571.男友達と、夏旅行1
さあ旅行話の導入からまいります。
スキャンダルや恋愛は書くけど、きっとかおたんはアレなんだろうなぁ……(遠い目)
「おわったぁー」
ふぅー、と伸びをすると、そろそろ夏まっさかりな日差しはちりちりと木戸の肌を焼いているようだった。
まあ、日焼け止めも塗っているし、これでどうこうなるってことはないけれども。
それよりも、今はこの開放感のほうが重要なわけで。
「あら、木戸君余裕ね。テストの手ごたえはばっちりってやつ?」
「いちおー、これでも講義はちゃんとでてるからね。まあ、いろいろと騒動はあったけど」
うん。だいぢょぶ。こっちは問題なし、と磯辺さんに言うと、彼女は余裕でいいなぁとうらやましそうな顔をした。
今日で、大学の前期の試験はおしまい。
ちょうど一緒の講義になっていた磯辺さんとは、試験も一緒だったので、こうやってそのまま一緒にいるのである。
せっかくだから昼は学食に、なんていう話になって、今はそちらに向かっている最中なのだった。
え、お弁当じゃないのかって? 今日はさすがに朝ぎりぎりまでテキスト見たかったから、お昼は学食に行こうと思っていました。
そんなわけで、朝食も母さんお手製だったりするのだけど、父さんに、みそ汁の出汁が……とかなんとかぼそぼそ言われていたりしたのは、聞かなかったことにしようかと思っている。
「ほんと、木戸くんったら、騒動の総合商社ってやつね。あ、でも夏は、どうすんの? 参加ならぜひとも撮ってほしいんだけど」
「いちおう、一人のお客としていくつもりではあるよ。さすがに袋女って言われないようにしなきゃね」
そのころまでに別の話題でいろいろ沈静化してるといいのだけど、と肩をすくめると、彼女は大丈夫なんじゃない? とお気楽な様子で返してきた。
当時の状態だって、レイヤーの友達はルイ擁護の姿勢をしていたし、一般の人に変に反応されなければいけるだろうという判断なのだそうだ。
「磯辺さんはどうすんの? やっぱしガチ参加な感じ?」
「いちおうはその予定だけど……そろそろ就職も考えないとなんだよね。インターンの予定が八月の末にあるから、準備しつつかな。正直、今年の夏が最後のパラダイス! みたいな感じかも」
ちなみに、木戸くんは……聞く必要はないか、とちょっと彼女ににらまれてしまった。
いや、そうは言われましてもね。こればっかりはもう、早めに仕事をしていたからというしかないし。
新卒だからこそメリットがー! とかいうより、腕のほうが重要視されてるのだから、仕方がないように思う。
「そうはいっても、俺、これでも夏はめちゃくちゃ仕事多いよ? 学院の方の夏合宿も一緒に参加してってお願いされてるし」
「……うわ。若い女の子と一緒に合宿とか」
まさかこんなもさ眼鏡が引率してるとはだれも思わないよなぁと、磯辺さんがげんなりした様子だった。
なんとでも言っていただきたい。
夏の合宿に関してはむしろ教え子たちが自主的に、センセも一緒にいきましょーよー! とかって誘ってきたのである。
一時期、HAOTO事件でちょっと距離ができてしまったりもあったけれど、今ではもうすっかりと楽しいカメラ仲間なのである。
ゼフィロスの子たちはみんないい子たちだ。
え、咲宮の坊ちゃんともそれなりにお付き合いしていますよ?
五月からスタートした写真部の特別顧問の件も、六月だってやったし、七月も一回はもう行っている。
ちょっと若さまはぎこちなかったりするところはあるけれど、まあ、それなりに撮影を楽しめるくらいにはなっているようではあった。
「あとは普通にコンビニの仕事も続けてるしね。店長に、お願い! 夏休み多めにお願い! まじで! とか涙目でお願いされたりもしてね」
七月八月はどうにも人が足りなくなる傾向があるみたいで、というと、ああそっちの仕事もあるのか、となんか今思い出しましたといった様子で彼女はつぶやいた。
いちおうコンビニでもいろいろやらかしていたりはするのだけど、それはまあ、内緒にしておこうかと思う。
バレンタインの話とかしたら、絶対、ひどいことを言われるに決まっているのだ。
「場合によってはエレナのプライベートビーチとかに遊びに行きたいところではあるんだけど、なんだかあっちもあっちでなんかやってるんだよね」
目指せ、起業! みたいな感じで、就職するより会社を作る方向で頑張っているところなのである。
さすがは、三枝のおじさまのお子さんという感じだろうか。スケールがいちいち大きい。
「ま、何はともあれ、もう変な騒動に巻き込まれないでね? そうじゃないと夏のイベントおとなしくやれないから」
「へいへい、わかってます。別にトラブルをこっちから引き寄せてるわけじゃなくて、巻き込まれてるだけなんだけどね」
まったくどうして、人を首謀者みたいにいうんだろうか、と思いながら、木戸は食堂のドアを開いた。
テスト期間ということもあって、学食のスペースでは勉強している学生の姿もちらほら見られるし、逆に木戸たちみたいに試験が終わったと喜んでいる顔もある。
あとはもう、うつろな顔で、いろいろ終わった……という感じのもいた。
さすがにその顔を撮るのは申し訳ないので、それは素通りして久しぶりに食券の自販機の前へと向かう。
いつもだいたいお弁当なので、ここでこれを買うのは本当に久しぶりなのである。
「おっ、キツネうどんだ」
「そ。お弁当だとどうしても汁物は食べられないし。たまにはいいかなってね」
そういう磯辺さんはパスタですか、女の子ですねー、とひやかしてやると、ふふんっ、あたしの女子力をなめるなっ、という元気な答えが返ってきた。
なんというか、磯辺さんともいろいろなじんだものだとしみじみ思う。
次の撮影の時は、しーぽんさんをしっかりと撮らせていただこう。
『実は私は、その……元男性でして』
そんなことを思いながら、さぁ麺コーナーに並ぶぞうと思ったときだった。
食堂のわきにつけられているテレビから、そんな声が聞こえてきたのだ。
そう。それは聞いたことがある、あの声で。
「うわ、羽屋美鈴が、元男って……まじか」
「……俺ファンだったんだけど、ええぇ、なにそれ」
「いや、まあ、うちにはしのさんという変わり種がいるから、わかるっちゃわかるが……」
にわかに、食堂がざわざわとし始めてしまった。
近くで見ていた学生たちは、テレビに集中しているようだったし、ちょっと離れたところにいる人たちは、ちゃんと聞こうとちょっと席を移動したりもしている。
テレビの画面には、衝撃、人気モデルが元男という、ちょっと何年前のネタだよ! というようなテロップが流れていた。
うん。昭和とは言わないけど、その手のが流行ったのはもう十年も前の話だ。
まさか、今更、これがネタになるとは思いもよらなかったものである。
そりゃま、蠢の件でのカミングアウトでそれなりに数字がとれたみたいだから、それに乗っかりたい二番煎じではあるんだろうけど。
「ま、とりあえず、うどんだね」
うんうん。うどんうどんと、みんながテレビに集中するなか、木戸は一人麺コーナーで、食券を差し出した。
おばちゃんが、おや、めずらしいねぇとか言いながら、うどんを用意してくれた。
カメラを持っているというのもあって、割と木戸はこれでも大学の人には顔を覚えられているのである。
そして、空いている席に座って、磯辺さんが到着するのをとりあえず待つことにする。
彼女もこちらの意図を汲み取ったというか、流されるようにして麺コーナーでパスタの食券を出していた。
うどんよりもあっちの方が少し茹で時間は長いのだろう。
そんな間にも、いちおうは番組のほうに耳だけは向けている。
どうやら、明日の週刊誌ですっぱ抜かれるから、その前に番組で自分から言ってしまえというようなパターンらしい。
……蠢のときも似たような感じだったなぁと、ちょっと遠い眼をしてしまった。
別に大したスキャンダルじゃないと思うんだけどなぁ。
さてさて。そんなふうに待っていたら、磯辺さんがやっと合流してくれて、やっとキツネうどんをいただけるようになった。
日替わりで出汁の種類が関東風と関西風で変わったりするわけなのだけど、今日は薄い色をした関西風のだし汁である。
ふんわりお揚げとネギがはいったうどんは、もっちりしててかなりおいしい。
「あんた、ほんとマジで動じないわよね……あれだけ大騒ぎになってたのに」
「ああ、美鈴のこと? 別に元男だろーが、かわいーんだから、いいじゃん」
いいじゃん、すげーじゃんって言っておくと、まぁ、そりゃ可愛いけどさぁ、と磯辺さんはサケといくらのクリームパスタをはむついていた。
こうやっていろんなものが出そろうというのは学食ならではの風景と言っていいだろう。
「少なくとも、うちの大学のやつらは、比較的肯定的だったじゃん。また女装か、くらいな勢いでさ」
いやぁーさすが春に洗礼があるだけはあるよねぇ、と、お揚げをかじると、じゅわっとだし汁が染み出てきた。
うん。うまい。
「そりゃ、ここ数年のうちの大学の女装コンテストはいろんな意味でハイレベルになったけど……うーん、テレビだとなんか、結構みんなショックを受けた感じしてなかった?」
普通の感覚って、きっとあんなのよ? と磯辺さんが変なことを言う。
あんなの、ショックを受けた演技をしてるだけだと思うんだけど。
今どき、しれっとモデルが元男子だろうが、そんなに珍しくもないんじゃないかな。
「人は良くも悪くも、慣れる生き物ってこと、だよ」
今更、こりゃびっくりだー! なんて騒いでられるのは、きっと今までそういう人に会わなかったってことじゃないかな、といいつつどんぶりを持ち上げてくぴりとうどんの汁をいただく。
あぁ、そろそろ夏だけれど、暖かいうどんで正解なおいしさである。
「でも、美鈴っちは、一応精神的には女子だからね、あいつ。カミングアウトはしたけど、蠢のときみたいに、そのまま見守って欲しいかな」
「あんた、もしかして、あの子とも友達だったりする?」
え。もしかしてあんた、感染源なの? とか磯辺さんがサケにイクラをのっけてはむ付きながら失礼なことを言った。
異性装は感染しないし、そもそも美鈴の場合は、ガチなのである。
あんな風にテレビでネタにする必要はどこにもなかったし、実力だけでモデルを続けていく、というのが一番よかったはずなのだ。
「小学生の頃の同級生だよ。まあそれを言えば蠢もだけど」
そう考えると、集中率高いなぁとは思うけど、と言いながら最後のうどんをすする。
うん。もっちもちでおいしゅうございました。
「それで友達……か。もしかしてその話ってめちゃくちゃスキャンダルなんじゃないの?」
こんなところで話していいことでもないような、と磯辺さんはあわあわと手をぱたぱたさせていた。
実は、性別を変えてる二人が同じ学校だった! なんていうのはエピソードとしてはずいぶんとドラマティックだ。
「たんなる事実だしなぁ。しかも小学生の頃の同級生は割と知ってるし」
特に美鈴は同窓会にも参加したからね、と伝えると、なにその面白イベントと磯辺さんに目を丸くされてしまった。
あれからもうしばらく経ったけれど、クラスメイト達はきちんと秘密は守っていたし、この前の成人式の感じだと、あれはもう女子カウントでよくね? というようなノリになっているくらいだった。
ま、もともと美鈴は小学生の頃から男子と一緒に外で遊ぶタイプではなかったしね。今の姿と当時の間でのギャップというのは少ないのだろうと思う。
それをいうと、木戸自身は、おまえは育った姿がルイさんのはずだ! とか言われるんだけど、まあ黒縁眼鏡は相棒なのだ。
「ま、なにかしら連絡してきたら、手を貸そうとは思うけど、とりあえずは静観な感じにしようかと思っております」
ごちそうさまでした、と手を合わせると、まぁそうなるわよね、と磯辺さんも納得したようすでうなずいた。
友達としてできること、としては今の段階だと特別木戸は動く必要もないかな、と思っている。
というか、実際問題、トラブルが起きたとしても、手伝えることなんて、あまりないのである。
あとは、本人がきちんとまっすぐ前を向いて、仕事をこなしていけばいいだけのことだと思う。
そんなことを思った時だ。
唐突に、木戸の携帯が鳴り始めた。
あまり直接電話をかけてくる人はそうはいないのだけど、なにか緊急の用事でもあるのだろうか。
そう思って、相手の名前を見て、木戸はちらっとトラブルの予兆を感じていた。
そう。その相手は、以前に車の教習でも一緒になった、美鈴のことを大好きな早見くんからの電話なのであった。
思えば、モデルさんが実は元男子ってネタは八年ほど前にリアルであったわけですが、あんときは「すげーきれーっすわぁー」とか思ったものです。
三次が惨事じゃないよ! とね!
それはともかく、久しぶりに美鈴ちゃんご登場です。かおたんはこんな反応なんですが、実際どーなんでしょうかね、っていうところも書いていきます。
蠢のときとは、またちょっと違う展開になるっていうか……
うちの作品は基本性別カオスなんですが、大衆としての男女となると、受け止め方は群体として異なるのよね、って話はかいていきたいものです。