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558.銀香町での初デート・じーちゃんを添えて1

すっかり更新遅くなってしまいました。

さぁ、とりあえずデート回となりました。不憫の二つ名は果たしてどうなるのかっ!

「よっし、やっぱこんな感じなのかな」

 あたしは大きな姿見の前で全身の姿をチェックしながら、変装用のキャップをぐっとつかんで見せた。

 今日は馨とのデートの日。


 予定時間の三時間前に起きて、しっかり朝ご飯を食べて、肌のケアから衣類のチェックまでばっちりだ。


「そういう格好を見ると、以前のドラマを思い出すけど」

 それでも可愛いってのは、変装になるのやら、といってくるのは、専属でメイクをしてくれてるあやめさんだ。

 馨の性別の件を知っている人だし、ちょっと今日はガチで初デートでもあるので、いろいろチェックをしてもらいに、朝にこちらに来てもらったのだ。


 もちろん、ギャラは払ってる。あやめさんは、別にこれくらいならって言ってくれたけど、プロの仕事をしてもらうなら、きちんとお金は払うというのがあたしのポリシーだ。

 幸いなことに、手元にはそれなりにお金はある。

 数年、ドラマや歌手やらをやって溜まっていたお金は、実はそんなに使い道はない。

 仕事が忙しすぎてあまり使う余裕というのがなかった。


 お金の話をすると、馨は絶対にうらやましそうな、うらめしそうな顔をするからその話題は出したことは無いけれど、売れっ子芸能人といえるくらいには、稼ぎはあるのだ。

 ま、上には上がいるし、億り人な社長を狙っている子たちもいるけれど、そこは価値観の違いというものだろうと思う。実際、モデルや芸能人はバリバリ仕事をしてる四十過ぎのおじさまとくっつくなんていうニュースはいくらでもあるしね。


 そりゃ、仕事ができる男っていうのは、いいと思う。

 金銭的に裕福、というのはもちろん魅力だろうけど、そこに至る貪欲さだったり、見識の高さだったり。

 たんにお金ってことではないものってのはあるんだと思う。

 そこに魅力を感じるというのは、わからないではない。特に二十歳を過ぎてある程度周りが見えるようになってからは、特にそう思う。

 思うけれども……ま、あたしが好きになった相手というのは、ちょっとアレだったわけで。


「しかし、そこまで身を切ってまで木戸くんと付き合おうとするとか、珠理ちゃんもけなげだよねぇ」

 もーあれから何年が経ったんだろうと、あやめさんがからかってくる。

 あれ、とはもちろん、あたしが高校の文化祭に連れて行った時のことだ。

 あたしが、馨とルイを同一人物だと知った日。


 あの日は本当に、大混乱だった。

 裏切られたと思って、しょんぼりして。

 それで、その後に、そうではない、とネタばらしをされた。

 なに、あの壊れクオリティは。あんなん出したらテレビではクレームものに決まってる。


 さて、『ルイ』が実は男だというのを、嗅ぎつけられる人はいるのだろうか。

 はいはい。世間的には同性愛者カップル誕生か! とか言われていますよ、まったくもう。


流出事件(あのとき)はがむしゃらだったってのはありますけど、今となっては状況を上手く使うしかないかなって」

 ほら、わかるでしょう? というと、あやめさんは、あー、と苦笑を浮かべた。

「国民的美少女を前にして、まったく動じないメンタルとか、男の子としてはどうなんだろうとは思うけど」

 ほんと、あれくらいの歳の子なら、がっついてるものなんだけどなぁ、と彼女は肩をすくめた。

 うん。それはあたしも思う。

 でも。


「脈がないではないと思うの。被写体になって上げるといえば、きっとほいほいついてくるだろうし、距離はどんどん詰めていけばいいだけだし」

 まあ同性愛者だって思われるというのが、すっごくもやもやするけど、というと、ああ、とあやめさんは首を傾げながら言った。


「ええと、一応木戸くんって男の子ってことでいいの?」

「本人曰く、おネエでもないし、自分が女子だっていう認識はないってさ」

 それで、あのクオリティなのだから、やってられないけど、とあたしも肩をすくめておく。


 ルイとして一緒にいると、どうしても女友達と一緒にいるような錯覚を覚えることが多々ある。

 それはそれで、女友達があまりできにくい身としてはありがたいことではあるのだけど。

 それでも、友情と愛情のどっちをとる!? と言われたらやっぱり馨とデートしたいなっていう気持ちの方が強い。


「そしてその格好が、状況打開のための手段ってわけなのね」

「エレナの入れ知恵ってのではあるんだけどね。あの子も壊れ性能で振り切れてるから、普通じゃ考えつかないことをぽんぽん言ってくれちゃって」

 さて。先ほど確認したあたしの本日の装いは、なにも変装用のキャップを被っているだけではない。

 全体的にボーイッシュよりの服装にまとめているのである。

 普段スカート姿の方が多いけれど、今日はばっちりとパンツスタイルだ。まあ、男装ではないのだけれど。


「ウィッグまでショートのを準備だものね。まあ珠理ちゃんったら頭ちっちゃいから、ショートでも可愛いんだけど」

 それを言えば木戸くんもショートでも可愛いけど、とあやめさんはひどい事を言い始めた。

 うぅ。事実だけれども。馨は華奢で可愛いけれども。


「二人の関係性を男女のそれにしよう作戦、か。ルイちゃんの方を変えられないなら、珠理ちゃんが変わるしかない、っていうのは、うーん。ちょっと上手く行くのはよくわからないけど」

「もともと一回で上手く行くとか思ってないですし。それに最終的には普通の同性愛カップルっていう枠組みから外に出たいわけで」

 デートするときに、交互にコロコロ性別変えてたら、ああそういうプレイなのね、みたいに世間に思われないかな、という作戦です、というと、無茶ぶりするわね、とあやめさんには言われた。


 うぅ。あたしだって最初にその計画を聞いたときは、はぁ? と変な声を上げたものだ。

 でも、いろいろとエレナに言われて説得されてしまった、というわけで。

 あの子曰く、黒縁眼鏡モブっこなかおたんとデートは絶対無理だったら、さぁどんな手段があるかな? ということなのだった。


 たしかに、ゼフィロスで仕事を持っているルイにしてみたら、性別がばれることは絶対に避けなければならない事だ。

 少なくともあたしが付き合ってる相手は、ルイでなければならないってわけ。

 だったら、どうするのか。

 『まるで少年のように仮装したルイ』ならば、一緒に歩いていても問題ないのでは無いか。

 それこそ男装しているルイを演じる馨という形になるだろうか。ややこしい。

 

 その前段階として、まずはあたしが男の子っぽい格好をするわけだ。

 コロコロとどっちもそれぞれがやってれば、いつかルイが男装してても、「ああ、またか」と思われるようになるだろう。


「月一回のデートで果たしてそれを繰り返していつ大丈夫になるのかは未知数みたいだけど」

「とりあえず今、やれることを、ってなくらい。ま、あたし自身はこういう格好も嫌いではないから、たまには楽しもうって感じではあるけど」

 ま、そんな風に考えてないとやってられないわ、とあたしは肩をすくめた。

 なんにせよ、デートである。

 ちょっと変な形になってしまったけれど、楽しまなければもったいない日なのだ。

  


「うわぁ……」

「絶対そういう反応だろうと思ったもん……」

 待ち合わせ場所の銀香の駅の前で、思い切り崎ちゃんはこちらの格好を見て、目を丸くしていた。

 あーあ、といった声が今にも漏れ聞こえてきそうなほどだ。


 さて、実を言えば馨がきちんと、お正月の時の告白の返事をしたか、といわれたら。

 ごめんなさい、していませんでした。

 理由はいろいろあるけど、事件に巻き込まれすぎていたから、というのと撮影の方に気を取られたからというのが一番だ。

 木戸くんに男らしさがないからです、というのはまさにその通りなのだけれども。

 

 悩んでたらワンシーズンが過ぎて、そしてあのHAOTO事件が起きて、正直、崎ちゃんの告白の件は頭の中から飛んでいた。

 その件に関しては崎ちゃんにもしっかり謝ったし、あちらはあちらで、大げさにため息をついて「あんたはそういうやつよね」と、盛大にへたり込んだものだった。


 そして、そのときに提案されたというか、強制されたのが月一回のデートなのだった。

 もちろんあの記者会見があるから、デート相手はルイとして、だ。


 それでいいのかな、と思いはしたのだけど、しかたないじゃない、と崎ちゃんにぷぃっとそっぽを向かれてはどうしようもない。


「それに、女の子っぽい感じで、ってのは最初に話してたでしょ? そっちがボーイッシュにするんなら変装の意味も兼ねてってさ」

 別におかしくはないと思うけど? と待ち合わせ場所の銀香町の駅前で、自分の姿をガラスに映して確認する。


 うん。なんというか感じとしては偽装の婚約者として海斗の相手をしたときの雰囲気に似た感じだろうか。

 普段は動きやすさとかわいさを両立させるような感じなんだけど、今日は女の子っぽさのほうに力を入れている。

 そして珍しいことにロングスカート姿である。ふんわりしたスタイルはちょっと大人っぽい綺麗さというのも出してくれていると思う。まあレースも多めなので可愛い乙女路線ではあるのだけど。


「そりゃ言ったわよ。でもロングウィッグまで用意する? まあエレナの差し金なのはわかるけど」

 あの子ならウィッグもいっぱい持ってるだろうし、と崎ちゃんが言うように、たしかに今回のウィッグは借り物だ。

 普段使っているものよりもだいぶ長いウィッグはそれこそ腰に届くくらいの長さがある。

 そして、それを編み込んでみたりと、乙女っけたっぷりな装いに拍車をかけているのである。


「むぅ。でも変装としてはばっちりだと思うけど? カメラ持ってる時点でこの町だとあたしの存在はあっさりはっきりばれるけれど」

「それがわかっていて、カメラを持たない選択肢にいけないあんたにちょっとがっかりだわ」

 まー、仕方ないことだと思ってるけど、と崎ちゃんはがっくりと肩を落とした。

 うん。で、でもいちおう今回のデートは崎ちゃんの接待をすると決めてはいるから、いつもよりはカメラは控えるつもりではいる。

 さすがに、そっちに熱中しすぎて、同行者がおざなりになるのはよくないしね。


「まあまあ、今日はカメラ担当は別にいるから、あたしは今日は控えめにしますよ。ちゃんとSDカードだって渡されたのもってきたし」

 あれじゃ百枚も撮れないよ……と泣き言を言いつつ、ちらりと背後に視線を向ける。

 もちろん少し離れたところでカメラをこちらに向けているじーちゃん(へんしつしゃ)のご紹介をするためだ。

 ごついデジタル一眼を構えたじーちゃんは、先ほどからカシャカシャ五月蠅いほどに、シャッターを切りまくっていた。

 おおい、アナログの良さがどうのと言ってたのに、ばんばん撮りまくりってどうなんですか。


「ええと、あちらの方が……お祖父さま?」

「初めましてじゃの。わしがルイちゃんのじーさまである、木戸御影じゃ」

「あ、えと。はい。初めまして」

 どもです、と崎ちゃんはちょっと目を見開きながら、それでも芸能人の本能なのかきちんと挨拶をした。

 まあ、いきなり撮影されまくったりしたら驚いてしまうよね。


「ええと、お祖父さまも写真をおやりになるんですね」

「そうじゃの。これでもわし、そこそこなカメラマンなんじゃよ? いちおう今日撮ったもんはどこにも流出させたりせんから」

 老い先短いじじいの願いを聞いてはくれんかの、と言われて、崎ちゃんはちょっと悩み込んでいるようだった。

 春先に動画の流出を経験したばかりなのもあって、果たして撮られていいのか、とでも思っているのかもしれない。


「後でどんな写真を撮ったのかきちんとチェックさせてもらえればOKです」

 でも、その代わり、良いのが撮れたらいただきますよ、とにやりと挑発的な笑顔を浮かべた。

 それこそ、今までに撮られたことがない顔でも撮って見ろと言わんばかりの顔だった。


 うん。なんだかんだで、崎ちゃんのそういう強気なところは嫌いじゃない。

 さて。じーちゃんはとりあえず撮影係メインになってもらうことにして、今日は銀香のおすすめポイントを久しぶりに案内してあげようかなと思ったルイなのだった。

不憫の二つ名……いや、すでにタイトルで「じーちゃん来てる」あたりで不憫だよね、と思ったのは作者だけではないはずだ!

そして、好きになった相手がめっちゃ美少女然としてるという……安定の不憫っぷりですね。


さて、銀香というとなにげに、「崎ちゃんとルイが初めて出会った場所」でもあり、「撮影が行われた場所」でもあったりするので、住民のみなさんは割と崎ちゃんの方にも愛着があったりなかったり。

そこらへんがどうデートに関わってくるのかは次話あたりですね。

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