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563.姉の結婚式の日に1

さあついにねーさまが嫁にいくぞ! とーちゃんはきっと、泣き崩れるのだろうなぁ。

「へぇ。服装一つでずいぶんと変わる物ですね」

 一枚いただきますよ、と言いながらカシャリとシャッターを切った。


 え。どうしてお前カメラもってんの? と言われそうだけれど。

 そこは、姉さんからの助言があって両親に了解を取ったからなのだった。


 カメラを持ってないと中毒患者みたいに手を震わせるでしょ、あんたと姉さんは呆れた様な顔をしながら言ったのである。

 じーちゃんがカメラ係を仰せつかってから、ぶすっとした顔でもしていたからなのだろうけど。

 姉さんも、晴れの舞台に親族の表情が柔らかい方が良いだろうという判断だったようである。


 でも、いちおうは枷のようなものはある。

 この前崎ちゃんと銀香町に行ったときのように、枚数の制限がこのカメラにはかかっている。

 中に入っているのは先日使った1Gのカードだ。

 ただし、そこに余計なファイルが入っているので、ぐっとその容量は圧迫されていて、せいぜい50枚くらい撮るのが限界というような感じなのだった。

 しかも、画素数を下げて枚数を撮ろうという発想は結婚式ではさすがにできない。

 まあ、ルイが使っているカメラよりもこっちの方ができた画像のデータ量が少ないというのはあっても、それでもその枚数なのである。

 姉さまは本当に、鬼畜である。後で余計なファイルを消してないかチェックするからね、という徹底ぶりなのだった。

 それさえ削除すれば100枚以上撮れるのに!


「馨くんに褒められたのなら、今日の俺は相当いけてるってことかな」

 よし、と、新宮さんは白いタキシードの襟に手をかけると気合いを入れているようだった。

 うん。これでも結婚式は初めてというわけではないけれど、それでもとりわけ新宮さんがかっこいいと思えてしまうのは、身びいきというやつだろうか。


「ちなみに、真矢ちゃんもドレス姿可愛いね!」

 後で撮るのでよろしく! と隣にいる真矢ちゃんにも声をかけておく。

 今日の彼女は、ライトブルーのドレス姿で、とってもあざやかだ。ルイも似た色のドレスを着たことはあるけど、こちらのタイプの方が若々しいイメージだろうか。

 まあ、ルイが借りたのはエレナのお母様のだったから、デザイン的には大人っぽかったってのはあるんだろうけど。


「今は、撮ってくれないんですか?」

 え? と真矢ちゃんが不思議そうな顔を浮かべる。うん。

 お前なら、許可する前にむしろ撮るだろう? とでも言わんばかりだ。


「残念ながら……」

 カメラを抱きかかえながら、枚数制限を課されてしまったのですと、涙目を浮かべると、うぅっ、と新宮さんが体を震わせた。

「ちょ、おにぃ! 結婚式に他のじょ……しじゃないけど、色香にやられないで!」

「……色香って……」

 この格好で、黒縁眼鏡つけててそれってどうなの……と白い目で見ると、いいえ! と真矢ちゃんは身を乗り出してきた。

 今日は小柄男性用の礼服なのですよ?


「もう、私もおにぃも、ちょっとした馨さんの仕草は、あっちに変換されちゃうんです。きっと、別の世界線ならここにはすっごい可愛いドレス姿の、あの人がいて。でもやっぱりきっと、写真禁止されて、あうあう涙目になってるー、みたいな」

「って、50枚しばりは収束しちゃうの!? 性別は収束しないのに!?」

 なにを言ってるの!? と、ちょっと驚きながら突っ込みをいれた。

 いや、新宮兄妹は確かにルイの正体を知っているけれど、オタク趣味まで交えてそんな話をしてくるだなんて思ってもみなかった。


「で、でも、それだとしても真飛さん! 正気に戻って! 今日は結婚式当日なのよ!?」

 なので、そんな幻想を破るためにも、わざと男声のまま、ちょっと強めの癖をつけた女口調でいってやる。

 さぁ、これならば目の前の人が、ちょっとおねぇ系言葉を使った男子だということがわかるはずだっ!


「うわぁ……いろいろ自己犠牲系の解決法なんでしょうが、それはちょっと……」

「……ぐっ。世界一可愛いのは、牡丹。牡丹、ぼたん、ぼあん、ぽわん……たゆん」

 がくり、と真飛さんががくっと膝をついた。

 そして、なにやら呪文のようなものを言い始めている。

 さっきの真矢ちゃんの言い草だと、それすら、女声のルイさんが言ってる様に聞こえましたか?

 枚数に余裕があれば、こんな面白画像は撮っておきたいけど、今はさすがに遠慮しておこう。


 にしても、真飛さん……いくらショックうけてても、たゆんはないんじゃない?

 なにそれ、おっぱいは何者にも勝りますとかそういうことでしょうか?

 お、おっぱいに負けるつもりなんてどこにもないもん……


「はっ、いかん。ご両親に会うときは、さすがにまともでいなければ……」

「真飛さんは普通にしててくれれば、何の問題もないんだけど」

「そうです。どこかの性悪女がいなければ、なーんにも問題なく、かっこいい結婚式なはずなんです」

「さぁ、その性悪はどこにいるのかなぁ」

 はははぁ、と、タキシード姿で答えておく。

 この格好なのに、どうしてそんな幻覚をみるとか。


 新宮兄妹は恐ろしい相手である。

 にしても、男の姿であっても変な幻視をするくらいなら、こそっと言ってやっておいても良いかもしれない。

 どっちにしろこのまま式にでたって、真飛さんは、タキシード姿の馨を見て勝手にドレスの女子を幻視するのなら。

 ってか、どうしてそこで、幻視するのかが不明だ。想像力が豊かすぎる。


「真飛さんっ。本当に姉様のこと、大好きですか?」

 今度は、ころっと声を変えて女声で、眼鏡の奥ににまりと悪い笑顔を浮かべてそう言ってみた。

 まあ、この二人は黒縁さんの力を妄想力で超えてるみたいなので、これでも届くだろう。

 弟からの最後の確認作業というやつだ。

 彼が、誠実でいい人であることはわかっている。

 それでも、男というものは、いろんなものにたぶらかされるものらしい。

 あのおっぱいがあっても、である。


 そして、真飛さんは端から見て、モテる方だと思う。

 なんせ合コンの仕切りとかをやっちゃうような人だ。それなりに友達の中でも頼られるし、仕事の方をみても今のところはまあまあといったところらしい。やめずに適応しているというし、このまま頑張りたいという声も聞こえているから、安定はしているのだろう。

 姉さんの方は大学院をでた後どうするのかは、まったく知らないけどさ!


 まあ、なんだ。

 よく姉の結婚式の日に、その相手を試す弟の姿、と思っていただければいいかと思う。

 台詞はぜーんぜん、違うけどね?


「好きに決まってるだろう」

「ほんとに?」

 ねぇ、私のことよりも? とちょっと、近寄って上目遣いで言ってみる。

 真矢ちゃんが、そこまでやりますか……と、ちょっと引いてるのだけど。まあでも。

 あれでも、唯一の姉なのである。

 その相手が、ころっと落ちてしまうようではいけない。ダメ押しっていうやつである。


「……あ、たりまえだろ。はんっ、俺は男を好きになりはしないし、牡丹を一生大切にするんだ」

「おにぃ。いくら振り切るためっていっても、そこを押し出しますか」

 がっかりです、と、真矢ちゃんはえぇーと、残念そうな声を上げた。

 そこは、牡丹以外は、眼中にないんだー! みたいなことは言って欲しかったところだ。男だからダメ、なら他の女の子になびくかもしれないじゃないか。


 ま、でも、悪ふざけもここまでにしよう。そろそろ姉様の着替えも終わるだろうし。

 できるのならば、「できあがりを待っている」ほうが、やる側としてもやる気があがるだろう。

 ええ、じーちゃんは、出入り口でいまかいまかと張ってますよ?

 っていうか、会場の写真とかもばっちり押さえていますよ。

 それこそ、こっちだけが撮ってるのは、早朝の写真くらいなもんですよ。はぁ。あれはあれで、夜明けのチャペルとかすっごくよかったけれども!


「ほいっ。正気にもどろう、二人とも」

 ぱちんと、二人の前で手を叩くと、びくりと二人は体を震わせた。


あたし(、、、)を見せるのも、見るのもここまでにしてね? 二人して変な風に見てるけど、()は、今日はただの新婦の弟なので。ええ、ほんとう……ただの……ええ、ただの、カメラマンぢゃない、普通の出席者……デス」

 おうふ。


 自分で言っていて、けっこうショックが大きかった。

 姉から、メインはじーちゃん! っていわれてるし、あんたは撮るなとさんざん言われてる。

 でも、なんなんだろうか。


 こんな大イベントで、写真を撮れない人で参加するとかっ!

 そのままがっくりと、膝をつく勢いである。まあ、貸衣装ですので? 汚さないように配慮はしますけど。


「おにぃ……。あのさ。牡丹姉さんを選んで正解だと、私は思うの」

 これ、確かに、ああなるけど、恋人にしちゃあかんやつじゃない? と真矢ちゃんが言った。

「……一生懸命な女の子は応援したい、みたいなの、男にはあるんだっての」

 牡丹とは違う魅力があんだよ……と、真飛さんはちらっと、こちらを見た。


 きっと、そこにはルイとしてのこちらの姿が幻として見えているのだろう。

 こんなに、身なり整えてきたのに!

 黒縁さんに盛大に謝っていただきたい。

 

「でも、俺の嫁さんはやっぱり、牡丹がいいな。正直、君にドキドキしたことはある。っていうか、男ならそれはもう、仕方ないとすら思うけど。でも、君の相手をするのは、火遊びすぎて危ない」

 いっとき一緒に居たくても、ずっと一緒に居たいかはわからない、と言われて、そういうもんかと思ってしまった。

 いままでいろいろ、告白を受けてきたけれど、彼らもそんな心地なのだろうか。


 今でも諦めていない人達もいるけれど。

 人を振るのは、木戸であっても多少は心が動くことではある。

 中学生のあの頃の事だって、いちおうは、がっくりきてた人達の顔を覚えてはいるのだ。

 当時は、なんで? と思っていても、今なら、恋愛関係で告白してきて散ったのはわかっている。

 まあ、彼らの大半は、新しい道を進んでいる。

 きっと、新宮さんが言いたいのはそういうことなのだろう。


 今なら、失恋中の姿を撮りたいという思いがないではないけれど。

 さすがに、振った相手を撮るというのは、人間としてダメだと思うので、それはやってはいない。


 そういう顔を撮るというのなら学校の体育館裏でもはっておくしかないだろう。

 望遠さんの出番である。やらないけどね。


「ちょ、おにぃ……」

「だから、俺は思うんだよね。馨くん。君がどんな伴侶と一緒になるのか。それともならないのか。選択肢は無限にある。俺は牡丹を手放ししたくなかった。あいつは、指輪でもつけておかないときっと、仕事を始めたら求愛されまくるだろうから」

 さすがは君の、姉だね、と新宮さんはウィンクをしながら言った。

 美人姉妹だねとでもいいたいのだろうか。


「いろんな噂は聞いてる。でも、先輩として一つ言えるのは。まあ、結婚っていう鎖で相手をつなぎ止めたいか、ってことだと思うんだ。俺は牡丹が絶対人にもてるのを知ってる。それで、俺はたぶん、結婚ってくさびがないと、あの輝きを逃しそうっていう焦燥にも駆られてる」

「ちょ、おにぃ」

 何を言い出してるの、と真矢ちゃんがきょろきょろと周りを見回す。

 新郎のほうの準備室の近くなので、人はそこまではいなくて、こちらに聞き耳を立ててる人はいない。

 まあ、それもあって、さっき女声を出したんだけどね。


「俺にはもったいない、最高の嫁さんってことだよ」

 ぽふりと、柔らかに笑う真飛さんと、その手のひらを受けた真矢ちゃんを、バックステップで撮った。

 うん。今の真飛さんの顔は、すごくよかった。

 よくなるっておもって、撮ってよかった。


「ははっ。こんな話をしてても、そうくるか」

「きますっ! てか、きっとさっきの顔、一番。今日一番です」

 誓いの口づけのときより、姉に見せたい顔です、というと、えぇーと、新宮さんは嫌がった。


「くぅ、写真家やべぇなぁ。うっかり緩んだ顔も伝えられちゃうとか」

「時が経てばいい思い出になりますよ。てか、いつかここでの話、十年でも、二十年でも先でいいので、話してあげてくださいね?」

 まあ、制限はあるとはいえ、ここ以上をいつでも撮るつもりではあるのだけど。


「はいはい、わかりましたとも。さすがはあの姉の、()だね。じゃあ、そろそろ花嫁の様子を見に行こうか」

 義理の弟には尻に敷かれそうといいながら、新宮さんは廊下を歩き始めた。

 真矢ちゃんと一緒にそれに続いて歩いて行く。

 ああ、もう。カーペットとか建物とかバンバン撮りたいというのに、枚数制限が口惜しい。

 

 そういう気持ちを打ち消すためにも一つ質問をしてみた。

「あれ、花嫁さんの初めてのお目見えは、チャペルでとかじゃないんです?」

「そういうところもあったけど、俺は会場でってより、身内の中でドレス姿を見るべきだと思ったから」

 という新宮さんの言葉にちょっと首を傾げた。


 話によると、花嫁さんのお目見えはチャペルで、というところもあるのだそうだ。

 そう、つまりは綺麗な姿を教会の中で初めて見て、新郎はもう一度惚れ直すとか、そういった感じに仕上げるわけだ。

 それはそれで、見惚れる新郎の顔なんてのを撮れそうだけれども、そういうところは完全に新婦の控え室は、男子禁制なのだとか。


 うーん。

 完全に異性を排斥して、純白性を出したいってのはわかるけれど、これで女性カメラマンがその中で撮影できるとなると、ちょっと、うらやましいと思ってしまう。

 もちろん、ルイさんにそういう依頼がくれば撮れるんだけど。

 なんていうか、なおさら、ルイとして写真家をやる理由が、利点が増えたな、とすら思ってしまった。


 男性が女性の場に入ることは割と禁止の傾向だけど、その逆はそれなりだ。

 まあ、そうなってる理由というのはわからないではないけど、やっぱりそういう点はメリットだよねと思ってしまう。


 今回の場合はそんなことはなく、もう準備ができたら新婦の姿を見てしまえ! という感じなので、もう、真飛兄さまについて行くだけである。

 きっと、これから向かう先には、じーちゃんがいて、最高、最強のねーちゃんの姿を撮ってるのだろうけど。

 こっちは、新郎の方を撮ったので。うん。撮ったので。

 よ、弱気になる必要などないのだ。


「馨くん。ちょっと力が入ってるようだけど」

「ですです。カメラ持ってるのに、いつもの、はわーがないです」

 だいじょうぶ? と、新宮さんに言われて、はいと答えておく。

 うん。さすがに、姉様の晴れ姿を全力でじーちゃんが撮ってるのが、うらやましい! とは言えない。


「だいじょうぶ! こちらは、じーちゃんが撮りえないのをおさえるので!」

「いや、君は、新婦の家族として……」

 真飛さんの言葉を止めて、ふるふると真矢ちゃんがいった。


「いくら馨さんでも、式場めちゃくちゃにするのはダメですから」

「はいぃ?」

 不意打ちである。唐突な義理の妹からの指摘に、木戸は変な声を漏らしてしまった。

 というか、今までだって、式場を荒らしてまで良い写真を、みたいなのはなかったよ。

 いくらトラブルメーカーだからって、姉の結婚式をどうこうするつもりはありませんって。


「いつになく、切羽詰まった顔をしていたので。そんな顔の写真が残ったら、シスコンの弟が、お姉ちゃん取られちゃってガチショックみたいな感じになりますが」

 ふふっと、真矢ちゃんは笑うと、やっと表情が緩みましたね、と木戸の顔をのぞき込んだ。

 ああ、どうやらじーちゃんへの対抗意識がちょっと顔に出てしまっていたらしい。


 真飛さんが言うように、新婦の家族として撮られる側でもある、という意識はしておいた方がいいのかもしれない。


「なにそれ、写真こわい」

 お前が言うなと、いろんなところから来そうだったが。

 まあ、ちょっとしたことに気づかせてくれた彼女に、木戸はただそう返すだけだった。

さて、まずは式が始まる前からということで。

かおたんはじーちゃんに写真係を取られて、気落ちしているご様子でございます。

まあかおたんが撮影に回ると、ねーさま達の表情が、あきれ顔になるのは目に見えてるのですけども。


次話はねーさまたちとの絡みとなります。なるべくルイさんをこぼさないようにしませんとね……


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