060.
遅くなりました。男性恐怖症克服話の1個めです。3話で回復させる予定です。
結果的に、あの後の修学旅行の最終日は、男性の写真撮影自体はややクオリティは下がるものの、なんとかなった、という状態だった。
同性同士の気安い感じ、ではなく、去年女子相手に撮ったくらいの感じではあったのだけれど。
その分、女子を撮った時の絵が格段に去年より良いと言われて、内心苦笑しかでなかった。
ここの所、というのもあれだけれど、去年の学外実習の時には、自然物とか銀香町の人たちとかしか撮ってなかったのが、今年になってからは、エレナを撮りまくったりそれに付随して女性コスプレイヤーさんを撮ったりと、女の子の撮影というものになれてきた、というのは一つある。
そして。まぁなんというか、クラスメイトの女子が果てしなくこちらに共感というか同情というか、そういうものを向けてくれるのだ。彼女らは詳細は知らなくても、ひどいめにあったっていうことに、同情を向けてくれているのだろう。
そのたび、ありがとー! って女子的な反応をしそうになるのをこらえて、すまないねぇと、昔話みたいな受け答えをする。
ルイなら絶対、相手の手をとったりしているところだろうが、木戸でそれをやるのはさすがにまずい。
さて。撮影ならばそれは問題ないのだけれど、問題はその後。学校にいるときのほうだった。
修学旅行が終わったあとすぐにそれは顕著になったのだ。
青木は当然といえば当然で接触はしてこない、というかクラス全体でそれだけはさせない。
けれど、それ以上に男子と肌が触れるだけで体がすくんでしまう。びくっと。
唯一触れるのが、八瀬くらいなもので、体育でのペアはだいたい八瀬とだった。
クラスメイトからはさすがにあの光景が噂になっているおかげで、特別悪い感情は向けられていないけれど、それでもさすがにこのまま男なのに男嫌いというややこしい状況を放置しておけるものでもなかった。
「男の人が怖いなら、リハビリをしないとね」
にこりとカメラを片手につりながらいう遠峰さんに連れてこられた先は、例によってコスプレ広場だった。
「女子による、女子のための女子だけの、コスプレパーティー!」
「そうはいっても、目の前にいるのは男キャラばっかりなんですが?」
「ああ、男装キャラもむろんもりもり。でも参加資格は女子だってことが前提だから、ここに男子はおりません」
君以外にな、と目で語っていて、あーあと思う。
いまさら身元ばれをする気はさらさらないけれど、こういう場というのもいささか緊張するのも確かだ。
女子だけのというところに自然に参加ができるというのは、それこそ女装ゲーム的なネタになるほどのものである。
「でも、さすがに男装にまでびくついてちゃやってらんないし、大丈夫だと思うけど」
「それを確かめるため、今日のイベントを用意したんだけどね」
何事も、トライアンドエラーですよ、と遠峰さんはぴしりと人差し指を立てる。
「そして、今回ご協力いただくのがーあの方」
「今日はようこそ、お嬢さん。お初にお目にかかります」
「男爵の相手をすればばっちりでしょ」
挨拶をしてくれたのは、タキシード姿の一人の人影。身長はそう高くない。木戸と同じくらいか少し上くらいだろうか。男子の平均に比べればそこそこに低いくらいだ。けれどもそのまとう空気というのはこれがまたすごい。王子である。
「初めまして、麗しいお嬢さん。今日は女の園にようこそ」
「うわ。なんだか物語から浮き出てきた感じの、かっこよさ。なかなか男子では出せない色っぽさですね」
「そういう君こそ、女の子には出せない不思議な色香があるね」
くす? と笑われ、はえ? と思考が一瞬真っ白になる。なにそれ、こっちの偽装見抜いているわけ?
「もーバロンさん。どの女の子にも同じこというのやめてくださいよ。そんなに男装仲間を増やしたいんですか?」
遠峰さんが笑顔でフォローをいれてくれる。どうやらばれたというわけではないらしい。
「これは僕の常套句といってもいい。変えるつもりもないし、特に今日みたいな会だと、変装している男子をあぶりだすには都合もいいだろう?」
試すような視線を投げかけられ、それでも、えーと怪訝な顔をしていると、にこりと彼の表情が変わった。
「とはいえ、ルイさんにそれをするのは、失礼だったかもしれないね」
ごめんね、と気さくな声をかけられるとほっとする。
ルイの名前は、この前のエレナのコスROMのおかげでそこそこ広まってしまっている。そしてあれの自己紹介の写真を見て、だれも女装している男とは思わないわけだ。名前が売れてるということは、それだけその確度も高いということ。そして注目が集まるということは、何かがあったら噂が一気に拡散するということでもある。
これをエレナはさらっとこなして、「性別不明」を誇示しているのだから、素材もさることながら大変だろうなとも思う。
「この手の女子だけイベントは男子が潜り込むこともあるからね。女装ならたいてい見破れるし、男装した女子を装うことのほうがもっと難しいけど、さっきみたいに、疑ってます発言をしておけばだいたいは、おろおろするものでね」
「たとえば、私が男装したらわかるもんなんですかね?」
いたずら心で、きいてみる。隣でさくらがあんたはなんてことを聞いているんだという複雑そうな顔をしていた。
「ショタ王子とか、そういうのは似合いそうだけど、他のキャラはどうかなー。男っぽい役より、やっぱルイさんは姫とかのほうが似合いそうだけど」
でも、と一言。
「どんな男役をやったって、ルイさんのそのどことない女の子っぽさとかはかなさとか、そういうのは消せないんじゃないかな?」
言われてなんだが、そんなにルイははかないだろうか。
今は弱っているけれど、初見の反応がそれというのもいささかどうかと思う。
「で、でも、さくら。それならこれってダメなんじゃない?」
慌ててさくらに抗議をしてみても、彼女は、へ? とぽかんとした様子だ。まだ作戦の失敗を理解していないらしい。
「やっぱ、バロンさんもいうように服装変えてても、根っこはかわんないってことでしょ? 実際バロンさんでも、見た目すっごいきれいな男の人って感じだけど、なんだろ。男を感じないっていうか」
「ほっほう。そのつらで、男を感じないとか、びっちさんですかぁ?」
にやにやとさくらが茶々をいれてくる。
でもしかたないだろう。男が持つ獣性というか、そういうのがまったく感じられない。あの嫌な感じがない。
ルイの根底にある男性恐怖症は、男がもつ威圧感みたいなものが原因でそれを感じない相手は大丈夫なのだ。
「もぅ。さくら! あたしがいまどういう状態か知ってるのにそれは、ひーどーいー」
からかうさくらとの掛け合いに何を思ったかバロンさんはふむとうなずくと、すっと手を伸ばしてきた。
「なら、こういうのはどうかな」
なんと、バロンさんは手を腰にまわしてくると、まるでワルツを踊るかのような姿勢にはいったのである。
違和感はない。
嫌悪感もない。
ただ、ふわっとした感じの、紳士の物腰がまるでこの世のものではないかのように、幻想的で。
「王子様……」
腰に回されるその手はやわらかくて、どうしようもなく紳士然としている。
けれど、何を思ったのか、声を落として彼女は耳元でささやくのだった。
「それで、本当に僕が男だったら、どうするんだい?」
「グーでなぐる」
恐怖はない。いくら彼女がそういおうと、その相手から男っけはまったく感じない。もちろん八瀬やエレナ、もちろん自分自身でさえそれを消せるけれど、男装状態でそれを感じないようにできるのは、やはり彼女が女性であるからなのだろう。
「それは怖い。お手柔らかにたのむよ」
「じゃあ、チョキで貫く」
「それ。グーよりひどくない!? 僕わりとルイちゃんっておとなしめの女の子を想像してたんだけど、割とフレキシブルというか」
「ちょこっと強くならなきゃって最近思ってて」
それでも、チョキはさすがに強くなりすぎですとバロンさんは呻いた。
「パーでべちんがお約束だと思うけど」
それはそれで色男キャラの定番ネタではあるけれど、とバロンさんは愉快そうに言う。
「でも、実際それをやられるとアニメじゃともかく、現実だときっちり一週間はまたないと回復しないから、勘弁」
「だいじょーぶです。バロンさんなら嫌な感じしないし」
「じゃあ、もうちょっと抱き着いてみようか、お嬢さん」
「やっ…そんな力いれると……」
腰回りに回された手にきゅっと力を込められるとくすぐったくて妙な声がでる。
「かわいいよ、ルイ。もっとかわいい声を聞かせてごらん」
スイッチがはいってしまったのか、耳元で少しだけハスキーな声でささやかれると体がぞくぞくする。
「やっ、ちょっとそんなとこさわっちゃ、きゃっ」
そして、王子の手は腰から下に移動していき、下腹部から下に移動を始める。もちろんそこで思い切り彼を押し放す。
「ちょ、ルイ。普通にあんたが王子に良い声で鳴かされてどうすんの」
「あっれー? ルイちゃん実は男の娘だったの? まさかー」
そんな顔しておいて、そりゃないぜとおどけた声がもれた。わざとからかいましたか。
「誰でもそんなところ触られたら……いやですよぅ」
全然紳士じゃないーと言って、頬を膨らませていると、ぽふりとウィッグの頭に感触がきた。
「ごめんごめん。でも、さくらちゃんから聞いた件は僕じゃどうしようもないみたいだな。この子、全然怖がってないもん」
「だってバロンさん優しいし、その男くささがないっていうか。まあ、言ってみれば」
「王子さま」
三人の声がハモったところで苦笑がもれた。
結局男装した女の子では、男のリハビリにならないことがわかった。
バロンさんは芸能系の学校に通っていたりしてまして、後日また出番があります。男装のイケメンってまじやばきれいですよねぇ。王子様に腰に手を回されるとか、素敵すぎて身もだえしてしまいます。フフフ。