548.3回目の新入生歓迎会6
さぁ女装コンテスト後半でっす。気がついたら朝だった……
「アレだけ的確に即座に、修正をかけていくって、さすがはしのさん……」
テクニック半端ないと、司会ちゃんは中盤を迎えて、すごいなぁとつぶやいていた。
あんがい自分も割と可愛いのでは、なんて思っていたのに、いざ蓋を開けてみたらこれである。
「はい、じゃー後半いってみましょー! 次は……ほう、これは……」
ちらりとしのがその名前を見ると、おぅ、と声を上げた。
木戸もおなじみあのサークルの登場だからだ。
「おー、これは、大勢のご参加で」
「この子の中に一人男の娘がいるっ!」
ずばーん! と、彼らはドヤ顔をしながらいいやがった。
さぁ、この六人の中に、ヒロインと、男の娘を探せ! といわんばかりだった。
「事前登録していたとおり、我々は、インパクトと数を持って、参上しました! どーせしのさんの前だとかすんじゃうんだし!」
ほれ、この中に男の娘が一人いるよ! と言うのは磯辺さんだ。
最近ぜんぜん絡んでくれなーい! とでも言いたいのか、磯辺さんはマイクをひっつかんで中央にでた。
「そんなのありなのー?」
周りからの声に、ふむんと審査席の方に視線を向ける。
事前申請していた、というのであればたぶん大丈夫なのだろうと思うけれど。
「基本的に一人以上女装の子がいればいいけれど、ふむ……本当にこの中に一人男の子がいる、と?」
ちらりと審査員の一人が六人の女の子の顔を見ていく。
果たしてこの中にいるのだろうか? と首をひねっている。
まあ、確かに彼の女装力はかなりのものだ。しのからみて800は越えるだろうか。
たぶん町中に出してもばれないレベルでのものに仕上がっている。
「ああ、いますよ。ええと……」
「こらっ、しのさん! あんたが答えちゃ面白みがないでしょーが!」
「あうっ……」
ぺちんとおでこをはたかれて押し黙る。
どうせあんたなら速攻で気づくだろうけど、もちっと時間をくださいと言われた。
まあそういうことならいいけどさ。
「ちなみに司会ちゃんは誰だと思う?」
「ええと……いましのさんと絡んでいた方は違いますよね。声からして女性だし」
「ちなみに、あたしも男ですが、こんな声です」
女声を極めれば遜色ないものには仕上がりますが? というと、相変わらずの壊れ性能だなぁと磯辺さんは言った。
そうなると、その方も男である疑惑があるのか……司会ちゃんは驚愕した顔を浮かべていた。
「あの、実は完成度が高くてみんな実は男、とかそういうのはないの?」
「そりゃないですよ。一人だけです」
ほれ、よーく見てください、という磯辺さんは、どうようちの技術力といわんばかりだ。
というか、この中に一人オトコがいますって、エレナにやらされたエロゲにそんなのあったなぁとしのは思う。
「じゃ、じゃあ左から三番目の……ショートカットの子かな?」
審査員に指名してもらうと、彼女は、そうか……オトコに見えるか……と、ちょっとだけがっくりと肩を落とした。
まあ、そりゃ……ねぇ。
「だいじょうぶです。それだけ彼のレベルが高いだけのことです。気落ちしないでくださいな」
ぽふぽふと軽く肩をたたいてやると、しのさんが優しいようと彼女はうるりと涙目になった。
「司会ちゃんは間近で見て誰だと思う?」
「そうですねぇ……うーん、ひげ、ひげのそり跡……が、ないっ、だと」
「ないですねぇ。多分、朝がんばって抜いたのだと思います。その後冷やして毛穴を閉じてるのでこうやってファンデーションぬるとわからないという徹底っぷりです」
すばらしい、と言うと、いやぁと彼らは同時に照れた。
たぶんこのやりとりは出るだろうなと思っての対策なのだろう。うっかり本人だけが照れるかと思ったのに。
「しのはどうなの? いつもつるつるな気がするけれど?」
「ああ、これ、高校の頃にレーザー当てちゃってるんで。ひげ剃るとか面倒だし」
女装者の愛用品がいつまでも、ひげそりだと思われては困るのです、とドヤ顔をすると、まぁしのさんならそうかと彼女は言った。
「やれやれ。五分待ちます。司会ちゃんは、答える気になったら聞いて良いよ」
耳打ちを許可します、というと、な、なぁーーー! とそっちに心を揺らしていた。
しのさんに耳打ちタイムっ! となぜかテンションをあげている司会ちゃんである。
「右から二番目の子、かなぁ。どうだろ?」
審査員からその子! というのがはいったので、マイクを向けてみる。
「せ、正解……です」
ぼそっと出された声は高めで頑張っているけれど、男の声の範疇だった。
どうやら正解だったらしい。
「うぅー、しのさんに耳打ちする前に正解されてしまいました」
がっかりです、と司会ちゃんはうなだれていた。
「いやぁ、良い感じにしあげてきましたね? 毛の処理はもとより体格的にも他の子とあまり変わらない感じで」
しかも健康的なふとももが刺激的です、と足を中心に激写をしていたら、磯辺さんに間に入られた。
「こら、しの。うちの後輩のデリケートなところをばんばん撮らない! まったく漏れているわよ」
「へーい。ヘンタイ親父みたいですんませーん」
なにが漏れているのかは、まあなんとなくわかる。
あんたその格好であんまり飛ばすと、ルイだと思われるわよとでも言いたいのだろう。
でも、シルバーフレームの眼鏡つけてればある程度は大丈夫だと思うけどなぁ。まあ、自重しよう。
「でも、採点用の写真は撮らせてもらいますよー」
ここらへんかな、っと角度を決めて撮影スタート。
撮られる方もまんざらではないようで、ポーズを決めてくれるのは、これ磯辺さんにいろいろ仕込まれたんだろうなぁと思った。
ちょっとレイヤーさん寄りの撮られ方である。
そして撮影が終われば、次という感じでサークルは変わっていく。
ちなみに、このイベントに沙紀矢くんも出させられそうになったそうだけど、そこは死守したらしい。
完全無欠のお姉さまが爆誕しては確かにまずいだろうし、ゼフィロスからこの大学に入っている子だっているので、危険が危ないのだ。
ほのかあたりは、お姉さまのことをどう思っているのか、ちょっとばかし疑問である。
「そして、最後は! お? あれ。特撮研、ですか?」
え、聞いてませんけどと首を傾げていると、舞台にはなぜか女武者の姿をした子が立っていた。
ここで和装か……と、ちょっとばかりそのクオリティの高さに、がっかりする。
これ……衣類提供はあのお方が一枚噛んでるよなぁ絶対。あれ、でも卒業したような気がしなくもなく……
ああ、でも後継者くらいいっぱいいるか。あそこは。
「特撮研からやってまいりまいた。久瀬といいます。本日はよろしくお願いします」
「朝日たん爆誕じゃなかった……」
さて。特撮研は出場しない物だとばかり思っていたのだけど、なにがどうしたのか、新入生であるはずの久瀬くんが壇上にいた。
和服といったけれど、その胸元には少し二つの隆起があって、それをさらしで締めていますというようなのがちらっと見える。
少し着崩している感じの着こなしなのだった。ハイウエストで袴を締めているので、それもあって胸元が強調されるという仕様である。
「おぉーー、かわいいー! さすが特撮研! しのさんや志鶴さん以外にもこんな逸材が……」
「お、おお、お付き合いしたいー」
そんな姿をみた会場は一気に盛り上がった。
正直先ほどの、一人男の子がいる! よりもみんなのテンションは高かった。
単品の威力というやつだろうか。
「いやさ、久瀬くん、新入生がでちゃいけないとは言わないけど、どーして出るなら出るってあたしに言わなかった?」
確かに最近の木戸は、ほのかと一緒に外の撮影に出ることが多かったけれど、それでもサークルの部屋で会話する機会はいくらでもあった。
それに他のメンバーだって、どうして内緒にしていたのだろうか。
「ええと? しのさんに言う、っていうのがいまいちよくわからないのですが?」
初対面ですよね? ときょとんとされてしまって、あれ? とこちらも首を傾げた。
うむ……今年は学校であんまり女装してないから、しのさんのお披露目は実は初めてだ。
去年はさゆみちゃんに散々、しの先輩は同性の先輩扱いを受けたけれど、今年はまったくもって大学では男子生活をしているので、これが女装している木戸だということを理解できていないようだった。
「同じサークルの仲間なのに、塩対応がつらい……」
くすんと言ってやると、え? ええ? と本当にわかっていないようで、彼はちらりと特撮研のメンバーが集まってるあたりにすがるような視線を向けた。
なので、とりあえず耳元でこっそりと、木戸と申しますと男声でいうと、びくんと彼の体が震えた。
「えっ、えええっ。まっ、ちょ、まって、なにがどうしたら、あのもさ眼鏡がこんな綺麗なお姉さんになるんですか……」
「もさ眼鏡で悪うございました。でも、クロやんの女装テクニックを飛躍的に上げたのはあたしだかんね。そりゃあこれくらいできて当たり前ってもんです」
すごかろー、と無い胸を張っていると、つんつんと司会ちゃんにつつかれた。
「ええと、きゃっきゃしてるところ申し訳ないのですが、時間も押しているのでそろそろご紹介とコメントお願いします」
「おう、コンテスト中でした、すんません。はい、こちら特撮研の久瀬くんです。今年大学に入学したばかりのぴちぴちです。趣味は女装コスで、憧れの人はクロキシという女装レイヤーさんです」
本人もたいそう女装に興味があるので、このできばえでございます、というと、しのさーん、それは身内びいきだー! と観客席から声が漏れた。
そうはいっても、他のところだってちゃんとアピールポイントとかは上げておいたし。
平等だとは思うのですが。
「もともと女装レイヤーさんかっこいい! って思っていて。僕もそうなりたいなって思ってせっかくなので参加しちゃいました! アニメ、マンガが大好きな人は是非特撮研にっ! コスプレばんばんやってます!」
「あー、撮影班もぼしゅーです。ま、学術性が高い写真しか撮らないっていうなら、他にもサークルありますがー!」
「そこにしのさんはいますかー?」
会場から、そんな質問の声が上がった。
「今はいても、明日はいませーん!」
毎日が女装生活じゃないのですー、といってやると、なん、だと、と会場からは悔しそうな声が漏れた。
あんな可愛い子達がいるなら、特撮研、穴場か! と思ったのにと涙目になっているやつらがいる。
「そして、敢えて言おう、だが、男だ!」
「だが、男だーー!」
会場が、呼応するように、一斉にその言葉で盛り上がる。
まあ、女装イベントとしては十分な盛り上がりである。
「はいよー、それじゃ、久瀬くんも投票用の写真撮っちゃうよー。好みの決めポーズあったらどうぞ」
「こんな感じ、かな」
思い切り模造刀の柄に手をあてて、抜刀の構えというやつだ。
「おお、いいねいいね。その刀は果たして誰に向けているのだろう。さぁ見えるかな、その視線の先にいる相手を」
「向けている相手?」
え、と久瀬くんは目をぱちくりさせながら、それでもうーんと、少し考えてから、表情を作った。
うんうん、これこれ。こういうのを撮りたいのです。
「そいじゃー、何枚か行きましょう」
はい、いただきましたー、ありがとー! というと彼は、ん? と首を傾げながらも、こちらこそありがとうございますと、にこりと笑顔を浮かべた。
戦いが終わってほっとしたときの顔、といった感じだろうか。
これで特撮研の出番はおしまいである。
「では、審査員のみなさん、とりあえず気になった人を上げてここが気に入った! といったところを上げていってください」
と、進行を、司会ちゃんに任せてしのはいったん舞台裏に入る。
さて、ここからは審査と一般投票だ。
さきほど撮った写真はとりあえず運営の方に回して、現像して投票箱に使用される。
A4くらいまで引き延ばすけれど、それでも十分実用にたる機種を使っているのでそこらへんは大丈夫だ。
カードを渡すために舞台裏に行ったら、磯辺さんが仁王立ちして待っていた。
「あんたったらほんともう……さっきも注意したのにカメラのことになるとすぐにたがが外れるんだから」
最後のあれ、なによもう、と彼女はやたらと悔しそうに、うぅとうめいていた。
「あたしだってろくに撮ってもらったことないのに、あそこであんな撮影しなくてもいいじゃないの!」
ほんと、ばれるわよ、と言われて、あぁ……最後の久瀬くんの表情作りか、と思い当たった。
確かに、刃を向ける相手が誰なのか、という質問は通常ならしないだろう。
でも、そこって大切なポイントで、ライバルなのか、強敵なのか、大好きだった人なのか、そういうので変わってくるものだ。
それを引き出したいと思っても、仕方ないと思う。
それに、これくらいならまだ粘着撮影とは言えないとも思うのだ。
「はいはい、後輩ちゃんと一緒なら撮ってあげるから、怒りをお収めください。それとまぁ……うん、ちょっと自重するので」
つい、女装してカメラ持ってると混線しかねないのは確かだし、というと、よろしいと彼女は満足げにうなずいたのだった。
さて。
女装コンテストについては、なんというか、去年の揺り返しなのか、得票数で一番多かったのは、前半に多かったネタ女装の中で特にインパクトが強いやつだった。
ちなみに久瀬くんはあれだけ騒がれた物の三位に入賞といったところだ。
まあ、新入生ながらよくやった! というところはあるけれど、価値基準がいろんな方向に行っている場所では、どこに票をいれるのかはお客さん次第なんだなというのを感じた。
けれど、まぁなんというか。
投票用紙のところの欄外のところに、しのさんかわいいとか、いつもそっちで学校くればいいのに、とか、ちゅーしたいとか、煩悩ダダ漏れな書き込みが多発していたのは、見ていてなんだかなぁと思ってしまった物だった。
はい。しのさんは必要なときしか大学に来ないレアキャラなのです。
男の方の身を隠す事態にならないといいなぁと、しのは思いながら、イベントを終えたのだった。
しの状態でカメラをもつのが危険だということを知った木戸くんでした。
まあ、中の人は同じだし、はっちゃけちゃうよなぁと。
イベント結果は、はい。たまにはガチ勢じゃないところも、勝ったりするのがこの手のイベントだろうなぁと。「美しければそれでいい」というわけでもないのです。




