559.銀香町での初デート・じーちゃんを添えて2
銀香といったら、ここ! ということで。
「おばちゃーん! カレーコロッケと野菜コロッケくださいな」
「あぁ、ルイちゃんいらっしゃ……」
「それと、一枚写真もいただくのじゃー!」
「ええと。こんなおばちゃんの写真を撮っても……あの、こちらは?」
さて、コロッケ屋びおばちゃんのところにさっそく遊びにきたわけなのだけど、さすがに変装していてもおばちゃんには一発でばれた。
当然と言えば当然なのだけれど、そこはまあ、なんだ。おめかししてるのね、くらいな受け取り方だった。
でも、さすがにじーちゃんのほうには反応ができなかったようで、目を白黒させている。
ここら辺のくだりは、お正月の時にじーちゃんに話してあったから、それを再現してみせた、ということなのだろうけど。
娘より年下の子がやるのと、じーちゃんがやるのとでは、はっきりいって受け取り方は段違いだ。
「うちの祖父です。ちょっと久しぶりにこっちに出てきてて」
思い切り巻き込まれてまして、と思い切り視線をそらすと、そうかー、お祖父さまかー、となぜか納得したような顔をされた。
ええと、なんで? じーちゃんほどアレじゃない自覚はあるんだけれどな。
「そして、そちらは彼氏……ではなくて珠理奈ちゃんかい。コロッケ食べるかい?」
「あ、いただきます。プレーンのがいいな」
少し後ろで控えていた崎ちゃんの存在も把握しておばちゃんは声をかけていた。
まあ、そんな格好をしてても十分華奢で可愛いわけで。女の子なのは一目でわかっちゃうよね。
さくらだったら、そんな変装をする必要性もなし、となれば、まあ自ずと誰なのかというのには行き着く。
変装をしていたって、銀香の人間ならある程度誰だってわかってしまうことだろう。
それに関しては、最初から「ばれるよね? 変装の意味なくない?」と言っておいたのだけど、銀香だからこそ、ある程度なんでも受け入れてくれるんじゃない? という崎ちゃんの言葉で最初はこの提案を受け入れたのだけど。
まあ、その後エレナさんちにウィッグとかを借りにいったら、デートするんだって? とかにぱにぱ言われてしまったので、崎ちゃんの変装に関してもエレナの趣味なんだろうなぁ、なんて思ったものだ。当然、極度に女子っぽくしまくったルイを見たいんだろうな、というのもあったに違いない。
とはいえ、そんなおめかしも、この町の人の前では許容値である。
おばちゃんは手早くコロッケを用意してくれると、はいよ、と差し出してきた。
「はいよ。ええと、お会計は?」
「ああ、あたし払いますよ。この前の事件の迷惑料の一部ということで」
接待する側なのです、と言うと、そういうものなのかい? とおばちゃんは不思議そうな顔をした。
ちなみに、カレーコロッケはじーちゃん行きである。
紙ナプキンで挟んで渡すと、じーちゃんは撮影をいったん取りやめて、おぅ、うまいのう、と言いながらコロッケを食べていた。
「あ、おいしい……ほっこりする」
コロッケおいしー、と素直に喜ぶ姿を一枚。
少年風にしてるけど、こうやって見るとやっぱりかわいさの方が際立つなと思う。
服装のギャップとでもいうのだろうか。
甘味に塩をひとつまみ入れるみたいな感じなのかもしれない。
「そして、こちらは野菜コロッケ、というわけで。あぁ、相変わらず美味しいですね」
うん、満足です、とおばちゃんに言うと、その脇でカシャリカシャリとシャッターの音が鳴った。
じーちゃんはコロッケを食べ終えた様で、思い切りこちらの写真を撮っていた。
うう、こちらは枚数制限あるのに、じーちゃんだけ連写とかずるい……
「なんか、あんたがそんなに悔しそうな顔してるの、珍しいわね」
「そりゃそうだよ! こっちは撮影封印されててわきでがんがん撮られたら、こうもなるってば」
もう、じーちゃん上手いのわかってるけど、悔しい、というと、じーちゃんは、ほっほとだけ笑った。
いや、それ、追い打ちだからね?
「そうはいっても、隠し持ってるSDカードに差し替えたら、怒るから」
「また、そういう母様みたいなことを……」
「え?」
あれ。なんだろう。崎ちゃんが母様という単語にちょっと驚いた顔を浮かべた。
いや、まあ、うん。
母様が怒るのは、バッグの中から女物の下着が出てきたりしたときで、カメラの事ではそこまで言われたことはないのだけど。
うん。ちょっと似たのりだなと思って。
「ああ、別に母様は撮影に関してはとやかく言ってくることはないよ? 特にじーちゃんに撮影の事が伝わってからは、仕事にできるくらいに……あんたがなりなさいっていうわけさ」
「ああ、あんたが、か」
すごく納得した、と崎ちゃんはコロッケを食べ終えた紙ナプキンをくしゃりと潰した。
その一言で伝わるというのは、さすがは崎ちゃんである。
「ちなみに、ルイちゃんは家族構成とかって、あたしにいっちまっていいのかい?」
きっと、うちの町に来てるルイちゃんのファンは、そちらのお祖父さまのこととか、詳しく知りたいと思うんだけど、とおばちゃんは心配そうな顔を浮かべてくれていた。
いろいろお騒がせなルイさんのことだ、今までシークレットにしていた部分がかなりあるから、ここで、じーちゃんって言ってしまって良いの? という疑問なのだろう。
「うちの祖父は遠方に住んでますし、名乗ってませんからね。そこら辺にいる写真大好きじーちゃんって思ってもらえば、きっと真実に行き着くこともないと思いますし」
だいじょうぶです! とにこやかに言って上げると、そうか、たしかにお祖父さまと一緒に正体不明なら問題なしか、と納得してくれた。
もちろん、名前を聞くつもりは全くないらしい。
娘さんのほうからちょっとはなにか情報が漏れるかなとも思わないでもないのだけど、そこらへんはしっかりと線引きをしているようだ。
「ふふ。うちの娘と楽しく交流してくれて、この町を好きで居てくれるなら、なんだっていいさね。ま、あまり町が騒がしくなるのは勘弁して欲しいところだけど」
「それに関しては……ええと、話によると今は記者の出入りとかってあんまりないって話を聞いてこっちに来てみたんですけど」
「ああ、千紗情報かな。ほら、毎回毎回、騒ぎになるだろう? なもんで、町内会長からマスコミ各社に陳情をしたのさ」
「陳情?」
あれ。そんな話はきいたことはないのだけれども。
さて。実際、五月のあの記者会見以降、銀香にも記者はそれなりに来たのだそうだ。
ルイと珠理奈のデートシーンを撮りたい、押さえたい、みたいな感じで。
でも、それは最初の二週間程度のことだったそうで。
あまりの報道陣、記者の多さに、大きめな新聞社なりに抗議をすると共に、町議会で条例つくるぞ、おらぁ、という陳情をしたのだそうだ。
町議会の人達の署名入りだったものだから、マスコミの人達もさーっと手を引いたのだそうだ。
ま、同時期にあった別のスキャンダルのほうに食指が向かったから、というのが崎ちゃんの言い分ではあるのだけれど。
マスコミのしつこさは、条例を越える、というのは芸能界でやっていってる彼女の言葉である。
「ええと、念のために聞きますけど、その条例ってなんですか?」
「ルイちゃん保護法案」
「ぶっ……」
「保護……保護ときたか……」
なんつー条例をつくろうとしているのか、とルイは思い切り吹き出していた。
だって、個人を守るために条例をつくるだなんて、前代未聞じゃないだろうか。
「いや、実際この町はルイちゃんの活躍で、むほーっと外からお客が来まくって、困っておったんじゃろ? それなら町の問題じゃよ。個人がどうのではなく、町を巻き込むとはさすが、わしの孫じゃの」
ちなみに、うちの町は巫女様保護条例くらい作ってもいいかもしれんのう、とじーちゃんは一人納得顔だ。
そ、そりゃね。そっちは文化的な側面があるから、「巫女さん」っていう職業を保護するっていう意味合いではいいんだろうけど。
ルイさん保護条例はさすがにちょっと、ないわー、と思う。
「町が騒がしくなるから、ってのはもちろんあるんだけどね。あんまり騒がしいと肝心のあんたが、こっちに来てくれなくなるだろう? おばちゃん、そうやってコロッケはむついてるルイちゃんを見るのは大好きだし。それがなくなるのは寂しいんだよ」
そりゃ、ルイちゃんからしたら、撮る場所はいっぱいあるんだろうけどさ、と恥ずかしげもなくおばちゃんは言った。
さすがに歳を重ねているどっしりとした、いい言葉である。
「銀香に来なくなるってことはしばらく無いと思いますよ。ここに来るとなんというか初心を思い出すというか、そもそもあの銀杏の木を撮るのも楽しいし、なにより安心しますから」
同じ場所でもいろいろな顔を見せてくれるのが良いですよね、というと、あぁとおばちゃんは嬉しそうに頬を緩めた。
「前に泊ったときは雪の時だったねぇ。あのときは千紗といろいろ撮って回っていたようだけど」
「泊まっ……た?」
え? と崎ちゃんが目を丸くして、おばちゃんのその言葉に食いついた。
なにやってんだ、こんちくしょうという感じである。
「ああ、別にうちの子に関してはライバルになるとかは気にしないでいいんじゃない? そりゃルイちゃんが同性愛者だーってのは驚いたけど、さすがにうちのに手をだすとかはねぇ」
あのときも、普通に友達って感じの雰囲気だったけど、とおばちゃんは雪のあの日の事を思い出しているようだった。
「もちろんうちに嫁に来てくれるなら、いうことはないけど」
さすがにここには収まりきらないだろう、とおばちゃんは愉快そうに笑っていた。
うん。
たしかに千紗さんとお付き合いってことはちょっと考えにくいかと思います。
いくら、同性愛者だからって、どんな女性でもいいってことはないのです。
ま、そもそも、それじゃないわけなのですが。
「るぅいー? ちょっと、詳しくお話を聞かせてくれないかしら?」
「ちょ、こわ、こわいってばっ、崎ちゃん!」
にこりと張り付いた笑みを浮かべながら、崎ちゃんはルイの肩をがしりとつかんだ。結構な力持ちさんである。
「あんたったら、ほいほい女の子にばっかりついていって……まったくもう」
「じゃあ、ほいほい、男についていけって? それならそれでダメっていうくせに」
人の撮影をするなら絶対、人との関わりは必要だもん、というと、崎ちゃんの手に込められる力が少し弱まった。
「で、でも、あんた、自然の写真の方が好きって言ってるじゃない?」
「それはそうだけど、圧倒的に人の撮影の方がお金になるんだもん。自然風景だけでなんとかなるカメラマンなんてほっとんど居ないってば」
それに人を撮るのも好きだし、というと、崎ちゃんは、そりゃそうだけど、と少し悔しそうな顔をした。
「おっほー、痴話げんかってやつかのう。いいのう、いいのう」
「ちょ、じーちゃん、茶化さないで!」
二人で話しているところで、じーちゃんから思い切りはやし立てる声と、カシャカシャカメラの音が聞こえた。
慌ててるような顔をしたルイと、恥ずかしそうにしてる崎ちゃんの絵でもできてるのだろう。
「まったく。おばちゃんに変なところ見られるのやだから、別の場所に行こうかと思います!」
「おや。次はどこにいくんだい?」
「とりあえず、大銀杏さまにご挨拶です」
風景巡りしつつ、今日は珍しく町中でご飯です、というとおばちゃんは、おぉー、と声を上げた。
「いつもはお弁当派のルイちゃんが珍しいねぇ」
「三人前はさすがに荷物的に重いですから」
二人ならもちろん手料理でよかったのだけど、じーちゃんが来るということもあって、外食することに本日は決めているのだった。
久しぶりにカツ丼食べたいなという思いもあったので。
「まさかの外食とは……あんたなら絶対お弁当だと思ってたけど」
「ん? お弁当の方がよかったかな? ご飯はともかく飲み物がどうしてもかさばってね」
もちろん、じーちゃんに自分の分は持ってもらうという選択肢もあったのだけど。
せっかくだから、この町の名産なども触れてもらおうと思ったのだ。
「べ、別にどっちでもいいわよ。でも、お花見の時のご飯は美味しかったなって」
「なんじゃ。珠理ちゃんはうちの孫の味の虜なのかの?」
ま、ご飯は美味しいからのう、となぜかじーちゃんがドヤ顔である。
「ほらほら、馬鹿な話してないで、次の場所いきますよ、次」
ほら! そうじゃないと、じーちゃんと崎ちゃんのツーショットとか撮っちゃいますよ! と言うと、わしゃ撮られるのはちょっとなぁと、じーちゃんはいそいそと動き出した。
そして崎ちゃんはというと、ごちそうさまです、と手を振りながらおばちゃんの店から動き出したのだった。
さぁ、もっと銀香の良いところをお見せしようではないですか。
まずはおばちゃんのところからですね!
コロッケほくほく食べてる美少女達は絵になるだろうなぁと思いつつ。
じーちゃんが良い感じに、カメラ使いまくるのがルイちゃんのストレスのものとのようです。
さて、今回は珍しくお弁当なしですが、まあ、そこは。
あの店に連れて行きたいからなのであります。




