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560.銀香町での初デート・じーちゃんを添えて4

一日遅れになってしまったー!

そして、本日はあの方がお目見えです。銀杏といったらこの人さ!

「相変わらず、大きな木ね」

 前に来たのはいつだっけ、と崎ちゃんがその大きなお姿に、ほーとため息を漏らしていた。

 その姿は一枚、カシャリ。

 うん。やっぱりこの町に連れてきて正解だったな、とルイは素直に思った。

 枚数しばりはあるけれど、ここならばある程度、ここでこういう表情が出そうだ、というのがあらかじめ予想がつくのである。


「じゃのう。まあ、ルイちゃんの写真を見まくってる身からすれば、これがあの、になってしまうところはあるじゃろうけど」

 ふむぅ。実物もいいのう、とじーちゃんは銀杏の木の方をばしばし撮影しているようだった。

 相変わらず、枚数しばりのない、自由な撮影は、もううらやましいというより、好きにやってよと思うほどだった。


「せっかくだから、崎ちゃんその脇に立ってみようか」

 ほれほれ、と指示を出しつつほどよく光が入る位置に移動する。

 レフ板とかがあればまた違った絵も撮れるのだろうけれど、今日は何もないのでこのままだ。

 こちらはこちらで、枚数制限の中でやれるだけのことをやるだけである。


「こ、ここら辺かしら」

 よいしょっと崎ちゃんが撮影モードに入ってくれたので何枚か押さえておく。

 ここで枚数を使い切るつもりはないけれど、それでもここで撮影しないという手はまったくない。

 ボーイッシュな顔が、シャッターを切っていくたびに緩んで行くのが見える。

 できれば、温泉街のお土産買ったときくらいにとも思うけど、あれを自由に引き出せる人はそうはいないだろう。

 ほんと、あれが撮れなかったのは痛恨の一撃というやつである。


「うん。いいね。じゃ、ちょっと銀杏の木を触りながら見上げる感じで行ってみようか」

 せっかくなので銀杏メインではなく、崎ちゃんメインで一枚撮影。

 木を見上げる感じなこれは、多分、何を見ているのか想像させるようなものに仕上がっていることだろう。

 こういう撮り方は、エレナとの付き合いでずいぶんと研究させてもらったので、割と得意な構図である。


「ふむ……あれだけ言葉が少なくて通じるというのも、特別な関係じゃからかのう」

 青春だのう、とじーちゃんが言っているけれど取り合えず無視。

 こちらは撮影に集中したいところなのである。


「はい、終了。あとでどんなのができたか見せるから、それで保管するかどうか決めてもらうからね」

 満足でございます、というと、あ、あたりまえじゃない、あたしがモデルしてあげてるんだから、とか崎ちゃんはあわあわしながら言った。

 うん。まったくもって、被写体が良いと撮りがいがあって良い。


「まだ、枚数残してるみたいだけど、ここでもっと撮っていかなくてもいいの?」

「他にも行きたいところはあるしね。っていうか、まだお昼前だし」

 始まったばかりで使い切ったら絶対つらいに決まってるじゃない、というと、はぁと崎ちゃんはため息を漏らしながら、あんたはそういうやつよね、となぜかがっかりした。


 なんでがっかりなんだろうか。まだまだご飯食べに行ったり、神社のほうに行ったりと、いろいろ行くところはあるというのに。

 そこらへんでもばっちり押さえたい写真というものはあるし、それにだ。

 神社は是非とも夕焼けを撮りたい。

 今日は天気もまあまあ晴れてる方だし、これなら十分狙い通りのものが撮れるのではないだろうか。

 そんな話をしているときだった。


「あ、誰かと思ったら……ルイさんじゃないですか!」

 あれ。

 ちょ、いきなりシャッター切られたよ。出会いざまに一枚撮影されてしまった。


「ま、ちょ。取材禁止命令ってのが出てるんじゃなかったでしたっけ?」

 さて。その相手はカメラを片手に、ボイスレコーダーの準備なんてのを始めているようだった。

 明らかにどこかの記者という感じの彼は……まあ、ルイもよく知っている相手なのだった。

 数年前、このご神木の前で、ミカン箱の上で、木から吊り下げられた紐の前で。ガクガクしていた人である。


「なんじゃ、どこかで見たような顔じゃの……」

 うむ、誰じゃったか、とじーちゃんも首を傾げているのは、きっと若い頃の友人に似ているからなのだろう。

 ルイからしてみれば、年齢差があるので二人が似てるとはあまり感じないのだけど。


「撮影禁止? なんのことだい?」

「なにって、町からマスコミに向けて出てる、あたし達への取材の禁止の話です」

「……そんなのあるんだ?」

 彼は、へぇと言いながらレコーダーのスイッチを入れた。

 そんなもんはお構いなしという感じで、もはや取材する気満々である。


「っていうか、あなた、アニメーターになる! とかいってたじゃないですか。そんなに熱心に取材はしない、みたいな」

 そりゃまあ、あの後も活動しているというのは知っているし、実際、例のクマの制作者の記事はこの人が書いていたりはするのだけど、それでもそこまでガツガツとスクープを追っていたりはしてなかったはずだ。

 あまりにも自然に記者仕事をやっていて、むしろ驚くほどだった。


「それで、どちらさまなわけ?」

 崎ちゃんが心なしか不機嫌そうに胸元で腕を組んでいた。

 おばちゃんとの交流はよくても、男の影には敏感らしい。いや、でもこの人とはなんでもないのですよ?


「こちら安田さん。以前ここで首つりしようとしてた人です」

「ちょ、首? え?」

 何言ってんの? と崎ちゃんが驚いた顔をしたものの、事実なのだから仕方が無い。

 安田興明さんの息子である彼は、ミカン箱の上に乗ってここで首をつろうとしていたのである。


「で? どうして取材とかしてるんです? 強引な取材はダメって話ですよね?」

 つい先ほど聞いたばかりの、この町のマスコミ対応の話をすると、彼はちょっとだけ目を背けながら、しれっと言った。


「いや、別に俺は君たちを撮りに来たわけじゃないしなぁ。ちょくちょく来てるから町の人は、ああ、また来てるみたいに思ったんじゃないの?」

「そうはいっても、ルイさん出没マップとか作ったの貴方じゃないですか……」

 別に、町の撮影をしているってわけじゃないじゃん、というと、うぐっと彼は口をつぐんだ。

 どうやら、自覚はあったらしい。

 まあ、きっと町の人達も、昔から来てるこの人をマスコミの手先とは思わなくてそのままにしていたのだろうけど。


「お、俺は、あんなにわかとは違うし。昔っからなんだから、いいだろ」

「いくら、安田さんのお子さんでも、崎ちゃんのこと記事にしたら怒りますからね?」

 ほれ、レコーダーは終了です、と詰め寄ると素直に彼はレコーダーのスイッチを切った。

 うんうん。素直でよろしい。


「安田……安田。おお。誰かと思えば興明にそっくりじゃった」

 まさか、やつの子供か…… と、じーちゃんはしぶい顔をした。

 じーちゃん、なにげに興明さんのこと、にっくき興明とか呼んでたしなぁ。

 十歳くらい年下で、仕事取られたりとかあったんだっけ? どうしてわしに仕事の依頼しないんじゃーって怒っていたっけ。


「興明って……ええと、貴方は?」

 その声を聞いて、安田さんのほうも首を傾げる。

 安田興明という名前を知っている人はそれなりにいるだろう。

 けれど、顔見知り、という人はそんなに多いわけでもない。

 誰なのだろうと思っても仕方がないだろう。


「わ、わしゃー、ルイちゃんの、じ……」

 あんたは誰だといわれてじーちゃんは、むぐっと口をつぐんだ。

 言いかけてやめたのは、先ほどの会話を覚えていたからだろう。

 おばちゃんなら別にじーちゃんのことがわかっても問題はない。でも、目の前の相手はそうじゃない。

 木戸御影という存在に行き着いてしまう恐れがある相手だった。


「じ、なんですか?」

「そう、痔じゃよ! わしゃー、ルイちゃんの痔なんじゃー」

「なんですかその、転生したらおっぱいでした、みたいなのは」

 しかも、言うに事欠いて痔はどうなの、と三人の冷たい視線がじーちゃんに向かった。

 言葉の綾だとしても、ずいぶんとひどい話である。


「じょ、冗談じゃよう。そんなことあるわけないしの」

「じゃあ、どういうご関係で?」

「じ……じいではなくて。そう! 自称ルイちゃんの師匠じゃ!」

 ほれっ、とカメラを見せつけながらじーちゃんはドヤ顔をしはじめた。

 ずんと胸元にあるのは、もちろんプロでも使える高級機というやつだ。

 まあ、興明さんの息子であるなら、ある程度見慣れているとは思うけれど、だからこそカメラの質というものはわかるだろう。


 にしても、ここ数日いろいろ教わってはいるけれど、師匠はどうなのかなとは思う。

 というか、自称っていうなら、もうなんでもいいような気がしてしまう。自称祖父ですはさすがに危険だとは思うけど。


「まるで孫娘をかわいがるご隠居って感じですが……まあ、それはいいです。それより、二人のデート風景なんて、本社記者が出くわしたとか書けば、きっとネットニュースの閲覧数がやばいことになるんだけど!」

 どうかな! ほらっ! 同性愛に対して悪く書くつもりはないから! と、安田さんは詰め寄ってきた。

 はぁ。あの頃はあんまりやる気が無かったというのに、どうしてこの人はこんなにポジティブになってしまったのだろうか。


 木村のクマさん制作者インタビューの時になにか思うところでもあったのだろうか。

 いちおう、アレって、反響もあったみたいだし、それで記事を書くのもいいとか思ったんだろうか。

 でも、今のルイにそういう考察をしている余裕は、ない。 


 唐突なちん入者のせいで、正直、崎ちゃんのお顔はひどいものになっているのだった。

 この馴れ馴れしく話しかけてくるやつはなんだ、というのももちろん、「あんた、こいつとどういう関係よ?」というのもきっとあるのだろう。

 やばい。崎ちゃんの目がそうとう据わっていて怖い。


 でも、この状況をどうやって乗り切ればいいのだろうか。

 取材を受けるというのはもちろん、なしである。

 素人さんが自分のSNSにあげるというのならば、それはそれでまあ、仕方ないとは思う。

 でも、雑誌は絶対にダメなのだった。


 なぜって。一社を許せば、銀香町にマスコミがまた殺到してしまうからだ。

 条例まで作って、徹底抗戦! といってくれているのに、その本人が気楽に取材に応じてしまうのはよくないだろう。


「取材はお断りだと、先ほども伝えたと思いますが?」

「俺とルイちゃんの仲だろう? 両親まで紹介され……ぐぶっ」

 理知的に話をしようと思っていたのだけれど、話の途中で崎ちゃんの肘打ちが思い切り安田さんの脇腹当たりを襲った。

 マスコミに暴力を振るうと下手すると大炎上してしまうのだけど、崎ちゃんは、ふんっ、と不機嫌な顔をするばかりだ。


 はいはい、わかっておりますよ。

 デートに余計なノイズをいれるなよ、ということくらいは。

 もともと、じーちゃんを連れてくる段階で、お詫びとしての月一デートは、従来の機能を発揮はしていない。

 まあ、こちらとしては「お試しで付き合ってみるくらいしなさいよ!」って言われただけで、相思相愛のベタ甘デートをする必要はないのだけれど。


 でも、ここまで、部外者が入ってきてしまうデートというのも、誠実ではないのだろう。

 もちろん、撮影枚数を100枚程度に抑えられてしまったこちらの身としては、デート中だって撮って良いじゃん! と大いに主張したいところなのだけれど。


 さて、そんなこんなで、取材攻勢の安田さんにルイたちは困ってしまったわけなのだけど。

 なぜか顔を曇らせているこちらに、じーちゃんは、安心させるように、ぽふぽふと頭を軽くなでたのだった。


「ふむ。お主、興明の息子とかいいよったな。なら、わしを興明の元までつれていくのじゃ」

 これ、年配者の命令じゃからね、とじーちゃんはいきなり無茶を言い出した。

 じーちゃんならではの、空気読まないアプローチである。


「ちょ、いきなりなんてことを言い出すんですか? ってか、ルイちゃんの師匠ならむしろ、うちの父に会うより町の撮影とかを」

「自称じゃ、自称。ルイちゃんのちゃんとした師匠は、あいなちゃんじゃろーが」

 あぁ、あいなちゃんも日に日に大人の色香がでてきて、いいのう、とじーちゃんが頬を緩ませているので、脇腹に一発ひじをお見舞いした。いちおう歳は考えて手加減はしたけれど。


「おぶぅ。ルイちゃんの攻撃はクリティカルじゃのう。むぅ、わしとしては初めて顔を赤らめながらうちに訪問したときのあいなちゃんの姿が忘れられないだけじゃわい」

 それこそいまのルイちゃんくらいで、コロの元についたばっかりな時に挨拶にきて、あわわといろいろ物珍しそうじゃった、とじーちゃんは珍しいあいなさんの昔のエピソードに触れてくれた。

 

 うん。正直、ルイから見て、あいなさんというのは、先輩であり道しるべみたいなところがある人だ。

 その人が自分と同い年の時に何をやっていたのか、というのは結構気になる。

 どうすればあと三年で個展が開けるようになるのか、なんて、今のルイには見当もつかないのだから。


「それで、興明はどこにすんどるんじゃ? まさかこの町に居る! なんてけしからん事はないんじゃよね?」

 うん? どうなんじゃ? とじーちゃんにすごまれても、安田さんはなにいってんのこのじーさんという感じだ。

 いやまあ、誰しもそう思うかもしれないけれど。


「電車は乗らなきゃですけど、興明さんちはそんなに遠くないですよ」

 それこそ数駅です、というと、じーちゃんは、なんじゃと!? とオーバーアクションで驚いてくれた。

 いや。そこ、そんなに派手に驚くことじゃないと思うのだけど。


「くそう、興明のやつ……まさかこの町のそばに住んでいたとは……」

 都会にでるとはいうとったが、とじーちゃんはやたらと悔しそうだった。

 こっちで活躍しているというのは確かに思うところはあるのかもしれないけど。


「ルイちゃんのそばで暮らしているだなんて、けしからん」

 ぐむぅ、とうめくじーちゃんに、うわぁーとルイは白目になりかけていた。

 ええと、そっち? そっちでその反応だったの?


「こりゃ文句の一つでもいいたくなってきたわい。でも平日の昼間にあやつが居るかどうか」

 そこらへんが謎かのう、とじーちゃんは腕組みをした。

 いちおうあちらはまだ定年を迎えていない身だ。そりゃフリーで働いていればカメラマンに定年などはないけれど、年金をもらえる歳かどうかというのもある。

 小梅田名義でまだ十分仕事をしているわけで、今日家にいるかと言われれば、難しいところなのかもしれなかった。


「それなら、今日は家に居るはずだと思いますよ。朝から仕事ない日は飲んだくれてるので」

「ほほぅ。なら、その宴会に参加するしかないかのう」

「ちょ、さっきから聞いてればなんなんですか。まさか親父の知り合いなんですか?」

 安田さんが今更な質問をじーちゃんにぶつけた。

 自称お師匠さまは、あきらかに興明さんを知っている口ぶりなのだから、気にならないわけもない。


「そうじゃよ? 同郷とでもいえばいいかの。わしからすれば、やっかいな若造じゃったのよ」

「親父が若造……」

「そんなわけで、久しぶりに旧交でも温めようと思ったわけじゃよ」

 ほれ、この町での二人への取材は禁止事項じゃから、さっさとわしを興明のところまで連れて行っておくれ、とじーちゃんは安田さんの背中を押した。

 さっさと行こうと、こちらから引き離してくれる形だ。


「そんなわけで、わしは興明のところに行ってくるでの。わしの目がなくても、変なことしちゃだめじゃぞ?」

 それと、ルイちゃんは別の日にわしと撮影に付き合うように、と言ってじーちゃんは駅の方へと向かっていった。

 なんにせよ、取材攻勢からは逃れられたといって良いのだろう。


「変なこと……少しくらいはあってもいいと思うのだけど」

「え? なに?」

 ぼそっと崎ちゃんが何かをつぶやいていたのだけど、聞き返したら、知らないっ、とそっぽを向かれてしまった。

 むぅ。


「ま、貴い犠牲はあったけど、とりあえず撮影を続けよっか?」

 まだまだお昼ご飯まで時間あるし、とカメラを大銀杏に向ける。

 うん。せっかくじーちゃんが面倒ごとを引き受けてくれたのである。

 こちらは、大いに、楽しまなければもったいないと、ルイは思ったのだった。

というわけで、銀香の各所にゆかりの人を出していって居ますが、今回はこの人!

首つりしようとしていた彼でした!

いやぁ、弱小雑誌社までは、町の抗議の声は届かなかった、的な感じですね。


そして、じーちゃん退場フラグというわけで。

次話は二人っきりになって、さぁ、崎ちゃんは不憫の二つ名をなんとかすることができるのでしょうか!


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