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554.じーちゃんが木戸家に来訪するようです1

 さて。崎山珠理奈こと、あたしは風呂上がりにベッドにぽふんと身を委ねながら、スマホを耳に当てていた。

 今日はもう、眠るだけ。


 いつもならばこれから少し、台本のチェックなどをやるのだけど、今やってるドラマはそれなりに好調で、演技も頭に入っているので、今日はそこまでやらなくても大丈夫なところだった。


 というか、あの、馨のというか、ルイのHAOTOとの動画流出の件での釈明会見でやらかしてから、監督からはちょっと目をつけられてしまっているのだけど……まあ、世間的にはギャップ最高! みたいな感じの評価をいただいているところだ。

 あのときは思い切り、ルイの唇を奪ったのだけど、今演じているキャラは思い切り受け身なのだから。

 結果を見れば、あたしとしては二重丸という感じなのだけど、それなりにやきもきさせられた日々だった。


 しかも、だ。

 HAOTOの連中が、馨の事を好きなのは知ってる。特に翅さんは好き好きオーラ出過ぎで、いつどうなってもおかしくない感じだとも思える。

 馨には是非ともスタンガンを持っていて欲しいところだ。


 まあ、あいつなら、「そんな人だと思ってなかったのに……(うるっ)」とか真顔で言って、罪悪感とかを思い切り煽るのだろうけど。

 でも、なんとかどさくさに紛れて、馨と、ではないけど、ルイと恋愛関係にあるらしいということは、お茶の間にまで伝わったところだ。


 正直、それが原因でファンからの悪感情もりもりの手紙が来たりはある。

 メールの方が割とひどいかな。

 そんな人だとは思わなかったというのは素直に悲しいけれど。


 まさかっ! ルイさんと恋仲でしかも清い交際……尊い! みたいなメールに関しても、割と精神をえぐる原因ではあった。

 悪感情のもあったけれど、おめでとう! っていうメールもわんさと届いたのだ。

 珠理さんなら、Lの世界もあり! とか、応援しています! とかがかなりいっぱい来たりもしてて、こっちとしてはノーマルのつもりなんだけど、と肩を落とすばかりだ。


 ごく希にある、親友を助けるためですよね、というコメントにちょっとほっこりしつつ、いや、親友止まりじゃないし! とつい、虚空に反論してしまったりもして。結局、こちらの思った関係では世間は見てくれないんだなぁとがっかりしている。まあ仕方ないのだけど。


 さて、そんな悲喜こもごもがあったのだけど、とりあえずあれからの馨はそれなりに連絡はしてくるようになった。

 とは言っても、恋人同士の頻度、ではどうしてもないのだけれど。メールのやりとりは今までの五倍くらいにはなっただろうか。

 けれども、電話を夜にかけてくるというのは、割と珍しいことだった。


「あんたが直接電話してくるとは珍しいじゃない」

 このけちんぼめ、といいつつ、あいつが使ってるガラケーは話し放題がついてない古いやつだ。

 なので、こっちからいったん切って、かけ直すことにする。


 というか、ネット回線を使ったテレビ電話でよかったはずなのだけど、敢えて電話をしてきたというのは、それなりの話があったのだろう。

 もちろんテレビ電話だって、そんなにしょっちゅうできてるわけでもないし、寝る前に甘い時間を過ごせているかというと、そうでもないのが残念なところだ。

 恋人であるよという形には持って行ったけど、馨はまだまだそんな自覚はないだろうし、メールのレスポンスがよくなっただけで良しとしたいところだ。


「今度ねーちゃんが結婚式挙げることになったんだけどさ」

 ああ。なんか男状態の馨の声が耳元からするのは、ちょっと幸せだ。

 なんだかすごく良い夢を見そうな気がする。

 あいつ、うっかり女声になったりもするし、そういうのを考えると逆に悪夢でも見るだろうか。

 ルイが馨を連れて行くっていう、定番の夢というか。結構ひどい夢を時々見ることがある。


「ああ、あのお花見の時のお姉さんね。ええと、お相手は……」

 あのとき一緒にいたのは、まあまあな感じの男の人だったと思う。ただ、付き合ったり別れたりというのが人の世の中だから、そこら辺は一応確認しておかなければ。


「うん。お花見の時に一緒にいた人。あと、年末ライブの時に一緒につれてった人」

 ペアチケットを入手していたので、という言葉を聞いて、はい? とちょっと首を傾げてしまった。

 あのときは確かにライブを見に来てくれるというので、テンションが上がってあまり気にしていなかったけど、そのとき同行者に男性の姿が確かにあった。

 でも、そのペアチケットってあの、プレミアチケットじゃなかっただろうか。


「姉さんを誘うのは無理だからっていうので、俺にお鉢が回ってきたの。ペア席だから女装で付き合ってくれってさ」

 まあ、会場はかなりカップル率たかかったからそれでよかったんだけど、という声に少し意識が遠くなる。

 ううぅ。あのライブを観客席から馨とペアで見るというのは、果たしてどんな気持ちになるだろうか。

 そりゃ見るより演る(やる)ほうが断然優先順位は高いのだけれど。


「それで? 挙式に来てくれとかそういう話?」

「あー、いや、前に六月にデートする日決めた時にスケジュールは交換したじゃん? んで、どうにも式当日は崎ちゃん仕事っぽいから、それは無理だろうし……」

 そもそも、恋仲なのはルイとなので、うちの式に参加してもらうのはちょっと無理です、と電話越しの声を聞いて、そうですよねー、とあたしはちょっとがっかりした。


 というか、付き合い始めたとはいったものの、面識があるのはまだお姉さんだけだ。

 ご両親に挨拶をというのは、どういう関係になったら行くべきものなのだろうか。

  

「でも、もしできるならビデオレターみたいなものがもらえると嬉しいなって話がでてさ。新郎のほうは崎ちゃんのファンでもあるわけだし」

「そうだったわね。都合があえばそれこそ変装でもして参加したいところだけど」

 さすがにその日はぬけられないし、ビデオレターは作っておく、と快く返事をしておいた。

 ご両親へのメッセージももちろんそこにはいれておくつもりだ。


「それと、もう一つちょっとお願いというか……」

「なによ。そんなに言いよどむようなことなの?」

 どうしたの? と首を傾げておくと、馨はぼそっと切り出してきたのだ。 


「今度のデート、じいちゃんもセットになるかもだけど、ダメかな?」

「はい?」

 こうして、なぜか正式に付き合い始めてのデートは、祖父連れのものとなることになったのだった。

 

 も、もともと。どうせ馨は女子の姿なのだからそんなに期待はしていないんだからねっ。





「おっほー! ここがルイちゃんの生家かのぅ。ほーーー、何やら血がたぎるのう!」

 家に着いたじーちゃんは、家を見るなりテンションをおかしくしていた。

 外からバチバチと写真を撮りまくり、むはーなんて声を上げる始末だ。

 

 いちおう、興奮してるようですが、ここはルイちゃんの生家じゃなく木戸家なのでお間違えないようにしていただきたい。


「にしても、本当に式までの間こっちに泊るの?」

 さて。あの顔合わせの会の二日後、なぜかじーちゃんが木戸家を訪れていた。

 まだまだ式当日にはちょっと日にちがあるのになんで来ているのか、といえばそれは連絡したときにじーちゃんが満面の顔を浮かべながら、あんなことを言い出したからだった。


「せっかくじゃから、式までそっちに泊めてくれんかのう」

 と。


 確かに、没交渉すぎたところはあるけれど、いきなりのことで、木戸家は慌てた。

 慌てまくったものの、あの父さんである。じーちゃんに頭が上がらない父さんなのだ。

 とりあえず二つ返事、とまでは行かないものの、断れる口実もなくて引き受けたところだった。


 いちおう姉さんが使っていた部屋に布団を引いて寝てもらうか、居間に布団を引いて寝てもらうか、といった感じだろうか。

 さすがに姉さんのベッドを使うというのはどうだろうか? というところで、母さんがしまっている布団を取り出して、昨日は頑張って干していたりもした。


「せっかくの節目じゃしの。聖地巡礼もしてみたいし、こっちの食い物も興味があるしの」

「うわ……聖地って」

 どうやらじーちゃんは思い切り銀香町に行く気まんまんらしい。

 まあ確かにいこうと思えばいけないではないだろうけど、ううむ。案内な……


 実は、崎ちゃんとのデートの日取りが今週の真ん中当たりにある。

 週末じゃないの? という話なのだけど、芸能界に曜日はあまり関係ないようで、あいているのがそこだったというわけ。

 それで、木戸の方はスケジュール調整も三回生ともなればそれなりにできるわけで。

 バイトだけいれないようにして、準備していたのだけど、まさかこうも被るとは予想もつかなかった。


「なに。やっかいになるのは三日程度じゃよ。式の前は健二のほうに泊るつもりじゃし」

 あっちは何度かばーさんと一緒に泊った事はあるんじゃがの、とじーちゃんは言った。

 なるほど。没交渉だったのはこちらだけで、黒木家とはそれなりにやりとりはあったと言うことか。


「しかし、馨よ。おぬし、結婚式はどんな格好するんじゃ? やっぱりイブニングドレスとかかの?」

 きっと綺麗なんじゃろうなぁ、とじーちゃんは想像をたくましくしているようだった。

 でも、それは母様が許さないのです。


「服装はレンタルする予定だけど、さすがにドレスじゃないからね。女装はするなって母さんから厳命がきてるので」

「それは残念じゃのう。式のドレス姿なんてやったらきっと、牡丹が霞むくらい綺麗になるじゃろうに」

「いやいや、姉さんが主役だから。霞んじゃダメだから」

 何を言ってるんですか、というと、そうかのう、と心なしかしょんぼりしたように見えた。

 ドレス姿撮れなくて残念じゃー、という感じだろうか。


 そりゃ、木戸とてそっちででられるのなら、そのほうがずいぶんと気楽ではある。

 ドレスだって、エレナに言えばいくらでも貸してくれただろうし。

 でも、どうしてもダメといわれて、式当日は正装をするはめになったのである。

 購入すると高いし、二度目があるかわからないから、とりあえずはレンタルで用意することにした。

 エレナに相談したら、中学生の男の子向けのレンタルとかもあるから、そこらへんを狙えばいいんじゃない? なんていうひどい事を言われたけど、まあ、中高と男子状態でパーティーに出ているエレナさんの言っていたことは正しくて。


 若干年下に見られてしまうだろうけれど、体型的に問題ないものは用意はできそうなのだった。


「まあ、仕方ないのう。とりあえずはルイちゃんが生活している部屋を思い切り堪能させてもらうことを目標にするかのう」

 ああー三日間もルイちゃんと一緒にいられるだなんて幸せだのうと言いながらじーちゃんは木戸家の玄関の扉を開けたのだった。


結婚式までのスケジュールが地味にタイトだった!

というわけで、それまでの間にじーちゃん襲来です。

一回はじーちゃんこっちにこさせたかったんだけど、このタイミングとなりました。


そして冒頭は崎ちゃんにちょっとスポットを当てておこうかなと。まあでても不憫、スポットがあたらなくても不憫な子ではあるのですが、まあデートにカメラマンがついた、とでも思ってくださいませ。

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