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Ep11.卒園式の日に1

さぁ話題に出ていた保育園の卒園式! 前編はちょい軽めです。

 電車でつり革に捕まると、ぷしゅーという音とともに身体に振動が感じられた。

 季節はもう、五月になって。

 ようやっと私は新しくお預かりしているお子さん達になれ始めていた。

 

 おまえはだれだ!? とか言われそうだけれど、私の名前は斉藤千鶴。

 保育園に向かう最中のしがない女子大生である。

 文系の大学に入っているから、というのもあるけれど、三回生になってからはずいぶんと講義の数も減って、保育園での仕事も多めにいれるようになってる昨今だ。


 え、就活どうすんの? ってのは、まー、一応は保育の方でというのは考えている。

 今のお手伝いの状態ではなく、ちゃんと先生として小さな子達の笑顔を作れたら、と思っているところだ。

 もちろん、笑顔にしたい人は他にもいるけれど。

 それは今のところ、そこまで劇的な変化はない。

 彼はいつでも優しいけれど、やっぱり時々さみしそうな顔をしているし、それをなんとかしたいというのはずっと思っていることだ。

 

 そして。

「また新聞を賑わしてからに……」

 ちらりと前の席に座っているおやっさんが見ている新聞に、ばばんと知っている名前が見えて私は深いため息をついた。

 その相手に会ったのは、三月も中旬あたりのこと。それこそまだ二ヶ月も経ってない頃である。


 まさか「衝撃! 人気女優のレズビアン疑惑」だなんて見出しが新聞の紙面を賑わせるだなどと。

 あのときはまさか、思ってもいなかったのである。





「卒園式……かぁ」

 駅から降りた私は、青空が広がる中で、んーと、思い切り組んだ手を上に上げて伸びをした。

 木戸くんがいたらきっと、それは撮らなきゃだね、とか言い始める姿だろうか。


 幸いそんなヘンタイはここにはいないので、ちょっと白い雲がいくつか浮かんでいる空の下で、涼やかな空気を思い切り堪能した。

 ここから保育園までの道は十分といったところだ。

 もちろん園児たちはスクールバスに乗ってやってくるわけだけど、職員までそれに乗れるかといえばそんなことはなく、お迎え係の先生がバスの中の様子をみながら、エスコートをするというのがスクールバスというものである。

 時間通りにお迎えに行きつつ、不測の事態にも対応しないといけないので、大変だと言う話は聞いたことがある。


 さて、そんなわけで園までの道を歩きながら、ちょっとここまででどうなったのかを整理しておこうかと思う。


 二月に木戸くんの家……んー、ルイの家といった方がいいか。そこで女子会をやったときに、卒園式の撮影のオファーをしたのが今日のお話の始まりだ。

 

 あのあと詳しい費用の話と、やってもらえるサービスまでもを含めて園長先生や他のスタッフとの話し合いになった。

 もちろん保護者の方にも相談がいって、ルイを雇うことになったわけなのだけど。

 

「ムービーと写真の比較、ねぇ」

 卒園式の風景を保管するための方法として、写真とムービーの二つがあるのは、もはや知らない人はいないだろう。

 ルイはそのうちのカメラに魅せられてあんなあほな子になってしまったわけだけれど。

 卒園式はムービーとして撮っておくべきではないか? という意見も一部からは確かにあった。


 あったのだけど、まあ、なんだ。

 私がルイの写真をみんなに見せびらかしたら、「これで、あの値段でやれるの?」とみんな押し黙った。

 費用は三万。拘束は午前の卒園式と、昼からの謝恩会の二本立てだ。

 通常二時間程度でプリントその他まで全部お任せにしろ、個人で発注したら二万くらいといわれてるのに、木戸くんったら、いや。ルイったら、全部まとめて三万で、データに関してもブルーレイに焼いて売りつけるなんてこともせずに、園のパソコンに保管して、コピーは自由! なんていう感じにしてくれたのだった。


 ちなみに、電子機器が駄目な親御さんのためには、プリントサービスも受け付けるということだったけれど、これだけは依頼者の有料で、一枚五百円ほど。

 これにしたって、ルイとしてはとりたくないんだけどねぇ、とちょっとげんなりしていた。

 どうやら、雇い主に「きっちり取れるところはとろうか? いや、君は撮りたいだけなのはわかるけど」なんて言われたそうで。

 大人ってやつは、大変だとぼやいていたものだった。


 でも、実際このプリントサービスを依頼するかどうかは、正直なところ微妙なところなような気はする。

 データは無料配布ということは、つまりはそれを大型量販店に持って行って、プリントマシンにつっこめば40円とかでできてしまう。

 もちろん、家にプリンターがあれば、今時のプリンターは優秀なので、かなり綺麗に写真だってプリントできるものだ。


 そういうのを見ると、写真業界も大変だなぁと人ごとみたいに思ってしまう。


「ま、本人が楽しそうならそれでいいのではあるけど」

 きっと今日もすでに園に赴いて、朝の風景とかを撮っているんだろうなぁと時計をちらりと見ながら苦笑を浮かべる。


 ゼフィロスでの撮影の話はこの前の女子会の時にも散々聞いた。

 それ、なにげにシークレットなんじゃないかなぁとは思ったけれど、まあ、ルイなら女子校に入るのもありなのか、と妙に納得はしたのだけれど。

 そのときに、さくらと散々話していたのは、イベントの朝の風景というやつについてだった。


 さくらは日の出の良さを語り、ルイは朝露の輝きを語る。

 たまらんと二人で言い始めるのは、写真を見せ合ったときの二人の共通の話だった。

 いやそんなに仲良しなら、二人で一緒になっちまえよ、とは、高校時代を一緒にした女子達の総意ではないだろうか。

 まあ、いろいろ知ってるから、さくらの「アレだけはないわー」ってのもわかるし、「色恋より撮影じゃない?」っていうルイの一言もよくわかってはいるけれど。


 ああ。青春真っ盛りが色恋しないとか、どうなんだろうか。

 まあ、私とてそんなに進んでいるわけでもないのだけれど。


 ちなみにこの時間でも園長先生たちは会場の最終点検やらですでに現場入りはしている。

 今頃、早めにきたルイと鉢合わせていろいろと話をしているところだと思う。


 うちは警備員さんを雇っていないこぢんまりとした保育園だ。

「んしょ」とか言いながらバッグを担ぎ直したりしつつ、これ、入っちゃっていいんだよね、なんて思いながらこっそり園に入っていっている姿は想像できる。

 ルイの面白いところは、ちょっとだけ思考のベースに木戸くんとしての遠慮があるところだ。

 トイレにせよ、堂々と使うけど遠慮はいちおうするのである。

 本人はリスクマネジメントだよ、とかなんとか言っていたけれど、あんな見た目と行動をするのに、油断をしないところはすごいと思う。

 

 さて、そんな想像をしていたらすぐに園に到着してしまった。

 卒園式の看板は、先生方と協力して建てたものだ。

 きっとこの看板もルイなら撮ってるだろうなぁなんて思いつつ中に入ると、すでに先生方と和気藹々のルイの姿があった。


 いちおうすでに先週顔見せはしているのだけれど、それでも短時間で人とおしゃべりできるようになるのはすごいと思う。

 社交性が高いというのもあるし、あとはカメラを通して被写体を見るっていうあの観察があるからこうなってしまうのだろう。


「あ、斉藤さん、おはようございます」

「ああ、ちづちゃんだ。おはよう! 今日はよろしくね」

 こちらに気づいたルイに声をかけられる。そして保育士の先生からも挨拶がきた。

 園児達からはちづるおねーちゃんと呼ばれているけれど、先生達からはちづちゃんで固定されていたりする。

 もちろんみなさん年上なのでこの呼び方は妥当だとは思うけど、みなさんフレンドリーだなぁと毎回思わせられるところだ。


「それがムービー用のカメラですか? けっこう立派ですね」

 さて。カメラはルイに任せたわけだけれど、ムービーを撮らないという選択肢はもちろん我らにはないわけで。

 それは保育士さんの中でそういうのが得意な人が担当することになっている。

 プロみたいには行かないだろうけど、それでも最近のカメラは優秀なものだ。

 ちなみに謝恩会はそれをつかって保護者の方が撮影してくれる予定だ。


「でしょ? しかもこれ、スタビライザー付き! 手ぶれしないし、まるでプロのような仕上がりに!」

「ムービーだとどうしても走ったり動いたりするとぶれますもんね。そういう意味ではあって困らないかも」

 写真だとがっちりホールドしちゃえばぶれたりはしませんけれどね、とルイがちょっとだけうらやましそうな顔を浮かべていた。

 ああいう機材には興味をしめすところはあるみたい。


「さて、それじゃちづちゃん。園の最終確認、いまからやっちゃおうか。昨日も見てはいるけどなにかあったら困るし」

「謝恩会の方の会場はシークレットなんでしたっけ?」

 今日の午後は保護者主催の謝恩会が行われる予定だ。

 例年、園の一部屋をつかって行われるそのイベントは、保護者を中心として、園を出る子供達がお世話になってありがとうという気持ちを伝えるために行われる物だ、ということで、私が参加するのは実は初めてのことだった。

 その部屋はすでに飾り付けが済んでいて、せんせーは入っちゃだめっ、なんて園児達からも怒られてしまうくらいの開かずの間になってしまっている。


「ええ。さすがに不審者が立てこもってるってこともないだろうし、そこの確認は保護者がやるって決まりなの」

 他の部屋にも不審者とかはいないとは思うけど、いちおうチェックは大切、と保育士の先生は言った。


「これでさくらなら、不審者はあんたの隣にいるわよ、なんていうんだろうけど」

 じぃーと、視線をルイに向けると、なぁに? ときょとんと首をかしげている彼女の姿とぶつかった。

 まあ、カメラのことになると不審者になる子だけれど、こうやってみるとやっぱり驚くほど可愛いなぁと思う。


「それじゃ私たちはこれで。ルイさんは体育館の方のチェックですよね」

「はい。外はだいぶ撮りましたし、あとは式の会場の確認をしておきたいです」

 概ね光の加減とか、という姿にプロっぽいなぁと久しぶりな友人の撮影風景に、ちょっと感動してしまった。 

 着実に進んでいるようで、ちょっとうらやましいなと思ってしまう。


「でも卒園式の前には体育館から出ておいてね」

 あまり目立っちゃ駄目だから、と保育士の先生から注意がでる。

 カメラマンは基本的にすみっコぐらしである。けれどルイの場合は本人の知名度も高いので、おとなしくしていてくださいね、なんていう注意を園長先生からも受けているのである。


「だ、大丈夫ですよ? スクールバスが入り込むところとかも撮りたいですから」

 きっちり狙い撃ちますという返事を聞いて、頼もしいのやらなんなのやら、と保育士の先生は微妙な笑顔を浮かべていた。


 そして、いろいろな準備を終えて。卒園式は始まったのだった。


うっかり最初、ルイさんの背後に視点を置いてかいてしまって、いや! これはちづちゃんの一人称の話じゃないか! となって書き直しになりましたとさ!

とりあえずは式が始まるまでが前編で、後編が式と謝恩会の様子ってな幹事になります。


……え。保育園の卒園式とか記憶はないですよ? だからこそ、調べて書くのです……

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