570.姉の結婚式の日に8
予約投稿が失敗してましてー。
結婚式最終話でございますー。今回は長め&律さんのお話が入ります。
「うぅ、みんなそんなにボコボコにつっこまなくてもいいのに」
さて。祝電披露が終わってから、歓談の時間となって、自分の席に戻った木戸なのだが。
家族からは、あの二通の祝電で散々言われ、従姉妹達にもまあ、馨にぃだしね、仕方ないよねみたいな生やさしい視線を向けられた。
姉さんはさすがにケーキでリフレッシュして、幸せいっぱいな顔に戻ったけれどもね。
でも、不思議なのは、翅さんの祝電と崎ちゃんの祝電での、家族の反応の違いというやつだった。
両方とも、告白してきた相手には違いはないのに、家族の中で、崎ちゃんならウェルカムな雰囲気というのは確かにあったりするのだった。
ああ、同性愛やっぱみなさん敬遠ですか、そうですか、とちょっとだけ不満げに口をとがらせそうになってしまうところなのだけど、まあ、それに反論したところで、翅さんと上手くやっていくかどうかといえばそれも考えづらいため、基本的にはだんまりである。
「あーもー、撮影はろくにできないわ、あんなのが投下されるわ、もー踏んだり蹴ったりだ」
「まあまあ、かおたん。甘いデザートでも食べて落ち着こうよ」
さて。ケーキ入刀などのイベントはあったけれど、ビュッフェもまだまだ終わったわけではない。
現在は歓談をしながらデザートビュッフェを楽しむというような時間になっているので、それを撮りに……じゃなくて、取りに行こうと思って席を立ったのだけど、そこで聖さんと野々木さんに声をかけられた。
聖さんとはそれなりにルイとしての付き合いもあるので、事情をいろいろ知った上で、報道とかもちゃんと知ってますよ、というような感じの反応をしているようだった。
野々木さんの方は、プールで一回会ったくらいだから、さっきの祝電の意味をあんまり捉えられてないところはあったみたいだけど、それでもがっくりきてるこちらの姿をみて、あー、そういうことかぁ、とにまにました反応になってしまった。
うぅ。野々木さん悪乗りすると変な事するから、できればおとなしくしていて欲しいんだけども。
「そうそう。かおたんは愛されキャラということで、それでいいじゃん」
いいじゃん、すげーじゃん、と言われて、なんですか、その嬉しそうな声はと野々木さんに答えておく。
別に愛され系なのはありがたいとは思うけど、恋愛がらみはいろんな意味で面倒なのだ。
「そういう野々木さんは、ブーケをがっちりキャッチして、結婚運をお裾分けしてもらったりするつもりですか?」
「そこは、まぁ……ね。分けてもらえるなら分けてもらいたいものだけど」
取れるかどうかは、牡丹次第だからなぁと彼女は遠い目をした。
「ののっちの場合は、結婚運より、恋愛運が先だけどね。もしくはお見合いしてみるとか」
「お見合い……そこに、女装が似合う可愛い子って条件はつけられますカ?」
「無理なんじゃない?」
お見合いに来るのは、たいてい仕事頑張って異性との出会いがほとんどなかった、大人系男性だよ、と聖さんが残酷な宣告を行っていた。
まあ、間違いではないとは思うけれども。
一気に野々木さんは肩を落として、だうーんとなってしまった。
「ほ、ほら、野々木おねーちゃん。甘い物でも食べて元気になろう?」
ちょっと野々木さん受けしそうなショタ声を出して上げたら、ぱぁっと、彼女は元気になって、オネーチャンがんばる! とかなんとか言いながら、フルーツや、ケーキを物色し始めた。チョロいものである。
「かおたん……ショタ声まで使いこなせるのね……」
「ま、女声になりきらないくらい、を目指す感じですね。気合い入れないと作れないし、それで長時間話すのは無理ですが」
どっちかの方が絶対楽、というと、女声を楽に出せる男子ってのもなぁと、彼女は苦笑を浮かべた。
でも、そこら辺に居るクロキシとかも自然に使ってくるし、別に大げさな話じゃないと思うんだけどな。
「ま、とりあえずはフルーツ食べ放題ということで」
「食べ放題というより、コースの一環なんですけどね」
お腹いっぱい食べるとぽっこりしちゃいますよ? というと、かおたんが意地悪だ……と聖さんは苦笑を浮かべながら、姉さんの方に視線を向けて、ため息を漏らしたのだった。
「それでは、最後に新婦によるブーケトスが行われます。事前にお伝えしておいたみなさま、専用ブース前にお集まりください」
一通りの料理を食べ終え、披露宴のイベントも終わったあと、司会の方が最後といわんばかりににこやかな声でそう宣言した。
会場のみなさんはすでにほどよくまったりしている中でのそれに、あらかじめ声をかけられていた人達はブーケトスのブースに向かっていく。
未婚女性が前提かと思いきや、そんなこともなく、参加する人達はまあそれなりといったところだろうか。
ちなみに、じーちゃんや木戸はカメラ係としてブースのちょっと後ろのところからその光景を押さえようというような感じでの参加である。
「あら、かおたんは参加しないの?」
「俺が参加してどーするっていうんですか。ブーケはもらうより撮るほうがいいです」
それに父さんたちが、パニックを起こすのでブーケをぶんどるわけにはいきません、と聖さんに言うと、えぇー、次嫁に行きそうなの、かおたんじゃん、とひどいことをさらっと言った。
「父親に、嫁にいくなぁーって泣かれるのは勘弁です。っていうか、嫁前提ってのがちょっとみんな頭おかしいと思います」
「そりゃ……ねぇ」
しゃーないって、と野々木さんまでそんなことを言い始めて、肩をぽんぽんとたたいて、トスのブースの方に向かっていった。
客観的な見え方と、自分の主観は違うということなのだろうか。
たしかに、お嫁さんにしたい相手、とかってよく言われるけど、木戸自身は撮影に夢中なのである。
そして、それがわからない人達がブーケトスの会場にいた。
「馨に飛んでくるブーケは俺が全力で払う」
「あたしが奪い取ってみせる」
両親である。
華々しいドレスが集まるなかで、なぜか男性用の正装をした父さんが、その輪の中にいたのだ。
もちろん一番後ろの方なんだけどね。
ブーケが飛びすぎて、木戸のところまで来てしまったときのため、ということらしいけど。
そしてその後ろを守るように、母様までもが鉄壁のディフェンス体制である。
こ、ここから先にはブーケはやらぬ! という強い意志が感じられた。
今日のお客さんたち、新婦のご両親は面白いかたねぇとか、笑っていらっしゃいますけど?
「そんなに構えなくてもこんなところまで飛んでこないっての」
後ろを向いて投げるブーケトスがこの距離まで飛ぶか、といわれると正直難しいところだ。
姉さんの身体能力はそこまで高くはないし、それをやろうとすると、ブーケはふわっと飛ぶんじゃなくて、ぐわんと飛ぶことになってしまう。
結婚式でそれはちょっとさすがに、悪い意味で伝説になってしまう。
「では、ブーケをお願いします」
司会の方の声を合図にして、姉さんが後ろを向いてブーケを投げる。
その姿をとりあえず一枚。
そして、そのブーケは見事に放物線を描いて、ぽふりと一人のお客さんの胸元に落ちた。
落ちた瞬間の驚いた顔も、周りからの祝福と羨望の混じった顔も、ばっちりと撮らせていただいた。
でも、その人。ブーケを受け止めた律さんの顔には、明らかに困惑と、なにやら申し訳なさのようなものが、ありありと浮かんでいたのだった。
「いい結婚式じゃったのう」
お客さん達が撤収したあと、控え室に戻って姉さんが着替えるのを待ちながら、じーちゃんは写真のできを確認しつつ、そんな声を上げていた。
たしかにちょっとしたトラブルはあったけれども、感動的な結婚式と披露宴だったと思う。
新郎側の友人は歌を歌ったり、嫁さん大事にしろよっていうエールだったりが飛び交ったりもあった。
友人達からのプレゼント、ということで律さんの絵が渡されたときは、姉さんはうるっときていたし、新宮さんはなにこれ、すごいと目を見開いて驚いていた。いくら即興とは言っても、美大の生徒さんが描いた絵だ、そりゃすごいのである。
ケーキ入刀もよかったし、そしてケーキそのものの味だってみんなは大喜びだ。
いづもさんに注文が殺到しそうだけれど、知り合いの分しか作らないわよ、と断るんだろうなぁと思うとちょっともったいないようにも思ってしまう。
さて。そんな式もブーケトスをして終了となった。
となれば、着替えてはいないけれど、木戸には言いたいことがあったのである。
「ところで、母さん。結婚式終わったんだから、もう新しいSDカード入れてもいいよね?」
もう、枚数制限を緩和していただきたいのですが、というと静香母さんはぽふんと肩に手をあてて言った。
「家に帰るまでが結婚式っていうでしょう?」
「言いません! なんですか、その遠足みたいなノリは。うぅ、もう撮影できないと思うと手が震えそうなんですが」
「震えさせておきなさいよ。ブレるの心配しなくていいんだし」
母さんの言葉がやたらとひどいのだけど、せっかくの結婚式にへんなことしないでという意識が強いからなのだろうか。
じーちゃんはそんなやりとりを、かわいそうにのぅ、といいつつ傍観の構えだ。
うぅ。味方してくれてもいいのに。
「ふむ。馨の分もわしが撮ってやるからだいじょうぶじゃい」
「うう。自分で撮りたい時に撮れないのがこんなに負担とは……」
全然、だいじょばないよ、とがっくりきていると、そんな姿を思い切りじーちゃんに撮影された。
ぐぬぬ。
こうなったら、さっさと姉さんには着替えてもらって、撤収したいものだ。
さて、そんなやりとりをしながら姉さんたちが着替え終わるのを待っていたのだけど、そんな木戸家に、というか控え室の廊下に近づいてくる人影があった。
彼女はまだドレス姿のまま、胸元に先ほど受け止めたブーケを持っていた。
「あの、牡丹さんはまだ中ですか?」
「おや、これはさっきの」
少し真剣な顔で現れた律さんに、家族の面々は、どうもどうもみたいな挨拶をし始めた。
相手がどんな人なのかはよくわかってないんだろうけれどもね。とりあえずな挨拶といった感じだった。
「姉さんはまだ着替え中ですよ。なにか伝言があれば伝えて置きますが」
どうしましょう? と首を傾げてそう問いかけると、うーん、と律さんはどうしようかと、ちょっと優柔不断そうなもじもじしたような反応をし始めた。
なにか言いたいことがあるけど、言っていいのやら、といった感じだ。
「それなら、お願いがあるんだけれど……これ、返しておいてくれないかな?」
それでも覚悟を決めると、律さんは後ろ手に持っていたそれを木戸に差し出すと、それじゃ、ときびすを返して逃げるように離れていった。
え、ちょ。なに? えと。
「馨、それ、ブーケじゃないの!」
「せっかくのブーケを返しちゃうだなんて……」
その行為に反応したのは、母様と、楓香さんであった。
ブーケを返す、という行為がいまいち、どういうことなのか木戸には理解ができなかったのだけども。
「ええと、とにかく、追いかけてそれ、突っ返してきなさい。なにかよくわからないけど、一度受け取った幸せのお裾分けを返却だなんて、無粋も無粋だもの」
「です。です。それにきっと……話を聞いて上げた方がいいパターンだと思います」
ほれっ、さっさと追いかける! と言われて、はぁとため息をついた。
たぶん、ブーケを突き返してきたのは、律さんが、自分に受け取る資格があるか、とか面倒なことを考えてるからなのだろう。
これでも、数人の知り合いはいるから、他の人が対応するよりは良い結果にはなるとは思うけれども。
ちょっと面倒そうだな、と思いながらも律さんを追うことにした。
ま、気分が落ちてるのはカメラの残撮影枚数がないからってのもありますけど!
「えっと、お預かりしたブーケをお返しに上がりました」
さてさて。律さんはというと、少し離れた場所のベンチに座って、カリカリと絵を描いているようだった。
いやいや。そこはもう披露宴も終わったので帰ろうよ! とか思ったのだけど、まあ、居てくれたのならこちらとしては助かる話ではある。
「……はい?」
ちょっとぼうっとしたような彼女は、こちらをちらりと見ると首を傾げて、なんでしょう? というような反応だった。
えっと。ついさっきブーケ返しにきたじゃないですか。どうしてそんなちょっと遠い目を。
「ああ、それは牡丹に返しておいて欲しいな。それでふさわしい人に改めて贈って欲しい」
「ちょっと、待ってくださいよ。受け取ったブーケを返そうとするとか、前代未聞というか、聞いたことないですよ」
「それ、意味が被ってるね。激辛が辛いとかそんな感じになっちゃってる」
ん。と言いながら、律さんはスケッチブックに視線を戻して、鉛筆を走らせ始めた。
話はおしまい、といった感じである。
さて、普段ならばここはカメラ責めにして、いろいろとはかせるところなのだけれども。
こまった。肝心のカメラの残量がない。
……うーん、中に入ってるゴミファイルを消せば、いくらか余裕はできるのだけど、果たしてこれをやってしまってもいいのだろうか。
え、姉様の写真を消すのはもってのほかだよ!
でも、このファイルが残ってるかどうかは後でチェックすると言われてしまってるしな……
それと、律さんの話を家族にするのは、正直ちょっとためらわれる。
だってそれって、思いっきりアウティングになってしまうからね。
だとしたら、どうするか……
ふむ、と少し考えつつ、おっと、そこで思い至ったことがあった。
「はい、律さん。はぐらかさない。それと絵に集中して現実逃避しない!」
ほれ、なにか返事しないと撮りますよ! といいつつ、彼女に向けるのは胸元の大きなカメラではなかった。
そう、いま木戸の手にあるのは、なんと、ガラケーなのである。
本当はタブレットとかスマホとかだったら、今時っぽいわけなのだけど、さすがに式場の礼服の状態でバッグまで装備するわけには行かなくて、手元にあるのは小さなお財布とガラケーくらいしかなかったのだ。
タブレットはさすがにポケットに入らないし。
ウエストポーチを装備した礼服なんていうのはさすがにちょっと、ダメだったわけで。
それを言えば、カメラもダメだろって話なんだけど、一眼ならまだ格好もつくというものでセーフだったのだ。
「撮りますよ、といってガラケー出してくるとか……どこかの誰かなら、そんなので被写体を撮るなっていいそうだけど」
うん。とてもよくわかる。
すげぇーいいたいよ! それ!
スマホのレンズはよい物もあると聞くし、楽しむためのツールとしてのカメラはそこにある。
デモ! 今はこれしかないのだ!
それに、案外これはこれで……悪くないのではないかしら?
「カメラはカメラです。1000万画素搭載で、いちおーこれで200枚くらいは軽く撮れるんじゃないかな」
そう。連写性能こそしょぼく、さらに言えばホールド感がまったくない感じではあるけれど、これはこれで、撮影自体は問題なくできるという代物である。
しょぼいだなんて言うことはできない。
「さぁ。ブーケを受け取ってください。そして受け取った姿を撮らせてください」
いつのまにか、受け取らないと撮るぞから、受け取っても撮るぞになっているけれど、そこは気にしたら負けだ。
ドレスと花はベストマッチなのだ。
「五月蠅いよ。ボクはこれでも、有能な画家だ。それを邪魔するとは相応の覚悟があるんだろうね」
ほう。ボクときましたか。
ドレスのその姿で、ボクと言いましたか。
しかも女声のままでだ。
言葉を騙ることは、たやすいことだ。人はいくらでも嘘がつける。
でも、声は?
きちんと声変わりをした人が、本音を出すときに低い声を出すというのは、もう「ネタ」としてある。
あるのだけど。さぁ、律さんクラスになるとどうなるだろうか。
詳しい話は聞いてない。
でも、大学に入る頃には、すでにこうだったという話は聞いている。
姉さんとの面識は大学院に入ってからみたいだけれど、大学生だったころからなにかと騒がれてた人だという話は聞いている。
絵が上手く、そのくせ自分は着飾らないというので、特化型の天才みたいな扱いだったのだそうだ。
「あと一歩で最優秀賞取れなかった画家、ですよね。まあ、そんなのどうでもいいから、ブーケ、ほれ」
さっさと受け取って、と突き出すと彼女は、ことさら嫌そうな顔をした。
「ま、受け取りたくない理由はなんとなくわかりますがね」
でも、これは幸せのお裾分けというものだ。それも次の花嫁になれる、といわれているおまじない付きのアイテムである。
女性が受け取らないで、誰が受け取れというのだろうか。
「弟くんは強引だな。受け取りたくないっていってんの。そんなに大切なブーケなら、むしろ君にあげるよ」
ほれ、それで幸せな結婚をするといい、と律さんは逃げるようにスケッチに入った。
ううむ。後輩の結婚式だから来てみたものの、最後に一大イベントにあってしまったという感じだろうか。
「いや、俺がこれもらうともう、世の中大混乱ですよ? うぉー、かおたんは俺の嫁ーってなりますけど」
それはやだなぁ、といいながら律さんの隣の椅子に座ると、ちらりと彼女が書いているスケッチに視線を向ける。
どうやら今は、新宮さんのスケッチをしているらしい。
先ほども即興で、教会の中の絵を描いていたけれど、それよりも本格的に描いているようだった。
「……なにを言ってるの?」
首を傾げて、彼女はスケッチの手をようやく止めてくれた。
先ほどの言葉が上手く作用してくれたらしい。
ま、まぁ、事実を言っただけなんだけれどね。
「ブーケは幸せのお裾分け。次の花嫁になれるかもね、っていうおまじないアイテムです。で、俺はこんなですけど、割と嫁に欲しいといってくる人がいるわけですよ」
新妻にしたいって話が出たときは、ほんとお前らはと思ったモノデス、と肩をすくめて見せると、律さんは、なにいってんの? というような怪訝そうな顔でこちらを見つめてきた。
「つまり、元男だろうが、今男だろうが、本人の気質次第で結婚も大丈夫、なわけですよ」
ま、俺はしばらくする気はないですが、とブーケをもてあそびながらいうと、律さんの目が一瞬驚きで見開かれた。
ばれている、というのがようやく伝わっただろうか。
でも、それには触れずに、ふいと彼女は視線をそらして言った。
「君は、性別を変えて生きるということがどういうことなのか、わかっていない。大丈夫っていうけど、なにが丈夫なの? 美丈夫がそばに居て守ってくれたりするの?」
弟くんは全然美丈夫じゃないけど、と律さんは拗ねたような声を漏らした。
ううむ。どうやら律さんったら、結婚式の空気に当てられてだいぶ病んでしまわれたようだった。
きっと律さんとしては、可愛い後輩に誘われて、式に参加することを決意したのだろう。
そして、なんとか式自体は乗り切った。絵のプレゼントなんてのもやらかしながらだ。
祝うことはする。でも。
それがブーケで、いろいろ決壊してしまったのではないだろうか。
昔、いずもさんがぼやいていたことがある。
撮影が終わって、じゆうだー! ってなった後、甘いお菓子に合わせてお酒を飲んでいたときのこと。
結婚なんて、どうしろっていうのよ、が泣き言の始まりなのだった。
木戸的には、あの人は出会いの場を作れてないだけだと思うのだけど、それをいっても、どーせあたしは結婚なんてできないわよ、というのがお決まりの返事なのである。
それを知っているからこそ、木戸は、従業員のあいさんのはともかく、ちょっと特殊とはいえ、結婚式のケーキ作りに加えて、定位置までお運びをしていたのに驚いたのである。
まあ、あの人の場合は、かおたんがどんな服着てるか見てみたい、からかいたい! みたいなの当然あったのだろうけれどね。
さて。それはともかく今は目の前で思い切りこじらせちゃってる人の相手である。
「ちょっと、共感していただけに、がっかりです」
はぁ、とガラケーのカメラのボタンを押すと、カシャリという電子音が鳴った。
コンデジはぴぴって鳴ることが多いけれど、これはカメラのシャッター音に似せたのがでる。
できた絵に関してはそこまで期待はしてないけど、しっかりホールドしているのでブレたりはないようだった。
「律さんは、絵を描くのが大好き過ぎて、自分のこととかもいろいろ放置してると思ってました」
「……何を言ってるのかよくわからない」
突然何をいってんのこいつ、というような顔を浮かべた律さんなわけだけど、それは放置して話を進めることにする。
まあ、そこも本音の部分というやつなのだ。
服装にこだわることもなく、絵に没頭している姿は、写真にのめり込んでいる木戸とどこか重なるところがあると思っていた。
でも、今はどうだろうか。
「今は絵に逃げてるだけじゃないですか。目をそらしてそこにこもろうとしている」
結婚しない、というのなら、それは自分の選択だ。
それでいいと思う。
でも、結婚できない、というのは、自分の選択ではないと思う。
それに、律さんの場合は全力で思い込みというやつだろう。
「それの何が悪いわけ? わたしは牡丹みたいに可愛いわけでも、豪華なおっぱいがあるわけでもない。しかも子供だって産めない。そんなわたしに、ここはまぶしすぎるよ」
ほんと。キラキラしていて、まぶしくて。嫌になると律さんはため息を漏らした。
うん。気持ちはわかるけれどもね……いろんな人の話も聞いてるしさ。
「もしかして律さんって男友達あまりいない?」
「……それがなにか?」
「出会って触れあわないと、お付き合いもなにもないじゃないですか」
結婚以前の問題ですよ、それ、というと、思いっきりぷいっとそっぽを向かれた。
くぅ、一眼のメモリがないのが悔やまれるような顔である。
「な、なら弟くんが付き合ってくれるっていうの?」
「友達としてならそれでいいのですが……うーん、恋愛って俺もよくわかんないんで」
あまりご協力はできませぬ、というと、やっぱりわたしなんて、と律さんにいじけられてしまった。
そうはいっても、さすがに今は身の回りのことでいっぱいいっぱいだし、ハーレムルートとかやりたくないんですってば。
「なら、こうしましょう。お友達を紹介するので、一回デートしてみてください」
一回、男の人にめちゃくちゃ甘やかしてもらうと、いろいろ変わると思うので、といいつつせっかく手元にあるガラケーを使ってとある相手に電話をかける。
そうか。これはカメラではなく電話だったね! みたいな感じな使い方だ。
「あー、俺俺。え、誰って? やだなぁ。今、電話大丈夫? ああ、はいはい。ちょっと友達の子を外に連れ出して遊んでやっていただけまいか? ああ、もっさりしてていいんで。え、報酬? 爆撮天使! アールちゃんの続編よろって? いや……ああ、学ランはまだ取ってありますけど、え、それでいい? コスしろ? あー、もう、わかりましたよ」
とりあえず、その相手とのコンタクトを取ると、意外にもあっさりと了承は得ることはできた。
詳細はあとでメールすることとして、協力はしてもらえそうだ。
というか、HAOTOのメンバーさんはルイにとことん借りがあるのだから、アールちゃんコスとか求めてこないで欲しいんだけどなぁ、ほんと。
「はい、相手の了承は取れたので、今度デートしてみてくださいな。それでブーケを受け取る気になったら、言ってください」
「うぅ……なんか強引にかき回されてる……」
どうして牡丹の関係者はこんなんばっかりなんだー、と律さんはぼやくものの。
うん。一回派手に男の人に大事にされる経験を積んでみるのも、よいと思った木戸なのであった。
きっと、あの虹さんなら上手いことやってくれることだろう。
さて、かおたんはちょっとノー天気なのであれなんですが。
トランスさんが普通の結婚式に行くのって、自分がよっぽど安定してないと無理じゃね? ということで、ちょっと落ちてる律さんご登場です。
ま、自信を付けるには……ね、手っ取り早いのが千歳たんみたいなことだということで。あの話は後日やる予定です。
次話からは、懐かしのあのキャラがご登場! 誰だよって、ほらっ、ほぼモブっぽい教習所の時の! ちょいと旅行に行かせようかと思います。