木には弱みは見せてないんだろうなと思っていたのだけど、あんがいやらかしているらしい。
物思いにふけること、くらいのことはやって見せているようだ。
「えっと、その……」
「んなっ」
千歳はいったん、足湯から出ると、美鈴の脇まできて、こそっと耳打ちした。
ぴくんと体を震わせたところを見ると、どうやら当たりだったらしい。直接大きな声で言わないのは、周りの耳もあるからなのだろう。
「実はファンで、よく妹と一緒に雑誌見たりとかしてました」
まさか、木戸先輩の友人とはびっくりです、と言いながら千歳は元の場所に戻って、ちゃぷんと足湯に足をつけた。
ほへー、とまったりモードである。
「なぁなぁ、ちぃ。なんか有名な人なのか?」
「若い女の子にとっては、とっても有名かな。雑誌とかで割といっぱいモデルやってる人でね」
いっつも着こなしとか可愛くて、憧れちゃうんだぁ、という千歳の姿をカシャリと一枚。
さぁどうなるんだろうと美鈴はちょっと身構えているようだけれど、ま、そんなに怯える必要はないと思う。
千歳なら、絶対面白半分で美鈴のデメリットになることはしないよ。
「ほほー。モデルさんか。ってことは木戸のやつにあんな姿やこんな姿を撮られまくる、と」
「ふぅん、青木は俺のこと、そういうやつだと思ってたわけね」
「どこも間違ってないな。木戸にかかればどんな相手だってすぐに被写体に変身だ」
「だよなぁ。木戸っち俺たちの事だってバンバン撮るし」
うんうんと、他のメンバーも青木の言い草に全面同意のようだった。げ、解せぬ。
「それで、さっきから気になってたんだけど、おまえさんたちは木戸っちの知り合い、ってことでいいのか?」
同い年くらい、か? と白沢氏が遠慮がちに言う。
もし年上だったら、どうしようという感じもあるんだろうか。いつもはぐいぐい行くはずなのに、今日はちょっと慎重になっているのは……うん、美鈴さんの件があるからなのだろうとは思うけれども。
「ああ、すまん。俺たちは木戸の高校時代の友人ってやつだ。ちぃは、一つ下で、なんつーのかな、木戸の事は、なぜか女子の先輩のように慕っているんだ」
俺にできない相談でも、ばんばん木戸にはするから、彼氏としてはかなり複雑な気分なんだよな、と青木が肩を落とした。
いや。そりゃもう、しかたないじゃん。千歳の相談なんて絶対に彼氏に聞かせたくないやつなんだし。
「そこはほれ、俺がなんだかんだで千歳をここまで可愛く仕上げたわけだしな。相談事はまずはこっちにくるというわけさ」
「別に前の、ボーイッシュなちぃも可愛かったんだぞ! そりゃ今みたいに屈託無く笑ってくれるのは、嬉しいとは思うけどさ」
あー、はいはい、のろけ話ありがとーござまーす、と言いながら、カシャリと一枚撮影。
あとで、二人の写真はそれぞれに送って上げようかと思う。
「是非とも美鈴お姉さまにも、相談事にはのってもらいたいところだったりするんですが……」
アドレス交換、だめ、ですか? と首を傾げながら千歳は美鈴に上目遣いのおねだりモードに入っていた。
はぁ、ほんともう。高校の頃のあのぶっきらぼうで、びくびくな感じはまるっとなりを潜めてしまったなぁとしみじみ思ってしまう。
「……他の子には内緒だからね?」
「やたっ。木戸先輩じゃわからないがいっぱいあるから、聞ける人ができて嬉しいです」
他に知り合いもいるんですけど、年上過ぎて……と、千歳は絶妙に主語を抜きながら話をする。
正直、周りからしたらちんぷんかんぷんな話にでも聞こえるだろう。
実際、青木もなにを言ってるのかよくわかんないけど、楽しそうだからいいや、くらいなノリで足湯を堪能しているところである。
「ちょ、木戸? それ……そのこ……おい」
「はい、早見君そこまでね」
内緒なんだから、と隣の美鈴に思い切り口を塞がれて、早見君は思いきり顔を赤らめているようだった。
まあ確かに好きな子の指が、自分の唇に当たるというのは、きっと大変なことに違いないのである。
「それで? 青木達はどうしてこんなところに? これから旅行でもしてくんの?」
そりゃ、人気のスポットではあるけど、いきなりで驚いたというと、千歳はそれがですねぇと、にっこにこな顔で言ってのけたのである。
「実は戻りの最中なんですよー。外房の方までいってきまして」
いやぁ、海も久しぶりでしたし、水族館デートとかすっごい楽しかったですっ、というその顔を数枚カメラに納める。
うん。楽しくてしょうが無いっていう感じの女の子の顔というやつだ。
木戸としてはお風呂どうしたのかなとか気になるところではあるけれど、部屋風呂ですませたのかもしれない。貸し切り風呂で彼氏と一緒に風呂に入らないというのは、セーフなのかわからないし、それにやはりお金の問題があるのだ。
え、家族風呂は家族になってから入りましょうって? 恋人のうちは異性と風呂に入るのはハードル高いのですか、そうですか……き、木戸さんは同性とも風呂に入るのハードル高いですけどね!
「で、車はレンタカーなんか?」
「おうよ。最近千歳がちょいと戸惑ってるみたいだったしな。せっかくだから誘ってみたんだ」
うちはご存じの通り車をおけるスペースは一台分しかないしな、と青木は言った。
まあ、あいなさんだってバイクなんだし、そりゃ青木が車持ってるわけもないか、という結論にもなる。
購入にお金がかかるのはもちろん、維持費だってかかるのである。
「海遊びとかはしてない、よな?」
「ん? まあサーフィンとか、ダイビングとかはちょっと手は出せてないな」
なんでそんなことを? と首を傾げられたのだけど、まぁその。
千歳の水着姿なんてのを、あの青木が見せられたらどうなるかわかったもんじゃないなと思っての質問である。
え、だってタックの技術はちゃんと伝えてあるから、水着くらいきれるはずだもん。
おまけに、ホルモンも入ってるからおっぱいも徐々に大きくなってきているしね。ガムテープで寄せなくても、あれなら普通に谷間はできるんじゃないかな。
「ちなみに、俺たちもレンタカーなんだよ! すっげぇいい車借りてみたんだ!」
ドヤァと、早見くんがレンタカー話で話に割り込んできた。
まあ、そりゃあれだけの車だから、自慢したいってのはあるんだろうけどさ。
「なんと七人まで乗れるって言う、でかいやつでなぁ。正直俺、あれの車庫入れできるか自信ないや」
「あれ。木戸先輩車の運転苦手なんです? てっきり、空間把握はお手の物とか思ってたんですが」
ちょっと意外ーと言われて、まー、運転は慣れだと思いますと返しておいた。
乗ってみないとわからないけど、でっかければ、小さい駐車スペースに止めるのは難しくもなるだろう。
「俺が運転した感じだと、割とするっと車庫入れできたけどなぁ。アラウンドビューモニターとかついてるし」
若干車体感覚ってのは違うけど、多分思ってるより断然簡単と、ここまで運転してきてくれた白沢氏は言った。
ちょっとテンション上がりまくりなのは、実際ここまでのドライブが楽しかったからなのだろう。
「そっか……まあ、なんだ。がんばれ」
青木はちらっと、早見くんの顔を見るとなぜか優しい声をかけているようだった。
あの残念な青木が人を気遣う日がくるとは。なかなかに感慨深い物がある。
「それで、先輩達はこれから出発って感じですか?」
「ああ、いちおうな。木更津から入って南房総に行こうかって感じで」
海遊びはもちろん無しで、というと、男子達から、えー、水着はー、と不満そうな声が漏れた。
いやでも、あそこ、海水浴場じゃないじゃん。しかもこんな季節に美鈴をそんなところに連れて行けないっての。
「俺だけなら水着きてやらないこともないけど、その場合は現地調達だからな。それとビキニまではいけるけど、それ以上布が少ないのは駄目だから」
「いけるのかよ……すげぇな、木戸っち」
女装の話は聞いてたけど、水着女装までこなせるとか、すげぇ! と白沢氏はちょっと興奮気味だ。
ちなみに早見くんは、はいはい、さすがですね、とさらっとスルーな方向だ。こいつならなんでもありだろくらいな感じである。
「木戸先輩の水着姿か……絶対スタイルよくて綺麗なんだろうな……千恵が、ちっぱいの救世主とかこっそり言ってましたけど」
「……そんなあだ名があるとは知らなかった。でも、ちーちゃん。男子の前であんまりそのネタはよろしくないよ」
千恵ちゃんはあれでおっぱいはあまりない子である。それこそちゃんとホルモンが入っている千歳の方が今では胸のサイズは大きいくらいだ。
そんな彼女からすれば、胸ぺったんなしのさんやルイに憧れを持つというのは、わからないでもないんだけど。
うん。おっぱいの話はこっそり話すべき事だと思います。
「そういや、青木っちはこれから予定はあんの? せっかくだから飯とか一緒にいかね?」
「飯かぁ。木戸の友人ってことなら、是非も無いとこだけど、ちぃーはどう思う?」
昼は行き当たりばったりでいいかって、予約はしてないけど、と彼女の意見を伺うようだった。
二人きりがいいの、とかなんとか言えばそっちを優先するつもりなのだろう。
「わたしは別に全然、ご一緒でいいですよ? そちらのお姉さんともっと仲良くなっておきたいですし、それと木戸先輩に撮ってもらいたいし」
デート風景とかを、プロなカメラマンに撮ってもらえるなんて、素晴らしいじゃないですかっ、と千歳は目をキラキラさせている。
いや。ちーちゃん。
「俺、まだプロってわけじゃないっての。ま、撮影は任されるけれど」
え、プロって、と白沢氏がやたら興味深そうな顔を浮かべたんだけど、牽制しておく。
確かにルイはプロっちゃプロだ。もうそれでお金もらって生活しているからね。
駆け出しなので、それだけで生活できるかって言われれば無理なんだけども。
じゃあ、木戸はというと、さすがにプロ扱いというわけではないのだ。
実力的にはルイのときに近いものは出せるようにはなってるけど、はじめましての異性をあそこまでしっかり撮れるかといえば、まだまだというのが正直なところだった。
「じゃあ、いつかプロな木戸くんに、いっぱい撮影をしてもらうということで」
綺麗な撮られ方とか、教えちゃうよ、と美鈴はようやく緊張を解いて千歳に笑いかけていた。
さっきまであった警戒心は綺麗になくなったらしい。
こうして、木戸達は新たな仲間を迎えて、海ほたるの中を散策することにしたのである。
おおう、このお話で海ほたるからはオサラバの予定だったのだけど、足湯だけで一話使ってしまった。海ほたるは飯とゲーセンの話にしようと思っていたのにっ!
ちーちゃんにしたら、歳の近い、しかも憧れてたモデルで、かつ自分の属性に近いっていう意味合いでは、美鈴さんとはお近づきになりたいよねって感じで。