561.銀香町での初デート・じーちゃんを添えて5
もうじーちゃんは添えてないけど、タイトルはこのままで!
そして本日前半は崎ちゃんのターン。
そして執筆時間が、ない。とほほ。
お昼。
今日は朝からいろいろと歩き回っているせいか、あたしのお腹は軽くきゅうとなっていた。
時間としては一時を過ぎた当たりだろうか。
大抵の昼というと、外で撮影をしてロケ弁なんてこともままあることなわけだけれど。
今日はルイおすすめの銀香のお店にやってきている。
「ここか……」
「見た目ちょっとごつい感じするけど、味はいいよ?」
初デートである。
いちおう、文字に書き起こしておこう。
初デートである。
そりゃあ、馨からしたら、銀香町を歩き回って紹介しようというくらいな意気込みなのはわかっているつもりだ。
デートとはいっても、そこでムードだなんだ、というのを求めるつもりはない。
それに、おしゃれ系なところと言い始めると、シフォレが候補に挙がってしまうし、さすがにあそこでデートをする勇気などまったくなかった。
きっといづもさんからは、あーあ、これだから最近の若者は、とか言われるだろうし、他にしたってお客さん辺りからは、ひそひそされるに決まっている。
良くも悪くもあそこは若い女の子が多い店なのだ。
「そりゃ、美味しいのはたしかなんでしょうけど……初デートで女の子を連れてくるにはちょっと、アレなんじゃない?」
「そうは言われても、別にそんな男性専用! ってお店でもないし。家族連れとかだってくるよ? 最近はルイさん出没マップみたいなのの影響で観光客の男性が多いみたいだけど」
特別、おかしいことはなんにもないよ? と言われてもなんというか。
それはそれですごく所帯じみているというか。
これは。将来的に子供も連れてきたいとかそういう意味合いでもあるのだろうか。
最近は晩婚化だと言われているし、子供を産むという意識は正直まだあまりないのだけれど。
それでも業界だとでき婚もそれなりにあるという。
ううむ。馨は果たしてそうなったら、結婚してくれるものだろうか。
というか、それはそれで、今のような関係性を公表してしまっている以上、いったいどうして子供ができたんだ、と世間は大騒ぎしそうだ。
精子バンクからどうの、というような話がでてしまうかもしれない。誰もルイが男だとはつゆとも思わずにだ。
とはいえ、まあそもそもからして、そんな未来があるとは思えないのが一番残念なところだ。
はぁ。ため息しかでない。
「じゃ、味が悪かったら、撮影枚数マイナス10ね」
「ちょ、横暴だ」
とりあえず、お店の玄関を開けながら、ぼそっと言っておく。
うん。マイナスといったけど、まあ、カメラを拝借してあたしが10枚撮るってだけのことなのだけど。
ルイにはそうとう堪えたようで、ちょっと涙ぐんですらいるように思えた。
ほんと。こんなに撮影できないとしょんぼりする相手。どうやって一緒に暮らしていけばいいのだろうかと、ちょっと悩んでしまう。
けれど、それを越えてこそ、きっとこいつと一緒にいられる未来をつかめるのだろうとも、あたしは思っている。
崎ちゃんがとんかつ屋に入りつつ、なぜか難しそうな顔をして、10枚減量なんてことを言い出した。
ルイとしては、10枚が減るというのに戦々恐々とするべきなのだろうけれど、そこらへんはこの店である。
ネットでの五段階評価でも3.8とか取っちゃう優良店。
え。4越えないとって? あそこは標準だったら3をつけるので、平均が4に近ければ優良店扱いなのだ。
評価のつけ依頼問題とかもあったりで、信憑性はどうか、といわれるかもだけど、ここに関してはポイントより、ルイ自身の評価というものである。
うん。とにかく店主が優しいのである。お弁当持ち込んで食べさせてくれる外食店なんて、あんまりないと思う。
それこそ、お通し代だの、持ち込み料などがかかるもんだ。
当時、ルイちゃんはきてくれるだけで、宣伝効果があるからな! とかなんとか言っていたけれど。
前回の持ち込みが無茶じゃなかったことを祈りたいばかりだ。
いま思い起こせば花ちゃんにも無理矢理お茶漬けをを勧めてしまった様な気がしなくもない。
まあ、美味しくたべてくれていたけれど。
「おっ、ルイちゃん久しぶりだね!」
店内に入ると、店内の席の埋まり具合は三割といったところか。
平日の昼なのに、満席にならないというのは、この町ならではだろうか。
ときどき、外からのお客が来ればいっぱいになるというのがここである。
土日なら、ルイちゃん出没スポットの一つとしてそれなりに混んでいるそうだけれど、平日となるとご近所さんが食べに来るだけということで、そこまで混み合っても居ないのだそうだ。
「お久しぶりです。入ってしまっても問題はないですか?」
「だいじょーぶ。町内会から、ルイちゃんに対して取材を禁止する話が出てるって話は聞いてるかい?」
「はい。コロッケ屋さんでききました」
みんなルイちゃんの味方だから、安心してはいんな、とおっちゃんは優しく出迎えてくれた。
「にしても、今日はずいぶんと可愛い子……こ? へ? あ……」
「コココ、じゃないですよ。今日の連れです」
ここに連れてくるのは初めてです、といってやると、おっちゃんはばばっと、大急ぎで厨房の奥に消えていった。
なんだろう。ひげでも剃りにいったんだろうか。
「あのっ! サインお願いできますかっ!」
ばっと、おっちゃんはいきなり色紙とペンを取り出した。
さっきのはそれだったのね。よく家に色紙があったものだと思う。
「……サービスしてくれるなら」
変装してても一発でばれる、と崎ちゃんはちょっとご不満なようだった。
いや、でもボーイッシュにしてても素材がそれでは可愛くもなってしまうってものだ。
それを考えると、HAOTOの蠢はだいぶうまくごまかしきったと言えると思う。
まあ、中身が少年っぽいところがあるから、それが表情に出るってのもあるんだろうけど。
え。お前は内面が表情にでて、乙女らしいですか? いや……これ、訓練で作ったものだからね?
笑顔は撮影を円滑にするための、潤滑油というやつなのです。
「サービスはもちろん! とんかつ定食ならキャベツ大盛り! カツ丼なら大きめな部位でじゅわっと仕上げるぞ!」
そして、ほろほろに煮込んで卵でとじる! とぐっと手を握りしめると、想像したのか崎ちゃんが色紙を受け取ってさらさらと書き始めた。
ちなみに周りのお客は物珍しそうにその光景を見ているだけだ。
ルイちゃんが来てるなら、そりゃその連れもくるよね、というような感じなのだろうか。
まあ、ルイ自身は銀香に居るのが日常になってるから、心配はされても騒がれるってことはあまりない。
「おぉー、やった! これ、店に飾っても?」
前のロケの時は撮影クルーの人に、サインは無理、散った散ったって言われちゃってな、とおやっさんは上機嫌で言った。
崎ちゃんと初めて会った頃の話だ。
まあ、ロケ地探したりとか、いろいろ忙しそうだったから、サインがどうのってのは難しかったのかもしれない。
「ちゃんとカツ丼がおいしかったらね」
「というわけで、カツ丼の中盛り二人前で」
まったく。崎ちゃんったら、またそんな条件を出して。
「じゃ、ちょいとおまちを。久しぶりに腕がなるってもんよ」
よっしゃ、とおっちゃんは手早く作業に入った。
カツ丼を作るにしても、ここはちゃんとかつを揚げるところから始める。
まあ、揚げたてじゃないと衣がさくっとしないし、お肉も固くなっちゃうし、専門店なら当たり前だろって言われそうだけども。
「ふふっ。どんなのが出てくるか楽しみね」
これでも、グルメ番組に出たりすることもあったりするんだから、と崎ちゃんは言いながらテーブル席に腰をかけた。
周りの視線に遠慮してなのか、ちょっと離れた席である。
お水はセルフなので、給水器からコップに汲んで席にサーブしておく。
お茶じゃないのかって?
それは、最後にでてくるので、最初は水である。
「少なくとも、あたしが作ったのよりは美味しいから」
それは保障しますというと、それなら期待大ね、と崎ちゃんは自然な笑顔を浮かべた。
もちろんそこは一枚撮影。
やっぱり、ご飯の力は偉大だなぁと痛感してしまう。
ご飯の話をしているときって、人は大体笑顔になるというものである。
そして、程なくして油がはぜる音がばちばちと聞こえてくる。
とんかつが揚がる音である。
正直、家ではとんかつはあまりやらないメニューだった。
なんせ、油の処理が面倒くさい。そこらへんがあって、木戸家では揚げ物は買ってくる物、というのが定着している。
お店の惣菜のとんかつなら、煮ちゃえばいいわけだしね。
そんなわけで、最初にこのお店に来たときにはこんなに違うものかと愕然とした、というのも正直ある。
あるけれど、さらにこう、やはりここならではのおいしさというのがある。
だしの加減が絶妙で、たまらないのだ。
「はいよ、おまちどう」
しっかりと蓋が閉められたどんぶりが二つ、テーブルに出される。
うん、丼ものはこう蓋をあける瞬間というのも楽しみだ。
「ルイちゃんも撮影ばっかりしてないで、さっさと食ってくれよ?」
「わかってますって」
もう、撮影と同じくらい食事は重要ですからね? と言うと、二人になぜか、え? という顔をされた。解せない。
そんなことを思いつつどんぶりの蓋を開ける。
ふわりとだしの香りが広がっていった。
卵でとじられたかつは、中心は汁をすっていて周りは揚げたてのさくさくだ。
真ん中の一番大きいのを箸でつまむと、思い切りかぶりつく。
うんうん。
お肉がほどよく柔らかくて、美味い。というか。
「おっちゃん、これお肉、中じゃなくて、大じゃない?」
そこでちょっと疑問の顔を浮かべておく。
うん。普段よりもちょっとかつが大きく感じられたのだ。
「サービスするって話だしな。なに、飯はちゃんとちょっと少なくしてるから、二人でも食べきれるさ」
さすがに飯まで大にしちまうと、女性二人にはちと重いだろうしな、とおっちゃんはにやりと笑った。
そういや、前に来たときは男性客が、カツ丼大を頼んでいたっけね。
「にしても、珠理ちゃんがそういう格好をしてるだなんてなぁ。変装かい?」
はふはふと、幸せそうにカツにはむついている崎ちゃんにおっちゃんは声をかけた。
幸せそうにしているところを見ると、カツ丼は気に入っていただけたようだ。
「いちおう、騒ぎになっちゃうといけないから、変装してます。我ながら上手く変装できてるとは思うけど……」
「ああ。ばっちりだね。かわいさを残しつつボーイッシュにって感じで、良い感じだ」
うんうん、とおっちゃんは他に新しくお客が来ないのを良いことに、テーブルにべったりだった。
珍しいというのはわかるけれど、仕事を放り出して話をしているというのは珍しい。
「変装というと、以前ルイちゃんも変装して銀香町に来たことがあってね」
「ちょ、その話は内緒ですってば」
何を言ってくれちゃいますか、とおっちゃんに必死の口止めを試みる。
去年、いろいろと事件でやらかして、木戸馨としてこの町に来たことがあったのである。
そしてそのネタはもう、一回、さくらたちに大爆笑されて終わっているのだ。改めて崎ちゃんの前で話さないでもいいと思う。
「いやぁ、でもそこは珠理ちゃんには言っておかないとだろ。付き合ってるってんならなおさらな」
しかも、こんな格好してときたらなぁ、とおっちゃんはにこやかな笑みを浮かべていた。
もう、やめていただきたい。
くぅっ、ここで撮影でもして気をそらすか!
いや……枚数制限を考えると、ここで撮るのはちょっとダメだ。
「実は……」
こそりと、崎ちゃんの耳元でおっちゃんがなにかをささやいている。
いちおう、内緒なことだから、周りの人に聞こえないようにという配慮なのだろう。
もしくは、耳打ちと称して近くに寄りたいだけかもしれないけど! おっちゃん!
「はぁ!? なにやってんの、あんた……」
「つい、デキゴコロデ……」
去年の事の顛末を聞いた崎ちゃんは目を丸くしながら、あんたねぇと疲れたため息を漏らした。
でも、あのときはどうしてもこの町に来たかったのである。
あんまり責めないでいただきたい。
「これは由々しき事態だわ……あ、タマネギ甘くて美味しい」
そうはいいつつも、崎ちゃんはカツ丼には満足したようで、美味しくどんぶりをいただいていた。
コロコロ変わる表情が楽しくて、そこで一枚。
とはいえ、こちらも撮影ばかりしているわけではなく、カツに手を伸ばしていく。
とろとろの卵が絡まったそれは、しっかりと味がしみていて美味しい。
「まあ、その話はあとでするとして、とりあえず最後はお茶かけて食べよう」
うん。それがいい、とおっちゃんに準備をお願いすると、あいよと言いながら彼は厨房に戻った。
最後にこの店独自のお茶で、どんぶりを完成させよう。
崎ちゃんが三分の一くらいまで食べたところで、お茶が到着すると、迷わずそれをカツ丼にかけた。
「ちょ、お茶漬けにするの?」
「そ。お茶漬けにするの」
最後までさっぱりといけるのがおいしくてね、と言うと、じゃー、かけてとすっと、崎ちゃんはどんぶりをこちらに差し出してきた。
とりあえず、しっかり浸かるようにそちらにもお茶を注いでおく。
「どう? 味が変わっていいでしょ」
「……ま、まあまあね」
崎ちゃんはすまし顔をしながら、お茶がしみたご飯をすすっていた。
色紙がこれから徐々にこの店に増えて行くことになるわけだけれど。
それはまた、少し先のお話である。
さぁ本日はごはん回でございます。
いやぁ、なにげに今回は崎ちゃんあんまり不憫じゃなくない? と思ってしまっているのは今までが今までだったから、なのかなぁ。
とんかつ茶漬けは正義だと思います。
さぁ、次話でデート回終了のお知らせです。次はいつアップできるのやらっ。




