556.じーちゃんが木戸家に来訪するようです3
さてさて、前話にて「ルイちゃんにお世話されたい」とか言い始めたじーちゃんに、木戸くんはどう対応するのかといいますと……というわけで。スタートです。
「ええと、いちおう両親の目が怖いので言っておきますが、じーちゃん。それはちょっと母さんとの契約違反になっちゃうので」
ちょっと無理、というと、じーちゃんは、なんじゃとー! と身を乗り出してきた。
おおぅ、つばとか飛できちゃって見事な興奮っぷりだ。
二つ返事でOKというとでも思っていたのかもしれない。
「それにね、じーちゃん。俺が女装してるのはあくまでも撮影のためなの。カメラのためなの。家じゃ撮影しない……わけでもないけど、原則家に居るときは女装はしないよ」
友達を呼んで女子会やったときはアレだったけど、というとじーちゃんは体をぷるぷる震わせた。
まあじーちゃん、あそこまでルイさん大好きだしね。そりゃ家に一緒にいるときに会いたいって気持ちはわかるけど。
無理なもんは無理なのですよ。
ほ、ほんとにほんとだよ? うちに居るときは女装はあんまりしてないからね? エレナにもっと家でも可愛い格好しようよってチャット越しに言われる位なんだから。
「ぬぬぬ。なんということじゃああ……わしらの町じゃ男の娘信仰すらあるというのに、この町では女装することさえ許されはしないのか……」
なんという町じゃ! とじーちゃんは大変なショックを受けたようだった。
「って、お義父さん! 女装した子が神格化されてるのは、あの町が特殊なだけで、それが一般的ってわけじゃないですからね」
「でも聖地巡礼ということで、観光に来る若者もたくさんじゃぞ。しかもルイちゃんの最初のカメラと同じモデルを持った若者がたくさん」
「あー、まあ入門機ですしね。手に入れやすいから……」
「絶対、ルイちゃんの写真を見てあれだけ集まったんじゃよ! そりゃルイちゃんが実は馨じゃーってのは誰もしらんじゃろうけど、それでも少なくとも、男の娘が気になって仕方なくてあの神社にくるんじゃぞ? 男の娘は別におかしいことじゃないわい」
ふん、とじーちゃんは拗ねてぷいっとそっぽを向いてしまった。
がっちり腕を組みながらだ。
うーん。ここまで言われてしまうと、ちょっとやって上げたくなってしまうのだけど。
「ダメだからね、馨」
「わかってますって」
ちらっと母さまの顔を見たら、普通になにも言ってないのに否定の言葉を向けられた。
いちおう、カメラを持って女装するのは黙認している両親ではあるけれど、家での女装には反対な母さまは健在である。
いっくら、服くらい好きなの着てもいいじゃん! といっても、あんたが女の子になるっていうなら許すけど、と頑固なのだ。
今時、もはやセクシャリティやらジェンダリティというものはカオスなのだから、家でやろうが良いとは思うんだけどね。特別それで誰に変だと言われるわけでもないのだし。
そして、そんな母さんの前で、じーちゃんはというと。
「ふむぅ。なんちゅーか、せっかくこっちまで出向いたのに、いきなりテンションがん落ちじゃのう。はぁー、もー、せっかくお前さんの勘当を解いたというのに、なかなか溝は埋まらんもんじゃのう」
じーちゃんは悲しい! と泣き真似までし始める始末だ。
でも、ううむ。そもそも結婚式の報酬がどうのってので女装しろって話なら、やって上げるしかないんじゃないかなぁとは思うのだけど。
ちなみに、ちらっと父さんのほうを見てみたけど、思い切り目をそらされた。自分は会話に入れませんアピールだ。
「お義父さんがどうしても、馨に女装させなきゃ写真撮らないっていうなら、それはそれで仕方ないです。他の人に今からでも頼みます」
「……そこまで徹底することかのう。別にルイちゃんがなにか悪い事をしたわけじゃなかろう? おまけにおまえさんったら家事の多くを馨にやらせてるんじゃし」
今更女装はダメじゃー、というのがわからんのう、とじーちゃんは首を傾げた。
じーちゃんの中ではどうやら、家事をやること=女性的という価値観が残っているらしい。
「家事に関しては今時男の子だってできるべきです。でも女装はできても仕方ないじゃないですか」
しかも、どっぷりだし……と、母さんはなぜか馨に恨めしそうな視線を向ける。
そもそも母様はルイの存在そのものをあまり快く思ってないところがある。
写真の腕は認めていても、存在自体を、どうしてこうなってしまっているのと受け止め切れていないのだ。
「立派な特技じゃぞ? ほれ、有名男性グループの、なんじゃったかな。HAOTOか。あれのメンバーも女装が隠し芸じゃー! ってお披露目しとったし」
「あれ、馨が仕込んだのよね……翅さんってこの子によくプレゼント送ってくるし」
「なんと。そこまでやっとったのか。それはすごいのう」
さすがじゃよー! とじーちゃんはぐいっと親指を上げて見せた。
とってもいい顔をしていらっしゃる。普通に一枚撮らせていただいた。
まあ、翅に関して言えば、こちらとしてはたいしたことはしていないはずなんだけどね。
「いちおう女装の基礎というか、エレナと二人でちょっといろいろやらかしたわけだけど……普通に好意を向けてくるのはあれが原因じゃないからね」
さすがにそれは無関係です、というと、まあでもそれくらい仲良しってことじゃよね、とじーちゃんは言った。
いや、仲良しもなにも、翅さんがちょっと物好きなだけだと思う。
コスプレ面白そうとかいって、会場にひょっこりくる芸能人なんてそうはいないだろうし。
「にしても、静香さんも強情なようじゃし、ふむ。これはどうしたもんじゃろうのう」
なにかいい落としどころでもあればいいんじゃが、とじーちゃんがなぜか馨に視線を向けてくる。
味方になってくれとでもいうような顔なのだけれど。
うーん。
選択権はこちらにはあまりないのです。
ここで下手に母さまの不興を買って、外出も制限がかかるなんていうのはやめて欲しいし。
家なんて、ほんとご飯食べて寝るくらいしかいないんだし、それが女装禁止ってくらいなら我慢はできるもん。
あ、写真の整理とかも家でやってるか。
でも、それは写真の方に没頭しちゃうから、服とかあんまり気にならないんだよね。
「なら……馨や。どうじゃろう? お小遣いあげるからルイちゃんやってくれんかの。三日間だけ」
「ちょっ、お義父さん!? なに援助交際みたいな真似しはじめてるんですかっ」
「だって、静香さんがダメっていっても馨さえ懐柔できればいいんじゃろう? それにじじいが孫に小遣いやるのはエンコーでもなんでもないわい」
ふん、と言い切るじーちゃんの言い分は……うーん、まぁ間違いじゃない? のかな。
ちらりと父の顔色を見てみたけど、やれやれ、もう好きにやってくださいよ、というような投げっぷりで一人、お茶をすすっていた。
下手に関わると、いろいろ言われると思っているのだろう。
「でも、お金を渡して孫を誘導するのは、援助交際と変わらないじゃないですかっ」
「ふむぅ。馨も二十歳過ぎたんじゃし、自分の意思を大切にしてやってもいいと思うんじゃがのう。それに誘導ではなく、お願いじゃよ。お願いするときは対価が必要じゃろ?」
趣味でやってるわけでもない、というなら報酬を支払うのが正しいじゃろう、ともっともらしくいうじーちゃんに、母さんは、呆れ半分、怒り半分といったところだった。
「うちの教育方針にけちをつけようっていうんですか?」
「いや、そんなことはないぞい。ただ三日くらいならわしの願いを叶えてくれてもと言ってるだけじゃ」
子育てと、孫を甘やかすのは別だしの、とじーちゃんは真面目な事を言った。
うん。ここらへんは実際、黒木家の子供達の子育てをやってたところもあるんだろうなぁ。
なにげに、あっちはおじさんが海外に行ってたし、孫をただかわいがるだけ、というようなこともできなかったのだろうし。しつけの結果、孫は女装レイヤーと腐女子になったのだけど、まあそこは気にしないと言うことで。
「三日が一週間になり、一年になる。ということがないとでも?」
「いや、別にそれくらい俺にも分別はあるってば。外では自由にしてるけど、家ではやらないってば」
撮影の時だけと言ってるのに、といっても、母さんは、ジト目を向けるだけだ。
木戸としては、本当に女装しないとつらいというようなのはない。
もちろん、可愛い格好をするのは楽しいけれどね!
寝具はゴージャスなネグリジェとか、ふわもこなルームウェアじゃないとやだとかいうことはないのである。
「しかし、残念じゃのう。ここにルイちゃんが居たのなら、あれやこれやと写真の事で語り合い、いろいろな技術を教えてもよいと思っていたというのに」
「なん……」
だと。
ぴくり。
「三日間などあっという間じゃろうなぁ。今までルイちゃんが撮った写真を見ながら、あれはこーだ、これはこーだと議論をぶつけ合ったり、庭をつかっての撮影講座なんてのもありじゃな。確か今晩は雨じゃぞ。明日の朝とか絶対、しっとり濡れた景色が撮れるじゃろうのう」
あぁ、いっぱい撮影生活をと思っておったのじゃが、ざーんねんじゃのう、とじーちゃんがにやりとしながらこちらの反応を待っていた。
なにそれ、ずるい。じーちゃんったら、ずるいー。
「母さま。残念ながら今回はおじいさまの方に理があるように思います」
「ちょっ、かおるー!?」
いきなり眼鏡を外して女声に切り替えた木戸に、母さまは思いきりひどい顔を浮かべた。
ちょっと美人で通ってるママさんが浮かべてはいけないようなやつだ。
「おっほー! やっぱり何度聞いても可愛い声だのう。さぁ! せっかくだから着替えてしまうといい」
ほれほれ、とノリノリなじーちゃんと、剣呑な雰囲気の母さまが向かい合っている。
そして、父さまは……あっ、この空気に耐えられなくて立ち上がった。どうやらトイレに行くらしい。
「馨は本当にそれでいいの?」
「いいって? 言っとくけど、じーちゃん写真家としてはすごいんだからね? あたしの憧れの人の先輩であり、職場の人達は敬意を込めてお年始の挨拶に来ちゃうレベルなんだからね?」
そんな人がいろいろ教えてくれるっていうなら、家で女装するくらいどうということないのです、というと、母さまは頭を抱え始めた。
「うぅ。そもそも家で女装するくらいってのがあべこべじゃないのよ……普通は外でするほうがハードル高いでしょうに」
「家でしないのは、必要性がないからってさっきいったじゃない。こうやって必要性ができちゃったんだから、仕方ないでしょ」
ほら、この前女子会やったときと同じ感じ! と身を乗り出していうと、母さまはぐぐぐと歯ぎしりをしてから、はぁとため息をついた。
「さて、それじゃあ、そろそろ着替えてくるんで」
「ああ、はいはい。もう良いですよ。でも馨。そこまでいうならお義父さんのお世話しっかりするのよ?」
それと、お義父さんは羽目を外しすぎないこと、と母さまはしっかり釘をさした。
たしかにじーちゃんったら、ルイを前にするとテンションが上がりすぎて血圧も上がりそうだしね。
「わかりました。家に居られるときはお世話をするので」
「なんなら、明後日のデートにつれてけばいいじゃないの」
もう、知らないもの、と母さまはすっかり拗ねてしまわれた。
「明後日? どういうことかの?」
「この子が崎山珠理奈さんとトラブルを起こしたのはお義父さんならご存じですよね? それでデートをするんだそうです。女同士で」
「ほぅ。報道は知っておったがまさかそんなことになっていたとはの」
ふむぅ。美人さん同士とか確かにちょっと撮ってみたいのう、とじーちゃんもなぜか前のめりになっていた。
いやいや。
「ちょ、母さま。いくらふて腐れていようが、それはどうなんですか? デート上手くやって欲しいんですよね?」
「そうだけど、どうせあんたはルイとして出るんでしょ? だったらそれがぶち壊れようがどうでもいいわ」
もう、どうでもいいもん、と母さまはそうとう拗ねてしまわれたようだった。
「あ、でもお義父さんが上手く二人の写真を撮ったりすれば、それで良い感じな雰囲気になったりもするのかしら」
「ちょ。撮影までするの?」
「そういうことなら、わしも楽しみじゃのう。若い娘さんたちのでぇと風景をばっちり撮影じゃ」
「おじい様までそんなこと」
はぁ。とため息を漏らしながら、まったくどうしてこんなにじーちゃんは自由人なんだろうと思ってしまう。
デート風景を撮りたいとか、どんだけ写真馬鹿なんだか。
「あああ、わかりましたよ。でもあっちがダメっていったらダメだからね」
さすがに、そこだけは譲れないというと、そりゃそうじゃの、とじーちゃんは指でフォトフレームを作った。
困った顔も可愛いのう、というつぶやきが聞こえたのだけど、聞かなかったことにしようかと思う。
あああ、すっかり母さまがやさぐれてしまって……
はい。もともとデートへの参加はじーちゃんのわがままからと思ってましたが、まさか母様からとなりました。
母様的には性別を完全に変えるならOKだけど、よくわからないのとか、同性同士とかそういうのに抵抗があるようです。手強いな。
しかし、写真馬鹿に写真馬鹿っていわれるじーちゃんもなんだかなぁと思いつつ。
ここいらでルイさんも参戦となります。さぁ次話はじーちゃんとルイさんの絡みを中心でまいりますとも。




